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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第三章「奮闘の英雄姫」
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第五十二話「親衛遊撃軍」

 切れ長の深紫の瞳が平原を見つめていた。

 その視線には些かの遊びも無い。

 腰までの銀髪を風になびかせ、軽装鎧姿の少女はひたすら南を凝視していたが……

 

「何だか、目が疲れてきた、こういうのはやはり専門の見張りに任せるべきだな」


 と、右手で目元を軽く押さえる。

 元々が気の長い方ではなく、偵察員の素質は乏しい事を再認識した少女は草原に設けられた自軍の幕舎に歩き出す。


「どうだった? 敵軍が進出してきそうな様子はあった?」


 待っていたのは彼女の幼馴染みの護衛軍曹の少女メイヤ・メスナー。

 産まれた時より、銀髪の少女の護衛としての任務を課され、互いが寝そべって意味不明な言葉を繰り返すしか出来ない頃からの付き合い。


「いや、その様子はまだないな……明日は偵察を南エトナ村まで出そう、西海岸線にもだ」

「了解しました」


 机の上の作戦地図を見ながら指示を出す少女に傍らに控える副将シア・バイエルライン少将が丁寧な敬礼をする。

 艶のある黒髪を伸ばした美人。

 銀髪の少女よりも両手の指では少しだけ足りない位、年上の彼女は様々な戦線で活躍し、数ヵ月前の帝国開闢以来未曾有の敗戦と言われる鉄槌遠征の失敗の中でも、敵中に孤立した帝国第三軍の実質的指揮を絶望的段階から引き継ぎ、六千の兵力と生き残った帝国貴族達の命を救っている。

 

「ねぇ、セフィーナ……敵は本当に来るの?」


 メイヤに聞かれた少女は、立ったまま机の上の作戦地図に右手をつく。


「来る、奴等は鉄槌遠征を撃退する事で我々に大打撃を与える事に成功したんだ、我々が立ち直る隙も与えずに攻勢に出る筈なんだ……それもこの西部でな、警戒を特に強めて初期で撃退するなり、侵攻自体を諦めさせねば帝国の屋台骨が揺るぎかねない」


 強い決意の口調で形の良い唇を結ぶ銀髪の美少女。

 その名はセフィーナ・ゼライハ・アイオリア。

 弱冠十七歳にして戦場で見事な武勲を上げ、帝国大将にして直系皇族、そして英雄姫とまで呼ばれる国の至宝。

 数奇ともいえる立場に立った少女の頬を、平原を駆けた初秋の風が幕舎の幕の隙間を抜けて軽く撫でた。



         ***



 この年の六月。

 アイオリア帝国軍は南部諸州連合軍に、と言うより総司令官ゴットハルト・リンデマンに手痛い敗北を喫していた。

 このエトナの地にて、帝国の誇る最強騎兵師団を撃破され、続く南部諸州連合ヴァイオレット州における鉄槌遠征での敗北。

 セフィーナもまたヴァルタ平原会戦で南部諸州連合軍相手に完勝を納め、更にバービンシャー動乱において後に戦争芸術とまで評される事になる手腕を発揮したが、バービンシャーは本来なら味方同士の内乱であり、大規模の鉄槌遠征での作戦開始当初約三十万を数えた大遠征軍のうちで無事に帝国まで帰りついたのが、十万足らずという大損害が重くのし掛かる。



 物心両面での大敗北に、帝国皇帝パウルも驚愕し、数日間高熱を出して臥せってしまい、後に政務に復帰して軍事力の回復と国境線の防備の強化を指示したが、この損害を埋め合わせる様な兵力が涌き出てくる筈もなく、帝国軍は純軍事的には長い冬を耐えねばならない事は誰もが容易に推測出来た。



 だが、帝国にも希望はあった。

 鉄槌遠征では第三軍を南部諸州連合軍の多重包囲から助け出したセフィーナがネーベルシュタット事件で負った傷から快復し、帝国軍大将として軍務に復帰したのだ。

 皇帝パウルや総参謀長のカールなどは、第三軍救出の功績を以て、セフィーナを更に上級大将に任じようとしたが、


「敵軍が決戦を回避し、結果的に第三軍は助け出されただけの事です、この度については私は何の功もありません、それよりもセフィーナは是非とも願いがあるのです」


 と、昇進を固辞し、セフィーナは父と兄にある願い事をしたのである。

 その内容とは、


「二個から三個師団の遊撃軍を編成し、セフィーナ自身を軍団長として、自己裁量で作戦行動させて欲しい」


 と、いう大胆なお願いであった。

 上級大将にするよりもある意味難しいこの願いには、セフィーナの才能を認め、存在を溺愛するカールも流石に悩んだ。

 自己裁量の作戦行動。

 独断専行の承認に近い、と言うよりもセフィーナに独断専行権を与えるに等しい。

 ただ、言わんとする事も理解できる。

 セフィーナはそれを口には出さないが、自己裁量によって迅速に各地に軍を動かしたいのだ、任地を与えれば、その地では自由でも基本的には任地防衛の義務が生じる。

 敵軍とすれば、セフィーナの守る地を無視して周囲の地を攻略する事を考える畏れがある、だが遊撃軍には基本的には根拠地がないのだから、神出鬼没に何処にでも現れるのだ。

 敵軍からしたら油断が出来ない。

 帝国で今、最も恐れるべき戦術家がフリーハンドで動き回るのだ。

 それも軍司令部の指示ではなく、英雄姫自らの判断で。


「まったくワガママ過ぎるぞ……」


 ため息を付きつつ、カールはそれを承認し、皇帝パウルに裁可を得る。

 ただし、皇帝か総参謀長から下命ある時は自己裁量権に優先するという当然と言えば、当然の条件が付く。 

 兵力は二個師団強の約四万。

 総司令官セフィーナ、副司令官にシア・バイエルライン少将。

 兵力編成は二万をセフィーナが直接率い、残りの二万はヨヘン・ハルパー少将とアラン・クルサード少将が一万ずつ率いる。

 編成もセフィーナの望みが通った物だ。

 もちろん軍内部から反対の声があったが、アイオリアの力とセフィーナの実績がそれを完全に押し切った形になり、親衛遊撃軍という名を冠せられた帝国皇女率いる軍団は大々的な編成式で意気を上げ、西部のエトナ平原に進出した。



 英雄姫セフィーナ率いる親衛遊撃軍が西部国境線のエトナ平原に進出。



 インパクトは帝国西部から中部に強く響く。

 鉄槌遠征失敗後、動乱までは至らぬまでも不穏な空気からの小規模な騒乱、行政機関への反抗が中西部では高い頻度で見られたが、セフィーナの出陣後は白々く思えてしまう位にピタリと止んだのである。

 自己裁量で、いつ鎮圧に現れるか分からないセフィーナの率いる部隊が西部にやって来たというだけで、帝国に対して二心ある者達には多大なプレッシャーとなっていたのだ。

 この効果に流石はセフィーナ様だ、と皇帝居城の役人達は胸を撫で下ろしたが……本人には中西部の不穏分子への牽制については考えに入ってはいても、あくまでも得られたら嬉しい程度の副産物に過ぎなかった。



「必ず南部諸州連合軍は西部で仕掛けてくる、冬が来ないうちに必ずな」



 そう断言し、敗戦の記憶が真新しいエトナ平原に居座るセフィーナの元に、二個師団からなる連合軍の侵攻部隊が西海岸を北上中との報せが入ったのは九月の中旬を過ぎた頃であった。



「セフィーナ様、来ましたね」



 その報せに振り返るシア。

 相手はエトナ平原のど真ん中に位置する親衛遊撃軍四万が目に入らない訳がない、知ってエトナ平原を目指してくるのだ。

 高い確率で再び大規模会戦が起こるだろう。



「必ずやとか、言いながらも起こらなければそれで良いとも思っていたんだかなぁ、やはり来るという事はそういう事なんだな、兄上が上手くやってくれていると良いんだがなぁ」



 来たな、と勇躍出撃を告げながら、椅子から立ち上がると思っていたセフィーナが、案外に難しい顔でそんな事を言い出したので、意外に思ったシアだったが、そんな態度の意味を知るのはそれほど後の事ではなかったのである。


 


                    続く

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