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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第八十五話「御前会議」

 皇帝居城。

 アイオリア直系皇子の反乱の報はもちろん各省を最優先情報として駆け回り、何処に置いても驚きと戸惑いを以て迎えられ、同時に様々な不確定情報や憶測が当然の如く付随していく。


「新生アイオリア帝国軍はその数は中西部の貴族達を殆ど味方に付けて数十万を越える」

「何かと優遇されてきた東部貴族達の殲滅を誓い合ったそうだ」

「ゼライハで休養中の末弟皇子のサーディア様も新生アイオリア帝国軍に加わる事にしたらしい、所領の兵に召集をかけてゼファーに向かった様だ」

「軍が動員を始めた、およそ二十万の兵が討伐に参加するぞ」


 それらの情報は出所が全く掴めない物だが、人々は何故か競うように語り合う。

 その中でも最も動向を注目されたのは誰でもない……


「南部はどう反応すると思う? セフィーナにはどう連絡したら良いかな?」


 皇帝居城の会議室。

 クラウスはカールにそう視線を送った。

 急報を受けて会議室に揃ったのは帝国皇帝パウル、第一皇子のカール、第四皇子のクラウス、そして各省庁の大臣、軍関係の高官達である。


「事実を伝えるしかあるまい」


 口を開いたのは皇帝パウルだ、この所は体調の不良が続いていたが、この一報には病床から起き上がり会議に出席している。

 それについてですが、と勲章が幾つも付いた黒の軍服でやや肥満体を包んだ陸軍大臣が立ち上がる。


「軍としては対応策としてセフィーナ様に南部諸州連合からお帰り頂き、親衛遊撃軍を率いて頂きたいのです、親衛遊撃軍が討伐に参加するのとしないのではアレキサンダー皇子の軍に対する圧力が違うと……」

「いつまでセフィーナを頼りきれば気が済むのだ!?」


 陸軍大臣の発言を遮ったのはカールの怒号、会議室はそれでシンと鎮まった。

 座ったままでカールは鋭い視線を陸軍大臣だけでなく、列席した軍関係者に向ける。


「ヴァルタ、バービンシャー、鉄鎚遠征の撤退戦、シュランゲシャッテン、西部戦線……我々はこの一年あまりでセフィーナにどれだけ頼りきって戦ってきたのだ!? 今でさえ停戦の為にセフィーナは身を南部に送っているのだぞ! その間の反乱くらいは俺達でどうにかしようとは思わんのか? それ程までに帝国軍は人材が枯渇しているのか!?」

「……それは」


 陸軍大臣はカールに返す言葉がない、この一年あまり帝国軍はあまりに英雄姫セフィーナ・ゼライハ・アイオリアの名前と能力に頼りきっていたのだ。


「陸軍大臣、それは無理な話だ、停戦条約の最重要条件が平和大使セフィーナの派遣なんだ、それを反故にしたら南部諸州連合に攻め込んできてくれ、と頼んでいるような物だよ」


 クラウスの発言に外務大臣が頷く。

 いわゆるセフィーナは停戦条件の人質だ、それをこちらの都合で引き揚げさせれば停戦条約を破棄されて攻め込まれても文句は言えないのだ。

 再びの大規模反乱が勃発した状況で、南部諸州連合が東部に侵攻してきたら……答えは誰にでも判る。


「とにかくセフィーナには南部に留まって貰い、連合がこの気に乗じて等とならないようにしてもらうのが一番さ、ある意味こっちの戦いよりも難しいだろうけどね……現地の外務職員には最大限セフィーナに協力させるようにしてもらったらどうだろうか?」


 クラウスの提案に、皇帝パウルもカールも同意すると、外務大臣はもちろんですと頭を下げた。


「では親衛遊撃軍は討伐には加えずに?」

「いや、加える」


 他の軍関係者の問いにカールは答えて続ける。


「まだ反乱軍の情報がハッキリしないが、四万の親衛遊撃軍を遊ばせる余裕は有り得ない」

「ですが副司令官のシア・バイエルライン中将も失踪後に反乱軍に名前を連ねております、司令官不在、副司令官の謀叛という現状ではどうにも、兵の士気もあります」


 親衛遊撃軍の討伐軍への編成に難色を示したのは軍の編成本部長のリース中将。

 彼の言う通り親衛遊撃軍はトップの二人を欠いた状態だ。


「ならばヨヘン・ハルパー中将に臨時司令をさせよう、セフィーナはシア・バイエルライン中将と並んで彼女を評価していた、能力が足らぬとはならない筈だし、兵達の信頼は厚いとセフィーナから聞いている」


 即断するカール。

 帝国軍総参謀長の地位に在り、上級大将であるカールの決定だがリース中将は更に俯いて見せた。


「お言葉ですが、ヨヘン・ハルパー中将はシア・バイエルライン中将とは士官学校以来の親友なのです、彼女はこの度の件について大きなショックを受けております、親衛遊撃軍を率いて親友が総参謀長をする反乱軍を討て……」

「関係があるかっ!」


 再びのカールの怒号はリース中将の言葉を遮った。


「軍人は何があろうと国と民衆の為に戦う義務を負うのだ、反乱軍を相手とした国を護る戦ともなれば親友どころか、親兄弟相手にも戦うというのが当然ではないか!?」

「……」


 周囲の者はカールに反論できない。

 まさに目の前のカールが仲が良くなかったとはいえ、兄弟からの反乱を受けて戦う立場になっているのだ。


「それとも軍務に支障が出るくらい憔悴でもしているのか?」

「もちろん軍務の放棄などはありませんが、会う人間にシア中将は何か謀略に巻き込まれているのだ、と主張している様です、それほど庇う親友と戦うでしょうか?」

「軍人が戦の相手を選べるか? ヨヘン中将の主張についてはついてはこちらでも調べさせる、しかし臨時司令の件は決定事項である、本人に伝えよ」

「了解しました」


 やや強引ではあるが正論でもあるカールの決定にリース中将が敬礼すると、


「それについては僕がヨヘン中将と話がしたいんだけど、構わないかな? 僕が指令を伝えるよ」


 と、クラウスが手を挙げて立候補する。

 予想外の立候補に何か言いたげな顔をしたカールだったが、まぁいい任せる、とそれを認める。


「父上、親衛遊撃軍の人事についてはこれで構いませんか?」

「それはいい、しかしカール……サーディアがアレキサンダーの元に軍を所領の軍を率いて走ったという噂が気になる、正確な情報を得られぬだろうか?」


 これまでの話し合いの裁可を求められたパウルはそれを承諾して、それよりもといった風にカールに問う。

 パウルという皇帝は決して愚鈍ではない、しかし彼も人の親である、息子の一人が反乱を企てた今、そこに末弟が加わったという噂が例え確証が無い物であっても何よりも気になるのだ。

 もちろん自身の体調の不備もそれを後押ししてしまっているのも確かである。


「父上、サーディアについてはご安心下さい、セフィーナが国を出た後からゼライハには憲兵をやっており、アレキサンダー等からの接触は確認されていません、そしてサーディアにはセフィーナ不在の折り、国家に急変あらば必ず父上に従い、行動するようにという手紙をセフィーナに南部出発前に書かせて、先日に届けてあります、サーディアがアレキサンダーに走る様な事はセフィーナへの裏切り、有り得ません」


 カールは淀みなく、まるで用意されていた原稿を読むように返事をした。

 それにはパウルだけでなく、クラウスも驚く。


「それは僕も聞いてなかった……」

「私とセフィーナだけの決め事だ、ごくごく当たり前の事だろう? 国家に急変あらば必ず皇帝陛下に従う、なんていう事は? ただセフィーナが居ない時に子供のサーディアが迷わない様にしなければ、とセフィーナに一筆書かせただけだ」


 唖然とするクラウスにカールは平然と答えるが、その言葉が真実でないのは誰にでも解る。

 国家の急変とどうとでも取れる書き方をさせているが、この事態に末弟と言えども直系のアイオリアとして、兄達で無い程にも影響力を持つサーディアに万が一にでも謀略を以てしても反乱軍に走られない様にした準備。

 それにゼライハに憲兵をやって反乱分子からの接触も防ぐ念も入っている。

 


「しかしセフィーナもよく書いたよ」

「長旅に出る前に、姉が小さな弟にお父さんの言う事をよく聞くように言うくらいは何処の家庭でもある事だ、それをセフィーナに頼んだまでさ」


 自分にも秘密で取られたサーディアへの単純で最も有効な工作にフゥと息を吐くクラウスにカールは薄い笑みを浮かべた。

 書いた本人も文章の意味は解って書いたのだろう。


「サーディアは平気か、ならアレキサンダーがこうなってしまったのは残念だが、この難局に兄妹力を合わせてもらいたい、ただ本格的な戦いが起こる前にアレキサンダーの言い分も聞く必要がある、話し合いの余地がある限りは……」

「父上……」


 カールがパウルの言動を留めたが、パウルはカールに視線を向けながら話を止めなかった。


「カール、お前はアレキサンダーの叛意が決定的と観るのだろうが私は違う、アイツは勇敢だが臆病な一面も持っている、勘違いして誰かにそそのかされた可能性もあるのだ……私は皇帝としてもアイオリアの家長として……」

「父上!!」


 カールの声に鋭さが増す。

 明らかな不敬と取られても仕方がない態度であるが、その迫力にパウルを含めた全員がそれを指摘は出来ない。

 周囲が鎮まったのを切れ長の瞳で会議室を見渡してから確認すると、


「父上、私が進言したいのはそういう意見ではありません、アレキサンダーの叛意については私なりの考えがありますが、今、父上に進言したいのは別の事です」


 と、カールは皇帝パウルを見据える。


「別の……事だと?」

「はい、別の事にございます、意見を言っても宜しいでしょうか?」

「……うむ」


 パウルはカールの発する何か計れない雰囲気を感じつつも皇帝の威厳を保ち、意見を受け入れる態度を取った。

 意見具申を許されたカールは頭を下げると、スッとそれをすぐに上げて、ゆっくりと口を開く。


「では申し上げます、私と憲兵総監スコルツィニー大将の調査によりますと、反乱はゼファーからだけではなく、皇族直轄領ゼインにも不穏な動きがあるという確度の高い情報を得た事を申し上げておきます」

「バカなっ!?」


 パウルと、そしてクラウスは思わず声を揃え、周囲の大臣や軍関係者達はざわめく。

 皇族直轄領ゼイン。

 それはアイオリア直系皇族、第三皇子アルフレート・ゼイン・アイオリアの所領であった。



                           続く

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