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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第九話「ヨヘンの軽い陰鬱」

 ヨヘン・ハルパー大佐はエトナ城内の中庭に造られた巨大な厩舎内を歩いていた。

 一頭、一頭、区切られた馬房から顔を出してくる馬達を穏やかな表情で見つめる様子は黒を基調とするアイオリア帝国軍の軍服を着ていなければ、牧場で働く若い牧場娘にしか見えない。


「このエトナ城内の特設厩舎内で馬達は普段は過ごしています、騎兵達には各々の専用の馬がおりまして、馬の世話係はいますが、ほとんどの者が自分の馬の調教から餌やり、寝藁の世話まで行いますね」

「それは騎士団の慣習かな?」

「はい、規則はありませんが階級に関係無く皆が自然とそうするようになったと聞きます、昔からだそうです」


 転勤したての新任大佐の質問に、案内役を申し付けられた少年兵は得意気に顔を輝かせる。


「我々にとって馬は単なる移動手段ではなく戦友なんです」

「大切にしてるんだね」

「はい……だからこそ我々、カーリアン騎士団は帝国最強の騎兵師団として歴史に名を刻んできたのです、そしてこれからも!」


 自らの言葉に全く疑問を抱いていない少年。

 それに笑顔を向けながらも歴史に残るのは何も勝者名である必要がない、など意地悪な思考を巡らせてしまうヨヘンだった。




「君は騎兵の指揮は初めてかね?」


 エトナ城内司令官室。

 その主であるユーリック・カーリアン上級大将は深々と椅子に座り、執務机の向こうから新任大佐を睨み付ける。


「はい」


 やや背筋を正すヨヘン。

 栗色の髪、短いポニーテールに小さな身体に丸顔の童顔。

 まるで士官学校を出たばかりの少尉といっても通用する若い容姿が、ヨヘン・ハルパーという女性にとって、ありがたいのかそうでないのか判定がしかねるが、ここではそれは悪い方に効果が出たのかもしれない。

 そう思えてしまうような師団長の態度だ。


「師団勤務は初めてですが、以前騎兵中隊の副隊長を務めた事が……」

「それは忘れたまえ、練度の低い歩兵師団付きの騎兵の経験など役に立たん」


 ヨヘンの返事が終わる前に、ユーリック上級大将が断言する。

 年齢は五十代前半。

 長身で体格もたくましく、黒々とした髪を短く逆立てた堂々とした容姿は、四十代半ばでも十分に通用するだろう。

 年齢よりも若く見えるという点は共通するが、ユーリックにとってはヨヘンの幼さはお気に召さなかった様だ。


「貴官はセフィーナ皇女殿下の大勝に貢献しての昇進らしいが騎兵の戦い方の基本も知らんだろう、作戦参謀次長として赴任してきてもらったが、暫くは騎兵師団がなんたるかを勉強していてもらいたい」


 その言い様は大佐で作戦参謀次長という高級参謀に着任した者に対する物ではなかった。

 まるでヨヘンの容姿の通りの新任少尉に対するそれだ。

 親友のシア・バイエルラインならば、これからの人間関係や仕事場の雰囲気に気を回して我慢したのだろうが、ここにいるのは彼女よりも表情豊かで物事をハッキリと告げるヨヘンである。

 普段は田舎のノンビリ娘にしか見えないと、兵士達からも言われている彼女の顔色が一気に不機嫌のベクトルに傾く。


「了解です、噂に名高い封地守備という物の何たるか、しっかりと勉強させて頂きたく存じます! それでは失礼いたします」


 ヨヘンは素早い敬礼と同時に踵を返す。

 ユーリック上級大将の眉がピクリと反応したのは確認したが、彼女はわざと行進のように足音を立てて、執務室を後にして廊下に出て行った。



「見たかっ、人をバカにしてっ!」


 少し歩いて早足でペロリと舌を出す。

 まるで嫌いな教師の後ろ姿に女子学生のするそれ。

 ヨヘンの言葉は意味を知らぬ者が聞けば何でもないが、カーリアン騎士団師団長にとっては相当な嫌味という名のカウンターパンチであり、理解するには多少の説明を必要とした。




 カーリアン騎士団は創設が古い師団である。

 南部諸州連合軍に比べ、軍自体の歴史が長い帝国軍の師団の中でも特殊な立場に位置する。

 師団の誕生の歴史は古い文献でしか伺い知れない時代に遡る。

 当時の帝国皇帝フリッツ・アイオリアは南方からの異民族と呼ばれる者達の侵略に苦しんでいた。

 特にエトナという平原地帯では野生馬を乗りこなす異民族達に既存の帝国騎兵師団も苦戦を強いられ、度々国境が深く侵される事も珍しくなかった。

 その解決に乗り出したのはフリッツと個人的な親友であったザスト・カーリアン上級大将で、彼は短期的な物ではなく、長期的な対抗策を皇帝に示した。

 異民族騎兵の暴れるエトナ平原に騎兵隊の拠点となる城を築城し、巨費と年月をかけて騎兵を育て上げて、騎兵戦で対抗しようという物である。



 皇帝は親友の策に賛同し、新規築城と新たな騎士団の設立を許可、国家の一大プロジェクトが動き出した。

 軍馬の巨大厩舎、特別調教施設を城内に備えたエトナ城は平均的な平城の二倍以上の大きさで建設自体におよそ三年を費やし、騎乗技術から騎馬戦闘に長けた騎兵の育成、種馬から研究された軍馬達が若駒から人に慣れさせる馴致【じゅんち】と呼ばれる訓練や軍馬としての調教、馬達を飼育する厩務員達の養成と、全てが軌道に乗ったのは城が完成して更に四年近くの月日が経つ。

 約七年の時間と多大な費用と人員が費やされようやく誕生したのが、約一万五千の騎兵とそれを支援する歩兵五千からなる騎兵師団カーリアン騎士団である。



 カーリアン騎士団は皇帝という絶対的なバックアップが無ければ間違いなく誕生を赦されなかっただろう。

 エトナ城やカーリアン騎士団にかかった費用を他に転用すれば、歩兵師団が十個師団は養えただろうと軍務大臣はため息をつき、馬達や厩舎の維持費に財務大臣も頭を抱えた。

 そんな経緯で誕生したカーリアン騎士団だったが、活躍の場は案外に早く訪れる。

 エトナ平原に侵入をしてきた南方の異民族の騎兵隊を初代師団長であるザスト・カーリアン上級大将の指揮で撃退したのだ。

 帝国側ではエトナ大騎兵戦と呼ぶ者が特に騎士団の中に多い戦いは、長年鍛え上げた騎兵の真髄を見せつける機動防御と逆襲突破の両方をカーリアン上級大将が見事な運用で実施しての大勝となり、その後に帝国で長く語り草となる伝説の戦となった。



 時が経ち、あらゆる事柄の世代が代わり、ザスト・カーリアンの死後もカーリアン騎士団の歴代の師団長を継いだのは、全てカーリアンの軍人一族の者達だった。

 これはザスト・カーリアンとフリッツ・アイオリアの個人的な約束に沿っている。

 病気でザストが倒れた際、彼は自らの身よりもカーリアン騎士団の存続を気にかけた。

 存続し続ける限り、膨大な予算と人員を必要とする精鋭騎兵師団は、予算と人員を味方であるはずの他の師団や帝国軍の財務人事関係者から常に狙われていたのだ。

 ザストは死の直前にカーリアン騎士団の永続を望み、フリッツは親友の願いを受け、カーリアン騎士団の世襲による存続を宣言し、アイオリア帝国が続く限り存続する永久騎士団に指定した。

 これによりフリッツ亡き後も長きの間、カーリアン騎士団は予算による規模の多少の縮小こそはあれ、皇帝の永久保証を盾に存続してきたのだ。

 


 帝国が続く限り安泰とされたカーリアン騎士団だったが、それはあくまでも帝国側での都合だ。

 フリッツの治世の頃は南方異民族と呼ばれていた者達が治めていた地域を州とし、議会連邦制を掲げて連合してくると、帝国皇帝の敵は一気に巨大化した。

 その戦いの中で、カーリアン騎士団はエトナ平原周辺を騎兵戦に向いた地の利を活かし、五代に続き見事に守り通してきたのだが、いざこちらからエトナ平原を出て、諸州連合軍を討ちに遠征すると、これまでの勝ち運をまるでエトナに置いてきたようになってしまう。

 小さな勝ちなら遠征でも獲てはいるが、初代師団長のザストから続き五代目の歴史の中、遠征作戦では実に三度も壊滅に近い大敗戦を重ねてしまったのだ。


「カーリアン騎士団は騎馬戦に適し、自分達が慣れたエトナ平原でしか勝てない」

「機動突撃を旨とする騎兵の癖に、敵地に乗り込めない役立たずの金喰い虫」

「自分の家の庭でしか、おねだりで手に入れた値の張る木馬に乗れない子供」


 壊滅の度、師団復興の為に巨費と人員が永久保証を守るために投じられ、悪口が増えていく。

 やがてカーリアン騎士団はエトナ平原で行う防衛戦には滅法強いが、敵地に出向いていくと勝てないという理論的な根拠のない話が帝国軍内だけでなく、今や南部諸州連合軍にまで知れているという不名誉な状態なのだ。 


「噂に名高い封地守備」


 ユーリック上級大将に失礼な新任少尉扱いされたヨヘンが口にしたフレーズは、早い話が皇帝に封じられたエトナ平原の守備だけは滅法得意だよね? と言わんばかりの嫌味である。


「まったく……何なのよ、ここは! シアは良いなぁ、セフィーナ様の直属なんだもんなぁ、私なんかミスってたかなぁ~」


 ヨヘンは専用の士官室に帰ると自らの新たな転勤地にボヤき、親友の立場を羨みながらベッドに背中から倒れ込む。

 実はセフィーナはヴァルタ平原会戦で作戦の要となって任務をほぼ完璧にこなしたシア・バイエルラインとヨヘン・ハルパーの両方を昇進の上で直接の麾下とする事を強く望んだのだが、功績を上げたセフィーナ自身も予想していなかった横槍が入り、片方しか叶わなかった結果なのだが、当人は知る由もない。 


「でも……いつまでも腐っていても仕方がないや、言いたい事は言ってやったし、とにかく頑張んなきゃ!」


 ベッドの上で小さな身体を大きく伸ばして陰鬱な気分を振り払う彼女であったが、感情的になったとはいえ、その言いたい事は言ってやったという行為を予想以上に後悔した、と後に親友に反省を込めて述懐する事になるのであった。



続く 

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