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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第九十五話「アンデレルタの戦い」

 剛力無双。

 帝国、いや大陸随一の武勇とまで言われるアレキサンダー・ゼファー・アイオリア。

 率いる直轄軍も彼が自ら鍛え上げた精鋭揃いの軍勢であり、一万五千という一個師団の数ながら、その戦闘能力は正面決戦ならば大陸最強と言っても差し支えはないだろう。

 その最強師団の出撃に際して、およそ七万の戦力を持つカールが採った手は僅か二千による自らの迎撃であった。


「舐められた物だ、もちろん本気での迎撃ではあるまい」


 まさか七万の敵軍の迎撃が僅か二千とは思わなかったアレキサンダーであるが、驚いた様子は見せず一万五千の軍勢の先頭に立ち、陣の前に出てきた小勢を睨む。

 二千の先頭に立つのはカール。

 ゼファー軍の総大将、フェルノール軍の実質的な総司令が数十メートルの距離に向かい合う。


「聞けっ、逆賊!」

「……」


 予想はしていたカールからの罵り、直近の部下達はざわつくがアレキサンダーは無言のまま馬上にあった。

 鎧兜に身を包み同じく馬上のカールは続ける。


「貴様のような賊は滅多に見ないぞ? 忠誠を誓うべき皇帝陛下に対しても叛き、恩義と愛を返すべき父親にも堂々と逆らう、それだけでも十二分に恥ずべきなのに更にそんな愚行に弟まで誘い込むなど! 何があっても貴様には恩情は無いから覚悟せよ!」

「うるさいっ!」


 アレキサンダーが口を開く。

 カールよりも遥かに立派な体躯から発される声はアンデレルタの山脈にまで届くような大声だ。


「カール、貴様は父上をたぶらかして国政を牛耳り、宿敵である南部諸州連合と手を結ぶという失策まで犯した、果てには妹であるセフィーナを自らの妃にするという獣にも劣る欲までさらけ出している様な男だ! 俺が賊なら貴様は外道だ」

「ふっ、失策ならば鉄槌遠征で南部諸州連合に良い様にやられたお前には敵わないさ、その敗戦の謝罪すら陛下に行わず、助けられたセフィーナに感謝もなしで己の殻に逃げ込んだのだから貴様は賊と言うよりは子供なのだ、喧嘩に負けで自室に引きこもる幼児と変わらないのだ!」

「……貴様ぁ! へらず口にいつまでも付き合ってられるか! ここで一騎討ちをしろっ!」


 音量はアレキサンダーが勝るが、口喧嘩ではカールに一日の長があった、アレキサンダーは自らの槍を握り締める。


「ならば、この者達を相手せよ、貴様の武勇など所詮は井の中の蛙だ、倒せたならば後に俺が相手してやる」


 カールはそんなアレキサンダーをせせら笑うと、後ろの部下達に呼びかけ、騎乗した青年士官が二人現れた。

 この戦いの前に募集され、その中から選りすぐられた武勇が自慢の者で二人ともがアレキサンダーにも負けない堂々とした体格の者達だ。


「ふん……」


 各々、長剣と大斧を持った二人がアレキサンダーに向かって馬を進ませるがアレキサンダーは従卒に馬を預けると、馬から降りて得物の槍を地面に刺してしまう。


「お前達みたいな奴等を相手するのに、武器や馬がいるか、素手で相手してやる!」


 軽装鎧のみで両手を大きく上げたアレキサンダーに、味方も敵もまさかと声を失った。


「二人で一度に来るか?」


 ニヤリと笑うアレキサンダーに、長剣を持った士官が馬を降りて向き合う。


「私は近衛第二師団のアーリアス少佐だ、逆賊アレキサンダー皇子覚悟せよ!」


 駆け出すアーリアス少佐。

 長剣を振るい突きを繰り出すが、アレキサンダーは腹めがけて突き出された剣先を僅かに躱し、長剣を左脇で挟んでしまう。


「なに……動か」

「馬鹿者!」


 長剣が完全に押さえられ焦るアーリアス少佐の頬にアレキサンダーの鉄拳が唸り上げて命中し、アーリアス少佐の顔面は曲がってはいけない勢いで後方を向いて、彼は膝から崩れ落ちた。


「流石はアレキサンダー様!」

「ば、化け物だ!」


 ゼファー軍は盛り上がり、フェルノール軍は静まり返る。


「い……いくぞっ!」


 この雰囲気に呑まれたくないとばかりに今度は大斧を持った士官が騎乗したまま、アレキサンダーに突進する。

 数百㎏の軍馬の突進は流石のアレキサンダーも対処できまい、と彼は考えたが……


「……!?」


 大斧を振りかざした時、目標のアレキサンダーが視界から消えた事に驚愕し、


「こっちだ」

「な、なにっ!?」


 その相手の声が後ろから聞こえた事に愕然とする。

 突進してきた軍馬を躱し、素早く騎乗した彼の後ろに飛び乗って来たのだ。

 なんという体術であろう、アレキサンダーの体躯は平均男子より遥かに大きいのにも関わらず、まるで軽業師のそれだ。


「さっさと死ね」


 後ろから片手だけを首を回してアレキサンダーが数秒力を込めると、名前すら名乗れなかった大斧の青年士官は嫌な音と共に首の骨を砕かれて馬上から転落した。


「ドゥ、ドゥ!」


 手綱を持つ主人を失い戸惑う馬を落ち着かせて、馬から降りるアレキサンダー。

 一万五千からの味方は大歓声。

 流石は我らの総大将と沸き立てる。


「どうだ!? カール! 今度はお前が相手をしてくれるんじゃないのかっ!!」

「……」


 瞬時に二人を片付け、意気揚々と握った右手をカールに向けるアレキサンダー。

 だがカールは嘲笑を浮かべていた。


「お前が羨ましいぞ! 原始の死闘よろしく素手で人間を倒して得意になっていられるのだからな、やはりお前にはそういう程度の戦いがお似合いだ、俺は二人に勝ったら相手をしてやるとは言ったが、お前がお得意の原始の戦をするつもりはない、一人、二人を討ち取って得意気に相手の総司令官と闘えるつもりになっているのだから貴様の思考は部隊長レベルなのだ、大遠征で失態を演じるのも当然だ!」

「な、なにっ!?」

「部隊長レベルの相手をしてやる時間はないな、良い余興を見せてもらった、さらばだ!」


 あまりにも予想外の返答に絶句するアレキサンダー、カールはさっさと馬を返し始め、彼の率いる軍勢も素早く陣の方向に引き返し始めた。


「こ……このっ! 逃げるつもりかっ!!」


 身体中が熱くなる感覚にアレキサンダーは逆らわず、


「全軍突撃だっ、全滅させろっ!」


 と、総攻撃の命令を下す。

 アレキサンダーの号令に従い、撤退していくフェルノール軍を追いかけるゼファー軍。

 だがフェルノール軍は素早く、まるで撤退が予定していた様にすぐ後方にある陣地に飛び込んでしまったので、如何にゼファー軍が急ごうとも一万五千の大所帯が二千の小回りの効く少数には追いつかなかった。


「逃げ足だけは速い! だが只では済まさんぞ、敵軍の陣地に突撃して我々の武勇を見せつけよっ!」


 カールに騙された形のアレキサンダーは怒り心頭で馬上で槍を振り上げ命令を下す。


「いけません、あれは七万が守る陣地です! 全軍突撃ならばわかりますが、アレキサンダー様の手勢だけでの突撃はいけません! 突破出来たとしても囲まれてしまう可能性も……」


 マック少将がその血気を抑えようとするが……


「やかましいっ、カールにバカにされて黙っていられるかっ、それに敵軍はあの通りの意気地無しの集まりだ! 敵陣を落とせないにしても一部を突破してカールの奴に恐怖を与え、アルフレートの手勢の奴等にも俺たちの強さを見せて、これからの戦争をどちらが主導するかを教えてやるのだ!」


 アレキサンダーは全く収まらない。

 敵と味方への思いを怒鳴ると、自らが先頭に立ち、フェルノール軍の陣地に突撃を開始した。



「敵軍は止まりません! 突撃してきます!」


 フェルノール軍の陣地。

 帰りついたばかりのカールはその報告を受けると、馬から降りて参謀達と陣地内に築き上げられた櫓に上がる。

 そこには既にクラウスの姿があった。


「カール兄さん、アレキサンダー兄さんが突っ込んでくるよ、正面突破をするつもりなのかい? 一体何をやったのさ?」

「大したことじゃない、やった事は一騎討ちをさせて調子に乗った奴を騙したくらいだ」


 カールはそう言って兜を一度脱いで、金色の長目の髪を整えてから再び兜をかぶる。


「アイツは感情に流されやすい自分にコンプレックスを持っている所があってな、何とかそれを出さないように最近は努めているらしいからな、からかうのも一苦労だ」


 美男子の毒のある笑みを浮かべて手を上げるカール。

 アレキサンダーを先頭にした軍勢が迫り、陣地内のフェルノール軍の将兵は陣地柵越しに曲射で弓を放つ様に構えた。


「カール兄さん……」

「まだだ……」


 手を上げたままのカールの顔にはまだ笑みが残る。

 大陸最強の師団はもう陣地の目の前だ。


「……放てっ」


 カールが特に熱くもならず手を振り下ろしたのと、陣地に迫るゼファー軍の足元が大きく沈みこんだのは同時であった。



            ***



「私、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアの立場は以前表明した物と一切の変わりはありません、アイオリア帝国皇帝で在らせられるパウル陛下に忠誠を誓い、それに逆らう者には私の忠義の剣を浴びせる心積りです」


 南部諸州連合エリーゼの中心街。

 上下院議場の会見室でセフィーナが宣言すると、各社の記者達からはオオッと声が上がる。

 銀髪の英雄姫はいつものドレス姿では無かった。

 黒を基調とした軍服、略帽ではなく軍帽を真っ直ぐかぶって切れ長の瞳を記者達に向け、会見用の机に座らずに両手を後ろに組んで立っていた。


「で、では皇女殿下、今回のゼファー派であるアレキサンダー皇子とアルフレート皇子は……」

「無論、陛下に仇を為そうとする逆賊です」


 記者からの質問に対してセフィーナは即答した。

 瞳の強さにその記者は次の質問が出ない。


「しかし皇女殿下、アルフレート皇子とセフィーナ皇女殿下はとても仲の良い兄妹と聞いております……セフィーナ皇女殿下が両者の間に入って平和的に事態を収めるという手段は可能性が無いのでしょうか?」

「……」


 間を逃さず質問権を行使した別の記者、セフィーナは僅かな間を置いて口を開く。


「家族という物は掛け替えのない大切な物です、しかし家族の者が犯した謀反という大罪を見逃す様なセフィーナ・ゼライハ・アイオリアではありません、ごく一般の家庭でもそうに違いありませんが、家族の犯した罪ならば黙って見逃す、もしくはそれに加担する様な一家が正常な関係とは私は思いません、私は二人の兄が犯した大罪を断固として見逃すつもりはありません」


 南部諸州連合の土地で十八歳を迎えた美少女の口調は強くもなく、弱くもない。

 虚勢を張っている訳でもなく、戸惑いを無理矢理に抑えている訳でも無いように周囲からは見えたが……

 散々、セフィーナがゼファー派に寝返るという見解を大した根拠も無しに書き続けていた某新聞社の女性記者に、


「では貴女は父である皇帝陛下の命があれば、親しいアルフレー皇子を討つ事もするのですね!? 妹として兄の罪を問うという訳ですね!?」


 と、問い質されると切れ長の瞳を更に剣の如く鋭くさせ、


「くどい……」


 そうポツリと呟きながら迫力に圧される女性記者を一瞥し、英雄姫セフィーナは会見場を後にしたのだった。 






 会見場の裏手の廊下、会見中から後ろに控えていたメイヤが続くと、セフィーナはピタリと足を止めた。


「なぁ、メイヤ」

「ん?」


 首を傾げる幼馴染みにセフィーナは振り返り、


「あの記者……きっとひとりっ子か、ロクな兄弟がいないに違いないぞ」


 と、どこか悲しげな笑顔をうかべたのだった。



 


                           続く

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