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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第三章「奮闘の英雄姫」
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第五十八話「作戦発動」

 陽が沈んで二時間が経つ。

 雲が多く、月光が草原を照らす時間は極端に少なかった。

 エトナ平原の真ん中に陣取った帝国親衛遊撃軍の陣地では、灯火をなるべく少なく絞りながら万単位の兵の移動に取りかかっている。


「ではセフィーナ様、行ってきます」

「うん、漏洩を防ぐ為に連絡はもうしないからタイミングは全てお前に任せたぞ、ヨヘン」


 セフィーナは馬に跨がったヨヘンを見上げ頷いて告げる。


「はい承知しました」


 馬上からヨヘンは敬礼すると、セフィーナの横に立つシアに顔を向けた。 


「シア、セフィーナ様を宜しく」

「ええ……そっちこそ私達が無事でいられるかどうかはあなたにかかっているわ、頼むわね」

「わかった、任せておいて、じゃあ」


 親友と言葉を交わすとヨヘンは唇を引き締めて、馬の腹を軽く蹴り前進を促す。

 進んでいく騎馬達。

 ぞろぞろと続く歩兵達を敬礼したまま見送るセフィーナとシア。

 次に出ていくのはクルサード率いる部隊だ。


「クルサード、お前もしっかりな」

「俺の任務はそんなに難しくない、勝つにしろ負けるにしろ相手の指揮官が相当な馬鹿じゃなきゃ俺の出番はないでしょ? コモレビトで皇女殿下のお名前を出して我が儘してますよ、良い女がいる店がありゃ良いんだかなぁ」


 馬上の肥満体の醜男はセフィーナにややニヤついた下品な顔を見せた。


「……」


 明らかにムッとするシアだが、セフィーナはそんな事は気にしてないように、


「確かにお前のいう通りだな、だが戦場は何があるかはわからんぞ、羽目を外すなよ、じゃあな」


 と、敬礼してクルサード部隊を送り出す。

 一応の返礼を返すと、夜の移動は眠いぜ、などとブツブツ言いながらクルサードは部隊を率いて前進していく。


「粗野すぎます、セフィーナ様の直轄の部下に置くような男じゃないのでは!?」


 明らかに不機嫌そうな顔をするシア。

 だがセフィーナは首を横に振る。


「それは友人、さらに恋人ならばクルサードは絶対にゴメンだが、部下としては使いがいがある人材だ、奴は既に作戦に不可欠なエトナ平原からの敵偵察部隊の駆逐という行動をごく短期間に完璧にこなしたし、本作戦の自らの意義も十分に理解している、平気だ、奴は役に立つ」

「それは部隊を動かすのは手練れです、私やヨヘンよりも巧いという思いますが」

「なら良いだろう? 自らが心地よい人間だけを組織に集めたのでは強い組織は出来ない、ましてや勢いを増した南部諸州連合軍に対抗するなど不可能だろう?」

 「確かに……」


 個人的にはともかくシアはそれ以上は言わなかった。

 セフィーナの言い様は正論であるし、クルサードがこの作戦に不可欠な仕事を完璧にこなしたというのは事実だからである。


「それよりもだ、ここから先は楽じゃないぞ、なにせ長期戦希望の相手を戦いに引きずり出す為とはいえ、不利を承知で戦うんだ、副将としての働きを期待しているぞ、シア」

「ハッ……もちろんです」


 今は他人をどうこう言っている時ではない、セフィーナのいう通り、長期戦により帝国中西部の動揺を誘う南部諸州連合軍の戦略が効を奏している今はそれを打ち破らなくてはいけない。  

 これから起こるであろうエトナ平原での戦いでセフィーナが負けるような事があれば、帝国中西部の支配力にも深刻な事態が起こるのだ。


「さぁ……これで相手が出てくるか、来ないかだ、これでも我慢できる将が相手ならソイツはよっぽどリンデマンに心酔していて命令を遵守する奴か、臆病者のどちらかだ」


 闇夜を行軍していくヨヘンとクルサードの隊を見送り終わると、セフィーナはそう言って幕舎の方向に身を翻す。


「この侵攻がゴットハルト・リンデマンの作戦だとセフィーナ様は決めてますね」

「ああ……多分そうだと思う、情報によると帝国の東部、フェルノールを狙った侵攻作戦が翻されて、この西部作戦が決まったようだ、おそらく東部侵攻作戦は南部諸州連合軍内部のリンデマン以外の上層部からの物で、対する西部作戦はリンデマンがそれに対抗して出した作戦だ」

「それはどういう事ですか?」

「どこの組織にしても、軍部にしても巨大に成れば成る程一枚岩ではなくなるんだ、リンデマンは功績を上げすぎた、一度は軍を追われた程の奴が敵が少ないとは思えない、きっとリンデマンをよく思わない勢力が功績の独走を止める為、東部侵攻作戦で我々の首都フェルノールを落とすという大功績を獲ようとしたんだろう、それに対してリンデマンは西部作戦を出したんだ」

「少ない情報からまるで見てきたかのように言われます」


 シアは素直に呟く、もちろん情報から推測する理屈的には合っているが、西部作戦がリンデマン指導と言うのは考えすぎとも取れるのだ。


「いや、今までの戦いでリンデマンの見せた動きと戦略から間違いない、奴は東部侵攻作戦はまだ時期尚早と考えたんだ……下手を打てば鉄槌遠征の意趣返しを受けると踏んで、西部作戦を打ち出したんだ」


 シアと並んで幕舎に歩きながら言うセフィーナの口調は自信ありげ。

 灯火管制で明かりの少ない中、しっかりと前に向かって歩く足並みにも負けない位だ。


「シアは南部諸州連合軍が東部侵攻作戦をして来ていたらどうなっていたと思う?」

「南部諸州連合軍が侵攻に適正な大戦力を繰り出して来て勝負は五分五分でしょうか、守りの地の利を利用すれば撃退は十二分に可能です」


 セフィーナからの質問にシアが即答すると、うんとセフィーナも頷く。


「であろうな、私もそう思う……そういう時に高レート賭け金をベットしてくるのはリンデマンの戦略じゃない、奴は理論的に五分であったら賭けよりも確実性の高い作戦を考えるタイプの指揮官なんだ、今は南部諸州連合軍が優勢でも大規模作戦で敗北したら、鉄槌遠征の勝利が吹き飛ばされてしまう、負けているなら賭けもやってくるタイプだが、勝っている時に五分五分の大勝負は打ってこないだろう、それがリンデマンだ」

「その節は観られます、彼の戦場での見切りの良さは驚かされました……鉄槌遠征の最後でも南部諸州連合軍に有利な状況でのセフィーナ様からの決戦にも乗らなかった位で」

「そうだな、リンデマンは私からの決戦を避けた、敗者からの全てを賭けた戦いの申し出を軽くいなせる所があるんだ、おそらく周りからは反対もされたろうに、勝ち戦の勢いで私を仕留めれられるという誘惑をスッパリと切ったんだ」


 薄暗い篝火が照らすセフィーナの顔にはその時の悔しさを思い出した様だ。


「南部諸州連合軍にとっての賭けになる戦いをするくらいなら、有利さを維持したままの西部作戦を推進したという訳ですか……」

「うん、それにリンデマンは西部作戦によって反応を確かめたい相手がいるんだ」

「サラセナ……ですね、かの自治領の女王を名乗る者がどう動き、どれくらいの影響力を西部の貴族達に発揮するか? もうシュランゲシャッテン公に発揮されていると私は考えますが」


 急にシアの口調に鋭さが現れた。

 サラセナが表向き帝国の自治領であるなら滅多に口にするような物ではないが、セフィーナになら話すべきとシアは推測を口にする。


「流石はシアだな、そうだ、リンデマンは単なる東部侵攻作戦に対する西部作戦をした訳ではない、西部作戦に因ってサラセナの力量や態度を観る事も重要だと戦略的な観点から判断したんだ」


 セフィーナは不敵に笑う。

 そうこう話しているうちに、二人はセフィーナの幕舎の前に着く。

 そこに……


「寝る準備は出来てるよ、昨日は寝るのが遅かったから今日は早く寝て」


 主人の帰りを待っていた猫のようにメイヤが姿を現した。


「ああ……わかった、今日はすぐに寝るよ」


 メイヤにそう答えてから、セフィーナはシアにまた向き直り、


「ともかく……そういう水面下で動き回る奴等を黙らせる為にも負けられないんだ、しかし今日は相手はまず仕掛けてこないだろう、明日からの為にもゆっくり寝よう、おやすみ」


 と、幕舎の中に入っていく。


「お休みなさい」


 敬礼した後、メイヤに軽く挨拶してからシアも自分の幕舎に歩き出す。 

 兵士達の幕舎は周囲に無数あるが、ヨヘンとクルサード部隊が出払ったが二人の部隊の幕舎は片付けずにそのままだ。

 この動きは偵察部隊を引き上げ偵察能力が落ちたとはいえ、南部諸州連合軍はすぐに察知するだろう。

 今夜は仕掛けてこない。

 セフィーナは断言した。

 シアも同意見である、今夜にセフィーナの本隊に攻勢を仕掛けてもヨヘンとクルサード部隊が引き返し、すぐに挟み撃ちにされてしまうからだ。

 相手がこの動きをどうみるか?

 兵力均衡から相手が半数になる。

 大規模反乱鎮圧の為、セフィーナが仕方なくそうしたと判断するか、罠とみるか?

 罠の可能性を感じたとしても、アイオリア帝国軍の至宝、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアが対陣した状態で半数の戦力でいるのを果たして我慢できるか。 


「もちろん、待つだけじゃないけどね」


 雲の多い夜空を見上げ、シアは一人呟き、自分の幕舎に潜り込んでいった。



                                          続く        

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