第五十一話「風の子守唄」
夕刻。
戦場に近づく馬上。
南からの風に銀髪の美少女は、形の良い唇を真一文字に結ぶ。
率いるは復讐に燃える七万の強者達。
一度は完膚無きまで叩きのめされ、多くの仲間を喪い、敗北に自尊心を傷つけられた。
だが今度は違う。
残された仲間を救い、憎しき敵軍を今度こそ打ち破る為に、アイオリア帝国の至宝、英雄姫セフィーナ・ゼライハ・アイオリアを先頭に望んで戦場に舞い戻るのだ。
「必ずや……」
セフィーナは前を睨む。
数の上では不利だが策はある、勝算がない訳ではない。
ただ相手があのゴッドハルト・リンデマンというだけが不安であった。
『勝つしかないんだ、それも今までの敗戦を弾き返すくらいに!』
弱気に揺れようとする心を叱る。
もう瞳の先にはモンテルシャー山が、そして十重二十重にそこを囲む連合軍が見えてきているのである。
もう対陣と言ってもよい距離だ。
「よし、全軍に通達せよ! 今日はここで夜営だ、作戦通りに行動せよ!」
セフィーナは命じる。
敵との距離が近い位置での夜営は夜襲の危険を増して、通常では考えられない。
もちろん、これは策である。
「勝負だ、ゴッドハルト・リンデマン」
英雄姫は強敵リンデマン打倒をこの手に賭けた。
***
「この距離で敵軍が夜営!?」
連合軍司令部の幕舎。
偵察兵からの報告にアリスは怪訝な表情を浮かべて、総司令官のリンデマンを見る。
「陣を造って対峙するでもなく、夜営を始めるとはどういう意図だ?」
「夜襲を企んでるのか?」
「案外、注意を引き付けてモンテルシャー山の部隊が脱出を図るつもりかもしれん」
次々と口を開く幕僚達。
それを腕を組んだまま、しばらく聞いていたが、
「今日の天気は雲が多く、月はぼぼ新月か」
総司令官リンデマンは手元の報告を観ながら、ポツリと呟く。
「闇夜をついての夜襲?」
「いやいや、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアとあろう者が、警戒しているのは確実の我々に向かって、混戦の恐れがある夜襲を望むとは思えない……彼女に求められているのはそんな事ではないのだ」
アリスの問いには首を振り、リンデマンはセフィーナの立場を説明し始める。
「彼女は敗北の死地から生還した兵を、再び死地に向かわせたのだ、報われるのは唯一、私に対する勝利のみ、我々を見事に打ち砕き、仲間を救い出す、これを英雄姫は達成しなければいけないのだ……彼女は大変な覚悟と悲壮な決心をもってここに来ている、そこまで思慮を進めれば、なぜこの距離で相手が夜営という非常識な行動に出たかは、私は説明できるよ」
「ほぅ? では総司令官閣下は英雄姫セフィーナの考えを読みきったと? ぜひ聞きたい」
パウエル中将が二十歳以上も年の離れた総司令官に答えを催促した。
「読みきった、とまで言ってしまうと、語弊があるかもしれません、だがセフィーナ皇女が狙っているのは、陣立てによる明日の朝一番の短期決戦に違いない、夜明け前に陣形を造り上げて、陽が昇ると同時に攻勢に出てくる、モンテルシャー山の麓から我々を叩き出す為に」
「なるほど……この距離では敵の陣形を観てから、こちらが対応する陣形を組み直す事は非常に困難、闇夜で互いが見えない間に相手の陣形を予測して陣形を定めなければならないのか!」
リンデマンのパウエル中将に向けた敬語混じりの説明に、ブライアン中将が手を叩く。
「闇夜の間に手を出しておいて、朝陽と同時に決着がつく拳闘」
「上手い例えか、かどうかは分からんが、そんな所だ、朝陽と同時にKOされるのは御免だがな」
アリスの言葉に、パウエルが笑う。
この老将はリンデマンは認めつつも、気に入らない若造だと思っているが、同期のアリスは気に入っている様子だ。
「しかし、これはセフィーナ皇女率いる七万の敵軍を一挙に叩くチャンスです、数の上で有利の我々に決戦を挑んでくれています」
ブライアン中将が意気揚々と発言する。
「そうだ、賭けに出たという事はセフィーナ・ゼライハ・アイオリアも苦しいのだ、人質に近い状態の第三軍残党を餌にセフィーナ・ゼライハ・アイオリアを釣り上げる機会! 攻勢を受け流してモンテルシャー山に導いて、第三軍残党共々包囲してしまう手が良いのでは?」
「鶴翼陣形で攻勢を堂々、受け止めつつ包囲をしていくのが常套」
「いやいや、このまま十重二十重の包囲陣を突撃をしてきた敵に転回させて、突撃をも一気に取り込むのだ」
他の師団長も続々と発言する。
リンデマンの読み通り、これが英雄姫セフィーナの挑戦なら、師団長ともなれば自らの策で迎え撃ちたいとも思うのは、特別な感情ではないだろう、そこから急激に熱びた発言が参謀達からも上がり始めた。
数分で十ほどの策が出た所で、
「アリス、君は何もまだ提案をしていないね、先の戦で短い間に敵軍三個師団を片付けた君の意見が、是非とも聞きたいね」
と、リンデマンはアリスに話を振った。
「そうね……」
策が無かった訳ではない。
セフィーナとの対決に熱を帯びた相手が何を言おうと、リンデマンはすでに何かを決めていると思っていたからだが、指名されてしまっては仕方がない。
「相手の攻勢陣形を待つ必要はないわ、モンテルシャー山の残党には拘らずに、こちらは鋒矢陣形を何本もつくって、朝一にセフィーナ皇女率いる本隊に大攻勢を仕掛けたらどうかしら? 受け身になる事はないわ、攻撃に攻撃で応じちゃいけない決まりもね」
「私もそう思うぞ、モンテルシャー山の部隊には同数程度の抑えを残しても、まだ数的な有利は動かんのだからな」
アリスの意見にパウエルも同意する。
階級は同じながら、大先輩の賛成はアリスも嬉しかったが、問題はパウエルの同意があるかどうかではないのだ。
南部諸州連合軍随一の戦略戦術家でありながら、さらに随一の偏屈者の同意が簡単には得られないと思っていたが……
「素晴らしい!」
偏屈者リンデマンは拍手していた。
「一方の敵軍を囲んで、敵の援軍を迎えたら、普通は折角囲んだ敵軍を離そうとはしない、そこには拘らず、敵本隊に一斉攻勢とは! 流石はアリス中将の変幻自在な戦術眼!」
上機嫌な声が幕舎に響く。
「……」
何人かは成る程な、と言いたげにアリスを見てくるが……もちろん、アリスはそんな事では騙されない。
リンデマンという男とはすでに二十年近くになる付き合いである。
相手を素直に褒め讃え、話が終わるような男であれば、もっと敵が少なく済んでいる筈だ。
「だが……!」
リンデマンが溜めていた言葉を発する。
アリスの意見がリンデマンに通用したと完全に思わせるまで、待っていた。
だが……?
その場の者達はその言葉に反応を示す。
「アリス中将の考えはいい、包囲して倒しつつある敵軍に拘ってしまうのは良くない事だ……しかし、そんな賢明な中将をもっても拘ってしまっている点があるのだ」
そう言ってから……
「セフィーナ・ゼライハ・アイオリア皇女殿下には明日の朝、一番で最強の戦術をお見せしようではないか」
リンデマンは注目に満足げな表情を見せながら、余裕たっぷりに言い放つのだった。
***
味方が来た!
それもセフィーナ・ゼライハ・アイオリア率いる部隊がやって来た。
モンテルシャー山に閉じ籠る第三軍残党の六千の兵達は、絶望の淵から光明を見て、窮乏しつつある食糧を切り詰め、山を囲んだ敵がいつ総攻撃を仕掛けてくるかの不安に耐え抜いた甲斐があった、と士気が上がっていた。
しかし……
山頂から、援軍のセフィーナと連合軍を観る実質的指揮官シアは特殊な状況に迷っていた。
「この距離で互いに夜を迎えてしまうなんて、こちらとしてはどうすれば……」
黙って救出を待つ、なんて消極的な手段を取る選択肢はもちろん無い。
救援にきた帝国軍が圧倒的に優勢ならそれもありだが、数的には救援軍は不利だ。
傷ついているとはいえ、六千の兵を持つ自分達が何処かで自らも動かなければいけないのはシアには十二分に解っている。
ただ、この闇の中で向かい合うリンデマンとセフィーナが何をするのかがシアにも……いや、誰にも解らないのだ。
「どうやら麓の連合軍が動いているとの報告ですが、この闇夜です、一部に灯りなどが見えますが詳しい動きはわかりません」
情報参謀の報告にシアは、
「わかったわ、とにかく兵達には今は休息させて……今、リンデマンがこっちに仕掛けてくるとは思えないけど警戒はしっかりね」
と、だけ伝える。
「了解です」
敬礼して立ち去る情報参謀。
今や第三軍の中心を担っていた貴族達は、大半は戦死するか、意気消沈して生き残る為に第三軍に派遣されている正規軍人に指揮を任せるのが生き残る術と思い知り、大人しくしている。
少ない兵力とはいえ、懸念なく兵を動かせる。
それもゴッドハルト・リンデマンとセフィーナの戦いの中で。
「とにかく……朝、明るくなった瞬間、そこで覚悟しないと!」
闇夜を切り裂く陽光がこの戦場にどんな光景を見せるのか。
籠城状態が長く、髪を洗う事が叶わないので誤魔化しにアップにした黒髪を掻き上げながら、シアは下唇を噛んだ。
十七年。
長いのか短いのかは判らない。
しかし、少女は物心ついた時から密度の濃い人生を送ってきた。
ガイアヴァーナ帝国皇帝の五番目の子供にして、唯一の女子として受けた生。
幼い頃より、綺麗なドレスよりも騎士鎧、羽毛の扇子より鋼の剣に興味を持ち、皇帝居城の中庭で親衛隊の騎士の男達の訓練に幼友達と無理矢理に混じり、図書室では涎を垂らして眠る幼友達を尻目に数十冊の戦史書を覚えるくらいに読み耽った。
十三歳の初陣から戦場を駆け回り、苦い思いも一度や二度ではないが、それよりも多くの勝利という美酒を若くして味わってきた。
目の前の敵は……おそらく今までで最も手強い強敵に違いない。
だが……
「セフィーナ……そろそろだ」
「うん……合図を出したら始める」
幼友達の呼びかけに銀髪の少女は頷いて、馬に跨がり右手を上げた。
そろそろとは夜の終わり。
そして……戦いの始まりだ。
夜明けの薄い光。
東の山脈から漏れてくる弱々しさだが、闇とは全く違う世界を開かせる。
「全軍……」
馬上で右手を上げたセフィーナ。
だが……声はそこで止まり、振り上げた右手はそのままになる。
「セフィーナ……」
自慢の戦斧を構えたまま、いつもの抑揚のない声で振り返ってくるメイヤ。
「皇女殿下! いや、大将閣下!」
驚きの声を上げた後、しまったという風に言い直す副官ルーベンス少佐。
だが……セフィーナはそのどちらの問いにもすぐには返事が出来なかった。
「ゴッドハルト・リンデマン……」
セフィーナは小さく呟き、上げられた右手をゆっくりと下げた。
「作戦中止だ……第三軍に通達、速やかにモンテルシャー山を下りて、本隊に合流せよ」
居なかった。
モンテルシャー山を取り囲んでいた南部諸州連合軍は陣形を変えるとかいう問題ではなく、はるか後方に下がっていたのだ。
連合軍はあれだけ十重二十重に囲んでいた第三軍をあっさり解放し、数キロも南に下がり、横陣を敷いているのである。
それは明らかにある意思を示していた。
決戦拒否である。
「まさか……優勢のくせに!」
「クックック……姫様、相手にしてもらえなかったなぁ」
師団を率いるヨヘンは相手の姿勢にやや憤りをみせ、クルサードは笑う。
連合軍は南に下がってまでの完全な守りの姿勢を見せている、ここに攻め込むのは自殺行為。
「セフィーナ大将より伝達です、半包囲態勢を解き、横陣にて第三軍を受け入れて、しばし待機せよ、との事!」
「了解」
伝令兵にヨヘンは頷く。
闇夜が明けた時、帝国軍七万はモンテルシャー山に向けて半包囲の陣形を取っていた。
闇夜を利用した包囲短時間決戦。
これがセフィーナの策だった。
「シアなら敵にバレる可能性のある伝令など出さずとも気づいてくれる、そうだろう?」
「はい、気づいてくれると思います」
作戦会議で問われたヨヘンは、そう答えたが正直、確信ではなかった。
普通の救出作戦なら突撃陣で敵の包囲網に穴を開けて、味方を助け出すのが普通だが、セフィーナは取り囲まれた味方を助けつつ、南部諸州連合軍の壊滅も期していた。
モンテルシャー山の味方を取り囲む南部諸州連合軍を更に外から包囲し、第三軍の外への脱出を図る攻勢と合わせて、内と外から包囲と挟撃を同時に行ってしまおうという大胆不敵な作戦。
過去の戦史にも殆ど例の無い野心的すぎる策は、優勢な敵軍の後退という予想外な対応を受けて、見事な空振りに終わってしまったのである。
「包囲して、更に挟撃までするつもりだったとはな、大胆すぎる……英雄姫は」
「あんたもよ、陣形の読み合いをするかと思ったら、数的な有利を無視しての全軍後退だもの」
防御陣を敷いた連合軍陣地で遠くの帝国軍を見つめたリンデマンはアリスは呆れ声の抗議を受けるが、
「第三軍撃滅にこだわらないのなら、決戦にもこだわる必要は無いんだよ、我々はここまで存分に勝った、相手が挽回を狙う決戦に乗ってやる義理は無い、それだけだ……姫が好きなカードでも勝ち逃げが最も難しいテクニカルな行為だ」
と、平然と答えてしまう。
決戦回避の全軍後退。
この大胆すぎる対応には味方の師団長の殆どが決戦すべきと反対したが、リンデマンは先程言った内容を何度も繰り返して、頑として決戦には傾かなかったのである。
「相手は退却、こうして我々は鉄槌遠征を見事に退けて勝利、これでどこが不満足なんだ?」
「まぁね、姫様は怒っていると思うけど?」
「関係ないな、第三軍は返してやったろう? どにしろ負かせても怒るんだろうしな」
リンデマンはこうなのだ。
現実主義。
冷静に実だけを取る戦略で、案外に命を賭ける戦場に多いロマンチストを上手く嵌めてしまう。
「でも本当の所はセフィーナ皇女に勝つ自信がなかったとか?」
「そうだな」
「そ、そうなの?」
挑発を案外とスンナリ認めたので、アリスは正直驚く。
「戦えば三回に一回は苦戦するか、負けるかもしれない相手だ……勝ち戦が確定している時、ついでに戦っていい相手ではない、第三軍の貴族達を殲滅できなかったのは残念だが、六千の兵力を倒す為にリスクのある戦いは出来ないさ」
「三回に一回は……ね」
「安心しろ、もし君が私と戦うことがあれば、五回に一回くらいだ、私は君も評価しているんだよ」
「あ・り・が・と!」
舌打ちしながらもアリスは思う。
解っていたが、リンデマンはセフィーナ・ゼライハ・アイオリアに非常に高い評価を与えているのだ。
「いつかは正面切って戦う相手よ」
アリスのその言葉にリンデマンが無言で頷いた時だった……慌てた様子の情報参謀が駆け寄ってきた。
「総司令官、敵陣から一人だけ供をつれた、銀髪の美しい少女……セフィーナ・ゼライハ・アイオリアとみられる敵将が騎乗して近づいてきていると兵達が騒いでいます!」
「……」
その報告に、リンデマンは特に驚いた様子は見せなかった。
「お出ましね、どうする? 超現実主義者としては軽騎兵隊を繰り出して、一気に囲んじゃうとかあるけどさ」
「君はそれだけはするなよ、と私に警告しているのだろう?」
その気の無い提案であるのを見透かし、リンデマンは薄笑いでアリスを見た。
「私も実に繋がる不名誉を犯すほどバカではない、それに……好奇心は人並みにあるんだ、相手の供が一人なら……すまんが君には遠慮していただくよ?」
「わかってるわ、いってらっしゃい」
頷くアリス。
リンデマンは余計な口出しもせず、傍らに居続けたヴェロニカを促す。
「いくぞ」
「はい、御主人様……」
第三軍が下山したモンテルシャー山を左手に観ながら平原を行く。
「一番速い馬、二人用の鞍……」
「うるさい、マズイと思ったら合図するから、すぐに飛び乗るんだぞ?」
戦斧を担ぎポツリと呟くメイヤ、栃栗毛の馬に騎乗したセフィーナは南部諸州連合軍十一万を見据えて注意する。
十一万対二人。
すでに相手は気づいている。
二人相手に戦闘態勢を取る事まではしないが、注視されているのは判る。
「うわぁ、見られてるよ」
「覚えてるかメイヤ?」
「何を?」
「ほら……昔、確か九歳の時だ、皇帝居城の訓練場の壁に雀蜂が大きな巣を造った事があったろう?」
「あったね」
「棒で叩き落とそうとして、二人で近づいた時になんか状況が……」
「似てねぇよ」
何処か擦れのある昔話をメイヤが冷たくあしらっていると……
「おっと、お出ましだな……」
セフィーナは馬を停める。
連合軍陣地からも騎乗した者とその手綱を曳く者の二人が草原を進んできたのだ。
黒鹿毛の馬に騎乗するのは軍服に身を包んだ金髪を後ろに流した男、手綱を曳くのは黒髪ショートボブカットの美しい少女だ。
「セフィーナ……あの女」
「わかってる、でも手出ししたら、二度とお前を連れて歩かないからな」
「我慢する」
「いい子だ」
正面を見据えたまま、セフィーナとメイヤはさっきとは緊張感の違う会話を交す。
十一万の連合軍兵士が見守るモンテルシャー山の麓の草原の真ん中で、四人は相対した。
「セフィーナ・ゼライハ・アイオリア皇女殿下でございますな、私は南部諸州連合軍大将のゴッドハルト・リンデマンと申します、戦場にて騎乗のままで失礼ですが、御足労痛み入ります」
リンデマンが頭を下げると、馬の手綱を曳くヴェロニカもそれに倣う。
「うん……いかにも私はセフィーナ・ゼライハ・アイオリアだ、ゴッドハルト・リンデマンの名前は何度も聞いたが、姿を見た事が無かったのでな、今日は挨拶に来た」
セフィーナが頷くと、
「そうでしたか、私も殿下の美しいと噂高い尊顔を目に出来て光栄ですが、私のような一軍人を殿下が見ても暇潰しにもなりませぬでしょうに? 部下の将兵もお疲れでしょうから、是非とも帝国にお帰りになる事を勧めます」
リンデマンは頭を上げ答える。
「ぬかしよる……舌戦は得意そうだな、しかし舌戦はともかく、貴公が戦場で私の挑戦に乗ってくれなかったのは残念だった」
「ああ……その事ですか、カードでも欲張りは禁物でしょう、皇女殿下と戦うリスクを負う必要が私には無かっただけです、私のような者は引き際を弁えませんとな」
「嫌味な性格と言われないか? 貴公は?」
「よく言われます」
視線を交わすセフィーナとリンデマン。
「面白い男だ、まだ話をしたいが挨拶は済ませたし、貴公のいう通り合戦中で兵は互いに疲れている……顔が見れてよかった、失礼する」
「では……」
馬を返すセフィーナ。
再び頭を下げるリンデマンとヴェロニカ。
「ああ……そうだった、これを言い忘れた」
立ち去りかけたセフィーナはそう呟くと、馬を再び停め、従うメイヤの肩に馬上から手を置きながら振り返る。
「貴様ら、次は逃さぬ、こいつも同じ気持ちだ」
「上等ですな」
もう頭は下げていなかった。
馬上で不敵な笑いを浮かべるリンデマンに、ヴェロニカが一歩寄り添った。
一つの大きな戦いが終わった。
再び草原を行き、味方陣営に向かう。
その間、セフィーナは幼友達が手綱を曳く馬上で、小さな頃に母がよく赤子の自分に唄っていたという子守唄を口ずさみ、銀髪と美声を風になびかせていた。
第一部 完
ここまでで第一部です。
読んでいただきありがとうございました。
次からは第二部になります。




