episode20
「おい、じいさん」
頭上から降ってきた旭日の声に
白髪頭の老人は、ゆっくりと起き上がった。
「生きてたか」
「勝手に殺すでない」
狭く散らかった室内に旭日と、その後ろから千颯の姿を認めると、老人は盛大にため息をついた。
「壮二郎さん、お久しぶりです。相変わらず賑やかな研究室ですね」
千颯が皮肉ったように言うと、床に散乱したゴミの中からモノクルを拾い上げて老人に手渡した。
「お前ら何しにきたんじゃ。冷やかしなら間に合っておる。マッポはマッポらしく巡回でもして市民の安全を守っておれ」
老人の招かれざる態度にも気後れすることなく、旭日は口を開いた。
「出張のついでがてら、じいさんの様子を見に来てやったんじゃねぇか。軽く掃除しに来てやったんだ。感謝しろよ」
「恩着せがましい清掃員じゃな。それだけじゃないんだろう?」
何もかも見透かしているような眼差しを二人の青年へ向け。老人は薄く笑った。
「全てお見通しって所ですね」
千颯が独り言のように、小さく呟く。
「何年お前らとつるんでいると思っておる。それで、要件はなんじゃ?」
老人が尋ねると、旭日はジャケットの内ポケットから焼け焦げたICチップを取り出して老人に向かって放った。
老人は、片手でそれをキャッチするとチップに目を通す。
「これは……」
「このチップに見覚えはないか? できればこれを復元してほしい」
「見覚えも何も……これは、わしの初期作そのものじゃ」
壮二郎の言葉に旭日は眉を顰めた。
「何だって?」
「どうしたんだ、旭日」
「いや……」
耳ざとく聞きつけた千颯が、不思議そうに旭日を振り返ったが、旭日は、なんでもないというように視線を落とした。
「劣化が激しいな。どうすればこんな状態になるのかわからん。復元は諦めて新しいものを買い取ったほうが利口じゃろう」
「捜査の一環でこいつの記憶データが必要なんだ」
「こいつの親は今どこにおる」
「製作者は、もうこの世にいない」
「……死んだのか」
「ああ」
旭日が頷くと、老人は「そうか」とだけ呟いた。なんといっていいのかわからないという顔をしている。
「……。納期は?」
「俺たちが出張に行って帰ってくるまでの2週間の間に復元してほしい」
「2週間か。難しいだろうな。過度な期待はせんでくれ。この状態から元に戻すのは容易じゃない」
こめかみを緩くもみほぐしながら、壮二郎は大きくため息をつく。次に言葉を発しようと口を開きかけたが、それは見事に旭日に遮られてしまった。
「あいつも」
「ん?」
「枝真にとってもこのチップの記憶は大切なものなんだ」
「努力しよう」
会話が途切れたのを見計らって、千颯が頷くと両手を叩いて二人の意識を自分へと向けさせた。
「さて、旭日。交渉もうまく行ったことだし。僕たちはとっとと掃除を済ませるよ」
「そうだな」
「旭日」
「なんだよ、じいさん」
「チップ(これ)を取りにくるときは、お嬢ちゃんも連れてこい。男ばかりでむさくるしいのは今日だけにしてくれ」
老人の言葉の意図を理解した旭日は、「言われなくてもそのつもりだ」と静かに笑った。




