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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第八十一話「戦略教授の矛盾」

 南部諸州連合両院議会。

 全国から集まった議員達が集う会場に、ドレスに身を包んだ英雄姫セフィーナは向かう。

 扇状に広がった議員席の先にある壇上に立つ一人の少女に、この国の権力者達の視線が注がれる。

 戦場でも味わう事の無い緊張感に圧されながらも、セフィーナは胸元に軽く手を当て、小さく呼吸をすると議員達に向かって顔を上げた。


「私はセフィーナ・ゼライハ・アイオリア、現在あなた達の敵国であるアイオリア帝国の皇女です」


 南部諸州連合議会議場の壇上に初めて立ったアイオリア帝国の皇族となった彼女の切り出しはこうだった。


「私は十三歳の初陣から、大小合わせれば二十以上の戦場で戦い、自らの手で、指揮で……そして意志で、あなた達の同胞の命を戦場で奪って、武勲を立ててきました」


 声が響くように造ってある議場とはいえ、数百の議員達の前でセフィーナは声を大にして、自らの戦場の履歴を口にした。

 元々、セフィーナの発言に耳を傾けていた議場ではあったが、意外な言葉に更に水を打ったかのように静まる。

 まさか武勲をセフィーナが口に出すとは思わなかったからだ、平和大使としてセフィーナに不安があるとすれば、人気や知名度、能力ではなく、南部諸州連合相手に立ててきた多大な武勲であると言われていた。

 早い話がセフィーナは南部諸州連合の人間を殺しすぎていたのである。

 親兄弟、親戚、友人、恋人を直接でないにしろ、セフィーナに殺されたと思っている南部諸州連合の市民は何十万にも及ぶに違いない。

 平和大使として、セフィーナを不安視する者達はそれを問題にしていたのだ。


「私がそうしてきた理由……全ては一つの動機から産まれています、私は幼い頃からそれがアイオリア帝国、自らの祖国を存続させる最も有力な手段と信じていたからです、大切な祖国、そして愛する家族、仲間達を護るには戦うしかないと考えたからです」


 セフィーナはそこまで言うと、壇上に置かれた水差しの水をガラスコップに注いで口に含む。

 緊張で喉が乾いたせいもあるが、議事録の記録官や記者席の記者達に発言をメモさせる為、時間を置く意味もあった。

 冷水で喉を潤すと、セフィーナは満場の議員達を見つめた。


「皆さんの中にも私と同じ、または似た事情から決意し、まだ戦いを続けている方も少なからず居ると思います……しかし、戦いをせずに南部諸州連合とアイオリア帝国の間に平和が訪れる可能性を今回の停戦条約は示してくれたのです! 命を賭けて戦場で戦わずとも祖国、家族、仲間達を護る手だてはあるのです、私は平和大使としてその名に恥じぬよう、これからあなた方と協力して平和を造り上げられたらと思います、どなたでもどの党派の方でも構いません、同じ考えを持って下さった方は一緒に歩んでいきましょう」


 深々と頭を下げる。

 返ってきたのは与野党関係の無い拍手。

 頭を上げ壇上から降り、用意された特別招待席に座るまでその 拍手は鳴り止まなかった。


「スゴいね、流石はセフィーナ……本気になってくれた人がいるかもしれないね」


 万雷の拍手の中、招待席のすぐ傍に護衛として立つメイヤが周りには聞こえない声でそう言ってきたが、セフィーナは何も聞こえない振りをして、席から拍手に対し、笑顔を浮かべて手を振り続けるのだった。



            ***



「今日の議会自体は停戦条約の幾つかの確認事項と基本条約の締結といったくらいで、一番のメインはセフィーナ皇女殿下の挨拶だったそうです、かなりの議員が彼女について好印象も持ったと記者に答えているそうです」

「だろうな、帝国の命運を背負って敵国にやって来た美少女が覚悟を決めてきているんだ、魅力的に映るに違いない」


 完全に夜の帳が降りた時刻。

 夕食後のコーヒーを入れながら報告するヴェロニカに、リンデマンは安楽椅子に背をかけながら答えた。


「セフィーナ皇女殿下は平和大使である健気な帝国皇女を演じきらなくてはいけないのだ、彼女とて現段階でアイオリア帝国と南部諸州連合の完全和平など不可能なのは分かっている筈、確度の高い情報として入ってきている次男アレキサンダーから端を発する家族の揉め事やサラセナが糸を引く中西部の貴族との関係、それらを片づける時間を稼ぐつもりで来ているのだが、それを出してしまう訳には絶対にいかないのだからな、あくまでも平和を願う少女で無くてはならない」

「クルスチア議員はセフィーナ皇女殿下との関係を確たる物として、将来の共和党代表の地位を確立しようとしたそうですが、他の議員と分け隔てない対応をされて帝国の外務員に抗議したらしいです、彼女はクラウス皇子との個人的な信頼関係をセフィーナ皇女とも自動的に適用されると思い込んでいた様子でしたので、かなり焦っていると」

「ふっ……」


 リンデマンは鼻で嘲笑いコーヒーを一口飲む。

 クルスチア議員にはヴェロニカの妹分であるミラージュが情報収集している、諜報行動を生業としてある彼女はクルスチア議員の帝国へのパイプがクラウスである事やその細かな関係性についても詳しく報告してきていた。


「アイオリアでも謀略に巧みなクラウス皇子だからな、エリート二世議員を操る事など容易かったのだろう、しかしここからは政権を持っていない相手と余計に親しくするのは政権党との付き合いを考えれば得策ではない、セフィーナ皇女の対応は当然だ、もう用済みといった所だな、踊らされた訳だが派手な躍りを踊れただけで満足だろう」


 辛辣な評価であった。

 リンデマンは野党の共和党も政権党の民主党も支持していないが、今回のクルスチア上院議員の動きには特に厳しい評価を下していた。

 彼女の選出州であるヴァイオレット州では停戦を求める声が大きくなっていたのは確かだが、それは南部諸州連合全体から見れば、停戦にまで至る傷ではなかった。

 帝国は外征の失敗、二度に渡る反乱、皇族の内部不安とそれ以上の問題を抱えていたのだ。

 そこで帝国が眼を付けたのが彼女である。

 推移を聞けばクルスチア議員は、完全にクラウスというアイオリア帝国の皇族が自ら工作に出てきた事で平静さを失ったとリンデマンは見ていた。

 それまで全く停戦など言及してこなかった彼女の意見が急に停戦を叫ぶ様になり、民主党への対抗上、それに共和党が乗った結果、世論が追い風になり、停戦が実行されたのであった。

 軍部としての見解では西部の戦いでやり返された部分はあるが、まだまだ帝国軍の傷は癒えてはおらず、セフィーナという存在に頼っていた状態で、今回の停戦は帝国に利する行為以外にはならなかったが、民主主義国家の軍隊として政府が決めた事には条件は付けたが従う形になった

 民主主義の軍人として、リンデマン個人は行動をどうこうしようとは思わなかったが、大物の登場に浮かれ、帝国の都合の良いように謀略に乗ってしまった哀れな二世議員クルスチアを決して評価しようとは思わないのである。


「セフィーナ皇女は大丈夫でしょうか?」

「さて……それはどうだろうな、停戦を望んだ大多数の者達の力はそれを遂に実現させたが、それが望まぬ者達の力が足りないという事にはならない、停戦条約自体は弱々しく、些細な事で粉々になってしまう、両国を再び戦争に駆り立てるにはセフィーナ皇女殿下を害してしまうのが早いからな、どうにか手を打てれば良いのだがな」


 気遣うヴェロニカ。

 リンデマンは顎に手を当てた。

 多数の一般市民が今回は停戦を望んだが、何を拍子に風向きが変わるかはわからない。

 謀略があるかもしれない。

 ゴットハルト・リンデマン個人としては帝国と南部諸州連合が政治的にどの方向に向かうかはどうでも良かったが、一人の軍人としては少なくとも今はセフィーナを歴史から退場させる行為に加担するつもりはある理由から無かった。


「しかし……」


 ふと、何かを思い出したかの様にリンデマンは口元を緩めてヴェロニカを見上げる。


「何か?」

「色々と考えたら妙な事になってしまった、皇女殿下を一年ほど前、暗殺しようと企んだのは私だし、実行したのはお前なんだ、互いに精神衛生上問題があるのかも知れんな」


 主人のその言葉にヴェロニカはそうですね、と一旦は返事をしたが、少しだけ視線を斜めにして考えた後、


「殺そうとした相手を後から護る立場になった方がその逆よりは精神衛生上、良いのではないでしょうか?」


 と、付け加えて、それもそうだ、と気難しい主人からの納得を得る事に成功したのだった。



                          続く

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