第六十二話「来訪」
コモレビト。
今年初頭に起きたバービンシャー動乱では一度は反乱軍に占領されたが、セフィーナによって始めに解放された都市領である。
帝国領内ではセフィーナの人気は絶大と言っても過言ではないが、その事もありエトナ平原で大勝利を上げたセフィーナが親衛遊撃軍を率いて入城したとなると、街の人々は熱狂的な歓迎でそれを迎えた。
セフィーナはコモレビト城内の会議室に親衛遊撃軍の三人の高級幹部たちを集め、今後の作戦計画について協議する事とし、そこで例の話を切り出した。
「セフィーナ様がサラセナに!?」
ヨヘンとシアの声が被り、何事にも動じた様子を見せないクルサードも眉をしかめた。
「ああ、シュランゲシャッテン公の背後にはサラセナがいると私は見ている、だが年に二回も反乱鎮圧という同士討ちは避けたい、国境の南部諸州連合軍は撃退したし、本格的な戦闘が始まる前なら黒幕を上手く手を引かせれば、戦いをしないで済むかも知れない」
三人を見渡すセフィーナ。
コモレビトまで来れば今回の反乱の首謀者であるシュランゲシャッテン公領までは、目と鼻の先であり、連合軍を打ち破り、返す刀で反乱鎮圧と思い込んでいた三人は流石に面喰らった様子。
「セフィーナ様、それは皇帝陛下からの御命令でございましょうか?」
「いや……違う、これは私の自己判断だ、しかしサラセナは帝国領であるから親衛遊撃軍司令官としての行動範囲としては全く問題ない筈だし、自治領であるサラセナに私を拒む理由はない」
シアの質問にセフィーナはメイヤに答えたように、全くの引け目なく答える。
「うわぁ~、大胆だなぁ……名目上は成り立つ話ですけど」
シアの隣のヨヘンが複雑な笑みを見せたが、そんな親友ほど聞き分けは良くないシアがセフィーナに口を開く。
「確かに、帝国自治領であるサラセナに赴かれるのは正当でありますし、あくまでも表向きには相手には拒む権利はない、しかし現在のセフィーナ様の行動の自由を保証しているのは親衛遊撃軍司令官としてのお立場でしょう?」
「うん、親衛遊撃軍は国内各地での遊撃行動が認められている、それは兄上にも陛下にも同意を得た事である」
「ならば、その軍司令が故意に職務を放棄しながら、権利だけは行使するのは副司令官としては良いとは思えません」
「私が職務の放棄だと?」
シアの言い様にセフィーナの声色が変わる、しかし黒髪麗しい副司令官の様子は変わらない。
「はい、シュランゲシャッテン公の反乱軍と対峙している状態にある今、軍司令が故意に前線に進行した軍を離れるのは問題があると小官は思いますが? 軍組織においては戦闘の恐れがあるなら司令官が前線を離れないのは常識ではないでしょうか?」
「……」
シアの思わぬ反論にセフィーナは唇を噛む、自由な裁量権とは別に、基本的な司令官としての役割を言われてしまうとその通りである。
更にシアは続ける。
「それにご推量通りに、サラセナが黒幕であったとしてもセフィーナ様は何も証拠を持っておりません、その状態でサラセナに入っても、相手が本当に黒幕だとしたら、シュランゲシャッテン公に親衛遊撃軍にセフィーナ様が居られないという連絡を回し、拘束まではしなくとも足留めの時間稼ぎをするに違いありません、そうなればセフィーナ様が居られないうちに親衛遊撃軍を攻撃しようとシュランゲシャッテン公が行動を起こす可能性があり、その勝敗はともかくセフィーナ様が望まぬ本格戦闘を却って早める可能性がありませんか?」
「ぐ……」
理路整然としたシアに対してセフィーナは返す言葉がなく、無理矢理に沈黙を破ろうとした唸り声が出ただけだ。
確かにシアの言う通りであった。
ヨヘンとシア。
セフィーナが二人の能力を甲乙付けがたいとしながらも、シアを副司令官にしたのはセフィーナが年齢と経験不足からくる気づけない何かをフォローしてくれるのを期待しての事だが、実際に自らの策が見事な理論で反対されてしまうと、中々そうも割り切れない。
皆が考え込む状態に突入しかけた雰囲気だったが……
「でもサラセナが実際にシュランゲシャッテン公の背後にいるならば、エトナ平原で大勝した今は釘を刺すチャンスだと思うけどな、鉄槌遠征失敗の隙を突いてきた連合軍は撃退した、それに乗じた相手はちゃんと封じておかないと、それに気になる事もあるんだ」
ヨヘンが口を開く。
童顔に劣らない幼い声のせいで、シアに比べると会議などでは損をしてしまいそうだが、その場の全員が続きを求めるように彼女を見た。
「反乱をタイミングよく起こし、周辺に同意者すら得た割にはシュランゲシャッテン公軍の動きが悪い気がする、これなら同じ反乱でもバービンシャー公の動きの方が遥かに速かった、こっちだって連合軍を撃退するのに対峙してから数週間はかけた訳だから……その間に軍事行動を起こす事も出来た、早い話が謀反と言う行動を選んだ割にはシュランゲシャッテン公の動きが緩慢すぎる気がする」
「そりゃあ、すなわち……謀反の計画と準備を整えた連中と実行した奴が別人という事だな、前者は理知的で用意周到、根回しのきくヤツで……後者はそれには乗っかり、良いお膳立てをもらったが動きに迷いがあるヤツ」
ヨヘンの意見に、クルサードが椅子に身体を預け過ぎた肥満体の体勢を直しながら言う。
「二人の意見は的を得ていると思う、私もそれは感じていた、反乱を起こした者がしなければならないのはその勢いと衝撃を周辺に波及させて行く事だ、シュランゲシャッテンは反乱を起こすタイミングや用意は周到だったクセに起こしてからの動きが悪い、それもサラセナらしさを感じる、実行時までの糸引をすれば反乱が鎮圧された際に証拠を残す危険性が高い、だからあくまでも準備段階までの関わりなのだろう」
意を得た、セフィーナは表情を和らげる。
ヨヘンにしろクルサードにしろ、もちろんシアにしろ今回の反乱に際し、状況を各々でキチンと分析していると感じたからだが……
「ならどうでしょう? 時間はかかりますがサラセナへの働きかけは皇帝居城に任せては? それならば我々はシュランゲシャッテンが動けないように徹底して守りを固めていれば問題は起きませんでしょうし、働きかけが上手くいかなかった場合はそこで硬軟合わせて対応策を考えればと」
シアが具申した意見に、セフィーナはすぐに表情を曇らせる。
極めて真っ当で、まず考えるべき策。
それだけに賭けにはならないし、失敗時の危険性が低い。
だが、それを解りつつも……
「うん、しかし……」
帝国皇女の返答の歯切れは悪い。
それだけで洞察力が鋭いシアには何かがあると思われても仕方がないが、セフィーナはそれをしてしまう。
皇帝居城は今、故郷に軍を連れたまま引き籠った次男アレキサンダーの問題でそれどころじゃない、とは口が裂けても言えないからだ。
「軍司令官としても、陸軍大臣としても、あるいは国全体の状況を見る宰相としてもセフィーナ・ゼライハ・アイオリアはその年齢の能力を遥かに越えて優秀であったかもしれないが……彼女は兄弟たちの政治的、感情的な問題には極めて役立たずで、場合によっては害のある妹であり、姉でもあった」
とは、遥か後の女流歴史作家アーシェ・ティファニーのセフィーナに対する評価だ。
元々、アーシェ・ティファニーはそれまで礼賛が主だったセフィーナ作品の中、セフィーナの失敗を指摘する事で世に名が知れた作家だが、アーシェファンはこの意見を支持し、そうでない者はファンタジー小説のヒロインじゃあるまいし、そこまでセフィーナに求めるのは歴史作家としてはどうなんだ、自分だって石油王の息子との結婚生活が一年も続けられなかったクセに、と反撃するのが常になったが。
「セフィーナ様?」
「いや……」
それに対し心配そうにシアが声をかけ、考えも纏まらぬ前に何かをセフィーナが口にしかけた時に、会議室のドアを誰かがノックした。
「誰? 会議中だよ?」
ドアに近づくメイヤ。
「すいません、城の門兵からなんですが……」
ドアの外に立つ者の声には聞き覚えがある、メイヤが束ねる女子によるセフィーナの警護隊の一人であるルフィナ兵長。
幼い声はかなり緊張気味だ。
「どうしたの?」
「いえ、こちらに第三皇子アルフレード殿下が見えられているらしく……」
「アルフレード兄さんが?」
予想外の来訪。
それにはセフィーナだけでなく、その場の全員が各々の驚きの顔を見せたのだった。
続く




