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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第七十四話「停戦条件」

 戦争とは政治の手段の一つに過ぎないが、過度に意識しても無視をしても政治は成り立たない。

 そして、時には政治の助けになり、足枷にもなるという事を十二分に知っていながらも過去、未来において戦争を絡めての失政が止まないのは何故であろうか?

 


 現在、特にヴァイオレット州において民主党政権の人気は急角度で下がり続けていた。

 帝国軍の鉄槌侵攻作戦をヴァイオレット州各地で見事に打ち破ったのは良かったが、東海岸線の中規模都市サーガライズでは焦土戦術に近いゲリラ戦を行い、中央街道沿いでは軍政について全く正しい知識を持たない貴族私兵の侵攻を作戦上とはいえ深くまで許し、各地で略奪等を許した事が原因になっている。

 だが、それは当時はそれほど騒がれなかった。

 何よりも三十万からの帝国軍相手に勝利した興奮が大勢を占めていたからだった。

 しかし大勝気分が落ち着いた頃、第九次エトナ会戦でセフィーナに数万の犠牲者を出す敗北が報じられると新聞社等は先の大勝に調子に乗り過ぎたのではないか、と論じ始め、今まで無視に近い扱いをしていたヴァイオレット州の被害状況を報じたのだ。

 特に躍起になって現政権を批判したのは長く雌伏の状態が続く野党の共和党シンパのマスコミであり、第九次エトナ会戦追悼集会の様子を挿絵付で詳しく伝え、


「戦争に未来は無い、帝国との和平の道を!」

 

 と、決め台詞を大見出しにして伝え、南部諸州連合各地で反戦デモがしきりに起こるようになっていた。

 無論、デモが全国的な広がりを見せたからといって、それが国民の総意ではない。

 南部諸州連合全体においては継戦派が依然として主流であるのだが、無視しがたい状況になって来ているのは確かであり、温暖な南部でも底冷えの寒さが感じられるようになった十二月の半ば過ぎ、共和党から連合議会に対しアイオリア帝国との停戦条約案が提出されたのである。



 実はそれ自体は珍しい事ではない。

 基本的にタカ派主戦派である民主党に対抗する為、共和党には一年に二、三度思い出したかのように停戦条約案を提出する和平派議員がいて、その度にガイアヴァーナ大陸の民は同じであるとか、戦いからは何も産み出さないと演説を打ち、選挙が近いと自らのカラーを出すのに必死だな、と民主党議員からばかりでなく、共和党議員からも鼻で笑われ、形ばかりの議決から当たり前のように否決されるのが常であった。

 実際、共和党においても継戦派は多く、共和党は議席の三割五分を持っているにも関わらず、停戦条約案はいつも全体議決数の二割も支持を得た事が無かったのだが......今回のクルスチア議員を中心とした数名の女性和平派議員達の出した停戦案は連合議会を大きく揺るがせ、いつもならまたか、と議会席に深々と座ってあきれ顔をする両党の重鎮達を驚愕の顔に変えさせたのだ。


「此度の停戦案はアイオリア皇室の最重要人物の一人と高い具体性を以て話し合う用意があり、案さえ通れば二週間のうちに交渉の席につく事が可能である」


 クルスチアのこの発言は議会、いや南部諸州連合の世論を沸騰させる。

 皇室の最重要人物とは誰なのか、各新聞は一面を使いそれを推測し合い、クルスチアは連日の取材攻勢を受け、連合議長を遥かに凌ぐ注目を受けたが、最重要人物の名前は停戦案が可決されるまでは明かすことは出来ない、明かして否決でもされたら相手に多大な迷惑がかかってしまうとマスコミやそれを知りたがる民衆を焦らしに焦らす。

 これで最重要人物が大した人間でなければ、クルスチアは政治生命を失う、とまで言われたが、何せ相手はアイオリアの皇子である、その類いの探り混じりの質問には彼女は持ち前の政治的な演技力を総動員して自信満々に対応した。

 それが更に功を奏し、年末にはこの一年は戦いが有りすぎた、和平するまではともかく、伝があるなら停戦くらいは行われて良いのではないかという空気が南部諸州連合の民衆の間に広がっていたのであった。



             ***


 年末が近くなると、州都エリーゼの人々も何処かせわしない。

 さしものヴェロニカもメイド服で寒空の石畳の街に買い物には行けず、上にコートを羽織り、何日分かの食料品の入った紙袋を抱えて歩いていた。

 そこに黒塗りの馬車が常歩で通り過ぎ、そこから軍服の女性将校が降り立つ。


「アリス中将、お久し振りです......でも、もう偉くなられたのですから馬車はキチンと止めて降りられた方が賢明かと」

「性に合わないわ、でもホントに久しいわね」


 ペコリと頭を下げながらもそう注意するヴェロニカに、アリスは肩をすくめて答える。

 直接顔を会わせ合うのは数ヵ月ぶりだ。


「いつエリーゼに帰ってこられたのですか?」

「二日くらい前よ、色々とあってね、やっとこさ第十七師団の動員が解かれたのよ」

「お夕食を召し上がっていかれてはどうでしょうか? 御主人様もきっと喜ばれます」

「リンデマンに話す事があるからね、ご相伴に預かるわ、実はあなたの作ったご飯が恋しかったのよ」

「ですか、ありがとうございます、では寒いですし早く参りましょう」

「ええ......」


 ヴェロニカの誘いにアリスも応じ、二人は揃って歩き出す。


「戦勝おめでとうございます、こちらではセフィーナ・ゼライハ・アイオリアを打ち破ったと一時期は騒ぎになりましたよ」

「止めてよ、相手は半数だったのよ、それで損害はそれほど変わんなかったんだから胸なんて張れないわ、セフィーナ・アイオリアに負け続けの軍部がどうしても一本取った事にしたかったからって勝ちなんて言い過ぎよ、部下に助けられた所もあるし、結局は上手く逃げられたからね」


 思い出したように戦勝を祝ったヴェロニカにアリスは顔をしかめた。

 同じような事を所々で言われたのだろう、その顔は柔らかくはあったが何処か冴えない。

 士官学校を首席で出た実戦派の戦術家としては周りから手放しで誉められるような戦いでは無いのに、政治的な演出で大勝したかのように持ち上げられるのは本意ではないのだろう。


「そうですか失礼しました、でも遠路ご苦労様でした」

「いいのよ、敗けはしなかったしね、でも疲れたのは確かね、ありがと」


 改めて労をねぎらうヴェロニカにアリスは笑顔を浮かべる、歳の差としては親子ほどに離れた二人だが、その態度は仲の良い姉妹の様であった。





「いやいや、帝国の誇る英雄姫セフィーナを見事に打ち破った活躍は称賛しか得ないだろう! ヴェロニカ、一番良いワインを開けないとアリスに失礼だ」

「あんたの嫌味が失礼よ」


 開口一番のリンデマンにアリスは毒づく。

 街の中心部のリンデマン邸は交通の弁は良いが、煉瓦造りのアパートメントと変わらない。

 ワインと共に居間の食卓に並ぶヴェロニカの手作りの料理の品数が多めなのはアリスという来客の為だろう。


「失礼なものか、ブライアンやガナショーに続いて君がやられていたら確実に私の首が飛んだかもしれん、私は本気で君に感謝しているんだよ」

「まぁ、いいわ......でもガナショー元帥は残念だったわ」

「そうだな、君がブライアンと初めから一緒に行っていたら結果は変わったかも知れないからな、ガナショー中将には悪いことをしたかもしれんな」

「......」


 軍人のガナショー本人はともかく、おそらく家族には不本意な形で元帥号を受ける形になったガナショーを惜しむアリスだったが、リンデマンの受け取り方はあくまでも現実的だった。

 統合作戦本部長モンティー元帥の横槍を受けず、当初にリンデマンの立てた作戦計画通りにアリスとブライアンが二個師団で第九次エトナ会戦を迎えていたら、結果は違っていたかもしれないと物事を捉えているのだ。


「まぁ、それは良いわ、前線に長く居ると中央で何が起こっているか分からなかったから帰ってきてから驚いているだけど、クルスチア議員が随分と調子に乗ってるのは何なの? 年明けには停戦案を議会が通す確率も高いらしいじゃない!?」


 アリスのクルスチアに対する言い方には確実な険があった。

 二人には面識は無いが確執が存在する。

 それは鉄槌遠征の際、アリス率いる第十七師団と当時はリキュエール准将が率いる第一州兵団が最終的に大勝したのだが、第三軍をヴァイオレット州中央深くまで、偽装的な敗北を繰り返しながら誘い込んだ事を戦いの後、クルスチアが強く批判したからである。


「第十七師団と第一州兵団が国境線で敵の第三軍を食い止めていれば、内陸での悲劇は起きなかった」


 議会で声高にアリスとリキュエールを批判したクルスチアに対して、国防長官はもちろん軍事機密である誘引作戦を説明したりはしなかった、作戦上必要であったとだけ説明したが、クルスチアはなおも第十七師団と第一州兵団の戦略的な撤退を批判し続けたのだ。

 その際、アリスはマスコミなどからの取材には作戦の事は話せないと当然の対応をしていたが、リンデマンやヴェロニカの前ではかなり荒れた。


「戦いにおいて常にその場を死守する事が正義で正しいのならばクルスチア議員の意見は正しいが、戦場は常に現実的で複雑なのだ、それを議員は御理解出来ないのだろう、国防大臣を目指されるのは止めた方が本人や周りのためですな」


 当時、リンデマンもマスコミからの取材にそう応じ、もちろん物議を起こし、クルスチア議員との関係はアリスと大差なかった。



「政治には口出しはしたくないが、どうやら趨勢は和平まではいかなくても良いから停戦くらいはした方が良いという風だな」

「それをアンタはどう思っているのよ?」

「愚かだと思うよ、少しやられた位で遠征や内乱でもっと傷ついた対戦相手が望む事をしてやるのが愚かでなくて何なんだい?」


 豚の塩焼きのステーキをナイフで切りながら答えるリンデマン。


「でしょう? おそらく相手が仕掛けてきた停戦工作に故意か乗せられたかは知らないけど、あの女は乗っかったのよ!?」

「だろうな......しかし、予想外に我々の民衆が停戦くらいならと思い始めたのは事実だ、この一年は戦い過ぎた、とね」

「......アンタとセフィーナ皇女のせいかもね」

「面白い意見だ」


 アリスの言葉をリンデマンは鼻で笑いフォークで刺した肉を口に運ぶ。

 冗談ではなかった。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアの台頭とゴットハルト・リンデマンの復活。

 この二つの要素が無ければ、今年は軍事的にはもっとおとなしい年になったに違いないとアリスは思う。

 確かにアイオリア帝国と南部諸州連合は長い戦争状態にあるが、年に大規模会戦が起こらない年だって過去には珍しくないのである。

 互いが稀有な司令官の登場によってもたらされた大勝に勢いづいたのは確かだ。


「我々は議会制民主主義国家だからね、国民の選んだ議会が戦わないと決めたらなら戦わないだけだ、軍人とはそういう者だからね」

「それもそうだけどね」


 リンデマンがその点で淡白なのはアリスは知っていた。

 政治からの軍事への干渉には素直な怒りを見せるが、逆の干渉はする物ではないと割り切ってすらいて、政治的な動きや演出を嫌っている。

 もちろん人格的な物から物議は多いが、そういう意味では模範的な軍人で、おそらく将来にわたっても政治に転ずるタイプではないだろう。


「でも軍部としても素直に停戦案に従うつもりなの? アンタはこれでも現場のナンバー2なのよ? モンティー元帥に任せっきりという訳じゃないでしょうよ?」


 アリスは語気を強める。

 リンデマンは大将で責任のある立場だ、政治嫌いでも軍部としても意見は通さなければいけない。


「もちろん、停戦案に対してはあくまでも戦略の有利さはまだまだこちらにあると反対しつつ、どうしても民意により通すというのなら、という政治的な条件は軍部として議会に提出してあるよ、もちろんモンティー元帥の裁可も得ている」


 ワイングラスを飲み干し、グラスを軽く上げるリンデマン。

 ヴェロニカがそこに白ワインを更に注ぐ。


「条件!?」

「ああ、それを帝国が呑まないなら軍部としては、停戦案が纏まる前にまた新たな作戦を発動すると脅しも付けてね」


 リンデマンは笑みを浮かべる。

 政治的な動きを嫌いながらも、軍事の足枷にはただ黙ってはいないという態度。

 言わば軍事的な利己だが、政治と軍事はいつも協調は出来ないのはリンデマンも当然、理解している。


「聞いてもいい、アンタが議会に提出した条件」

「もちろん......」


 何かの予感を察知しつつのアリスの問いを快諾すると、リンデマンは注がれた白ワインをまたもや一気に飲み干して自信満々の顔とワイングラスを上げた。



「帝国の至宝、英雄姫セフィーナ・ゼライハ・アイオリア皇女殿下を両国の平和を記念して、親善大使として南部に御招待するのだよ」





                          続く

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