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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第七十九話「望まぬ者達」

 目の前に立つリンデマンとそのメイド。

 セフィーナは幼なじみの瞳に肉食獣の殺気が宿ったのを感じ取り、それを素早く手で制す。


「抑えろメイヤ」 

「でもセフィーナは前に会った時にあいつらに次は逃がさないと言ったんだぞ!? 嘘ついたのか?」

「言ったかもしれんが状況が変わったんだ、とにかく我慢しろ! 今はダメだ」

「……わかったよ」


 メイヤはセフィーナの指示を承諾したが殺気の気配は変わらない、殺気の指向先は立ちはだかるゴットハルト・リンデマンではなく、その斜め後ろに慎ましく控える美しい黒髪ボブカットのメイドである。


「……」


 対するメイドは全く動じない。

 そのメイヤの視線に気づいたのか、リンデマンは彼女の方を振り返った。


「そう言えば前回はヴェロニカの紹介をしなかったな、自己紹介をするといい」

「はい、私は御主人様にお仕えするヴェロニカテローゼと申します、名前をお呼びになる時はヴェロニカとお呼びください」


 リンデマンに促され、微笑みすら見せながら頭を下げるヴェロニカ。


「ヴェロニカか、私と貴公とは三度目だ、私だけでなくコイツともそうだろう? メイヤ……お前も自己紹介をしろ」

「うん」


 視線はリンデマンに向けたままのセフィーナに促されると、メイヤはコクリと首を縦に振り、一歩前に出た。


「いつかそこのメイドをフルボッコにするセフィーナの護衛メイヤ・メスナー、宜しく」

「……お前なぁ」


 慇懃無礼なメイヤの挨拶に苦笑はしつつもセフィーナは注意はしなかった。

 相手も任務だから必要以上の感情は持ちたくないが、セフィーナはヴェロニカには暗殺されかかったのだ。

 セフィーナの身を一番に心配するメイヤが嫌味の一つも浴びせたとしても怒るつもりはなく、それを受けたヴェロニカも愛想のいい笑みを絶やさない。

 ここでやり合うつもりはない、顔がそう言っている。


「自己紹介が終わった所でゴットハルト・リンデマン、お前はなぜここに来た? もしかして私が議会に行くのを物理的に邪魔するつもりか?」

「まさか!」


 セフィーナの問いに対し、薄い笑みでわざとらしく大仰に反応するリンデマン。


「私は民主主義国家の軍人、貴女がアイオリア帝国の皇女としての来訪ならば貴女の行動を制限するつもりは一切ありません、ただ話しておきたい事柄がありましてね、忙しい中でお時間を割いて頂けたら、と」

「うむ……貴公とは一度は個人的に話をしたいとは思っていたが、今は一緒に歩いている市民もいる、悪いが断らしてくれ」


 リンデマンの申し出にセフィーナは顎に手を当てて、後ろに続く市民達を見る。

 彼等、彼女等はセフィーナと共に議会議場まで寒空の中を歩く事を選んでくれた者達なのだ、それを待たせておいてリンデマンと話をするというのは気が引けた。


「なるほど」

「悪いな、貴公とは議会議場に上がってから話をさせてもらいたい、それで良いか?」

「それは構いませんが、そう簡単に素直に上がれますかな? 専制主義国家の命運を握ると言ってもよい貴女が我々議会制民主主義の総本山に?」


 腕を組むリンデマン、その口調には何処か含みがあった。

 それを感じつつもセフィーナは口元を緩める。


「稀代の戦略家と帝国でも言われるゴットハルト・リンデマンも案外に狭量な事を言う、その専制主義国家の皇族が両国の平和を求めて上がる舞台すら用意は出来ぬと言うのか? 私の両足は私の行きたい場所へ行ける、総本山だろうが何だろうが行けぬ場所はないさ」

「私の狭量さが問題ではないのです、貴女に議会議場行かれると困る人間が行かせようとしないのです、その存在に気づかない貴女ではないでしょう?」

「……貴公もその仲間か?」


 帝国皇女の整った切れ長の瞳が鋭さを増し、緩んでいた唇が引き締まる。

 セフィーナの行動を良しとしない者達。

 帝国と南部諸州連合の停戦という状態を望まぬ者達。

 もちろん存在しているとは覚悟している、問題はそれがどの程度の相手であるかどうかだ。

 民主党とアイオリア皇室のクラウスが最近の激戦の連続に両国民が疲れを覚えているのを上手く活かして停戦の運びとなったのだが、戦略的に有利な状況であった南部諸州連合の軍部は停戦には基本的に抵抗していたとはセフィーナも聞いている、ゴットハルト・リンデマンが敵に回る可能性は否定できない。


「私は貴女の行動を制限するつもりは一切無いと言った筈でしょう、私はどうにも派閥には向かない人間でしてね、貴女がそういう輩に妨害されるのを忍びなくて、ここに現れました」

「警告か? 私が議会に向かえば狙われると?」

「まぁ……その類いです」

「私としては感謝するが、それはらしくない政治的な動きだな、あまり好まないと聞いたが?」

「政治的な動き? いえいえ、そうではない」

「……どういう事か?」


 発言の意図を読みきれないセフィーナ。

 その様子を楽しむように数秒の間を置き、リンデマンはセフィーナを改めて見据えた。


「私は個人的な好奇心からセフィーナ・ゼライハ・アイオリアにはこのような場所で歴史から退場してもらいたくないのです、だからここに参りました」

「ここに来てどうしたいのだ?」

「ええ、皇女殿下の許可が得られれば一緒に歩かせていただきたいのです、私は個人的な戦闘の技量は人並みだが、ヴェロニカは役に立つと思います」


 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアとゴットハルト・リンデマン。

 帝国と南部諸州連合を代表する将官の視線が交差する。

 睨み合いではない。

 相対した時から生じていた緊張感は無くなっていた。


「すなわち好奇心、政治的に私に味方するでもなく、自らの欲求から一番最前列の席で舞台を観たいという事か?」

「そういう事ですな、私の好奇心を阻害する不測の事態には最大限対処しましょう、如何かな?」

「断りようがない、政治的にどうこうしないのならゴットハルト・リンデマンも市民に違いないのだからな、一緒に歩くとよい、だが……私には私の身を護ってくれる者達がキチンといるからな、不測の事態に手助けは及ばん、そうであろ?」


 セフィーナはリンデマンからの申し出に対して、それには及ばないとメイヤに振り返るが……


「危ない時に手助けしてくれるならフルボッコは少しだけ優しくしてあげるかも、是非に宜しく」


 と、メイヤが予想外の返事をして、更に軽くだが頭を下げたので驚きに眼を見開いてしまうのだった。


              


                           続く


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