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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第八十七話「シアの決断」

 開け放たれたドアから部屋に入ってきたのは今、このガイアヴァーナ大陸に起こりつつある大規模動乱のキーマンと言っても良い人物であった。

 サラセナ王国女王ユージィ・エリュキュネル。

 白い髪に透き通るような肌を持つ美少女が驚くシアに向かって笑顔を見せていた。


「お久しぶりです、シア中将」

「なぜ……ここにっ!?」


 情勢は聞いている。

 もちろん拉致をした相手から聞かされた内容に全幅の信頼を寄せる程にシアはお人好しではない、その中でも一番疑ったのはサラセナ王国が新生アイオリア帝国と完全な同盟関係を結び、国境を越えて軍隊を派遣しているという情報だ。

 アイオリア帝国からの侵攻を受けて、反撃する事はあったサラセナ王国軍だが、国境を越えて進軍してくる事は少なくとも近年は全く無かった。

 国力、軍事力からいって正面決戦で帝国軍を打ち破る力はサラセナ王国には存在しない。

 軍隊は少数精鋭で資金を活かした十二分な訓練と装備を整えているが、それでも戦力はせいぜい五万。

 鉄鎚遠征や内乱、西部戦線の激戦で疲弊しきっていたアイオリア帝国軍であるが、その数倍の動員は可能であり更に戦闘での被害の回復力等を考えれば軍事的に新生アイオリア帝国軍の手助けをするとは思わなかったからである。

 しかし……帝国中部のゼファーにまで彼女が現れた事が全ての証明を果たしていた。

 おそらく軍の主力はまだ大陸北西部のサラセナと帝国の国境でにらみ合いをしているのかもしれないか、彼女は先んじて今回の反乱の首魁であるアレキサンダーと会見する為にここにきたのだろう。


「サラセナ王国は新生アイオリア帝国軍と手を結び、新たな大陸秩序を造り上げます」

「そんな……」


 シアは絶句する。

 ユージィとはサラセナ王国に滞在した短い期間だっだが、親しく色々と話した。

 若くして女王となった彼女は淑やかながらも大胆な面もあったが、決して短兵急な行動に走るような人間には見えなかった。


「アレキサンダー皇子が帝国の皇帝となるべき人物と貴女は見込んだのですかっ!? このガイアヴァーナ大陸に平和をもたらす人物に見えたのですかっ!?」


 シアは強い口調で問う。

 二人だけの部屋に響くそれは怒号に近かった、聡明で美しいユージィ・エリュキュネル王女がアレキサンダーを国の未来を託して組むべき相手と見たのかという落胆が含まれていた。


「……いいえ、彼にそこまでの統率能力があるとは私は考えていません」


 冷徹な返答、ユージィ・エリュキュネルの瞳が煌めく。


「じゃあ、何故……」

「私はアレキサンダー皇子一人を見込んだつもりはありません、アレキサンダー皇子は覇気や武勇は十二分ですがこの難局を乗り切る人望や政治的な手腕はないと思います、でもそれをフォロー出来るほぼ対等の立場の方が味方に付いております」

「味方、対等!?」

「はい、アルフレート皇子も新生アイオリア帝国軍側です、彼もすぐに北部の所領ゼインで起ち、北部の兵をまとめて南下してくる手筈です、北部は人が少ないですがそれでも北部各地の兵を合わせて無視できぬ兵力に達するでしょう、何よりも大きな事は温厚な性格で人徳がある彼が味方につく事で各地の貴族達、そしてセフィーナ皇女の動きも変わってきます、アルフレート皇子とセフィーナ皇女は幼い頃から仲がよろしかったのでしょう?」


 ユージィの顔には仕掛けは十分という自信があった。

 アルフレートが!?

 バカな!?

 シアは驚き、言葉が出ない。

 現在のアイオリアの後継者候補達は各々が優秀であるが基本的に性格が強硬な者が多いと観られており、まだ語るには年少すぎるサーディアを除いては部下達は苦労をさせられると裏では言われていた。

 セフィーナにしても例外ではない、強気な性格はもちろんであるし、これと決めたら部下ならの進言を全く聞かない一面も持っていた。

 その中でも戦は苦手だが、部下想いで兄弟達の間でも何かと全員を相手に立ち回れる穏健派なアルフレートの存在は一目置かれていたのである。


「まさかアルフレート皇子にもサラセナの手が!?」

「そういう言い方は心外です、皇子には皇子の考えがあっての事です、ただ起たれるのがアレキサンダー皇子だけであったら我々はここまでの賭けには出ませんでした、逆に言えば勝算が十二分に計算できたからこそ、我々サラセナ王国が国境を越えたのです、そして……勝利の為の最後の欠片が貴女です」

「……!!」


 ユージィの白い肌の手がシアの右手を両手で握っていた。


「貴女の手腕は中将などには留まらない、今回は大軍の頭脳として総参謀長を、私としては将来的には貴女をサラセナ王国軍の総司令官としてお迎えしたい、もちろん数万の規模の小さな我が軍では無く、新生アイオリア、南部諸州連合と共に大陸を三分する様になった数十万を数えるサラセナ王国軍の総司令官です」


 氷の国の女王の瞳はシアの黒い瞳を見つめている、そこに嘘があるとは思えなかった。

 ユージィはシアを求めている。

 それは肌で解った。


「私がそれでもあなた方の言う旧帝国、フェルノールに帰るというなら?」

「それは叶いません、私達のあらゆる諜報能力を以てして貴女は自分の意志で新生アイオリア帝国軍に参加したようにフェルノールの方々には信じ込ませています、たとえ何人かの仲間の方が貴女を信じたとしても却って、その仲間の方々に迷惑をかける事になります……そして貴女はまた登りつめるチャンスをみすみす失うのです、その力と器量、そのつもりもあられるのに」

「な……っ!?」


 驚くシア。

 ユージィは手を握ったまま、顔をシアに近づけた。


「私にはわかります、登りつめるというはもちろんサラセナ王国軍の総司令でもありません、良いのです、私は貴女となら、このガイアヴァーナ大陸を分け合っても……野望と言う物は叶えるためにある物なのです……ねぇ?」


 何かに奥底を揺り動かされる衝動に唖然とするシアの唇にユージィの唇がそっと重なった。



            ***



「俺と挨拶もロクに済まさぬうちに、シア中将に会いに行って御執心の様だな?」

「否定しません、シア中将はお美しく才能も豊かな方です、そういう方に憧れるのは恥ずかしい事ではありませんわ」


 新生アイオリア帝国軍の幹部達とユージィと数人のサラセナ王国の随員による歓迎の夕食会、杯を傾けながら同列の席を並べるアレキサンダーにユージィは笑顔で答えた。


「かなりの剣幕で俺には逆らってきたぞ!? 総参謀長を引き受けはしないだろう、もし引き受けたとしても利敵行為に走るやも知れない」

「心配要りません、私は貴方よりもシア中将を知っています、必ずや、必ずや味方になってくれます、それよりも彼女についての約束は違えませんように?」

「ああ……旧帝国に勝利したら、彼女の身はサラセナ王国に委ねるとする」


 淑やかながらの自信の返事にやや圧され気味にアレキサンダーは頷いて酒を飲み干す。

 セフィーナとも比肩するような美姫であるが、ユージィにはどこか苦手な印象が否めないアレキサンダー。

 しかし大切な同盟相手で、資金面でも依存している事もあり、下手には出ないが高飛車にもなれない。

 

「アレキサンダー様の武勇、アルフレート様の調整能力、そしてサラセナ王国の諜報能力にシア中将の優れた作戦指導力が加われば、セフィーナ皇女の居ない旧帝国に勝利する事は決して不可能ではありません」


 ユージィ・エリュキュネル王女の言にアレキサンダーはもちろんだ、とだけ答え、新しく酒の注がれた杯を豪快にあおったのだった。



            ***


「……」


 ランタンの灯りが煌々と照らす室内。

 シアはベッドに仰向けになり、天井を見つめていた。

 時折、唇を軽く右手で触れ、思い出す感触に瞳を鋭くさせ天井を睨む


「決めた……」


 ポツリと呟く。

 親友より何事も慎重派と周囲から見られていた士官学校時代から現在まで……今までにない賭けに出る決意を固めた。

 視線の先には先ほど出された夕食が残っているが、注視しているのはフォークである。


『やるしかないか』


 鋭い瞳のまま身体を起こした……時だった。

 小さなうめき声が聞こえ数秒すると、ガチャガチャとドアの鍵を開ける音がした後、一人の見知った少女がナイフを片手に部屋に飛び込んできた。


「シア様っ!」


 ルフィナ伍長。

 まだ幼さが残る十五歳の彼女はメイヤの部下に当たるが、サラセナにシアがセフィーナの代わりとして赴いた時に護衛に付いて以来親しくなり、セフィーナが南部に向かった際にセフィーナの護衛から外れ、本人の希望もあってシアの小姓の様な役目を果たしていた。


「ルフィナ……!!」


 思わぬ相手の参上にシアは安堵の笑みを見せた。


「良かった、軟禁状態にあるという事はシア様はやはり裏切ってなどいなかったのですね!? 迎えに参りました!」

「ありがとう、本当に良く来てくれたわ、外までどうにかして私を連れていってくれる?」

「もちろんです、外どころかフェルノールまで! 他の者がきがつかないうちに、こちらです」


 悠長に再会を喜んでいる間では無い、ルフィナは廊下に走り出していく。

 シアは一人の若い警備兵と共に血を流して倒れる世話係の女性に短い黙祷をすると、ルフィナに続いて廊下を走り出す。




 どうやら軟禁されていたのはゼファーの山城の外郭線に建つ砦の一つの様だった、ルフィナの案内で比較的簡単に外に出る事が出来た。

 夜の闇に紛れて山城の麓に降り近くの森を二十分ほど早足で進む、脱出はもう判明している頃だろうが、ここまで離れれば相手もどの方角に逃げたかが正確にわかりでもしなければ簡単には見つからないだろう。

 

「ルフィナ」

「何でしょうか?」

「命令よ、正直に答えなさい、私はもうフェルノールではすっかり裏切り者でしょう?」


 追跡に対して明かりを灯せない暗い夜の森の路、先導するルフィナの脚がピタリと止まる。


「そうなのね、そうでなければルフィナが一人で潜入してくるなんて無いものね? こんな危険な事は貴女が個人でしてくれたんでしょ? 救出作戦とかではなく」

「あ、あのっ、密偵からの報告でシア様がアレキサンダー様と一緒に反乱兵の軍事教練をしていたり、作戦会議をしているという報告が何度もあって、信じてくれていた人達もすっかり……でも、でもヨヘン中将や何人かの人達はそれでもと言われてますが周囲からは……」


 ルフィナは戸惑いながら答える、彼女を責めるつもりは全く無いが今にも泣き出してしまいそうだ。

 もちろんシアはアレキサンダーと軍事教練も、作戦会議もしてはいないが、密偵にそれを見せるようにシアに背格好が似た者を用意したか、密偵自体を買収しての策略だろう。

 それにしても手の込んだ事だ、それでもヨヘンが自分を信じてくれているのにはシアは本心から安堵する、彼女が親衛遊撃軍の司令官に任じられたと聞いた時は親友もここまでは信じてはくれないか、と思っていたからだ。


「フェルノールに帰っても何を今更、と即刻反逆罪に問われる可能性が高いか……」


 ため息をついてシアは近くの大樹に寄りかかる。

 サラセナ、と言うよりユージィはそうなる様に根回しを周到に整えている。

 帰ってもみすみす命を失うどころか、確実に擁護してくれるであろう親友すらも何の疑惑を持たれるかわからない。

 ヨヘン・ハルパーという友人の性格は良く解る、一緒に反逆罪に問われたいのか? と軍事法廷の裁判長に問われても、決して自分を見捨てない。


「あ、諦めないでください! ヨヘン中将がきっと容疑は晴らしてくれます! それに私だってシア様が捕らえられていた事を証言します」

「貴女はここに来る為に軍を脱走してきたんでしょ? 軍事法廷じゃ証人にはなれないわよ」

「あ……」


 必死にシアを励ますルフィナだったがその指摘には図星の様で声が詰まる。


「で、でも早まるのだけは……」

「平気よ、早まらないわ、だからといってフェルノールで親友達に迷惑をかけながら処断されるのは御免だし、回れ右して奴等の言う通りになるのはもっと嫌……」


 そう言って人さし指で自分の唇を擦るシア。

 何処を睨んでいる訳でないがその瞳は鋭い。


「もう決めたわ、あなたはフェルノールに帰りなさい、助けてくれて本当にありがとう、もう会う事は……」

「連れていってください、いえ必ず付いていきます!」

「どこに行くかわかっているの!?」

「わかりません、でもシア様と一緒に行きたいからここまで来たんですっ!」

「駄目よ、私は一人で行くわ」

「嫌ですっ!」


 問答の後、涙声を上げてルフィナはシアに抱き付いてくる。

 振りほどこうかと思ったが、シア・バイエルラインは自分を慕い、頼ってすがり付いてくる者を振りほどける性格ではない。


「どうにも私は……わかっててもダメなのよ、損な性格だとわかっているのに自分を辞める訳にはいかないしね、一体これからどうなることやら、はぁ、ゴメンねヨヘン」


 時折、雲間から照らす月を見上げながら、シアはため息をついて黒髪の後ろ頭を掻いたのだった。



                           続く



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