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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第九十九話「マグネッセン牧場地及びコモレビト会戦―新たな風と―」

 サラセナの情報網は帝国西部においてはその能力を十全に発揮していた。

 各地の常駐防御兵力、物資の備蓄量、そして指揮官の能力や性格や家庭的な問題までも情報として、約五万の兵力をもってシュランゲシャッテンまで進駐しているユージィにもたらされており、彼女は親衛遊撃軍の居るコモレビトの城の規模が小さく、数万の兵の籠城に向かない事も掴んでいる。


「ヨヘン中将は開戦前に我々を正面決戦で打ち砕く事が意義のある戦いだと訓示し、我々の先鋒隊を撃破した勢いのままにこの城まで攻め込んで来ました、そのようなヨヘン中将がコモレビトで籠城するとは思えません、我々が南下すればコモレビトを出撃して西部戦線の主導権を争う決戦を挑んできます、そしてその戦いはサラセナの未来を賭けた戦になりましょう」


 シュランゲシャッテンのマイラオス城、部下達に決意を告げるとユージィは自ら馬に跨がって先頭に立ち、ほぼ総兵力を率いて南下を開始する。

 目標はコモレビトであるが、もちろんヨヘンがそこまでサラセナ軍の進撃を待つとは思わない。


「おそらく戦いはマグネッセン牧場地……」


 愛馬の常歩に揺られながら、ユージィは決戦の地を呟く。

 マグネッセン牧場地はコモレビトのすぐ北にある帝国内でも有数の馬産地であり、広大な牧草地帯。

 精鋭であるサラセナ正規軍の能力を発揮するにはもってこいであり、それは親衛遊撃軍にも条件は変わらない。

 残るは総司令官の資質と時の運。


「そして……想いの強さ」


 初夏の訪れが近い南風に白い髪をなびかせ、ユージィは空を見上げる。

 乾いた蒼い空。

 それだけで祖国を出てきたのだと意識する。

 アイオリア帝国、南部諸州連合と共にこの大陸に存在する実質的な独立国であるサラセナ国を率いる女王は幼い頃から儀典等で帝国に出向く事はあったが、その人生の大半を厚い雲が空を覆う極寒地で過ごしてきた。

 毎年の様に降り積もる雪は祖国の独立を護ってきた守り神であるように言う者もいたが、幼く好奇心があったユージィには自分達を封じ込める神からの白き呪いの様に思えた。

 自分の白い髪をまるでサラセナの白き雪のようなと例える者が多い事に彼女は微笑みで答えていたが、陳腐なと見下してもいたのだ

 雪に覆われた白き国家サラセナ。

 歴代それを護り続ける義務を負う王。

 違う。

 女王の座に就いた彼女は表向きはそれを継承しながらも心の奥底ではそれを強く否定していた。

 強大な帝国からの完全独立、そして一大国家となる事がサラセナという国の悲願ではないか。

 それを遂に実現する機会、時が来たのだ。


「本当なら、本当なら……貴女と一緒に」


 もう叶わぬ願いを誰にも聞こえぬように口にしながら、英雄姫セフィーナに優るとも劣らぬ美貌を持つ女王は自ら定めた決戦の地に続く空をもう一度仰いだ。



            ―――



 親衛遊撃軍第四連隊連隊長マリア・リン・マリナ准将。

 弱冠二十一才の女性将官という立場にあるのは強い理由が存在する、帝国貴族の中でも建国に功があった三人の臣下を始祖とする三列侯家の一つであるマリナ家に生まれたからだ。

 列侯家は直系アイオリア皇家には及ばないが、分家のアイオリアよりも格が高く扱われる事すらあり、幾つかの特別な特権も有している。

 しかしマリア・リン・マリナ准将のルックスは大のつく貴族のそれでは無く、緩いウェーブのかかった灰色のセミロングヘア、黄色の肌にソバカスの残った童顔に丸い眼鏡という顔立ち、身長も高くはなく、まるで苦学女子学生だ。

 軍隊ならば准将の階級章が無ければ、尉官付きの女子伝令にも見えてしまう様な風貌、女性的な可愛らしさは人並みにあるのだが簡単に言えば冴えない。


「マリナ准将閣下、マイラオスより報告です、今朝早くサラセナ軍がマイラオス城を出撃して南下を開始しました、戦力はほぼ全軍の様子です」

「来たかぁ~」


 一見はのどかにも見えてしまうマグネッセン牧場地の巨大な厩舎の傍に簡単に張られた屋外用天蓋の司令部。

 牧草の生い茂る地に片膝を付いた伝令兵の報告にマリア准将が顔をしかめて背を向けると、連隊参謀長のカナヘル大佐は上官の嫌な試験が訪れたかの様な態度にやや眉をしかめた。

 

「ヨヘン中将の言われた通りでしたな」

「そうでしたね、あ~、外れてほしかった、出てこないから出てこないで楽なやり方があったのに~」

「閣下」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、はい」


 約一万の親衛遊撃軍連隊の幹部達の前である、まるで嫌な試験が訪れたかのような態度を四十代半ばのいかにも堅物であるカナヘル大佐に注意されると、ソバカス准将は仕方がないとばかりに眼鏡のズレを両手で直して、


「とりあえずはコモレビトに連絡してください、あ……伝令のあなたはご苦労様でした、下がって食事なんか食べて休んでから偵察隊に戻ってください」


 と、カナヘルには指示を出し、伝令兵を労う。

 深々と頭を下げる伝令兵が下がっていき、司令部の幕僚達は緊張が増す。


「コモレビトに伝令を至急送るんだ、兵達に呼集をかけ、工兵隊には防衛陣地構築のピッチを急がせろ! 敵軍の来襲まで陣地を強化させるんだ!」

「あ~、カナヘル大佐、平気です、コモレビトへの伝令はともかく防衛用の陣地の構築はそんなに急がせないでください、あと他の方々もそんなにザワザワしないで下さい」


 各幕僚達が動き出し、カナヘルが野太い声で指示を出すが、マリアは遠慮がちな笑顔を周囲に見せた。


「閣下?」

「報告によればまだサラセナ軍はマイラオス城を出たばかりですし、行軍速度も遅いみたいです、ここは敵にとっては情報はあっても実地で行軍した事もない敵地なんですから警戒しての移動は当然でしょう、だったら相手がこのマグネッセン牧場地に現れるのは早くても明後日の朝ですよ、工兵隊に徹夜なんてさせたら戦いの時に動けなくなりますし……第一にそんなに今から緊張してたら兵よりも私が持ちませんから」

「……しかし」

「お願いします、敵軍の動向さえキチンと掴んでいれば明日の夕刻までは緊張を解いてゆっくりしてた方がきっと明後日に良い結果が出ますよ、いかに見事な作戦を立案しても兵が動かなければ将なんて虚しい存在なんで」

「了解しました」


 一度は反論しかけたカナヘル大佐は指示に敬礼する。

 軍隊であるからそれは当然だが、マリア・リン・マリナは帝国に三家しかいない列侯貴族の娘なのだ。

 本人の態度がどうであれ周囲はただの貴族出の一准将とは扱える訳もない。


「じゃあ、また夕方に……解散です」


 それだけ告げるとマリア・リン・マリナ准将は自分専用に自ら張った小さなテントにゴソゴソと入っていき、連隊幕僚達は敬礼で見送ると各々の持ち場に戻っていく。


「あれで大丈夫か!?」

「どうだろうな」

「話によれば今回の迎撃の作戦の立案はマリナ准将で、ヨヘン中将が了承したらしいぞ」

「なるようにしかなるまい、それにマリナ准将は列侯家であるからなのもそうだが、少なくとも戦場で幾らかの功績を立てての今回の親衛遊撃軍連隊長の抜擢らしいからな」

「どうかな? 列侯ともなれば戦場の他人の功績だって自分の物と出来るだろうさ、実際マリナ准将ではないが、それをされたという同僚を俺は知ってるぞ、軍務記録局も列侯の主張の前には敵わんからな」

「手柄の横取りか、敵わんな」

「列侯には言い返せんさ」


 連隊幕僚達は各々の部署に向かいながら口々に謎多き上司について語り合う。

 参謀長であるカナヘル大佐も色々な噂は聞いているし、マリア・リン・マリナが少なくとも功績を立て、准将になったのは聞いていたが、帝国軍の悪癖である貴族出や皇族筋の者が部下の手柄を横取りする横暴がある事も知っているのだ。


「ともかくだ」


 その場の最上位であるカナヘルが口を開くと、幕僚達は脚を止めて注視してくる。


「マリナ准将の事はともかく平民出のヨヘン中将が上に居るんだから心配は要らないだろうし、手柄も立てていない内に不満を言っても仕方ない、取りあえずはその心配は勝ってからさ」


 カナヘルの意見はもっともであった。

 まだ戦いが始まってもいないのだ。


「それもうですな」


 幕僚達は頷き合い、草の背が高くなり始めた牧草地を歩き始めたのだった。

 


                           続く

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