3.綿貫パニック
「それで?ハルは今日が4月1日だから嘘をつき合いたいと?」
溜め息混じりでハルの考えていそうなことを告げると、やっぱり図星だったようで えへへと頭を掻きながら顔を少し伏せた。
「はぁ、まったく……。言っとくけど私は付き合わないか『トントンッ』」
?!?!!
「キョウちゃんおはよう。具合はどうってあれ……?どうしたの、息がちょっと荒いけど」
「あっ、いや大丈夫です。ちょっと暑かったみたいで……」
苦しい……。我ながら苦しい言い訳だ。まだ4月になったばかりで、少し肌寒いくらいだと言うのに……!
おかげで検温に来た看護師のみーちゃんにも怪訝な顔で見られている。
「じゃあ少しだけ窓開けておくね。はい、体温計」
みーちゃんは私に体温計を渡し、カーテンと窓を開ける。
今は何も聞かないでくれる、みーちゃんの対応が女神様に見えるよ……!
ドアが開けられる前に間一髪でハルを布団の中に引きずり込んだのはいいものの、布越しに仄かに体温が伝わってくるし、たまに動いたりするからくすぐったい。
というか、こいつ態とやっているんではなかろうか……!太ももに触れる手を布団の中でつねると動かなくなったが、後で必ずシメると心に誓った。
――ピピピピッ と任務を終了した機械が鳴り響き、結果を表示する。35.4℃。相変わらずの低体温だ。
「よし、検温終了っと。――ねぇ、キョウちゃん。手術のことなんだけど……」
みーちゃんが眉を下げ、聞きにくそうにその話を持ち出した。
「ごめんね、みーちゃん。まだ考えてないんだ」
嘘だ。
「そうよね、ごめんね急がすようなこと言っちゃって。でも前向きに考えてくれると嬉しいな」
「うん、わかった」
私は嘘つきだ。
もう考えなんて決まっているのに、みーちゃんに嫌な役回りをさせてしまっている。この質問をみーちゃんにさせるのは何回目だ。
「それじゃあ、キョウちゃん。後でご飯持ってくるね」
「うん、ありがとう」
みーちゃんは何か言いたげな目をしたものの、何も言わず いつものように優しい笑みを浮かべて私の病室を後にした。
「……、っは!もう限界……!」
みーちゃんが去った後、布団の中からハルが出てきた。どうやら私が想像していたよりも息苦しかったようで、さっきみーちゃんが開けてくれた窓の側で深呼吸している。
「……ふぅ。もうキョウちゃんったらいきなり布団の中に引きずり込むんだもん。いつからそんな大胆な子になったの!お兄さんついていけませんっ!」
「私はハルの思考についていけないわ。大体さっきだって私が機転を利かせなかったら、みーちゃんに見つかってパニックになってたのよ?感謝して欲しいくらいよ」
…………。
何故かハルが何も言わずに憐れむような顔でこちらを見つめている……。私も見つめ返すとハルの形のいい唇が少し動いた。
「キョウちゃん……。僕、今いわゆるユーレイ状態だから、キョウちゃん以外の人には見えないんだよ……」
あっ……。
「忘れてたでしょ?キョウちゃん相変わらずちょっと抜けてるよね。まあ、そんなところも可愛いんだけど」
「~っ、うるさい!ほら、いいから早くハルの用事を済ませるわよ!」
「ふふっ、キョウちゃんかわい~」という声がハルに向けた右耳から伝わってくるけど、無視だ無視……!
そしてハルにからかわれるのを避けるために言った言葉がハルの思惑通りだと、焦っていた私は気付かなかった。