第七十一話「情報と恫喝」
エトナ城攻防戦の結果はシュランゲシャッテンと対峙するヨヘンとクルサード率いる二万五千の親衛遊撃軍にすぐに知らされる。
半個師団が一個師団と戦い、ほぼ同レベルの損害を出しあったのだから敗北とは使者は表現しなかったが、連合軍の脅威を排除する事に失敗した事は確かであった。
「姫様……負けちまったか」
「敵軍はエトナ平原の南に下がった様ですし、セフィーナ様は無事……敗北と言う程の敗北じゃありません」
セフィーナが居ないので、謁見の間ではなく、会議室で使者を迎えた幕僚団。
その中で肥満した身体を椅子の背もたれに預けてボヤき声を上げたクルサード。
ヨヘンはセフィーナを庇うが……
「シアちゃんからはいい報せが入ってきたのにな、姫様の敗けを知ってシュランゲシャッテンの態度が硬化するかも知れないぜ、とにかく悪い方の報せだったのは確かだ」
「それはそうですが……」
今度は反論できなかった。
セフィーナからの報せが入る数時間前にサラセナからシアが早馬で報せてきた内容は、サラセナはシュランゲシャッテンの後ろで反乱の糸を引いていたとは無論認めなかったが、非公式ではあるがシュランゲシャッテン公に借款がある関係であったので、伝を使い彼を説得するのに協力するという内容であった。
但し、あくまでも説得の協力であるという事と反乱に同調したサペンスとガイアペイアについてはサラセナとは大した関係がなく、協力は出来ないともあった。
取りあえずはシアは十二分に慣れない筈の役目を果たし、吉報と言えるだろう。
その報を受け、続いてセフィーナがエトナで連合軍を破ってくれれば、シュランゲシャッテン公にかかる圧力も増し、反乱の収束も見えてくると期待したのだが、入ってきたのがセフィーナが連合軍相手の攻勢に失敗したとの報せであったのである。
「これからはどうする?」
「そうですね……まだシュランゲシャッテンにはアルフレート皇子が居ますからね、確かにセフィーナ様の攻勢失敗は交渉に影響するかも知れませんが、サラセナからの説得工作があればアルフレート皇子が上手く収めてくれる可能性が高いんじゃないでしょうか? ここは動かず……」
この先の行動をクルサードに訊ねられたヨヘンが自案を答えた時であった、会議室のドアが勢いよく開く。
皆の視線が注がれた先には……
「セフィーナ様!?」
「な……」
驚くヨヘン。
クルサードも傾けた椅子ごと危うく後方に転倒しそうになり、どうにか立て直す。
そこにはメイヤを連れたセフィーナが立っていた。
知らせもない予想外の登場に他の幕僚達も慌てて立ち上がり、敬礼をする。
「留守ご苦労だったな」
「いつお帰りですか?」
「さっきの報告の使者と一緒に裏からだ」
会議室の上座は誰も座っていない、セフィーナはそこに着席し、メイヤは後ろに立つ。
「お知らせ下されば、迎えにも出ましたのに、私が不忠者と思われます」
「悪い、悪い」
困ったような態度を見せるヨヘン、セフィーナは左手を振ってから、
「相手も一旦下がったとはいえアリス中将だ、私がまだエトナ城にいると思わせておいた方が賢明だと思ってな、メイヤだけを連れて使者に付いてきてしまったのだ」
と、平然と答える。
「お気をつけください、メイヤ軍曹が手練れなのは小官にも十二分に承知できますが、どこに敵軍や反乱軍が居るかもしれない戦線です」
「案外に心配性だな、心配させて悪かったとは謝罪するがこれも策だ」
「策……ですか?」
策というセフィーナの返事を聞いたヨヘンの瞳に鋭さを帯びた。
童顔の彼女だが、そうなると軍人特有の殺気に似た雰囲気を感じさせる。
「何の意味もなくコモレビトに帰ってくるとは思いませんでしたが……シアからの報告を読まれましたか?」
「ああ、さっき書記官から報告書を読ませてもらった、良いにしろ悪いにしろ結果が出る頃だろうと思っていたが、アリス中将にしてやられた私に比べてシアは良くやった、これで私の作戦は定まった」
セフィーナとヨヘン。
周囲から観れば、ヨヘンの容姿のせいで十代の女の子同士の話し合いにしか見えないが、それは帝国軍の大将と少将による万の兵士の生死をかけた作戦会議だ。
「クルサード!」
「はっ、何なりと姫様」
振り返るセフィーナに、普段は何事も面倒くさそうなクルサードも、冗談の様な言い回しをしながらもそれなりの速度で椅子から立ち上がる。
「貴官は五千の兵を率いて、エトナ城に向かうんだ、名目上はエトナ城にいる私への援軍とする、確率は低いだろうがアリス中将が北上して再びエトナ城に攻め寄せたら応対せよ、私が残してきた四千、貴官が率いる五千、練度は低いが守備隊も三千程はいる、互角以上の戦いは出来る筈だ、誘われても外に出ず籠城を決め込め」
「了解!」
敬礼するクルサード。
頼むぞ、とだけ付け足し、セフィーナは今度はヨヘンに振り返る。
「お前と私は……解るか?」
首を傾げた銀髪の美少女。
その仕草はいかにも見込んだ相手を試すかの様子で、ごく最近に作戦を失敗した指揮官にはとても見えない。
『こういう強さもお持ちなのか……』
ヨヘンはセフィーナを見据えた。
大帝国の皇女として育てられたのだ、我が儘を通した事もあるだろうし、周りを困らせもしただろう。
時折、それを見せる事も当然あったが、人生で十年と少し先輩であるヨヘンからはセフィーナには貴族達に多く見られるような人格的な問題は観られず、少し良く育ったお嬢様程度だ。
そして……逆境に対する強さがある。
『参ったな、もしこんな妹がいたら、完全に甘えて仲良くするか、完全に嫌って敵対視するしか出来ないかも……』
ヨヘンはそんな事を考えながら、
「どちらがどちらにかかりますか? 兵は神速を尊ぶと申します、急ぎましょう」
と、答え、よし! という皇女殿下の笑顔を賜る事に成功したのだった。
***
月夜。
ランタンが灯され薄暗い謁見の間に男の怒号が響き渡る。
「ここに来て、ここに来て私に帝国政府の膝を折れと言うのか!?」
「その必要はありません、我々が南部諸州連合への亡命を手助けいたします」
シュランゲシャッテン公イアトスの吹き上がるような表情の温度に比べ、使者の若い男の態度は至って冷静。
「ぼ、亡命だと!? 南部諸州連合に?」
「はい、公は大貴族、帝国の凋落の宣伝にもなりましょうから決して悪い扱いは受けないと」
「まだ我々は一戦も帝国と矛を交えていないのだぞ! セフィーナ皇女はエトナで敗北したと聞くし、なぜ私をここまで押し出した貴様らがそこまで弱気になるのだ!?」
「……」
イアトスの詰問に使者は数秒、沈黙した。
返す言葉が無い訳ではない。
何から話そうか迷ったからだ。
「まずは……公は既に勝機を逃がされました、反乱の初期において、サペンスとガイアペイアという味方を得たにも関わらず支配地域も広げず、ただ無駄な時を過ごし勢いを失った事」
「そ、それはだな、支配地域の地盤を……」
イアトスは反論しかけるが、使者は無視して先に話を進める。
「次に情報の漏洩、貴方と我々の関係は既に帝国が非公式ではありますが知る処となりました、帝国はこのシュランゲシャッテンにおいて沢山の情報を得たらしいのです、そんな事では我々が帝国政府に睨まれてしまいます、もちろん公の率いるシュランゲシャッテン家としての団結力にも我々は疑問を持ちました」
「そんな……バカな!! 我が家に情報を横流しする輩が存在するというのか!?」
「左様です、相当数の者から漏れているようですな、約束では我々の存在は一切漏らさない話だった筈です、これでは我々としても、女王としてもこの先の協力は出来かねます」
イアトスは家に裏切り者がいるとは想像だにしていなかった様子で衝撃を受けている。
『バカ貴族だな……立派な経営をしていた親の財産を無意味な浪費で食い潰しただけはある、親の名前で成り立ち、集った者達がお前に見切りをつけ始める事など絶対に無い、と信じているのだな』
若い使者は唇の端を少し上げた。
表向きは堅実な父親譲りの領地経営を支えていたのはサラセナの豊富な資金投入あってこそ、先代のしなかった贅沢と浪費、見栄が優先した金庫に負担を強いるだけの私兵や城の増築をして、貯財を食い潰し、サラセナに借款までしてそれを表沙汰にしないという無意味な事をした愚か者には何を言っても無駄だろう。
彼は説明を諦めた。
シュランゲシャッテン公の責任ではない。
十年計画で操る事は成功したが、その人選から間違っていたのだ。
サラセナ上層部の責任すら彼は思い始める。
「ま……待て! ここでサラセナに引かれては兵士達に払う金もない、私兵に金を出さなければ奴等は風よりも早く去っていってしまう!!」
「なるほど」
使者はイアトスを見直した。
裏ではとっくに経済破綻したシュランゲシャッテンには反乱を自腹で続ける金すら無いという事と相場より三割以上の金を出している私兵達がその支給が止まれば、義理などもちろん関係なく自らの元を去っていく事をイアトスが理解していたからである。
「公はキチンと自分の御立場をわかっておいでです、ならば我々の事情も理解してくれましょう、この家に残された美術品や価値のある物は亡命時には持ってはいけないので、借款返済の形を取らせて頂く様に我々が持ち出させていただきます、借款の数分の一にもなりませんが、しばらくは南部諸州連合で安泰に暮らせる一部の宝石類は公に残しますので、こちらの提案通り御家族だけで南部諸州連合に……」
「ま……待てっ、亡命に資産が持ち出せぬのは解せぬ、私の資産だ、それに私には可愛がっている女達がおる、奴等は私が居なければ生きていけぬ、それらを持たせてくなければ亡命にはとても納得できん!!」
椅子から立ち上がり、イアトスはまるで高らかな歴史的宣言でもするように言った。
「うむ……」
使者は再び彼を見直す、本当のバカだと。
金も領地も無くなれば、可愛がっている美人達は勝手に立ち去って、イアトスよりも逞しく生きていくだろう。
私兵の薄情さが理解できて、なぜ愛人のそれが理解できないのだろうか?
「ご理解なされぬのなら宜しいでしょう、我々からの援助は打ち切り、もちろん亡命の手引きも出来かねます、資金が尽きた軍隊に残ってくれる情の厚い精鋭だけを集めて、英雄姫セフィーナ皇女とお戦いになればいいでしょう」
「そ、そんなっ」
シュランゲシャッテンの資金は全てサラセナが抑えているのだ、数秒間の強気が一瞬で崩れたかに見えたイアトスだったが、
「な、ならば……戦ってやる! ガイアペイアやサペンスと力を合わせれば、兵士数では奴等の倍はおるのだ! 資金を止めると言っても、兵士達には次の給金までは分からん、それまでに乾坤一擲の大勝負を打つまでよ! 武人としてセフィーナ皇女に当たってやる!」
またもやイアトスは歴史的宣言らしい事を高らかに詠い上げたが……若い使者はそれを掻き消す位の爆笑をしたのである。
「な……な……」
あまりにも失礼極まりない笑いにイアトスは呆然としてしまう。
「良く聞くんだ、バカ貴族め!」
若い使者はイアトスを指差す。
その表情は豹変し、邪悪すら感じさせる。
「な、なんだとぉ!!」
「貴様らは情報の重要さすら理解できていないバカの集まりで、貴様がその頂だ! これから貴様に亡命を勧める最後の理由である最新の情報を教えてやるから、有り難く拝聴しろ!」
「この……」
人払いは徹底させていたが、沸点極まったイアトスは腹に息を吸い込む、大声で衛兵を呼び失礼な若僧を始末させる為だ。
だが叫んだのは若僧の方が早かった。
「サペンスとガイアペイアなどもういないんだよ!? この情報オンチめ! 遅くとも明日の朝には貴様も知るだろうが、サペンスもガイアペイアもセフィーナ皇女、ヨヘン少将が率いる部隊の奇襲を受け、為す術もなく潰滅したんだ……このバカめ!」
「な……なに……!?」
あまりにも衝撃にシュランゲシャッテンは口元を激しく震わせると、両膝を床に着く。
「う、嘘であろう? サペンスもガイアペイアも我がシュランゲシャッテン領よりも北にあるのだぞ? 攻撃するなら遥かに近い我々だろう! なぜわざわざ遠くから攻撃する!?」
「情報は嘘ではない、サラセナの人間は情報が命であり、取引した相手には嘘は言わないのが信条である」
そこまで話すと若い使者は大きく息を吐き、制服の襟を正し、座り込むシュランゲシャッテンに歩み寄り、中腰に彼を覗き込む。
「失敗を報じられた直後、彼女が既にコモレビトに帰って、これだけの電撃的な作戦を起こすとは我々でも予想できなかった、このセフィーナ皇女に貴方が勝てると思いますか? もう一度お勧めします、今ならサラセナが南部諸州連合への亡命の便宜を図ります、もちろん条件はこちらが提示した形になりますが?」
茫然自失のシュランゲシャッテンは丁寧な口調には戻ったが、中身は変わらない使者の勧告に必死に首を何度も縦に振るのだった。
続く




