第五十四話「三人会議」
皇帝居城。
過去より増設を繰り返した結果、高く歪になってしまった高層建造物はフェルノールのどこにいても見え、それはまるで城というより塔と言った方が正しい状態。
その皇帝居城の中でも、かなりの上階に特別会議室はある。
大して広くはないが、下階の会議室とは調度品も床や壁の材質も違い、高級感漂うこの会議室はアイオリア一族のみ使用する場所だ。
「セフィーナの読みが当たったな、敵軍の侵攻先は西部だった、取りあえずは戦場での事は自由裁量を認めたセフィーナを信じるしかない、数の上でも不利は無いようだし、西部の戦はそれで良いと俺は思う」
「そうだね、相手の侵攻を予測したセフィーナなら信じて良いと思うよ」
西部戦線について述べる長男カールに、三男アルフレートは素直に同意する。
「だからと言ってセフィーナにばかり問題を押し付け、兄の俺たちがのうのうとしていて良い筈もない、こちらはこちらで、そろそろ問題を片付けねばならないな」
「……」
カールの鋭さを増した視線の先には、無言で椅子に座るクラウスがいた。
残る席は空席。
この場所にはカール、アルフレート、クラウスの三人だけだ。
本来ならば皇帝で家長であるパウル、次男アレキサンダー、長女のセフィーナ、末弟のサーディアも揃うのがアイオリア直系家族だが、その半分も揃わない。
サーディアはゼライハでの病気療養を継続中であり、セフィーナは西部に出撃中だ。
この二人については仕方がない。
皇帝パウルは鉄槌遠征後はショックから度々高熱を出すようになり、今朝もかなりの高熱を発して、デオドラート妃の看病を受けている。
医者によると、激務とストレスによる物らしいが、言いにくそうに皇帝陛下は元々が身体壮健な方では無いので、と付け加えていた。
パウルについては、まずは静養してもらう他に対策はない。
問題は残るアレキサンダーである。
鉄槌遠征から帝国に帰還したアレキサンダーは皇帝居城のあるフェルノールに帰還せず、指揮師団を率いて中部にある自らの所領ゼファーに向かい、引き籠ってしまったのだ。
「夏の間にも何度も使者を送ったが、ゼファーの城にも入れなかった、父上からの鉄槌遠征の事後報告の為の出頭命令にも従わないんだ」
アルフレートがため息をつく。
実質的な司令官であったアレキサンダーがその様な行為に及んだ為、鉄槌遠征の事後報告を行ったのはクラウスだ。
いつもの愚痴も言わず、クラウスは皇帝に作戦の推移を報告し、素直に失敗を認め詫びた。
パウルはそれを良しとしたわけではないが、敗戦を許し、しばらくはカールの補佐をしている様に命を下したのである。
「逃げたな……負けたのは相手のいる事だから仕方がないが、その後の責任も果たさないとは、クラウス、その点は貴様の方が遥かにマシだぞ」
「お褒めに預かり嬉しいよ、でも皇帝居城に帰ってきてからアレキサンダー兄さんが来ていないと知って、その手があったか、と思ったくらいだけどね」
カールに話を振られたクラウスは肩をすくめて苦笑混じりで答える。
相変わらず飄々とはしているが、鉄槌遠征での様々な事は反省はしている様子だ。
クラウスを少し見た後で、アルフレートは用意された紅茶を一口飲むと顔を上げる。
「アレキサンダー兄さんの事は父上も出撃中のセフィーナもとても気にかけている、詳しい事は一部の者しか知らない事になっているけど、遠征失敗から所領から出てこない、と街でも噂になっているからね、対処しないと南部諸州連合にもつけ込まれかねないし、アレキサンダー兄さんの真意を疑る者が出てくる」
「俺はもう疑っているぞ」
素早く答えたカールの口調には明らかな険があった。
「だいたい自らの未熟のせいで敗戦しておいて引き籠るとは何事だ、父上の前に膝を付き、自らの責を詫びて沙汰を受けるのが軍人であろうに、戦いの過程にやまれぬ事情があったなら、無駄な事だが、そこで女々しく敗戦の釈明をするならすればいいだろう、それすらもしないのは二心があると思われても仕方がない」
怒りすら帯びたカールにアルフレートもクラウスも反論しなかった。
ニュアンスと熱量は違えど、二人とも思う所はぼぼ同じだ。
敗戦の帰路より皇帝居城に戻らず、皇帝よりの出頭命令すら無視を続けるアレキサンダーの行動は座視は出来ない。
堂々とした抗命罪だ。
様々な面を考慮して、夏の間はむしろ穏便に済ませようとしていたのだが、流石に隠し通せなくなっている。
「あまり勝手を許せば、中西部の不満分子達がアレキサンダーに近づく可能性すらある……最後通告を送るしかないな」
カールはそう言いながら、視線を再びクラウスに向ける。
「僕でいいのかい? そのままアレキサンダー兄さんの所に逃げ込んじゃうかもよ?」
「そう口に出しているなら平気だ」
ニヤニヤと笑みを浮かべたクラウスに、カールは平然と答えたが、
「待ってくれ、クラウスを信用しない訳じゃないけど、それは僕に行かせてくれないか?」
小さく手を上げたのはアルフレートだ。
「ほう?」
その申し出に、カールは形のいい眉をピクリと動かして声を出し、
「行くのはいいが……アルフレート、油断するなよ? 殺されるかも知れんからな」
と、不敵な笑みを浮かべるのだった。
続く




