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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第三章「奮闘の英雄姫」
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第六十話「第九次エトナ会戦・後編」

 均衡の崩れ始めた戦線。

 東側から帝国軍を圧迫していた南部諸州連合軍第十二師団は陣形を更に攻撃的な魚鱗陣に切り換えての攻勢を始めようとしていた。


「向かって左翼の敵軍が陣形を変えようとしています、おそらく魚鱗陣です、我々の鶴翼を突き破る心積もりかと思われます」


 帝国軍親衛遊撃軍司令部。

 シアが素早く敵軍の動きの意図を口にすると、押され気味の前線に小難しい顔をしていたセフィーナは、チャンス到来とばかりに握り締めた拳を振り上げる。


「今だ、全軍動けっ、このまま敵右翼軍の左翼にスライドしながら回るんだ!」

「了解しました、全軍敵右翼軍の左翼、北側に移動せよっ!」


 セフィーナの命令を復唱するシア。

 親衛遊撃軍は向かって右手に移動すると、ブライアン中将の第十師団の左翼、北側に回り込んだ。


「第十二師団の圧力が無くなった隙を突かれました、敵は我が師団の左翼に回りました!」


「わかっているさ、大した事じゃない、こちらも左翼に旋回し、正面に向き合ってから相手の攻撃に対応しろ!」


 ブライアンはガナショーの陣形再編の隙が生んだ事態に心の中で舌打ちをしつつも、口には出さずに対応を指示する。

 敵軍が左翼に回ったからといって、そのまま素直に左翼からの攻撃を受け続ける必要などもちろんない、当然の対応として第十師団は左翼に対して向き直り、攻撃に対応するように陣を広げた。

 歯軋りしたのはガナショー中将だ。

 親衛遊撃軍は陣形再編の隙をつき、味方の第十師団を挟んだ向こうに移動してしまったのだ。


「避けおったか、無駄だ、魚鱗陣形を崩すな、全速力で第十師団の右翼側を抜けて北上だ!」


 乾坤一擲の攻勢を空かされたガナショー中将は猛り、第十二師団は北を向いて親衛遊撃軍に対応する第十師団の背後から、右翼側を抜けようとしたが、そこで混乱が起こった。

 魚鱗陣形で全速力で北上しようとした第十二師団と、鶴翼に開く親衛遊撃軍に対応しようと陣形を広げていた第十師団の右翼側がぶつかってしまったのである。

 第十二師団側から見れば、いきなり前に出てくるな、第十師団からすれば勝手に陣形を変えようとして出遅れた奴が焦って背後からぶつかってくるな、と言い分があるが……


「馬鹿者がっ、焦るからだ、敵師団同士の衝突したに地点に集中攻撃を加えるんだっ!」


 セフィーナがそれを黙ってみている訳なく、圧倒的に有利という隙から生じたトラブルを見逃さず攻勢をかける。

 衝突した地点の連合軍、第十師団の右翼と第十二師団の魚鱗陣形先端の部隊の損害はたちまち飛躍的に増大する。


「よし、よし!」


 倍の戦力に押されていた状態の鬱憤を晴らしたと明るい表情を見せたセフィーナ。

 その混乱を敵全軍に浸透させていき、全面的な攻勢に出る事が出来れば……と、傍らのシアも期待したが、そこまで都合よく事が運ぶ事はなかった。


「混乱するな、右翼は第十二師団の路を開けるんだ、開ければ通り抜けていく、他は敵軍に攻撃を強めるんだ、集中攻撃をさせるなっ!」

「止まるな、第十師団は路を開けてくれる! 抜けてしまえば、もう敵は目の前だ!」


 下手を打てば逆転の危機に、ブライアンは譲り、ガナショーは事を進めた。

 これが互いが譲らなかったり、互いが譲ってしまったり、または連絡を取り合ってから対応をしようと様子を観てしまうと、形勢は大きく帝国軍に傾いた公算があったが、両中将は互いの性格を鑑みて即断し、ミスを取り返し混乱を最小限に止めつつある。

 

「ミスをした後に、互いにうまく取り繕った、敵は両方とも巧い」


 これにはシアも驚き、


「なんだ!? フルハウスで逆転と思ったが、一枚足りないかっ、これではツーペアで少し取り返した程度だ!」


 と、セフィーナも唇を噛み締める。 

 セフィーナの戦術機動と攻勢に遅れを取り、それなりの損害は出してしまったが連合軍の倍数近い有利さはまだ揺らがない。

 連合軍の混乱も収まりかけ、再び数の利を発揮しようとした時だった……




 それは南から突然にやって来た。



「ブ、ブライアン中将! 敵軍が、敵軍が背後から現れました!」

「ガナショー中将! 南から、南から敵が!」

「なんだとぉ!」


 この緊急事態に連合軍司令官二人は報告に驚愕の声を上げ、


「このタイミングで来てくれたか」


 帝国軍司令官は逆転を逃した落胆の直後の表情から、一転して安堵の息を吐き、


「まったくコロコロ顔が変わるねぇ、見てて飽きないや」


 と、幼馴染みから抑揚のない声で指摘を受けてしまうのだった。



          ***



「ヨヘン・ハルパー参上! 南部諸州連合軍覚悟せよっ!」


 一万の麾下を率い、騎乗した馬の嘶きと共に大きく叫んだ童顔の帝国軍少将は、狙いを味方同士の衝突から崩れた魚鱗陣形を建て直しかけていた第十二師団の背後に決め、鋒矢陣形を取り突撃を敢行した。

 

「ヨヘン・ハルパーだと? 何故だ、何故、この戦場に……それも後方から現れるのだ!?」


 突然の事態にガナショー中将は誰にでもなく問うが、幕僚の誰も答えられない。

 典型的な攻撃陣形である魚鱗陣や鋒矢陣は前方を攻撃するには抜群の威力があるが、攻撃を受けてしまうと脆く、それも後方からとなると無力と言っても過言でないのだ。


「援護だ、ガナショー中将が背後からの敵を振り切るまで援護せよっ! 正面は構わん、右に転回して敵の援軍の横を突け!」

「させるかっ! 全面攻勢だ!」


 第十師団ブライアン中将がヨヘンの参上に動揺しながらも、危機に陥った味方の援護を自らの犠牲を覚悟で行おうとするが、正面のセフィーナが黙ってはいない。

 麾下兵力にここぞとばかりに全面攻勢を命じて、第十師団を圧迫する。

 ほぼ同数に全面攻勢に出られては味方を援護など出来ようもない、第十師団は後背を取られて急速に兵力を削られていく第十二師団を横目に戦いをするしか出来なくなった。


「振り切るのは……無理かっ」


 その頃、危機に陥ったガナショー中将は命じるが、自らそれが不可能な事を悟る。

 第十師団との衝突から攻勢に晒された混乱は収まりつつあったが、完全には立ち直っていなかったのだ。

 更に背後に現れたヨヘン部隊の突撃に、第十二師団は統率と兵力を信じられない勢いで喪いつつあったのである。  

 勝利に向かっていた一万八千の味方の歓声が阿鼻叫喚の地獄に変わっていく。  


「司令官閣下……このままでは」

「うむ……前に進んでも混乱で速度が出ず、敵軍に戦わずして背後から貫き抜かれるだけだろうし、もし幸運が重なり我々が敵軍を振り切れたとしたら、振り切られた別動隊は第十師団に襲いかかるだけだ、ここは大損害が出るが旋回して戦うしかない」


 参謀にガナショー中将は覚悟を決め答える。


「全軍旋回せよ!」

 

 鋒矢陣形の敵軍に背後を突かれた魚鱗陣形の軍が旋回を試みる、とんでもない自殺行為だがやらねばならない。

 ヨヘン部隊の強烈な攻勢を受けながら、第十二師団が旋回を終えた時、隊列は崩れ部隊の半数が戦力として機能していなかった。



         ***



 一つの戦場に二つの戦線が生まれていた。

 対決するのはセフィーナ率いる帝国軍親衛遊撃軍本隊とブライアン率いる連合軍第十師団。

 ヨヘン・ハルパー率いる帝国軍親衛遊撃軍別動隊とガナショー率いる連合軍は第十二師団。

 どちらも戦力的には拮抗した状態だが、現状は大きく帝国軍に有利に傾いていた。

 南部諸州連合軍は当初二万の帝国軍親衛遊撃軍との戦いしか想定しておらず、短期決戦を意図しての強行軍をしてきた疲れが出始めていた事、そして何よりも予期せぬ帝国軍別動隊の登場とそれに受けた損害で兵達の士気が大きく下がっていたのだ。 

 それでも南部諸州連合軍が呆気なく崩れ去らなかったのは、ブライアン、ガナショー両中将の粘り強さである。


「いい加減に諦めろっ、バカ」

「焦んなよぉ、勝ってるんだから良いだろ?」


 少しずつ有利になる戦線だが、セフィーナは思わずそう唸って馬上で自分の腿を叩き、馬を曳くメイヤにため息をつかれる。


『本当に表情豊かだ』


 シアはそう思いながらもセフィーナの気持ちがよくわかる。

 彼女が戦わなければいけないのはこの戦線だけではないのだ、まだ北西で謀反を起こしたシュランゲシャッテン公の六万の相手がいるのだ。

 勝ちの目をほぼ手にした今、余計な消耗戦は是非とも避けたい。

 そうでなくとも、この戦いに勝つ詐術の為に北にはクルザード率いる一万の援軍しか送っていないのだ。



 詐術とは何か。

 実際にヨヘンとクルザードは各々に一万を率いて北上した。

 だが夜半のうちにヨヘンはエトナ平原のはるか東側を回って南下し、二日をかけ全速力で南エトナのザトランド山脈に達し、そこに部隊を隠したのである。

 ザトランド山脈は第八次エトナ平原会戦の際にも登場した土地だが、ヨヘンは情報の漏洩を恐れて、麓にある一度はリンデマンに占領された経験もあるが、帝国領に復帰していた南エトナ村にも部隊を近寄らせなかった。

 そこから偵察兵を繰り出し、南部諸州連合軍が動いたのを見計らい、慎重に北上してから敵軍の不意を突くチャンスを伺い、最大戦速で飛び込んできたのだ。

 戦いの前、クルザードにエトナ平原の大掃除を命じたのはこのヨヘンの別動隊の動きを捉えられないようにした為。

 南部諸州連合軍は反乱が起き、セフィーナが援軍を送るであろう北側、自軍がいる西側、そして親衛遊撃軍のいる中央は気にしていたが、今回の戦いから離れた平原の東側や南側は偵察隊狩りが行われた事もあって、警戒をほぼ回さなかったのである。

 

「とにかく……落ち着きましょう、ヨヘンが敵第十二師団を追い詰める筈です」


 焦れるセフィーナにシアがそう告げたが、魚鱗陣形の背後を突かれ、陣形が崩れたまま回頭した第十二師団が瓦解するのは、約二時間後、ダイ・ガナショー中将が乱戦の中で奮闘しながらも討ち取られてからの事であった。

 第十二師団の崩壊。

 ここで第九次エトナ平原会戦の結果が確定した、ブライアン中将は第十二師団の残存兵力を出来るだけ取り込みながらの撤退を決意し、西に向かってセフィーナ本隊からの攻勢を防ぎながらの後退を始めたが、ヨヘンの別動隊が迂回して背後に回る動きを始めると、それを諦めて全面撤退を始める。

 帝国軍は追撃をかけ、第十師団に約四割以上の損害を出させる事に成功はしたが、殲滅するまでには至らなかった。



「勝ったな、でも疲れたし敵も出来る、ヴァルタの時の方がずっと楽だった」



 南部諸州連合軍が西海岸側に作った陣地からも撤退したという報を受け、セフィーナはそう言って暑く蒸したタオルをメイヤから受け取って顔を拭く。

 偽らざる気持ちであったが、第九次エトナ平原会戦は単純な損害から見れば、南部諸州連合軍が参加三万六千の兵力のうち約二万三千を喪い、帝国軍親衛遊撃軍はヨヘンの別動隊を合わせて参加三万のうち六千の損害というセフィーナ率いる帝国軍親衛遊撃軍の大勝に終わったのである。



                    続く 





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