第八十三話「女王動く」
首都の中心に建つ改築を繰り返された歪さすら感じさせる多重の城がアイオリア帝国の中心である皇帝居城である。
巨大なだけに許可が降りれば比較的自由に逗留が出来るが、皇族の警備や世話を担当する者以外がゲストルームではなく居住空間を持つ権利はアイオリア直系にしか許されない。
その皇帝居城に現時点で居るアイオリアの直系家族は皇帝のパウルと長男のカール、三男のアルフレート、四男のクラウスの四人であった。
次男のアレキサンダーは家中を騒がしている籠城を去年から決め込んでおり、五男のサーディアは身体の弱さから療養地ゼライハに帰り、その所領主であるセフィーナは停戦条約の条件で敵国南部諸州連合に平和大使という名の人質になっている。
皇帝パウルは普段からの激務と最近の帝国内外で起こる様々な案件を抱えて、最近は熱のある日が続き、体調面が優れない。
しかしカールはセフィーナが南部諸州連合に行くことで作った国内問題解決のチャンスを無駄にしない努力を重ねていた。
停戦条約の話が具体化を帯びてきた時点から中西部の帝国貴族達に帝国への反乱となるような行為に加担することの無い様に働きかけを行い、それは効を奏して幾つかの中西部の大貴族は帝国への忠誠を改めて誓い、緊急時の協力の密約も取り付けていた。
そのカールの工作手腕は見事であった。
正確な情報収集から各貴族の立場や問題を把握し、フェルノールの威厳は示しつつも、硬軟合わせた交渉で、今回の一件で始めはアレキサンダーが起つならば、としていた者もかなりの数がやはり政治的に機敏で、駆け引きが巧みなカールに鞍替えしたとも言われていた。
一方、アルフレートは自ら志願して、アレキサンダーの拠点であるゼファーに再び出向く意志をカールに告げた。
「必要か? 今は奴が頼りそうな所の周辺の堀を埋めている所だ、交渉をするつもりはない」
カールは一度失敗に終わった兄弟による交渉に興味を示さなかったが、
「アレキサンダー兄さんは追い詰めると、きっと自分を害するまであると誤解して暴走するかもしれない、皇帝陛下、父上にはそのつもりがない事を伝えないといけないと思う」
アルフレートが説明すると許可を出した。
ただし……
「お前はアレキサンダーと交渉などするなよ!? あくまでも交渉でなく兄弟からの通告とせよ、今さら何をしようとしても味方は少ない、変な気を起こさずに早く父上の元に赴き、謝罪せよと伝えるんだ、条件など何も聞くつもりはない、だいたい悪さをした子供が親に謝るのに交渉になどなるか?」
と、交渉ではない事を付け加える。
「そうだね、とにかく誤解を防ぐ事だよ」
アルフレートはカールに頷くと、再び二十名にも満たない護衛を連れて、フェルノールから中部のゼファー目指して出発していった。
「……さて」
アルフレートを送り出したカールは、腹心の部下のランチェスター少将を呼び出す。
「お呼びで御座いましょうか?」
初老の制服軍人に、執務机に座った帝国第一皇子は、ああ、と頷き、
「私とクラウス、そして憲兵総監スコルツィニー大将と秘密裏に協議できる場が欲しい、他は貴公以外誰にも内密にな」
と、切れ長の瞳の視線を上げた。
***
まさに秘密裏会合。
真夜中の山城の奥の間、各々の代表者一名と互いに片手で数えられる数名の随員のみでそれは行われていたが、その内容はその幾万倍の人々を呑み込んでしまうような事柄だった。
「あなた様がそれを決断されたならば、我々は国の歴史と存亡を賭ける事が出来ます」
「裏切るなよ? 俺はシュランゲシャッテンの様な中途半端者とは違う、奴に乗らなかったのは怪我があったのも確かだが、奴の臆病精神が俺には解っていたからだ、組むに値しない人間だからだ!」
淑やかさを感じさせる少女の言葉に、壁にかけられた灯りに照らされる……亜麻色の髪を短く切り上げたアレキサンダー・ゼファー・アイオリアの顔に鋭さが宿る。
「まさか……あなた様が私達の駒であったに過ぎないシュランゲシャッテン公と同格とは間違っても考えません、だからこそ私がここに居るのではないのでしょうか? 違いますか?」
壁にかけられた灯りは、鋭さを受け流し、フッと頬笑む美少女を照らし出す。
肩にかかる位の艶のある白い髪、紫の瞳が印象的な彼女の美貌はアレキサンダーが知る最も美しく、忌まわしさを覚える身内の美少女にもひけを取らない。
「それもそうだな、これで貴様らの野望も白日の元に晒される訳になるのか?」
「そうですね……帝国、南部諸州連合と並ぶ一大国家建設が我々の国事でありましたから、でも我々はそれを隠してきたのではありません」
帝国中部の山岳地帯ゼファー。
歴代のその国の王で帝国領土のここまでやって来た者は誰も居なかった。
「我々は望み確信します、アレキサンダー様が統治する真のアイオリア帝国と我々サラセナ、そして南部諸州連合の三国がガイアヴァーナ大陸に等しく鼎立する事がなれば、二大国家が統治するよりも遥かに大陸に平和が訪れる事を、そしてお約束します、新生アイオリア帝国誕生の為、我々はあらゆる協力を惜しまない事を……」
射抜くかの様な美少女の視線にアレキサンダーは頷く。
「うむ、俺も帝国西部、南部諸州連合ラーシャンタにまたがるサラセナ王国の実質的な独立を認め、その為には助力を惜しまない事を誓おう、新たなアイオリア帝国とサラセナは対等な同盟国として起ち上がるのだ」
「結構です、ではこれからは我々は運命共同体です、公文書にはカール皇子が権力を独占する彼らを旧帝国、彼の独断を許すまじと立ち上がったアレキサンダー様の国を新生帝国と記します、我々の方で旧帝国打倒の為の矢は既に放たれています、南部諸州連合、旧帝国はこの数日のうちに混乱に陥れられるでしょう、そこでアレキサンダー様がシュランゲシャッテンの様な俗物とは違う壮挙を御見せになれば、我々の目的など容易く達成されます、どうかお味方の人事も含め、全て話し合いの予定通りに宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げる美少女。
それに対しアレキサンダーはうむ、とは答えながらも確認するように彼女を見た。
「……わかっている、確かに幾人かの貴族をカールに先に抑えられたのは確かだが、俺にはまだ手がある、任せておけ、しかし本気で我々、新生アイオリア帝国とサラセナの合同軍総参謀長の件は女王の言うようになるのか?」
「なります、必ず予定通りの実行を! 準備はこちらで整えております、必ずやアレキサンダー皇子には強力な追い風となる事です、強い意志で必ずや実行を! ここに来ての約束の不履行は計画全体を及びますが!?」
やや戸惑いが混じったアレキサンダーの問いに、今日はじめて美少女の語気が荒くなり、必ずという言葉が念を押される。
「わ、わかっている、わかっている」
あくまで強気で応じるアレキサンダー。
しかし年下とはいえ、一国の主サラセナ国主ユージィ・エリュキュネルの度しがたい何かに妹セフィーナの才能とはまた違った不気味さを感じざる得なかった。
続く




