1.Once Upon a Time.
3年前の4月2日0時00分。彼が死んだ。
"また明日ね!"そう言って別れた筈なのに、彼は私を置いていった。
本当は、私の方が先に逝く予定だったのに――――。
「私を独りにしないって約束、嘘だったの……?」
彼との秘密の場所で呟いた言の葉は、春の風がさらっていった。
私と彼は7歳の時に病院で出会った。お互い普通の人より身体が悪く、学校にも行けない程で同じ年頃の子はすぐに退院して行ったから、私と彼がいつも一緒に行動するのは必然で。
『きょうちゃんどうしたの?』
『ぼく、きょうちゃんの笑顔大好きだよ!』
彼は私と違っていつもニコニコしていて、誰にでも優しく、特に私にはうんと優しくしてくれる。
いつも私は卑屈だったけれど、彼と一緒にいるとそんな暗い感情さえもふわりと包み込んでくれて。そんな彼に次第に惹かれていったけれど、私の想いは隠したままだった。
だって私の方が先に死んでしまうのに、そんな想いを聞かせたって彼が困るだけでしょう……?
ずっとそう思っていた。だって小さい頃からずっと聞かされてきたから。『きょうちゃんの病気は治る見込みがない』『きょうちゃんは普通の子と一緒には遊べない』って――。
一般的に考えると、お医者さんは患者にそんなこと言っちゃいけないのかもしれない。だけど私は現実が知りたかった。治らないのに、皆と遊べないのに治るって信じて頑張るなんて馬鹿馬鹿しい。
そんな感じのひねくれた子どもだった。……悠が来るまでは。
――――11年前。
今日わたしと同じ年の子が入院してきた。一瞬しか見てないけど、目が女の子みたいにクリクリしている、なんだか犬っぽい男の子。
――どうせ、この子もすぐに退院するんでしょ。
前に入院してきた子たちも、暫くしたらここから居なくなった。最後にはわたしは この白くて冷たいお城で一人になるんだから、夢や希望を持っていたって無駄なだけ。
そう思って男の子に話しかけないことにした。
その子が入ってきた次の日。わたしはお城の外の、わたししか知らないヒミツの場所で本を読んでいた。物語の中の主人公になりきって、色んな所へ冒険するの。物語の中のわたしは何でも出来る。魔法が使えるし、空だって飛べちゃう。――友だちと遊びまわることだって。
白木蓮に背中を委ねて次のページを捲ろうとした瞬間。視界の隅で何かが動いた。
ここはわたしのヒミツの場所。お城の裏庭にある、子どもが一人通れるか通れないかくらいの破れたフェンスをくぐらないと来られないはず。しかもフェンスの前には背の高い草が生い茂ってて簡単には見つからない。このお城の王様の、藤堂先生だって知らないのに。
わたしは初めての訪問者が気になって顔をあげた。――するとそこには"例の男の子"が立っていた。……何故か猫を抱えて。
「あなた、何でここに……」
「病院を案内して貰ってたら、外ににゃんこを見つけてね。つい追いかけて来ちゃったんだ。って、あ!」
猫はじたばたと腕の中でもがき脱出して去って行く。
「あぁ……。にゃんこぉ……」
「ふふっ」
男の子があまりにも悲しそうな顔をするのが可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「きみ……、笑ってた方が可愛いよ!!」
「え、あ、ありがとう……?」
急にその子がぐいっと近寄って来て、まんまるの目をきらきらさせながら言うものだから、少し引いてしまう。声を出して笑ったのも久しぶりだったから、そのことに困惑してたのもあるけど。
「ぼくはハル。きみの名前は?」
正直、今までのわたしだったら答えなかったと思う。
「わたしはキョウ」
それなのに名前を教えたのは、わたしが馬鹿で、まだ夢や希望を捨てきれずにいるから。
でもハルがここに来たことで、何かが変わる気がしたのは確かだった――。