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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第三章「奮闘の英雄姫」
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第五十九話「第九次エトナ会戦・前編」

 南部諸州連合軍。

 西海岸からエトナ平原の入口に陣取った彼等は帝国親衛遊撃軍の動きを捉えたが、偵察を減らしていた上、闇夜の為に詳細は判らずに翌日の早朝を迎えた。

 ブライアンはガナショーの元を訪れ、今後の作戦行動について話し合う。

 

「敵軍はどれくらいの部隊を移動したかは推測の域を出ないが、偵察隊の報告によると一万から二万の軍勢を夜に北に向けたようだ」

「はい、私も情報参謀から報告を受けました、敵軍の異常に厳重な警戒のせいで偵察隊は限定的な物になっていますが、闇夜の移動を見逃さなかったのは誉めるべきですね」


 ガナショーに頷きながら、ブライアンは警戒厳重な相手に苦戦する偵察隊の労を口にする。


「うむ、偵察隊狩りをするくらいセフィーナ・アイオリアは軍の行動を悟られたくないのだ、北の反乱鎮圧に部隊を回している間は守りに徹するつもりだろうな」

「はい、残った部隊は陣地から全く動く様子が見えないようです」

「問題は敵が北にどれくらいの戦力を回したかだな、少なければシュランゲシャッテン公の反乱を押さえる力にならないし、回しすぎれば残った部隊が我々相手に不利になる」


 ガナショーは会議用机の上に置かれたコーヒーカップを口に運ぶ。


「ブライアン中将がセフィーナ・ゼライハ・アイオリアの立場ならどうするね? その考えと対処法があるか?」

「そうですね……私がセフィーナ・ゼライハ・アイオリアならば、防御に徹すれば応戦可能な半数の二万は手元に残し、二万を北に回します、そして自分としては……」


 質問に顎に手を当てるブライアン。

 相手が士官学校時代から知るアリスなどであったら、帝国の麗しい姫の立場なら、そもそも七難八苦の戦場には出ずに城の奥で精々優雅に暮らしています、とでも冗談を言うのだが、相手がその冗談を受け入れてくれるか判らないガナショーであったので、


「私なら北に向かった部隊の動きの報告をもう少しだけ待ちますね、それらの部隊はエトナより北の街……おそらくコモレビトあたりの周辺の地域に寄ってシュランゲシャッテン公と対峙するのではないでしょうか? 万単位の軍勢が街に入れば少なくとも常駐の工作員が全く気づかないという不手際は無いかと思います、それを見極めてからでも攻撃は遅くありません」


 と、自分の考えを述べる。

 北に向かった部隊の移動を見極めてからの慎重策である、もしかしたら攻撃をさせておいてセフィーナの本隊が食い止める間に北に向かった部隊が反転して、連合軍を挟み撃ちにする策の陽動ではないかとブライアンは疑っているのだ。


「確かにコモレビト辺りまで別動隊が着いてしまえば、もうセフィーナ本隊が危機に陥っても引き返しようはないな」


 ガナショーは納得して頷く。

 エトナ平原の真ん中に位置するセフィーナ本隊から北に向かえば、エトナ城があり、さらに北上すると不毛の荒野地帯ファンタルクを経てコモレビトに到達する。

 コモレビトに南西には現在は帝国直轄地となったバービンシャーがあり、この辺りは今年の初頭に起こったバービンシャー動乱の舞台でもあった地域だ。



 エトナ平原からコモレビトの距離は歩兵の平均行軍で四日以上は優にかかり、全力行軍でもおそらく二日半は要るだろう。

 別動隊がそれだけ離れたと確認しなければ、攻撃を見合わせる、と提案したブライアンは同数で戦っている割には戦闘意欲に欠けると批判を受けるかもしれないが、元々が戦線と緊張を作り出すのが目的の出兵だ。

 シュランゲシャッテン公の反乱に南部諸州連合軍の侵攻がどれ程の影響を与えたかは推測しにくいが、そういう意味では木を突いて虫を誘い出す作戦は成功しているのだ。

 慎重策に拘るのにはそういう理由があるからであり、ブライアンが臆病という訳でない。


「それでいいだろう、コモレビトでもどこでもある程度距離が離れた場所まで別動隊が到達したら攻撃だ、情報によると敵陣は遠目からは兵士用の幕舎の数も大して変わっていないと報告があったが、これは私は偽装と見る、私もやはりセフィーナは北に半数は援軍を送ったのだと思うな、その数を幕舎の数から計られないように必死の偽装だろう」

「私も同感です、本陣に残った兵士数を計られるのを防ぐ為の工作に違いありません、そういう行為に及ぶのは何故か? 戦えば不利な兵士数しか手元にいないからです」


 ブライアンもガナショーの考えに同意だ。

 いかにもの職業軍人なガナショーはプライベートでは友人になるのは壁があるかもしれないが、どうして戦場での意見は不思議と合うのにブライアンは安堵しながら、首を縦に振った。




 そして二人が待ち望んでいた報告は六日が経過した夜、読み通りにコモレビトの工作員より早馬により知らされた。

 その内容は……


「万を越える部隊が昼と夜にコモレビト城に入城、司令官はヨヘン少将とクルサード少将、二人はコモレビト領主や住民に歓待された模様」

 

 と、いう物だった。


「予定通りだな、ブライアン中将」

「そのようです」


 報告を受けたガナショーとブライアンは立ち上がる。

 南部諸州連合軍三万六千に対し、帝国軍はセフィーナ率いる二万。

 この数の優勢はどんなにしても三日は動かないだろう。

 南部諸州連合軍の二人の将にもう迷いは無かった。

 指呼の距離にいるアイオリア帝国の英雄姫セフィーナを倒さんと、二個師団は弓から放たれた矢の如く西海岸入口の隘路から、勇躍エトナ平原に繰り出した。



         ***



「南部諸州連合軍の侵攻軍二個師団が動き出しました、行軍速度が速いです、おそらく二時間から三時間以内には交戦区域に現れます!」


 副官のルーベンス少佐が慌てた様子で幕舎に現れた時、セフィーナはメイヤと二人でサンドイッチにサラダにミルクという朝食を摂っていたが……


「ヨヘン達を送り出してから七日目の朝、数の利を正直に活かした素早い正面攻撃、少ない情報網の中でもちゃんと戦線維持と敵軍撃破の境目を見極め、決めたら速い……なかなかに優れた指揮官だな、敵は」


 そう呟くと、サンドイッチに大きな口を開けてかぶり付き、ミルクで強引に流し込んでから立ち上がり、命令を下す。


「第一号防衛陣形だ、全軍戦闘配備、急げっ!」

「了解です!」


 行儀作法もない指揮官の命令たが、それを注意するよりもルーベンス少佐には急ぐ事がある、幕舎を飛び出し各部署に伝令を走らせ、二万のセフィーナ直轄部隊が動き出す。

 ヴェルタ会戦、バービンシャー動乱と戦い、訓練された直轄部隊の動きは素早い。

 総司令官セフィーナが馬に跨がり、メイヤの護衛隊の女兵士達と部隊を見渡すと、既に本陣の周りに命令した防御陣を敷き終えている。

 第一号陣形。

 前もって決めていた両翼を拡げた鶴翼の形。

 兵力差ほぼ倍の敵に対して、セフィーナは鶴翼での対決の姿勢を見せたのである。


 



 エトナ平原中央部で両軍が対峙したのは太陽が一番高い時間であった。

 強行軍にも近いスピードで東に進んできた連合軍は、それを阻む親衛遊撃軍の目前で一度停止した。 


「セフィーナ・ゼライハ・アイオリアは前のヴァイオレット州での戦いの際に数の不利を承知で包囲戦術に出た事があったな」

「はい、あの時はリンデマン大将が全軍を大きく後退させた為に戦闘自体が起こり得ませんでしたが、セフィーナ・アイオリアの陣形から包囲を狙っていた事は明らかでした」


 馬を並べたガナショーとブライアンはセフィーナの敷いた陣形を睨む。

 通常は包囲行動は数の有利な方が採る戦術である、少数が多数相手に周囲を囲もうと試みても密度が薄く伸びた陣形は容易に突破を許してしまい効果を表さないだけでなく、数ヵ所も陣形を破られれば散々にされてしまうのである。


「あの鶴翼は包囲の前行動だろうか?」

「我々に包囲されないように横に広く伸びた陣を敷いている可能性もあります」

「どにしろ考えていても仕方がないな、相手が多少の小細工を労しても、こちらが数を活かした戦いを棄てなければ簡単には逆転はしない、それが兵力差という物だ」


 ガナショーの言う事は至極正論だ。

 基本的な戦闘力や地形に余程の大差が無ければ、二万の兵力が三万六千の兵力を押し返すという事は有り得ない。

 数の利を活かす事を忘れなければ、有利は動かないのだ。


「攻めよう、それも激しくな」


 ガナショー中将の不敵な笑いに、ブライアンは何も言わずに首を縦に振る。


「突撃! 帝国皇女に泥を塗ってやれ!」

「突撃開始、もうエトナ平原が帝国軍の庭ではなくなっている事を再度証明するんだ!」


 二人の将の檄に、三万六千の南部諸州連合軍は北からブライアン率いる第十師団、ガナショー率いる第十二師団と並び、鶴翼に開く帝国軍に突撃を開始した。 



 戦闘開始から一時間が経過する。

 南部諸州連合軍の全面攻勢に鶴翼に開いていた帝国軍は五分近い戦いを展開していた。

 開いて薄くなった帝国軍の陣形を寸断しようと連合軍は各所で突撃を敢行するが、帝国軍もそれをさせじと抵抗した。

 セフィーナの指揮も的確で、参謀長として横にいたシアの時折の助言も採用し、固い守りを見せていたが、更に二時間が経った頃から、やはり数の利が南部諸州連合軍を後押した。

 状況が五分から、五分五厘くらい南部諸州連合軍に傾きかけると、


「やはり簡単ではないな、尋常ではない圧力だ……後退する、ゆっくりだ」


 セフィーナは傍らにいたシアに神妙な顔で告げた。

 攻勢を支えていた帝国軍は西向きの鶴翼の陣形のままで、ゆっくりと東に後退を始める。


「よし!」


 馬上で会心の声を出したのはガナショー中将である、最前線の彼は最初に帝国軍の変化に気づいたのだ。


「やったぞ、帝国軍が後退を始めた、あのセフィーナ・ゼライハ・アイオリアが我々の攻勢に耐えきれずに後退したぞ!」


 ガナショーの言葉に周囲の連合軍兵士たちは一気に沸き上がる。


「やった! みんな攻撃の手を緩めるな!」


 意気上がったのはブライアンも一緒だ。

 南部諸州連合軍は勢いに乗り、帝国軍を一気に東に押す。

 均衡していた互いの損害率も南部諸州連合軍に有利に推移していく。


「敵軍を分断しろ、鶴翼の中心を崩せ、中央部を突破するんだ! 突撃態勢だ、魚鱗陣形に切り返ろっ」


 いよいよと興奮気味に命令を下すガナショー。

 麾下の部隊の伝わる決着の予感に彼が率いる第十二師団の兵士達は一気に戦場に響き渡るような歓声を上げた。




                    続く

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