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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第四十四話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ーアリスの逆襲ー」

 ヴァイオレット州中央部ラフィン平地。

 その戦術機動は、明らかに今までの連合軍第十七師団とは違っていた。


「お待ちください、ハンスバウワー伯、敵軍の動きがいつもと違います、一旦、追撃は中止して引き返していかがでしょうか?」

「なんだと!?」


 軍から派遣された参謀のカルツ少佐が注意するが、まだ二十三歳の若さであるハンスバウワー伯は歯を喰い縛って、彼の年齢ほどの軍歴を持つ少佐を睨む。


「負けっぱなしの女が率いる軟弱な連合軍の動きがいつもと違うから何なのだ! この勇猛をもってなり、この鉄槌遠征無敗のハンスバウワーが退くわけがないっ!」

「しかし……」


 カルツ少佐は眉をしかめた。

 ハンスバウワー伯率いる一万の第四私兵師団は、一万五千の第十七師団を追跡していたが、ラフィン平地に点在する狭い森林地帯を背に、第十七師団が迎え撃つ構えを見せたのだ。


「それとも貴官はこのハンスバウワーが開戦から連戦連敗のあの女に負けるとでも言うのか!?」

「いや……そうではありませんが」


 高圧的なハンスバウワーにカルツ少佐は返答に窮してしまう。

 作戦劈頭から退却を繰り返す連合軍第十七師団アリス中将の名前は、第三軍の貴族達の間では今や笑いのネタになっており、若い貴族の司令官の間では彼女を捉え、紐に繋ぎ、帝都を引き回しながら凱旋してやろう等と宣言する者までいる始末だ。


「しかし、我らは一万で敵軍は一万五千はいます、慎重に対応しませんと……」

「うるさいっ、今までも少数で追っても、あの女には楽に勝てた、獅子に率いられた軍は臆病な女狐に率いられた軍の数など気にせん!」


 ハンスバウワーは自らを獅子となぞらえ吠えると、臆病な女狐に向けて突撃を命じる。

 一斉に突撃を開始する第四私兵師団。

 これまでならば、少しの抵抗を見せた後で、退却と言うのがお定まりだったの第十七師団だったのだが……

 第十七師団は紡錘陣形での帝国軍の突撃を半円陣で受け流しながら横にスライド、森にぶつかる形になり陣形を崩した帝国軍の背後を半包囲してしまったのである。


「!? 躱しおって、小癪な!」


 舌打ちするハンスバウワーは、今の第十七師団の動きの見事さと、自ら陥った危機には気づいていない。

 偶然、一撃目を獲物に避けられた程度の認識であった。


「全軍引き返せ、再び敵に突撃せよ!」

「ダメです、突撃が読まれていました、森にぶつかって崩れた陣の後方から攻撃されます、森に入っていき、ひとまずは……」

「うるさいっ、偶然だ! 後ろを突かれたなら振り返って叩き返せばいいだけだ! 振り返れ、そして叩き返せ!」


 攻撃を指示する帝国貴族は、今度は自分が一方的に叩かれる番だという事がわからなかった。

 カルツ少佐の対応策を無視し、師団の回頭をさせようとするが……


「アホ貴族、後方から半包囲されてるのに回頭させようとしてるわ、攻撃開始!」


 第十七師団アリス中将はそれを見逃さず、後方を突かれた所に回頭命令を受け、混乱と渋滞をを起こした第四私兵師団の後背に容赦ない攻勢をかける。

 経過は一方的であった。

 ほんの数時間で第四私兵師団は壊滅し、ハンスバウワー伯は数十名の兵を連れて、目の前の狭く小さな森林地帯に命からがら逃げ込んだ。


「ハンスバウワー伯はどうやら森林地帯に逃げ込んだ模様です」


 その報告にアリスは、


「よし、よし……これで舞台が出来たわ、さて貴族の皆さん、囚われの姫とはならないけど、囚われのバカ貴族を助けに来てね、来ないと今までの鬱憤晴らしに森に火をつけちゃうぞ」


 と、ニンマリ笑った。



 ハンスバウワー伯、破れる。

 その報と彼が森から第三軍に遣わせた者の救助要請に答えたのは、付近の街に駐屯していたサリナス伯率いる一万二千の第二私兵師団だ、サリナス伯はハンスバウワーとは同じ歳の無二の親友であり、その為にラフィン平地を駆け抜けて森林地帯に急行したが……結局はそこに着くことも出来なかった。

 正直な急行ルートの途中、森にハンスバウワー伯が逃げないようにと千ほどの監視を残し、師団を移動させて待ち構えていた第十七師団に側面を突かれ、第二私兵師団は伸びた隊列の中央を横から二つに割られてしまったのだ。


「て、敵は森でハンスバウワーを囲んでいたんじゃないのか? なぜ敵は俺を待たないで動いているんだ!?」


 身勝手な事を喚きながら、とにかく敵をやっつけろ、という明確で解り易い命令を下したサリナス伯だったが、早い段階で幹部幕僚もろとも戦死してしまい、呆気ない程簡単に第二私兵師団は散々に消滅した。

 ほんの半日のうちに私兵師団とはいえ、二個師団を圧倒したアリス中将は再び森林地帯を囲みつつ、次の段階の指示を出す。


「さてと……ここまで我慢した分、まだまだ暴れるわよ、坊っちゃん達、どんどん向かっていらっしゃい、お姉さんがナデナデしてあげるから」


 陽動とはいえ、ここまで辛酸をなめてきたアリスは今までのお返しとばかりに、暴力的な舌なめずりする。

 普段は理知的に振る舞う事を努めているとはいえ、彼女も人の子で、何よりも戦場を職場とする軍人の中でも最高峰に近い立場の将官であり、暴力的な一面も持ち合わせているのは至極当然の事であった。





 二個師団が壊滅され、連合軍の次の行動が実行されると、五個の私兵師団を保持して、ベスナという中規模都市で駐屯していた第三軍主力にも始めの衝撃が走った。


「逃げてばかりの卑怯者が! サリナスとハンスバウワーに騙し勝ちするどころか、既に我々が占領した背後に回り込んでくるとは、恥知らずがっ!」


 第三軍軍司令マグネッセン公はその報告に激怒すると、罪もない報告官を平手打ちにした。

 その行動とは連合軍が予備兵力として温存していた第十一師団を投入し、第三軍の駐屯地ベスナより、北に数十キロの中規模都市エクラシーズを奪還し、北からの補給物資を奪取したからだ。



 既に占領していた後背を襲われて補給を脅かされる危険性は、シアを始めとする何人かの参謀から出ていた。



「誰の師団でも構いません、補給物資輸送を護衛する専任の師団を後方に回すべきです」


 二週間程前から、シアは参謀次長として、マグネッセン公に進言していたが、


「あれだけ意欲に溢れ、やる気になっている師団長の誰を後方などにやれようか? 味方が前線で戦っているのに食糧の守りをしてくれなど、誇り高い師団長の誰に頼んでも、名誉を求めて自害してしまう……それに我々の猛攻にただ怯え、反撃も出来ないような敵の一部が後背を突いても、孤立するだけ、意味がないではないか」


 と、公は答えて取り合わなかったのである。

 それでも、食糧が無くなれば戦う事が不可能になります、とシアは粘ったが、今度は貴族師団長達がこぞって、


「公よ、そのような命を私に下すなら、師団長を解任し、一介の兵士として前線で戦わせてください、その方が幾分もマシです!」


 などと、芝居がかった事を涙を浮かべながら言い出してしまう始末で、結局は少数の護衛部隊を編成するだけに留まってしまっていたのだ。



「奴等め! ハンスバウワーを森に囲んだだけでは飽きたらず、エクラシーズで我々の食糧を奪うとは許せん、ダーウィシュとパセラーは各々一個師団を率いて北のエクラシーズを取り返せ! マセインは今度こそハンスバウワーを助け出すのだ!」

「待ってください!」


 マグネッセン公の命令が終わるよりも早く、シアがそれを止める。


「どうしたのだ?」


 命令に異議を唱えられたマグネッセンはやや不機嫌ながらも話を聞く態度を見せた。


「二つの目的を同時に分散させては各個撃破される恐れがあります、三個師団を動かすなら、二つの目的を順番にこなしていきましてはどうでしょうか? 幸い我々は都市に位置し食糧はそこまで窮していないので、まずは南のハンスバウワー伯を助けだし、北に転進させてエクラシーズを取り返す、これでどうでしょうか?」


 シアの進言は本音とそうでない部分がある、まず各個撃破を避ける集中運用は紛れもない本音なのだが、実を言えば南のラフィン平地の森で囲まれているハンスバウワーの救出などは後回しにしたかったのだが、それでは受け入れては貰えないだろうと妥協した提案だ。

 しかし……


「ええいっ、奴等の企みなど一度で粉砕せねば気がすまぬわっ、聞かぬ、聞かぬ! ダーウィシュ、パセラー、マセイン! 皆、敗北は許さぬぞっ、勝ちを誓えっ!」


 マグネッセン公は怒号を発し、いきなり三人の若い貴族師団長に檄を飛ばして、目標の同時進行を指示始めたのである。


「……!?」


 シアは理解できなかった。

 勝ちを誓えば勝てるのか?

 敗北を許さなければ負けないのか?


「負けるわけがありませぬ、必ず勝利を皇帝陛下とマグネッセン公に捧げます!」


 三人の師団長は、シアの予想通りに返事だけは立派に答え、マグネッセン公を満足させた。




 そして……これもまたシアの予想通り、ダーウィシュ、パセラーはエクラシーズで、マセインはラフィン平地で、散々な敗北を喫し、わずかな兵と共に、命からがらベスナの街に逃げ込んできたのである。

 この敗北で中央街道戦線の主導権は帝国軍の手から、完全に連合軍の手に移ったのだった。



                    続く

 

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