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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第四十六話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ー葛藤と対峙ー」

 海岸戦線、中央街道戦線で連合軍の反攻を受ける帝国軍鉄槌遠征軍。

 それはゲート・タイガーリリィの戦線でも変わらなかった。

 変わらないというと語弊がある、この戦線での連合軍の反撃が最も派手な物であった。



 四個師団で猛攻を見せていた帝国軍第一軍に対して、タイガーリリィの防衛力を盾に守りに徹していたリンデマン率いる南部諸州連合軍二個師団は反攻開始日の夜明け前、二千ほどの守備隊を残し、約二万六千の兵力をもって大規模な夜襲作戦に出たのだ。



 アレキサンダーは連合軍の反攻は予想していたが、主目標は南に突出した第三軍か、市街戦に苦しむ第二軍、もしくは両方だと読んでいた。

 第一軍の四個師団から二個師団を他の地域に転用させる手も考えていたくらいであり、まさか数の劣勢をリンデマンの手堅い守りと鉄壁の要衝で防いでいた守備側が要衝を出て全軍夜襲などを仕掛けてくるとは思っておらず、アレキサンダーは完全に虚をつかれたのであった。


「狼狽えるな、立て直せっ! 敵軍は我々の半数に過ぎない、落ち着くんだ!」


 連合軍が放った炎が帝国軍陣地を焼く。

 その明かりに照らされながら、アレキサンダーは叫びつつ、自分の見通しの甘さとリンデマンの狡猾さに歯を喰い縛る。

 初戦で蹴散らされ、損害を受けた連合軍は出撃はしてこない、自ら相手を蹴散らしたアレキサンダーはそう思い込んでしまったのだ。

 もしかしたら初戦の敗戦も、この奇襲を成功させる為の伏線だったのか……

 考えてみればリンデマンがタイガーリリィに位置したのに対して、アレキサンダーは自ら彼に対抗しようと第一軍で攻略を試みたのだが、それすらもリンデマンに操られていたのかも知れない、とまで思い始める。


「戦力を再編成して、新しく戦線を設定しなければ全ての戦線で敗北する」


 セフィーナから送られてきた警告の手紙の内容を思い出す。


『セフィーナならば……セフィーナならば、こうはならなかったという事かっ!?』


 震えるアレキサンダー。

 やはり俺はセフィーナよりも。

 数年前までは軽く稽古をつけただけで泣き出していた妹よりも。

 あの銀髪の美しい娘よりも……


『俺は将としての才覚が劣っているのか!』


「違うっっっ!」


 自問自答。

 アレキサンダーは叫んだ。


「皇子!?」


 異常を感じ、近くにいた参謀長が声をかけてくるが、それには答えずにアレキサンダーは命令を下す。


「全軍に通達、慌てるんじゃない、とにかく持ち場を守れ、敵を追うんじゃない! まずは持ち場を守れ!」

「しかし皇子、それでは敵軍の蹂躙に任せるままになりかねません」

「味方は混乱している、四個師団が混乱したら同士討ちを誘発して相手の思う壺だ、帝国軍で動くのは俺の率いる兵だけでいい、親衛隊だけで奇襲してきた敵を撃つぞ!」

「し、親衛隊だけで、五百ほどでは少ないのではないでしょうか?」

「少数精鋭の方が同士討ちもせん、敵は全て俺が追い返してやる! 親衛隊を集合させろ!」


 愛用の槍を持ち、アレキサンダーは堂々と歩き出す。

 そこには、どんな危機でも己の強さを何よりも信じる武将の姿があった。



         ***



「アレキサンダー様だ!」

「親衛隊も一緒だぞ!」


 夜明けまではまだ少し、それでも徐々に明るくなろうとしている戦場に両翼を広げた黄金の鷹の旗が揺らめくと、周囲の帝国軍の兵士達は歓喜の声を上げた。


「討ちとれっ、討ちとれっ」


 数名の連合軍兵達が黄金鷹の旗の元に立つ、アレキサンダーに斬りかかるが、


「やかましいっ、討ちとれるかっ!」


 怒号と共に、アレキサンダーが槍をまるで小枝でも振るような速度で振り回すと、連合軍兵士達は鮮血を噴き上げてバタバタと倒れる。


「おおっ!」

「な、なんという力だ」


 恐れおののく連合軍の兵士達。


「驚いている場合かっ、俺がかかる、お前たちも続け!」


 怯える兵士達を叱咤して、槍を構えてアレキサンダーに向かって駆ける若い連合軍中隊長、それに兵士も続くが、アレキサンダーが風車の様に大きく、そして速く槍を何度も振ると、中隊長の胴体は真っ二つに裂け、続いた兵士も首や腕を飛ばされて絶叫を上げた。


「無理だっ」

「逃げろっ」


 算を乱す連合軍の中隊。


「今だ、かかれっ!」


 対する帝国軍の兵士達は、奇襲を受けた衝撃をスッカリ吹き飛ばして勇躍し、逃げ腰の連合軍の兵士達を斬りまくった。


「やりましたな、流石はアレキサンダー皇子でございます」

「まだだ、この辺りの兵を落ち着かせたに過ぎん、まだ四個師団の大多数は奇襲に押されまくっている、ゴッドハルト・リンデマンを見つけて討ち取れば、全てが終わる! 斬って斬って、斬りまくって、奴を引きずり出してやる」


 参謀長の感嘆に、アレキサンダーはニコリともせずに槍を構えた。


 それから何と、奇襲を受けた味方を助けつつアレキサンダーは五百の親衛隊の先頭に立ち、神憑り的な強さを十二分に発揮して、連合軍の三つの中隊をあっという間に撃破してしまったのだ。




「流石は第一軍だ、思うようにはいかん」


 完璧な奇襲を決め、戦況は依然、優勢に進めてはいるが、リンデマンは舌打ちする。

 あまり動き回らず、冷静に防衛戦を進めている

帝国軍の部隊が予想以上に多いのと、親衛隊を率いたアレキサンダーの異常とも言える活躍が味方の悲鳴として、報告に頻繁に上がってくるようになったのである。


「……もう明るくなるな」


 リンデマンが東の空を見ると、太陽が見え始めている。


「閣下、敵の皇子アレキサンダーの親衛隊がこちらの司令部隊を見つけた様です、真っ直ぐこちらに向かってきます!」


 幕僚の一人が焦りを隠さずに叫び、東の方角を指差した。

 距離二百メートル。

 そこには周囲の連合軍部隊を掻き分けながら進む親衛隊と、その先頭で槍を振り回し、まるで台風の様に連合軍兵士達を吹き飛ばしていくアレキサンダーの姿がみえた。


「……作戦を個人の武勇が上回る、これは不条理だな」


 リンデマンは直立のまま腕を組み始めた。

 腰にサーベルは差してはいるが、腕は悪くない程度で、ドンドン距離を詰めてくる化け物には到底、敵わない。

 自分など、当たるを幸いと吹き飛ばされる一般兵士達と変わらない。

 まさに一瞬だろう。

 いよいよ二人の距離は五十メートルを切る。

 リンデマンに近づけば近づく程に護衛の兵士達は増していくが、アレキサンダーは周囲の敵が多ければ多いだけ討ち取るだけ、と言わんばかりの勢いだ。


「閣下、お逃げください!」

「それは遠慮する、意地はないが、私にも指揮官を務めて勝つ為の哲学がある、それは総司令官が逃げない事だ、逃げない間ならまだ勝ちの目があるが、古今東西の戦場で総司令官が逃亡して勝った軍隊はない」


 幕僚の一人に勧められるが、リンデマンは腕を組んだままで首を振った。



「ゴッドハルト・リンデマン! いよいよ、来たぞっ……覚悟しろ!」



 返り血にまみれ、怒鳴るアレキサンダー。

 疲れはもちろん見られる、息遣いも荒いがその意気は全く衰えない。

 距離はもう三十メートルを切った。



「いくぞ! リンデマン」



「そうはいきません!」




 興奮の雄叫びに答えたのは、リンデマンではなかった。

 今日、アレキサンダーの歩みを止めようと、彼の前に立ちはだかった者は数知れない。

 しかし……その相手は明らかに異質だった。


「なんだ、貴様は!?」

「ヴェロニカテローゼといいます、アレキサンダー皇子、ここから先へはご遠慮願います」


 メイドだった。

 黒いショートボブカット、黒い瞳の美少女が黒と白を基調としたメイド服に身を包んでいる。

 意外な対峙に両軍の兵士達の動きが止まってしまう


「俺は女の頼みは滅多に断らんのだが……もし断ったら、お前はどうするんだ? その答えによってはお前は呆気なく死ぬ」


 ヴェロニカに向け、躊躇なく槍を構えるアレキサンダー。


「断られたのなら……申し訳ありませんが、御主人様に危険を与える人物として、アレキサンダー皇子、こちらこそ貴方を呆気なく殺さなければいけません、悪しからず」


 対するヴェロニカはそう平然と答えて、素手のまま、アレキサンダーを真っ直ぐ見据えたのであった。



                    続く


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