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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第四十七話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ーヴェロニカの幸せー」

 一日の始まりを告げるまばゆい朝陽が相対するアレキサンダーとヴェロニカの影を荒野に長く映し出した。

 乱戦の最中だというのに、兵士達は誰もが戦いを止め、その二人を注視してしまう。

 アイオリア、いや帝国どころか、ガイアヴァーナ大陸でも最強の戦士かもしれない剛の武将アレキサンダーに対するのが、行儀よく直立したメイドなのである。


「武器は?」

「大きなお世話だと思います」


 アレキサンダーが槍を構えながら聴くが、ヴェロニカの態度は素っ気なく、構えすら取る気配がない、行儀よく両の手は前で組まれている。


「何を企んでいるかはわからんが、俺はお前を殺して、先に進み、ゴッドハルト・リンデマンを斬らせてもらう」

「何も企んではいませんが、貴方の企みはどれ一つとして、させません」

「ぬかせっ!」


 風を切る鉄槍一閃。

 スピード、威力ともに申し分なかったが、ケチの付け所は切ったのが風だけであった点だ。


「……」


 周囲の兵士の半数、いや八割方の者達がヴェロニカを驚かせる為、わざと目と鼻の先で空振りをしたと観たが……


「当たりませんでしたね」


 ヴェロニカはポツリと呟く。

 当たらなかったのではない、ヴェロニカが半歩にも満たない範囲で躱したのだ。


「……貴様」


 アレキサンダーはヴェロニカに睨み、再び構え直した。


「おらぁぁぁっ!」

  

 裂帛の気合いと共に、繰り出される連続の突き、その凄まじさに兵達は感嘆の声を上げ……

 その全てをフットワークと上半身の動きで数秒間、躱し切ったヴェロニカに驚嘆の顔を浮かべるしかなかった。


「貴方の攻撃は単純で退屈です」

「この女がっっっ!」


 表情も口調も変わらないヴェロニカ、対するアレキサンダーの顔面は怒りで紅潮した。

 

「殺す事にする……」


 アレキサンダーの構えが大きくなる。

 同時に身体から発せられる殺気も増大し、その迫力はまさに鬼と称しても間違いではないと思えるほどになった。


「ふふっ……出来ないと言ったでしょう? あなたには、立派な妹君ならいざ知らず……」


 ヴェロニカはまだ構えも取らず、そしてニッコリと微笑んだ。

 その瞬間、アレキサンダーの感情は完全に沸点を越えた。


「もう許さんっっっ!」


 大上段から降り下ろされる鉄槍。

 引き付ける……ギリギリまで引き付ける。

 紙一重で刃を躱し……


「りゃああああっ!」


 今度の気合いはヴェロニカ。

 鉄槍を持ったままのアレキサンダーの棍棒のような太さの両腕を抱え、背負って投げてしまったのだ。


「……!?」


 己の降り下ろしのスピードすら利用された今まで受けた事のない感覚、一瞬の空白意識の後で襲いかかってくる大地からの衝撃、だが続く痛みは段違いだった。

 仰向けに倒れたアレキサンダーの喉元に、ヒールの踵が強烈に落とされたのだ。


「……ごぉぉあぉぉ」

「お許しください、皇子……普通の戦いでは到底敵わぬと、挑発し騙し討ちをいたしました、これも全て御主人様の為です」


 喉仏を潰され、声にもならない呻き声を上げながらもがくアレキサンダーにヴェロニカはペコリと頭を下げる。


「アレキサンダー様っ!」

「敵に捉えさせるなっ!」


 帝国軍の兵士達がアレキサンダーを助けようと走り出す。


「捕まえろっ!」

「皇子を捕虜に出来れば手柄だ!」


 連合軍の兵士達も応じると、戦場は再び乱戦に逆戻りする。



「お姉様っ!」


 乱戦から抜けたヴェロニカに、ミラージュが駆け寄る。

 エメラルドグリーンの伸ばしたストレートヘアに、フリルのついたワンピースという彼女もヴェロニカと同じくらいに戦場には不似合いだ。


「お姉様……肩を貸しますわ、最後の一撃、かわし切れませんでしたわね」

「わかった? 流石ね、ミラージュ」


 ヴェロニカは右の脇腹を押さえていた、アレキサンダーを投げた際に躱したつもりの一撃が掠めていたのだ。

 脇腹を押さえている手からは大量ではないが鮮血が漏れ出ている。


「血が綺麗な赤ですわ、内蔵は傷つけてませんわ、どうかお気を確かに! 誰か衛生兵!」


 ミラージュが叫ぶと、司令部付きの数人の兵士が駆けつけてきて、素早くヴェロニカを担架に乗せた。


「そっと、ですわよ、そっと! って、じゃまですわよぉっ!」


 ミラージュは兵士達に注意しながら、目の前に現れた帝国軍の兵士三人をスカートの下に仕込んでいたボウガンで撃ち殺す。

 担架は乱戦を駆け抜け、数十メートル後方のリンデマンの元に運ばれた。

 彼は再び始まった乱戦を指揮していた。


「怪我をしたのか……」

「申し訳ありません、アレキサンダー皇子の一撃が避けきれませんでした」


 チラリとリンデマンに視線を送られたヴェロニカは苦しげな声で謝罪する。 


「まぁ……いい、すぐに治せ、お前がいないのは何かと困る事が多い」

「はい、かしこまりました」


 リンデマンとヴェロニカの会話はこれだけだった、兵士がリンデマンに敬礼し、ヴェロニカを乗せた担架はタイガーリリィの方向に走り出す。


「まったく、もう少しは感謝というものを示してほしいですわね!」


 担架に早足で着いてきながら、ふくれるミラージュ。


「いいのよ」


 ヴェロニカは微笑む。


「私は……必要とされている、それでいいの」

「お姉様……」


 それだけ答えると、ヴェロニカはフゥ……と息を整え、瞳を閉じた。



 乱戦の後、結局アレキサンダーは間一髪で帝国軍の兵士達が救出する事に成功し、捕虜に取られるという最悪は回避できたが、アレキサンダーが負傷した影響が大きく、戦線自体はリンデマンの奇襲を防ぎきる事は出来ず、帝国軍第一軍は約一万近い死傷者を出した上、大量の物資を貯めた陣地を失い、タイガーリリィ方面からの撤退を余儀なくされた。



 第三軍、第二軍と共に、第一軍の敗北は鉄槌遠征の全面的な破綻を誰の目からでも判断させる物であったが、ゴッドハルト・リンデマンによる帝国軍に対する仕打ちの罠は悲劇はまだ終わっていなかったのである。



                    続く



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