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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第三章「奮闘の英雄姫」
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第七十話「光待つ者 アリス対セフィーナ」

 夜明け前の闇のエトナ平原。

 セフィーナとアリスの初めての対決は、二人の指揮官が各々に策を巡らせた結果、乱戦に突入していた。

 ここまでの両軍、損害を正確に把握出来る状態に無かったが、実は作戦を読まれた帝国軍が優勢だった。

 南部諸州連合軍の右翼と左翼の各六千は一千ずつの部隊に背後から奇襲を受け、戦線に参加しておらず、セフィーナとアリスのほぼ同数の本隊同士の正面激突は、お互いに混乱はしてはいるが帝国親衛遊撃軍が第十七師団を圧しつつあった。

 これは指揮能力の差ではなく、親衛遊撃軍の兵士は皇女直属の為に精鋭揃いで、個々の戦闘能力の差が出始めていたのだ。

 そのままセフィーナは部隊戦力の有利さを活かしたいが、アリスもそこはさせない、押し返すまではいかなくとも侵食は許さない。


「リンデマンの愛人の癖にっ!」


 しぶとい相手にまたもや事実無根の濡れ衣を着せながら、焦れるセフィーナ。


「だがそこまでだ、もう少しして明るくなれば一気に突破してやるぞっ!」 


 夜の闇が互いの戦力を削いで、決定打がでない原因になっている。

 明るくなれば乱戦は収めやすく、そうなれば親衛遊撃軍が有利、アリスの中核を蹴散らして、混乱が収まらない右翼と左翼に飛び込めばいい。

 当初の予定よりもかなり強硬、かつ損害が出そうな戦術だがセフィーナに躊躇は無かった。

 シュランゲシャッテンの反乱に、アレキサンダーの命令不服従。

 ただでさえ内部がゴタゴタしている時、そこに影を落とすような外敵要因は速やかに排除しなければいけないからだ。


「セフィーナ!」


 遠くの山脈を指差すメイヤ。

 山々の輪郭をなぞるように光の線が引かれていくのが見える。


「来たか……!」


 夜明けの到来を告げる光。

 闇の世界が一気に裏返り始める。


「これでどうにかしてやるっ!」


 馬上の英雄姫は力強くそう言ったが……この光の到来を待ち望んだのは、もちろんセフィーナだけでは無かったのである。

  




「夜明けです!」


 部下達の叫びにゆっくりと眼を開ける指揮官がいた。

 緑色の髪を長くサイドテールに垂らしたこの戦場のもう一人の女性指揮官、南部諸州連合軍第十七師団副師団長にして、今回の左翼部隊を率いるリキュエール・ダンセル少将であった。


「もう丸まって、ひたすら防ぐのは終わり……これからは少しキツいけど、気合い入れていくよ」


 傍らの副官にそう言って、リキュエール少将は自らの得物であるバトルアックスを担ぎ上げる。

 二十九歳。

 元はヴァイオレット州の警備師団である第一州兵団の師団長を勤めていたが、アリスの第十七師団と共に鉄槌遠征の第三軍を打ち破る活躍を見せて、大勝利に貢献した一人だ。

 その際の働きにアリスは惚れ込み、准将から少将に昇進、自らの片腕である副師団長に付けてくれるように強くリンデマンや統合作戦本部に要請し、現実した人事である。


 


「やった、リキュエール!!」

「あ……あれはまずいっっ!」


 リキュエール率いる左翼部隊の様子を観たアリスは歓喜の、セフィーナは眼を見開いて驚愕の声を上げた。

 円陣。

 後方からの奇襲を受け、当初、左翼部隊は当然の混乱をきたしたが、リキュエールは後方を突いた敵軍には応対しなかった。

 直ちに一切の行動を棄て、部隊を円陣に組ませると、ひたすら守る状態に徹したのだ。


「奇襲してきた敵軍の数は多くないでしょう! 守りに入らずに撃退しましょう、そうしなければアリス中将の中核が危険です、中核が突破されれば第十七師団全体が危機に陥ります!」


 奇襲攻撃を受けた当初、部下のブルポフ准将はそう進言したが、彼よりも十歳は年下のリキュエールは丁寧な態度ながらも頑としてそれを入れなかった。


「この夜の中で背後からの奇襲を撃退しようとしても数の利は活かせず混戦します、そうなれば多数であるこちらが混乱するだけです、敵軍はこちらを壊滅させるよりもそれを狙って少数を私達や右翼にも向けてきているんです、アリス中将の相手はせいぜい同数、ならば相手の意図を読んだ中将ならば、セフィーナ皇女が相手でもたやすく中央突破を許す筈がありません、とにかく我々は動かずに守ります、朝陽が昇ってくるまで!」


 そう強く明言すると、六千の部隊で一千の相手に完全に守りに入ってしまったのである。

 六倍の相手が守りに入る。

 そうなると奇襲に成功したとはいえ、少数が相手に大打撃を与えるチャンスは少ない。

 六千の左翼部隊は朝陽が昇るまで、初めの混乱から守りに入るまでに生じた五百ほどの損害は受けたが、混乱も収拾し、十分な戦闘力を持った状態を維持する事に成功したのである。

 リキュエールの判断の正否は同じ状況で全く異なる対応を見せた一方の右翼部隊が示した。

 右翼部隊を率いたアドル少将は、背後からの奇襲に対して部隊を回頭させて数で逆襲を試みたが、闇夜が邪魔で動きは緩慢になり、更に混乱から同士討ちが始まり、朝までに二千以上の兵を失った上に混乱が収まらず、一千の相手に釘付けになっているという状態だったのだ。 



 朝陽が昇った時、存在する勢力は……

 同士で正面から殴り合い、互いに損耗したセフィーナとアリス。

 少数の帝国軍奇襲部隊Aと混戦になり、損害を受けた連合軍右翼部隊。

 連合軍左翼部隊を奇襲したが、混戦に持ち込めなかった少数の帝国軍奇襲部隊B。

 ほぼ六千という戦場の最大兵力を維持したままのリキュエール率いる連合軍左翼部隊。

 誰がこの戦場の生殺与奪権を握るかは……幼年学校の少年でも容易く答えられる状態になっていたのである。




「リキュエール少将、それではまず奇襲部隊を撃退しましょう!」

「違います、守っていた分、キツい事をする、って言ったじゃないですか」


 ブルポフ准将の意見をまたもや退けると、緑色のサイドテールを振りかざし、リキュエールはアックスを掲げた。


「奇襲部隊にはもう構わなくてもいい、私達はアリス中将の中核と戦っている敵軍の本隊の側面を突きます! 他には何も見なくていいです、セフィーナ皇女の横っ腹を蹴り飛ばしに行くよ!」


 夜の闇の中、ひたすら守りに徹していた兵士達がリキュエールの檄にオオッと、戦場全体に響き渡る様な歓声を上げる。





「こっちに真っ直ぐ来るつもりだ……」

「セフィーナ……」


 呟くセフィーナ。

 激戦が続く中でポツリと幼馴染みが漏らした様子にメイヤは声をかける。


「やられてしまったな……まずは隙を見て我々が下がって、数の少ない奇襲部隊の撤退を支援しながらの総退却に移る」


 セフィーナに先程までの苛立ちは無かった、銀色の髪の後ろ頭を苦笑しながら掻くと、総退却を命じる。


「大将閣下、お言葉ですが、敵の左翼部隊には味方の奇襲部隊がついております、簡単にはこちらに真っ直ぐは来れないのでは? その間に敵の中核を突破する事も可能かと」


 副官のルーベンス少佐が進言する。


「いや、六千の突撃は一千では止められない、大人が走るのを止めるのに幼児が追いすがる様な物だろう、それに敵の左翼部隊の指揮官は強く決めた意思で動いている、我々が目の前の敵軍中核を打ち破るよりも遥かに早く我々の横腹に突っ込んで来る、折角の意見だが却下だ、総退却の指令に変更はない」


 普段から帝国皇女の気性を知る彼としては叱責覚悟の進言であったが、セフィーナは案外に冷静な態度で答え、


「上手く逃げなければ、虜になって縄目の恥を受けかねんな」


 と、顎に手を当てたのだった。





 太陽の光が完全に地上を照らした時から戦場は大きく動く。

 リキュエール率いる連合軍左翼部隊は突撃の陣形を取る、当然、帝国軍の奇襲部隊の攻撃を受けながらで損害が出るが、それは覚悟の行動。

 

「我々を無視して、皇女殿下の部隊の側面を突くつもりかっ!? させるな、敵部隊を何としても止めるんだ!」


 奇襲部隊の帝国軍指揮官シャール准将は怒号を発した、まず自分達を排除しようとリキュエールが動くと見ていたからだ。

 部下達を叱咤して、円陣から紡錘陣に形を変えつつある左翼部隊に猛攻を加えるが、それを完全には阻止できない。

 たが陣形変換にタイムラグを生じさせる効果は十分にあり、


「今だ、やれ!」


 それを見計らい、セフィーナは総攻撃の構えを見せアリスに圧力をかける。


「ここで崩れなきゃ、リキュエールが来て勝ちよ! 持ちこたえなさいっ!」


 徹底して守るアリス。

 精鋭相手のアドバンテージを埋めていた闇はもう光にかき消された。

 中央突破を許せば手に入れかけている勝利が簡単に崩れ去る。

 アリスは勝敗を決めるであろう必死の防戦を覚悟したが、


「よしっ、全軍下がれっ、下がれっ! 私がいいと言うまで全力で下がれっ、奇襲部隊も全力で撤退させろっ!」


 守りを固めたアリスの目の前でセフィーナは攻勢の構えをアッサリと解いて回頭すると、一斉に退却を始めたのだ。


「なっ……」


 強行突破を図るかに見えた攻撃の構えは全くの擬態だった。

 リキュエールが来るが早いか、自分が突破されるが早いか、と身構えたアリスだったが、プライドが高いであろうセフィーナの見切りの速さは予想外だった。


「えっ? 逃げられるっ!? 急いでっ!」


 リキュエールもセフィーナの動きに驚き、苦労しながら陣形変換を急がせ、遂に紡錘陣が完成させるが、目指すべきセフィーナの部隊は大きく後方に移動してしまい、アリスと共にセフィーナを挟み撃ちにする事は叶わなくなった。


「あれが十七歳の戦術!? 危機の中、まるでパウエル中将みたいな指揮をしてっ!」


 アリスは自軍の中でも最も老練な戦術家の名前を出して舌打ちする。

 セフィーナとしては最悪を回避したが、リキュエールもアリスもそこでセフィーナを逃がす程にお人好しではないし、セフィーナとしても奇襲部隊を残して、自らも背中を見せて遁走は出来なかった。

 昼近くまで続いたアリスやリキュエールの追撃をどうにか受け流しつつ、エトナ城に撤退を済ませた時には、八千の兵のうち四千近い兵を失っていたのである。



 一個師団と半個師団の戦い。

 規模は大きくなく、第十次エトナ会戦ともエトナ城攻防戦とも呼ばれる戦いは帝国軍の損害は約三千八百、連合軍は三千二百。

 率いていた兵力から考えればハッキリとした勝敗は付け難いとされたが、戦場を維持したのはアリスである事から後の研究家はセフィーナの敗戦と銘打つ者も多く、連合軍の記録もそうなっているが、帝国軍の記録は敵軍を撃退は出来なかったが十分な損害を与えた引き分けとなっており、実際にそれが妥当とする研究家や資料もあるという結果だった。



 戦場からの報を受けた南部諸州連合統合作戦本部は湧いた。


「やっと英雄姫に土を付けたな!」


 本部長のモンティー元帥は歓び、親しい者にはそれがリンデマンによる物でなくて良かった、とまで語ったという。

 ハッキリとした大規模な勝利ではないが、難題山積の帝国の中で唯一の希望であった英雄姫セフィーナを撃退できた事を大きく喧伝し、一気に情勢を有利に傾けようとしたのだが……

 十日もしないうちに新たに入ってきた一報にその気勢は一気に削がれてしまったのである。




                    続く


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