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浴室のドアを開けたら森の中だった。

見回しても目にはいるのは生い茂る木々だけで、出てきたはずの浴室のドアはどこにもない。

身に纏うのはバスタオル1枚のみという、何とも心許ない格好で私はへたりこんだ。


「うそぉ…何これ…」


まさか異世界トリップじゃないよね?

小説なんかで異世界トリップものを好んで読んだりはしたが、自分自身が体験したいなんて思ったこともなかったのに、ここが日本じゃないと頭のどこかで理解していた。

いくら精神面メンタルが弱い方じゃないっていっても、さすがにこの状況を看過できるほどではない。

これでも平和な日本で一般的女子大生してたのに、どうしてこうなった?






ーザザザッ!


呆然とする私の耳に飛び込んできた大きな音に心臓が止まるかと思った。ドクドクと激しく脈打つ心臓を宥めながら、音がしたと思われる方向へ恐る恐る顔を向ける。

背丈の高い草が揺れて、何かが近付いてきているようだった。


ガサガサと草を掻き分けて現れたのは巨人だった。

いや、正しくは私からすれば巨人と見紛うほどの大きな体躯をした3人の男たちだった。特に先頭に立っている人、影になって顔もわからないが威圧感が凄まじい大きさです。

だがしかし、そんな体格よりも、男たちが手に持つ剣を目にして恐怖した。


「ひっ…!」


剣を持つ3人の男に恐怖で私の喉から絞り出されたのは短い悲鳴。たった1枚のバスタオルが頼りと胸元で握りしめ、ガタガタと全身が震えだした。助けを求めるなんて思い付く以前に、ひとつ感情に支配される。


怖い怖い怖いーっ!


逃げることも、立ち上がることすらできない体が恨めしく、ただただ押し寄せる恐怖に私の目には涙が滲んできた。

先頭に立っていた男が剣を鞘に納めて、足早に私に近付いてきたと思ったら、目に前に濃い影が落ちて何も見えなくなった。頭から被せられたものに全身がぐるぐる巻きで拘束されたのだ。


「やだっ!やめてっ!何するの!?」


声をあげて、じたばたと抵抗しても巻き付いたものは外せず、更に上から強い力で押さえ付けられて動くこともできなくなった。何が起こったのか、これから何が起こるのか怯え震えることしかできずにいると、宥めるような声が聞こえた。


「大丈夫だ。もう大丈夫…」


低く深みのある声は、恐怖に畏縮していた心にするりと浸透してくる。大丈夫だと繰り返し言われ、何度も背中や頭を撫でてくる大きな手が優しい。


この人、渋くていい声だわぁ。

でっかい手でなでなでとか萌えるシチュエーション…。


気付けば、トクトクと聞こえる音に耳を傾け、私の震えは止まっていた。


「落ち着いたか?」


気遣いながらかけられる言葉に頷きを返すと、拘束されていた力が弛んだ。

はぁ…、と聞こえた溜め息に、呆れられ、暴れたことを怒られるかと、びくりと体が反応してしまう。


「ああ、すまない。怖がらなくていい」


苦笑混じりの声とともに再び頭を撫でられ、背中をとんとん、とされると肩にはいった力が抜けた。


あ、なんか子どもをあやしてる感じ?

これでも19歳なんですけど…。


「俺はセイリオス。ここは弱いとはいえ魔獣がでる森だ。…どうして、こんなところに?」


気が弛んだ途端にかけられる言葉。

さっき目にした男たちは明らかに日本人ではなかった。

異世界トリップのよくあるテンプレで言葉は通じることに安堵したが、なぜ森の中でいるのかと問われても何と答えたらよいものだろう。


お風呂からでたら森の中にいました?

たぶん巷で流行りの異世界トリップです?


なんて話しても異世界トリップがよくある話でなければ、空想癖、精神病、奇人変人と思われてしまうかもしれない。

それに、彼は"魔獣"がでると言った。

頭のおかしい女だと鼻で嗤われ、ここに放置されても困るし、できれば公的機関等で保護してほしい。せめて人がいる場所まで連れていってもらわないと、簡単に死ねる自信がある。

だいぶ思考能力が復活した頭で、本当にこの男を信じて保護を求めても大丈夫だろうかと猜疑心が沸いて身震いする。


「名前は、言えるか?」


答えない私にイラついた声音で別の質問がかけられる。黙ってしまっていたことを回答の拒否と取られたのだろう、そんなつもりはないのだけれど。顔を見れば私を騙そうとしてるかどうかぐらい判るかもしれない、と慌てて言い募る。


「あ、あの!これ、とっていただけませんか?」


というか、このままでは息苦しくて話しにくい。手を動かして拘束しているものを外してほしいとお願いしてみる。


「っ!いや、それは駄目だ!」


だめ?拘束は外してもらえない?

疑ったことで怒らせた?

それとも逃げると思われてる?


逃げようとしたところで、男3人に追い掛けられたら逃げ切れるわけもないのに…。


「逃げたりしないんで、お願いします!」


「いや、そういうわけでは…。その、あれだ…。外套をとると、その、なんだ…。服が、だな…」


なぜか焦ってしどろもどろの口調で言われた。


外套?私に巻き付けてるのは外套なの?

え?ふく…?服?

〜〜〜〜〜〜っ!

ひぃああああああっ!!

そういえば、バスタオル1枚だったよ私!

そりゃぁ、凹凸は少ないけどっ!

ちんちくりんだけど!

これでも乙女でしたよ!!


「か、顔だけ!顔だけ出したいんです!」


焦って言い直せば、「ああ」とほっした様子の返事があって、顔だけ出してもらえた。

いろいろ気遣って貰ってたようで、何かすみません。


「はぁ〜。ありがとうございま…す…?」


暗闇から解放されて、目の前にあったのは広い胸元で、お礼を言いつつ見上げた顔は私から反らされていた。思わず言葉尻が疑問形になった私は悪くないと思う。

暗赤色の髪と太い首回り、髭の剃り残しのある顎をじっと見ていても彼は身動きひとつせずにいる。


声は渋いし、ちょっと年齢を嵩ねているかな?

彼が"おっさん"なら現状(腕の中)万歳なんだけどね!


そんな感想を抱きながらも、どうしたのだろうと首を傾げるしかなかったが、目の前にある胸板に誘惑される。ここから落ち着かせてくれた心音が聞こえていたのかと、すり寄りたくなるのを堪えた。


ええ、自制心を総動員して堪えましたとも!

変態さんじゃありませんからね!


体に巻き付いてるのは彼の外套、その上から太い腕が回されていて、しっかり腕が背中に回ってすっぽりと私を納めているのに、隙間ができるほど彼の体躯は大きい。

反対に私はといえば、身長147センチしかなくて、凹凸も少ない。


彼がでかすぎるんだ!

厚い胸板、逞しい腕、筋肉万歳!


百々のつまり、好みの体格だと不謹慎にもちょっと楽しくて、若干にやけそうになる顔を引き締めた。自分でもイタイ思考に走りそうだったと思うが、自重したからセーフだよね。


あとは、お顔が見たいんです!


「…あのぉ?」


「何だ?」


話しかけたら私の方を向いてくれるかと期待したが、そっぽ向いたまま憮然とした口調で返された。


なんで別な方向を見てるんですか?

人と話すときは顔を見ましょうって習わなかったの?


思わず眉間に皺を寄せたけれど、何か注意をひくものがそっちにあるのかと同じ方向を見てみた。


じーーー…。

木です、草です、森です。


きょろりと見回しても森の中で、少し離れたところで立っていた2人の男が目を丸くしているだけだった。


2人とも10代後半くらいかな?


私と同世代に見えた彼らと目が合った。彼らが現れた時は気が動転してて容姿なんて碌に見ていなかったが、2人ともなかなかのイケメンくんだ。

とりあえず、へらりと愛想笑いをしてみる。

茶髪茶眼のたれ目君は剣を握っていない手をヒラヒラと振って返してくれて、金髪碧眼の王子様は顔を赤らめて俯いた。


見た目逆印象のチャラ男と初男だね!


どっちも悪い反応じゃなかったし、それなら同世代っぽい2人に話しかけようとしたら、私の体を囲む彼の腕が狭められた。反射的に顔をあげると、彼が私を見下ろしていた。


ふぉおおおおおお!

疵痕っ!ワイルド系ですねっ!!


暗赤色の髪を後ろへ無造作に流して、つり目の赤みがかった金色の瞳、意志の強さが窺える鼻筋、酷薄そうな口元、頬には肉食獣につけられたような三筋の爪痕がある。

頬に残る疵が痛ましい(私的には御馳走)、まるで"顔面凶器"な彼に目が釘付けになる。


35歳くらいかな?もちょい上かも?

おっさん領域のかほりがするっ!

どうしよ!この人めっちゃタイプなんですけど!

その疵痕が特に、まじタイプっ!

そういうこと言ってる場合じゃないと解ってるけど、もうちょっと目の保養させてくださいーっ!


あまりにも不躾に見すぎたのか、彼が眉を潜め、また顔を反らされてしまったけど、耳が赤い気がする。


あれ?もしかして照れてる?

耳が赤くなっているのは気のせいじゃないよね?

照れるおっさん可愛ゆすっ!


悶えていると頭上から声が落ちてきた。


「…すまん」


「ぇ…?」


「俺の顔は、声も出せないほど恐ろしいだろう…。話はあっちの2人が訊かせてもらおう」


そう言って、私の背に回していた腕をほどいた。


いえいえいえいえいえっ!

全然怖くないです!

むしろタイプです!!

見とれてただけですからぁ!!!

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