第七十二話「啄木鳥の乱の終結」
「兄上っ!!」
シュランゲシャッテン公領の主城であるマイラオス城の城門前。
メイヤを初めとする護衛を伴ったセフィーナは安堵の表情を浮かべて、出迎えたアルフレートに駆け寄った。
「セフィーナ……」
アルフレートからも歩み寄り、兄妹は見合うがセフィーナはやや顔を俯かせる。
「兄上がまだシュランゲシャッテン公の元にいるというのに、サペンスとガイアペイアを討った事を遠慮なくお叱り下さい、シュランゲシャッテン公が自暴自棄になり、兄上を人質にして交渉を申し出てくる可能性は十分にございました、それでも攻撃を強行した私は……」
「良いんだよ」
アルフレートはセフィーナの肩に優しく手を置いた。
「元より交渉などして、君の行動に足枷をしてしまったのは僕の方だ、シュランゲシャッテン公も僕が居る間は帝国軍の攻撃は無いと思っていたからサペンスやガイアペイアが討たれたと聞いて、非常に驚いていたらしい、そういう意味では役に立ったかもしれないね、もっともセフィーナが二つの所領を攻略したと聞いた時にはシュランゲシャッテン公はもう居なかったし、目ぼしい物は何者かが持ち去った後だったけどね」
「兄上……それは」
「分かっているよ、サラセナだろう」
シアの調べ上げた真実を告げようとしたセフィーナだったが、アルフレートは何の躊躇もなくサラセナの名前を上げた。
「シュランゲシャッテンが以前からサラセナからの借款に依存し始めていたのは、半年くらい前に密告から察しが付いていたんだ、まさか反乱まで発達するとは思わなかったし、相手が政情不安な西部の大貴族だからね、密告が決定的な証拠とは言えないし、帝国政府としても大事には出来ずにしていたんだけど……後手に回りすぎた、反乱後に僕がシュランゲシャッテンに赴いたのも、公に帝国政府は問題を理解しているから、解決に積極的に協力すると伝える為だったんだけどね」
残念そうにするアルフレート。
「それでですか……シアからの報告にも兄上や随員の扱いが良かった、とありました、元々がサラセナから脅迫されたに等しい反乱で、起こしてみれば罰を下してくると勘違いしていた帝国政府から兄上が協力すると申し出てきたら、軍事的に大きくは動きにくい訳だ」
セフィーナは頷く。
思えば互いに軍を出さずとも解決できた事案ではなかったかと反省も出来るが、今更言っても仕方がないし、シュランゲシャッテンに乗って反乱に同調したサペンスやガイアペイアという隠れていた反乱分子を討ち、大貴族のシュランゲシャッテンと決戦をせずに済んだのはひとまずは満足しなければいけないとセフィーナは自らに言い聞かせる。
何よりも問題山積の状態で、これ以上内輪揉めを長引かせる訳にはいかない。
目的はそこにあったのだ。
「今回の反乱に際し、帝国に協力してシュランゲシャッテンに対して兵を構えた貴族達には父上に奏上して、特別に計らいをしてもらえるようにお願いしましょう、東部だ、西部だ、中央だではなく、皆が誇りある帝国貴族だという機運を高めなければいけません」
「そうだね、でもまだ油断は出来ないよ? エトナにはまだ連合軍の師団がいるんだろ?」
セフィーナの上げた意見にはよしとしながらもアルフレートが心配な顔を見せるが、
「平気ですよ、サラセナが身を退いた上に反乱軍が無くなった今、ゴッドハルト・リンデマンは西部戦線にはひとまずは区切りをつける筈です、一週間の間にこのセフィーナがアリス中将をエトナ平原から追い返してみせます、おそらく戦いは無いでしょうが」
と、セフィーナは自信満々に答えたのである。
占領したシュランゲシャッテン公領を帝国直轄地にする作業や手続きは、その手の仕事に慣れたアルフレートに任せてしまうと、セフィーナは二日の休養を取り、ヨヘン率いる部隊と合流して南下し、コモレビトを経てクルサードの守るエトナ城に到着し、分派行動からセフィーナ率いる親衛遊撃軍は再び集合した。
その兵力は約二万八千。
部隊編成時の四万からはかなり目減りしてしまったが、その間に連合軍の二個師団に壊滅状態にして撃退し、一個師団と戦い、二万の反乱分子を討ち、棚ぼた的ではあるが四万のシュランゲシャッテン軍を降伏させたのである。
これだけでも損害に見合う十分な戦果だが……
「最後の仕上げた、アリス中将に少し位は挨拶できれば幸いなのだがな」
セフィーナは守備兵を残した親衛遊撃軍全軍を率いて、エトナ平原に繰り出したのである。
戦線の維持して、エトナ平原に居座っていたアリスの第十七師団の兵力は約一万四千。
奇しくも今度はセフィーナが倍の兵力でアリスに迫る番になったが、
「やはりな……名将は引き際が早い」
シュランゲシャッテンの反乱が終結した後にアリスが倍の相手と戦ってまで戦線の維持をする理由は無くなっており、セフィーナの予想通り綺麗に陣を引き揚げて、西海岸からラーシャンタ州への帰路に入っていたのである。
「追撃しますか?」
「アリス中将には借りがあるが、これだけ整然と退かれている事を考えたら、おそらく追撃しても無駄だろうし、薮蛇もありうる、それに借りは細かく返して貰っても嬉しくない、今度また一気に返してもらおう、敵が退いたなら我々も帰るとしようじゃないか、もう季節的に平原での野営は寒いからな」
ヨヘンが追撃の有無を聞くと、セフィーナはそう答えて帰投を命じる。
セフィーナは第十七師団を捕捉撃滅するつもりはあまり無く、敵軍にも圧力をかけ撤退を強いて、この一連の戦いの幕を引きたかったのだとヨヘンは思った。
「セフィーナ様もエトナ城に着いたら一週間ほど休みましょう、近くには温泉保養地があります、シアもそろそろサラセナから帰ってくるでしょうから一度行きたいですね? 極北のサラセナにいたシアも喜ぶでしょう」
「そうだな、少し疲れたしな……湯槽でしっかり疲れを落とすのも良いかもな」
ヨヘンの提案に同意しかけたセフィーナだったが、急に何かを思い出したかのように首を振ってから、
「それはシアを含めたお前達幹部連中で行くといい、兄上に事後処理を押しつけて温泉という訳にもいかないからな」
と、苦笑したのだった。
こうして南部諸州連合軍のヴッドペッカー作戦から始まった帝国西部の大動乱は終結した。
結果を分析するなら、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアは戦略的にも戦術的にも、後手に回ったり失敗する場面もあったが、勝利を収め英雄姫の名に恥じぬ活躍を見せたのであった。
続く




