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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第八十六話「親衛遊撃軍新司令官誕生」

 普段から童顔と言われる彼女の表情もその時ばかりは年相応の厳しい女性のそれに見えた。


「お断りします」


 ヨヘン・ハルパー中将は昇進後に受けた初の着任指令を強い口調で拒否する。

 それを伝えるのが、一中将の官舎をわざわざ訪ねてきたアイオリアの直系皇族第四皇子クラウスでも彼女の意思を現す目付きは変わらない。


「理由を聞いていいかな?」

「……どうしてもです」

「答えにくいよね? 親衛遊撃軍の新司令官を引き受ければ、かけがえのない親友と戦う立場になる訳だし、遠くにいる彼女への宣戦布告となるだろうからね」

「……」


 クラウスの口調はいつもの何処か飄々とした様子はないが、ヨヘンは何も答えない。

 顔立ちは冴えなく、影が深い、夜は眠れずに昼は思い悩む生活を反乱の報が告げられた後の数日間続けた事が伺える。

 その姿は少なくともクラウスの中にいたヨヘン・ハルパーという女性ではない。


「事態は緊急を要するんだ、そして何よりも僕達は勝たなければいけない、その為には親衛遊撃軍とそれを率いる将がどうしても必要なんだ」

「クルサード中将が居るでしょう?」

「ダメとは言わないけどベストではない、相手はアレキサンダー兄さん率いる精鋭だ、後でどうしていれば良かったなんて言い訳はしたくない」


 テーブルの上に置かれたコーヒーを一口飲むと、クラウスは正面に座るヨヘンを見据える。


「皇子にはこんな私がベストに見えますか?」


 憔悴しているのは自分でもヨヘンはわかっているのだろう、だがそれから自ら復活する気力が沸かないのだ。

 当たり前である、ただ親友と喧嘩をしたという状況ではない、場合によっては敵味方に別れ戦いをしなければいけないという事態なのである。


「もちろん見えない、だけどね」


 クラウスは軽く両手をテーブルに着く、大きな音がしたわけではないがヨヘンの視線が僅かに上がる。


「だけどね……君はあの時の僕がベストに見えたのかい?」

「あの時の……!?」


 拒絶だけをしてきたヨヘンの顔色が変わる、クラウスの言った意味がわからなかったのである。


「鉄鎚遠征の時だよ、実質的には僕が第二軍を率いて、サーガライズの街を大規模ゲリラ戦の舞台にして、こちらを罠にかけようという策に参謀次長だった君の助言もロクに聞かないで、まんまと引っ掛かった時の事さ」

「……」


 返事は無かったが事は覚えている様子のヨヘン、クラウスは彼女と眼を合わせたまま続ける。


「相手がいよいよ総攻撃で街と郊外に分断された僕達を潰滅させようとしてきた時、僕が街に釘付けにされた味方を見棄て逃げようと決心しかけた事をヨヘン中将は解ったろ?」

「……はい」


 短い返事。

 それにクラウスは神妙な顔で頷く。


「その時、決して優しい態度では無かったけど、間違いを指摘して、更に恥の上塗りをしていようとしていた僕を踏み留まらせてくれたのは誰でもない、ヨヘン・ハルパー、君なんだ」

「……」


 童顔の帝国軍中将からの返答はないが、彼女の表情には言われた事の意外さに対する驚きが浮かんでいた。


「変な話だけど、賭けてもいいよ、君があの時に僕を厳しい態度で叱ってくれなかったら、僕は絶対に逃げていた、おそらく好き勝手に連合軍にやられまくって味方はもっと損害を受けていただろうし、いくらアイオリアの皇子でも誤魔化しきれない恥を歴史に残したに違いない」


 クラウスは席から立ちあがり、テーブルに身を乗り出し、顔をヨヘンに近づける。


「ヨヘン中将、君はあの時の僕がベストに見えたのかい? とても見えなかったろう? でもそんな僕を君は最低の卑怯者に堕ちる所から救ってくれたんだ、ロクでもないボンボンの僕だけど人に助けられたら感謝して、いつかは返したいくらいの感情は持っているさ……シア中将の件は僕が尽力する! 決して裏切り者扱いなんてさせない」


 そのクラウスの口調には普段、アイオリアという力のバックボーンから得ている余裕は感じられなかった。

 感謝という言い慣れない感情をどうにかして、上手く相手に伝えようとする必死さがあった。


「クラウス皇子……」

「ヨヘン中将、とにかく僕は君にそんなままで居てもらいたくはない、だからここに来たんだ、それにシア中将を取り戻す為には勝たなければいけない、この世界は嘘であろうが、詐欺であろうが負けてしまえば勝った人間のそれを止める事も暴く事も出来ない世界なんだよ、あっ!?」


 そう言い放つと、思いの外近づいていた顔の距離にようやく気がついたのか、クラウスはちょっと近かったね、と謝ると逆回しにするように急いで椅子に座り込む。

 官舎の部屋。

 帝国の皇子と失意の帝国軍中将の時間がゆっくりと静かに流れていく。


「信じてますか?」


 クラウスを見据えるヨヘンの瞳には先ほどまでにない何かが宿っていた。

 それが何なのかクラウスは数瞬で理解する。

 それは強さ、ヨヘン・ハルパーの童顔の瞳に人の命を賭けて戦う軍人の強さが戻っていたのだ。


「ヨヘン中将が信じているんだろ、だったら僕は信じるさ」


 皇族では遥か身分の高い相手ではあるが、一回り近い年齢の美少年の微笑みに対して、


「勝ちましょう、全ての為に……親衛遊撃軍臨時司令官、お引き受けします」


 ヨヘン・ハルパーは椅子から立ちあがり、見事な敬礼をしながら歳上の女性からの微笑みを返したのだった。



            ***



「お断りします! 何があって栄えあるアイオリア帝国軍人が地方反乱に荷担しなければならないのかっ!?」


 謁見の間に響き渡る女性の怒号に近い声に、周囲の者達は一斉にざわめいた。


「ほぅ、貴公は俺の行動が地方反乱に見えるのか? 随分と大胆な言い方だな、バイエルライン中将?」


 堂々とした体躯を玉座に沈めたアイオリア帝国第二皇子アレキサンダー・ゼファー・アイオリアは目の前に立つシア・バイエルラインを鋭く睨み付ける。

 見事な黒髪の美しい彼女だが、寝間着に裸足という場所に完全に合わない格好。

 一週間程前、夜中に官舎から拉致され軟禁されていた部屋から出される際、アレキサンダーへの謁見であるから、と新生アイオリア帝国軍の軍服や靴などを出されたのだが、それは着れないと断固拒否し、拉致されたままでアレキサンダーの前に立った。

 幸いシアの目付け役が寝間着を洗う間は他の服を用意してくれたし、あくまでも軟禁で風呂にも入れたので清潔さは保たれている。


「失礼、地方反乱ともうしましたが間違いです、人手不足を補う為に人を拉致しておいて、総参謀長に任じよう等という行動をする集団を軍と呼ぶにはおこがましい、地方反乱では上等すぎるので言い直します、これは山賊の暴動です」

「……貴様っ!!」


 余りにも大胆なシアからの非難に、余裕綽々であったアレキサンダーの顔色が赤く変わる。

 激情型の彼には到底耐えられる物ではなく、その場でシアの処刑でも言い出しかねない主君を遮るように、


「シア中将、君の名前は既に我々、新生アイオリア帝国軍の総参謀長として全帝国に発せられている、罵詈雑言でアレキサンダー様を怒らせたとしても、君が旧帝国に帰る手立てはない、帰ったとしても反乱者として扱われるだけだ」


 と、アレキサンダーの傍らに控える軍服を着た細身の中年の男が告げた。


「私はコンドラード・アイオリア、この度の義挙に賛同し駆けつけたアイオリアの一人だ」


 シアの視線が向くと男は名乗った。

 直系皇族でない、アイオリアの名前を持つ分家筋はたくさんとまでは言わないがそれなりに数が存在する。

 アイオリアというだけで一目置かれ、色々と優遇されるが経済的には中小の貴族と遜色ない者も多い。


「そのアイオリア様がなんですか? 仮にもアイオリアの名を持つ方が国難多岐に渡り、帝国皇女殿下が南部諸州連合に人質同で向かわれている様な時にこのような程度の低い暴動を止めるどころか参加するとは何事ですか!? 貴方のアイオリアには権利のみ有し、義務が蔑ろにされているのではないか!?」

「何だとっ!?」


 大物然としてシアを説得しようとしたコンドラードであったが如何に中将とはいえ、平民出身のシアにアイオリアの資格を問われて瞬間に激怒する。

 親戚の怒りに乗るかと思われたアレキサンダーであったが、


「どう我々を愚弄しようとも既に我が軍の手の内にあり、向こうでは国家反乱の赦されざる立場だ、貴様の才能を買っている俺達の待遇が良い内に決心した方が良いぞ? 三日の内に決心しなければお前を殺す、連れていけ!」


 と、傍らの兵士にシアを再び軟禁状態のゼファー城の部屋に戻すように指示をする。


「三日の内に? アレキサンダー・アイオリア! 時間の無駄という物です、ここで即刻私を殺せば良いでしょう!」


 寝間着姿のシアは大声で喚くが、屈強の兵士二人にかかえられる様にして、部屋に詰め込まれてしまう。

 そして……夜が訪れた。


「ふぅ~」


 軟禁状態ではあるが、待遇は悪くない。

 兵士の監視もあるが世話役の女性もいるし、キチンとした食事も出される。


「ふぅ、どうしたら良いのかしら」


  ベッドに寝転がり思案に暮れる、三日後の死刑というのはあながち脅し文句では無いだろう。

 総参謀長を託した人間に断られた等という不名誉な事が喧伝されてしまうなら殺した方が良い、理由は敵側から刺客が送られたとでもすれば取り敢えずの面目は立つし、赦すまじ旧帝国という構図も単純だが出来る。

 なぜ自分が総参謀長に選ばれているのかは予想がつく。

 あの鉄鎚遠征のせいだ。

 シア・バイエルラインの名前が大きく出たのは、あの帝国軍にとっては悪夢とも言える中、更に最悪の状況であった第三軍を途中から事実上指揮して、六千の兵力を生き残らせる事に成功したからだ。



 貴族中心の編成であった第三軍には帝国中部から参加した貴族が多く、リンデマンの作戦とアリスの実戦能力の前に完敗し、死をも覚悟したその者達の命を救ったシアはある意味素直で純情かつ単純な貴族達から得たくもない支持を得ていたのだ。

 中部のゼファーを根拠地とし、鉄鎚遠征での大失敗から東部貴族からの更なる締め付けを恐れている中部貴族を味方に付けて独立を企むアレキサンダーとしては、拉致してでも欲しい存在に自分がなってしまっていた事を悔やんでいた。

 親友の彼女ならば、まぁいいや、どうにかなるだろうと腹を括れたかも知れないが、シアはそこまで豪胆にはなれない。

 このまま反乱軍の総参謀長に収まりつつ、帝国軍を裏から助けようかというプランも浮かぶが、一度は大々的に反乱軍に加わった事になっている自分を誰が信じてくれようか?

 シアに浮かぶのは年老いた母親と、遥か遠く南部諸州連合に身を置いている帝国の美姫、そして士官学校からの十年来の親友の顔くらいだっだ。


「ダメね、私は人望がないわ」


 暗い部屋で一人、ため息をついていると、


「面会があります、中将」


 警備の男の声が聞こえてきてから、こちらの反応を無視して鍵が開けられ、ドアが開かれた。


「……」


 誰が来たのか?

 実は興味があったが、非常に難しい立場を鑑みて、敢えてベッドに寝転んだままで興味無さげな視線をわざとしたシアであったが……入ってきた人物の意外さに思わずベッドから飛び起きてしまったのだった。



                           続く

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