第六十七話「サラセナ女王ユージィの野望」
白い妖精。
氷の王国を統べる若き女王は肩にかかるくらいの長さの艶のある白の髪に銀のティアラを乗せ、抜けるような肌に憂いを帯びた紫の瞳を持つ少女に持った印象だった。
身長は十代の少女の標準、だがプロポーションはキチンとした隆起がありながらも無駄がなく、肩から胸元が開いた白のドレスも見事に着こなしている。
謁見の間。
サラセナ国の閣僚たちが並び、一段高い台座にある玉座にその少女は座っていた。
『美しい娘……』
第一種礼装のシアは思わずその姿に眼を奪われてしまいそうになる。
まだ十八歳と聞く。
年端の近い帝国国民が誇る英雄姫セフィーナの美しさと比べても遜色は全くない。
セフィーナに感じる意思の強さを感じさせる美しさとは別の気品のある美しさを彼女からシアは感じていた。
「サラセナ国女王ユージィ・エリキュネルです、使者の皆様御苦労様です」
帝国親衛遊撃軍からの使者五人に自ら女王ユージィと名乗り、少女は可愛らしい微笑みと優しげな声を出した。
「私はアイオリア帝国親衛遊撃軍副司令官シア・バイエルライン少将です、よろしくお願いしますユージィ女王陛下」
軍帽を脇に持ちシアが綺麗な敬礼すると、随行してきたルフィナ達もそれに倣う。
ルフィナと話した呼び方に拘りはシアには無かった、自然と出た女王という呼称には彼女はやや幼かなかったが、自治領主はもっと似合わないと思っただけだ。
「こちらこそ、帝国のセフィーナ皇女殿下の元で親友のヨヘン・ハルパー少将と共にご活躍なされているのはよく聞いていますよ、バイエルライン少将」
「お褒めに預かり光栄です」
丁寧に頭を下げながらシアはサラセナ国の情報収集能力の一端を見た気がした。
帝国軍の少将など何十名もいるのだが、その中で予告してやって来た訳でないシアやヨヘンの事を極北の女王が知っているのだ。
「謁見は取りあえずは終えましょう、シア・バイエルライン少将、時間的にそろそろ夕食の時間です、私と一緒にお話をしながら食事をいたしませんか?」
申し出は唐突だった。
ユージィ女王の口振りに策略めいた物は感じなかったが、シアは予想外の申し出に一瞬戸惑ったのは確かだ。
「食事会、でございますか?」
「いいえ……そこまで形式ばった物ではなく、出会いの挨拶がてらに貴女と私だけで、随員の方々には別の席を用意させます」
「そうですか……喜んで」
断る必要も感じない。
謁見の場、周囲に閣僚たちがいない分、込み入った話を切り出しやすいとシアは考える。
挨拶がてら、とユージィ女王は言ったが、シアはそこまでサラセナでゆっくりするつもりは全く無い、懐柔策なり、強硬策なり、早く示して答えを出し、セフィーナやヨヘンのいる西部戦線に帰りたいのだ。
「では、少しだけ控え室でお待ちください、用意が出来たらシア少将を呼びますので」
ユージィが玉座から腰を上げると、閣僚達は揃って退出していく女王を頭を下げ見送ってから、シア達にも一礼して部屋を出ていき、一行は世話役の女性に控え室に案内される。
「ユージィ女王って……すごく綺麗な方でしたね、肌なんてすごく白くて」
「ええ、十八歳だそうよ、とびきりの美少女だったわね」
待ち時間。
謁見の緊張から取り敢えずは解き放たれたルフィナに、シアは儀礼用の第一種礼装を脱ぎながら文句無く同意する。
「でも、綺麗というならシア様も絶対に負けてませんよ」
「歳なら一回り近く勝ってるけど……彼女と張り合わせるなら、私じゃなくセフィーナ様が適任だと思うんだけど? 違うかしら?」
「そ、それは……その」
真実であるがシアの意地悪な切り返しに返答に困るルフィナ。
誉めてもらったのに相手を困らせてしまった事にやや罪悪感を感じながら、
「ごめんなさい、意地悪言ったわね? とにかく女王が何処まで何の権限を持っているかは知らないけれど、ただ二人でご飯を食べるつもりはないから、言い過ぎて相手の機嫌を損ねてすぐに叩き出されるかも知れないから、そっちはそうなる前に別室で出された食事を美味しく頂いてなさいな、サラセナでは海産物が美味だそうよ」
ルフィナに笑顔混じりに指示するシア。
冗談ではなかった、二人だけの食事で話そうとしている内容はかなりシビアで、北国の優しい妖精の逆鱗に触れるかも知れないのだ。
「了解しました、相手がその気になってもシア様を叩き出させたりはしません、堂々と城を出れるように御守りします」
ルフィナは神妙な顔で敬礼する。
「さて……じゃあ行ってくるわね」
艶のある黒髪に合わせたのは、黒が基調の帝国軍第二種礼装。
その凛とした姿に、全帝国軍女性士官の中でも、最も制服を見事に着こなしているのではないだろうかとルフィナを始めとした護衛の面々は感心してしまう。
実績や人望に置いては親友で同期のヨヘンと何かと比べられ、甲乙つけがたいとされるシアだったが、帝国軍の制服の着こなしにおいては、まるで幼年学校生が仮装で将官用の軍服を着ているようだと陰口を言われる盟友を遥かに凌いでいる。
最近、帝国軍女性士官の間で広がり始めている小さな略帽を頭に乗せ、シアが部屋を出ると、そこには既に案内役の少女が頭を下げ、それでは参りましょうと、彼女を待っていたのだった。
案内された部屋は大して大きな部屋ではなかったが、自然な暖かさがあった。
建材や製法が特別なのか、もしかしたら予め部屋を暖かく用意していたのかもしれない。
「ようこそ、シア少将」
そこには両手を腰の前で組み、微笑むユージィが居た。
彼女の姿は生地に余裕のある藍色のワンピースドレスだったが、謁見の時に着ていたドレスとは違い、全く飾り気がない。
威厳ある独立国の女王というよりは、友人を豪邸に迎えた良家の一人娘である。
「お招き頂き光栄です、女王陛下」
「貴女は私を女王と呼んでくれますね? 帝国では正式には私を女王と呼ばないのでしょう? こちらへどうぞ」
ユージィは高価ではありそうだが、大きくはないテーブルにシアを招きながら聞いてくる。
「似合わなかったのです」
勧められた椅子に座りながらシアは答える。
「えっ?」
「だから貴女を自治領主と呼ぶのが似合いません、お若いが女王陛下と呼ぶ方が似合う、だから、そう呼ばせてもらいました」
短い答えに一瞬、呆気に取られたユージィだったが、
「それは光栄です、帝国の方で私にそう言ってくれたのは貴女が初めてです」
頬を染め嬉しそうに微笑み、シアと向かい合わせた椅子に座った。
部屋に相応しい大きくはないテーブルだ、女王と使者の会談というよりは美しい姉妹の食卓も言った方がしっくり来る。
「すぐに食前酒と前菜が来ますわ」
「はい、ありがとうございます」
礼をして部屋に入ってくる二人の給仕。
威嚇か懐柔、まだサラセナへの手段を決めかねている帝国の使者としては決して受かれた気分ではいられない筈なのだが、シアは目の前で笑顔を見せるサラセナの女王ともう少し夕食を楽しんでもいい気分になり始めていた。
***
過度には豪華ではなかったが、美味な魚料理を中心とした食事はシアを満足させた。
フェルノールのある東海岸とサラセナのある北西半島では気候の差もあり、魚の種類もかなり異なっていたが、寒冷地で捕れたそれを新鮮さを損なわないうちにサラセナ独特の調味料を付けて生で食べる味がシアは気に入った。
更に食事の味を引き立てたのは、ユージィとの会話だった。
一回り近く年下の少女は淑やかではあるのだが好奇心が強く、探るような感じではなく丁寧に帝国の生活や物事を訊ねてきて、またシアの質問にも素直に答えてくれた。
楽しい時間が過ぎる。
そして……食事を終えた後も会話も弾み、
「そろそろ、デザートを運ばせましょう」
と、ユージィが手元のベルを鳴らそうとした時に、ようやくシアは居心地の良さに甘えていた自らを正して彼女を見据えた。
「女王陛下、とても楽しいお食事でした、これから一つお話をさせて頂けないでしょうか? 今までの楽しいお時間に水を差すような無粋な話なのですが……」
「……聞きましょう」
そう切り出した話に対しても、変わらぬ口調ではあったが、ユージィ・エリュキュネルという少女の瞳に一瞬にして、別の色の光が宿ったのをシアは気づく。
「サラセナはシュランゲシャッテン公に多大な貸し付けがありますね? 帝国法では貴族や公職に就く者は他国よりの金品の譲渡はもちろん、借款も禁じる法があるのは知っておられますか?」
「もちろん知っております、だが、本当に我々からの借款や譲渡があったかはどうでしょうか? 証拠がありますか?」
ほんの数十秒前の二人の空気ではない、まだ問い質すまでのレベルにも至っていないシアに対して、ユージィは笑みも浮かべずに小首を傾げて見せた。
「貸し付け額も借用書も確認しています、最新は今年の一月、金額は二千万帝国ドル……その前は二年前で一千五百万帝国ドル、まだ先の分、十年先まであります」
「……」
流れるようなシアの説明に何も答えないユージィ。
更にシアは懐から書類を取り出して、テーブルの上に置く。
「返事がありませんね、ではこれは残高確認証書のシュランゲシャッテン公側の写しです、この貸し付けは先も言ったように既に十年前から行われており、まったく返済はされていません、と言うよりシュランゲシャッテン公には積み重なった負債を返済できる能力がありません、帳簿もこちらで押さえてますよ」
「残高確認証書や帳簿も用意されてますか、でもシュランゲシャッテン公領は西部貴族でも有数の良好な領地経営を謳われています、なぜ我々からの借款が必要なのでしょうか?」
「……ふっ」
ユージィの問いをシアは鼻で笑った。
その問いの答えは貴女が一番よく知っているでしょうね、と言いたげだ。
「その気になれば、シュランゲシャッテン裏近代史が編纂可能なくらいに裏の情報を中心に調べましたよ、シュランゲシャッテン公領が良好な領地経営をしてきたのは先代が生きていた十五年前までです、跡を継いだイアトス公は良いのは外面だけで裏では大変な浪費家で、女性好き、更に見栄っ張りでもあります、父上とは大違いの繊細さを欠く領地経営で代々の貯財を使い果たし、すぐに苦しくなっていきました、経営難な貴族には帝国政府から低金利の借款が受けられますが、彼はそれをしなかった、そうなればシュランゲシャッテン家の名誉は傷つき、自らの無駄な浪費を帝国から派遣された査察官が見逃す訳がありません、下手をすれば領地没収の沙汰すらあり得ます……となれば税率を引き上げての領民からの搾取ですが、これも先祖代々からの経営を知る領民からの反発を招き、結局は帝国政府の介入を起こすと行われていません、面子を護りながらの贅沢と見栄を続ける為に表に出ないサラセナからの借款に彼は走ったのでしょう」
そこまで一気に話すと、シアはワインを軽く口に含む。
「イアトス公が浪費家で、女性好き、更に見栄っ張りというのは想像ですか? 証拠がありますか?」
その間を突いてのユージィに、シアはグラスを置くと、更に書類を出す。
「シュランゲシャッテン公の家の財務担当者の者から手に入れた帳簿の写しです、発言や証拠品を認める署名もあります、屋敷や城の無駄な改装費、過度な数の私兵と階級だけは立派な退役軍人の司令官たち、これだけなら防衛意識と誤魔化せますが、二桁の愛人と別荘、サラセナ産の最高級品も数多く揃えた高級宝石類や装飾品、父上の代とは十五倍以上に膨れ上がった生活費、と枚挙に暇がありません、さらに税収の増加を得るための政策も取らなければ代々の貯蓄を食い潰すなど造作もない事でしょう、シュランゲシャッテン公領はサラセナからの借り入れが無ければ経営不可な状態になっています、いやあなた方がそうしたというべきか」
「そこまで詳細な……それも沢山の情報を貴女はどうやって集められたのですか?」
ユージィの聞き方は参った、とまでではなかったが、シアの情報収集能力を感嘆したような風だった。
「実はこちらに来る前、使いに紛れてシュランゲシャッテンに入りました」
「シュランゲシャッテンに直接?」
「そうです、先祖代々仕えるシュランゲシャッテン公に逆らう事は出来なくとも、内心は帝国への反乱には不安を覚えている者達は家臣団に幾らでも居ました、動乱後の身の安全や報酬を然るべき方の名前で保証すると、かなりの数の者達から面白いくらいに裏の情報が取れました、針にかかる魚が多すぎて、こちらの行動が明るみに出るのではないかというくらいに」
シアは自らの情報収集方法を披露した、実際にシュランゲシャッテン公の周りには、謀反に仕方なく付き合う形になっていた者が多く、そういう者達からすれば、セフィーナという後ろ楯を持つシアからの情報を出せば、謀反が失敗に終わろうとも身の安全を図るという申し出はまさに渡りに舟だったのである。
更に平時には厳重に保管されている様々な証書等も戦時の混乱の中では持ち出しやすく、情報を与える側も好都合で、金に糸目は付けないという好条件とシアの情報収集能力も重なり、重要情報を大量に集められたのだった。
「お見事です……シア少将、軍人としての手腕が確かな上にそのようなお仕事もこなされるなんて、すごいです、確かにサラセナはシュランゲシャッテン公に多額の融資を十年前から致しております、そこまで内部資料を集められたら公式の席でないここでは認めざる得ません」
ユージィは足掻かなかった、素直に借款の件を認めるとシアを褒め称えた。
たが、あくまでもこの場。
公式に認めるつもりはないと付け加えている。
「しかし……シア少将」
「何でしょう?」
「貴女はこの借款の是非を問いに遥々、この極北に来られたのですか?」
「まさか」
シアは肩を竦めた。
「シュランゲシャッテン公に関しては謀反を起こしてしまったら、今さら借款の件を問うまでもなく反乱罪という最高級刑が適用できますし、またサラセナにこの罰を問う事は我々、帝国には出来ません……たとえ口が裂けても、自治領のサラセナからの借款を外国からの物とは言い出せないからです」
「でしょうね、でもそれはお互い様です、こちらもシュランゲシャッテン公への借款の罪を弁明したいなら自らは独立国でなく、自治領だからと言い張るしかないですからね」
略帽を右手で弄りながらの黒髪美麗の帝国少将と、白の髪に肌の王国女王は不敵な笑みを交わし合う。
罪を問う方からして、自治領とするサラセナを国家として認めなければ罪には問えず、罪を逃れる方は逆に言い逃れるには自らを国家ではなく、自治領と言わねばならない。
互いに認められない矛盾がそこにはある。
「だが……問えないにせよ、シュランゲシャッテン公が謀反を起こした今、この借款を軽く扱う訳にはいきません、これだけの借款をシュランゲシャッテン公にしているサラセナが彼等に対してまったく発言力が無いとは考えにくい……後はお分かりですか?」
サラセナからの借款がシュランゲシャッテンを支えている状態なら、どちらの発言力が上かは問わずとも判る問題だ。
「貴女は我々がシュランゲシャッテン公に謀反を勧めたと言われるのですか?」
「もちろん、そんな事はありませんよ……すくなくとも私はそう信じています、その発言力を活かす方向に持っていって欲しいのです」
あからさまな嘘。
それを相手に示しつつ、シアは不敵な笑みのままで首を振った。
「ただ……このような資料が公に出たら、帝国政府としてはどう判断するかについて私は一切の関わりを持ちません、シュランゲシャッテン公の謀反などでサラセナと帝国の関係が悪化するのは私は望まない、あとシュランゲシャッテン公の個人的な謀反の理由にセフィーナ皇女殿下は興味を持ってません」
「……」
氷の国の美しき女王は黒髪美麗の相手を無言で見つめ続けた。
彼女の背後には帝国の至宝、英雄姫セフィーナがいるのは間違いないが、ユージィは目の前のシア・バイエルライン本人を注視している。
「シア少将……」
「何か?」
「貴女の個人的な見解で構いません、反乱相次ぐこの大陸西方地域の平和はどうすれば維持できるでしょうか?」
ユージィの問いかけに、シアの動きがピタリと止まった。
紫と黒の瞳の数秒の交差。
シアの薄い唇がゆっくり開く。
「夢を捨てる事です、特に人の家族の争いに乗じて成就を狙うのは良くないと思います」
その言葉と同時に放たれた黒の瞳の視線、氷の国の女王はそれに自らの胸を射抜かれる熱さを感じた。
***
「見抜かれていると!?」
「はい、全て……状況証拠に過ぎませんが、帝国政府が信じるだけの証拠がシア少将の手にはあります、シュランゲシャッテン公の脇の甘さ、シア少将の能力の高さが相まった物です」
シアとの夕食を終え、ユージィは緊急に会議室に召集した数名の大臣達に頷く。
「しかし……もう矢は放たれました、背後関係が推測されたから言って、諦める訳にはいかないのではないでしょうか? シュランゲシャッテン公を起たせてしまった訳ですし」
「そうだ、こうなれば我々も軍を繰り出せば、中部のアレキサンダー皇子も重い腰を上げるのではないでしょうか!?」
「そうだ、この際バレたのならシア少将達を捕らえて処断してしまい、一気に行動を起こし……西方王国の夢を……」
「焦ってはいけません!」
勢いづく大臣達を制する女王の声。
普段は淑やかな分、時として発する怒気は周囲を注目させる。
「シュランゲシャッテンの機密保持と戦術行動能力の未熟さが予想外です、アレキサンダー皇子は引き籠りを止めない様子ですし、シュランゲシャッテン公は起っただけで軍事的には目立った行動も起こさず、アイオリアの三男アルフレート皇子の説得に迷いすら出ている様です」
ユージィは自らの分析を口にした。
異論は上がらない、サラセナの西部での影響力拡大を狙ったサラセナの工作により、債権者のほぼ言いなりで独立を目指して起ったシュランゲシャッテン公だったが、近隣のサペンスとガイアペイアというシュランゲシャッテンより北の二都市が謀叛に加わった後は特に行動を起こしていないのだ。
シュランゲシャッテン四万、サペンスとガイアペイアに各一万、合わせれば数だけなら六万という親衛遊撃軍を遥かに上回る兵力を持ちながら動かない。
反乱軍とは思えぬ悠長さは今まで貴族という特権階級で暮らしてきた甘さだろうか。
黒幕と言うより、影のオブザーバーを務めてきたサラセナもそれには辟易していたのだ。
「どうでしょう? 今からでもシュランゲシャッテンに軍事顧問団を密かに送っては?」
「私達との裏取引を簡単に暴かれた彼等が信じられますか? 軍事顧問などが帝国に知られたら、それこそサラセナの危機です」
陸軍大臣の案を女王は即座に却下した。
「では? そのセフィーナ皇女の使いのシア少将は我々に何をせよ、と?」
「彼女はサラセナのシュランゲシャッテンへの発言力を有効に使うようにと、そしてシア少将の個人的な見解では、人の家族の争いに乗じて夢の達成を狙うのは良くないと釘を刺されました」
案を却下された陸軍大臣の切り返しにユージィが答えると、その場の者達が残念そうなため息を漏らした。
薄々に気づかれた程度なら、どうにでも言い逃れが出来るが、たとえ状況証拠でも持たれた相手に黒幕と疑われてしまうとなると、言い逃れは出来ない。
会議室に沈黙が流れる。
謀略はバレてしまえば脆い。
拙い者を謀略で操って、強者を傷つける戦略は間違えてはいないが、露見してしまえば強者の矛先はこちらを向く。
「シュランゲシャッテンは切ります、シア少将には彼にはなるべく平穏に事態を収集する様に我々からも説得に協力します、と伝えます」
ユージィは顔を上げた。
「しかし……シュランゲシャッテンへの借款はどうなるのです!? これまで積み上げた戦略が無駄に終わってしまう!」
当然に反対意見は出る。
反論したのは初老の財務大臣だ。
シュランゲシャッテン公を切るという事はこれまでの期間と投資額は何の形にも戻ってこないという事になる。
「ならどうしますか? シア少将は我々とシュランゲシャッテンの裏の繋がりを戦の緊張状態を利用して手に入れています、露見したままで張り巡らす策略に意味がありますか?」
「それは……」
答えに詰まる財務大臣。
シアの口を塞ぐなどは愚の骨頂だ。
シュランゲシャッテンで得た情報はセフィーナには当然、回っていると観るのが当たり前であるからだ。
「大丈夫です、と胸を張れるような状態ではありませんが、シア少将には胸襟を開いて物を相談してみます、任せてください、帝国も現在の状態が続いてアレキサンダー皇子が下手な事を考え出さないか不安なんです、全額とは言えませんが回収は試みますよ、皆さん夜遅くご苦労様でした」
微笑みながら会議を締め括るユージィ。
この召集はあくまでも報告だ、もう採るべき手はユージィは決めていた。
貞淑な氷の国の女王は見た目よりも遥かに独断的である。
口には出さないが、シュランゲシャッテン公への謀略が開始された十年前は彼女はまだ次期の王座候補の一人に過ぎなく、もちろん関わりもある訳が無いので、素直に言ってしまえば言いなりには出来るが、シュランゲシャッテン公の使い所はあまり無かったのだ。
命取りに繋がる位なら切るという選択肢に躊躇は全くない。
それよりも女王は新たに沸いた事柄に心を奪われ始めている。
「我が国にも……私にも……あの人のような人が欲しい、いや……あの人が欲しい」
若き女王は短い時間の会見に過ぎなかったにも関わらず彼女の心を捉えた黒髪麗しい女性将官を想い、寒々しいが満天の星が輝くサラセナの空を見上げた。
続く




