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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第四十三話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ー連合反抗開始ー」

 セフィーナからの手紙を預かったメイヤが早馬を飛ばし、ゲート・タイガーリリィ戦線の第一軍の陣地に着いたのは、五月二十八日の夕暮れ時であった。

 陣を守る門兵にセフィーナの使いだと伝えて署名を見せると、すぐにアレキサンダーの幕舎に通される。


「メイヤか」


 赤子の時からの妹の幼馴染み。

 兄弟は程度の差はあれ全員がメイヤを知っている。

 幕舎のアレキサンダーは幕僚達と食事の途中で、テーブルの上には幾つかの料理が並んでいたが、それらは決して豪華な物では無かった。

 アレキサンダーは少なくとも陣中では兵士達より豪華な食事をとらないらしい。



「アレキサンダー様、陣内でのお食事中に大変失礼します」



 いつもの抑揚のない口調は変わらないが、メイヤは膝を折り、丁寧に頭を下げる。

 幼い頃より知っているが、五男のサーディアの様にフランクに話しかけられる間柄ではない。


「ああ、セフィーナの容態はどうだ?」

「かなり快復しています」

「で? 今回はセフィーナの使いだと聞いたが、どのような事だ?」

「……詳しい内容は私も知りません、全てはこの手紙に書かれており、もちろん私は中身は見ておりません、ただ内容をよく考えて頂きたい、との伝言だけを承っています、失礼いたします」


 そんなやり取りの後、メイヤはセフィーナから預かった手紙をアレキサンダーに差し出す。


「じゃあ……読ませてもらうか」


 蝋で口を封印された封筒を破き、アレキサンダーは手紙を取り出して読み出す。

 それほどに長い内容ではない。

 便箋一枚で収まっている。


「ふぅむ……」


 二分ほど手紙を読んでいただろうか、アレキサンダーは意を決したように、手紙を右手で持って掲げた。


「セフィーナから、我々は遠征軍は壊滅の危機にあるとの警告だ、至急に第三軍を北の攻勢開始点まで戻らせ、我々もゲート・タイガーリリィから、第二軍もサーガライズでの市街戦を中断して撤退し、決戦を行うなら全軍をシャルコーズ海岸沿いに集結して短期決戦に切り替えろとな、さもないと……第三軍は敵軍の反撃により敗退、包囲され、第二軍も市街戦から抜け出せずに苦戦、その救援に第一軍も追われ、結局は全戦線で我々は敗北するとある! 皆はこれについてどう考えるか!?」


 セフィーナからの手紙の内容を全幕僚の前で公表する。

 アレキサンダーの予想外の行動に、メイヤはやや眉をひそめ意見を求められた周囲の幕僚を見渡す。

 すると……


「私の見解は違います、敵軍が第三軍を包囲など短期間で簡単に出来る訳がない、その兆候が出た時点で第一軍の我々や第二軍が一部の戦力を急行させればいいのです」

「ここまで第三軍に負け続けてた敵の第十七師団は、反撃する戦力なんてないだろう」

「反撃をしたとしても敵軍が包囲してくるとは限らないだろう?」

「いかに英雄姫セフィーナ様とはいえ、ここまで進めた作戦を全てご破算にして、東海岸で決戦せよとは乱暴です」


 幕僚達は一斉にセフィーナへの反対意見を出し始めた。


「······」


 メイヤは黙っていた。

 彼等と論議をするつもりはないし、その知識に乏しい。

 手紙を届け、セフィーナに申し付けられた仕事が出来たならば、それでいい。

 手紙をアレキサンダーがどう取ろうと、快復が完全でないセフィーナの元に一刻も早く帰りたい、それを第一に思いつつ、


『ご本人も幕僚連中もセフィーナを意識しすぎてるんだよ、心配しての提案をろくな検討も無しで、ハナから潰しにかかってくるんだから、これはいわゆる組織自体が罹ったセフィーナ拒否病みたいな物かもしれない』


 と、次から次にアレキサンダーを満足させる為だけにセフィーナへの反対意見を噴出しているかの様に見えてしまう参謀達にグリーンの瞳を無感情に向けてしまう。


「では……お届けいたしましたので、失礼させて頂きます」


 一礼だけをして幕舎を退出したメイヤが帰りも馬を飛ばし、セフィーナのいるサクラウォールに帰ってきたのは六月一日の朝方であった。




「ダメだ、初めから聞く耳が無いみたいだ、休めって言ってるのに聞かない、セフィーナみたいだった」


 メイヤの簡潔な報告に、


「そうか……兄上は初めから検討もしてくれなかったか」


 セフィーナはかなり落胆した様子を隠さず、ため息混じりにそう答えた。



 戦いがドラスティックに動きを見せたのは、それから三日後の六月四日の事であった。

 その日の早朝、約一ヶ月近く受け身であった南部諸州連合軍が、全ての戦線で一斉に反撃に転じたのである。



         ***



「クラウス皇子、サーガライズの南方にいた敵軍の主力約三個師団が迫ってきております! どうやら夜間に移動をした模様です!」

「……なっ!? 今になってっ、こちらは街の外で戦えるのは二個師団だ、サーガライズから急いで残りの二個師団を撤退させないと、数で押し負けるぞ!」


 シャルコーズ海岸戦線。

 南方で大人しくしていた南部諸州連合軍の三個師団が動き出した、との報告にクラウスは慌てて軍司令官のストラスにそう告げる。


「味方の二個師団は街の七割までを占拠してますが、既に占拠した筈の区域でもゲリラが多発しております、すぐに撤退は危険です、損害が大きくなります」

「バカ野郎だな、郊外にいる僕らが負けたら街なんか全域を占領していても意味がないんだよ、五千や六千の被害は構わないから、早く引き上げさせて合流させろっ」


 ストラス上級大将の返事にクラウスはヒステリックに怒鳴り返す。

 タイミングを見図られた。

 クラウスは歯を食い縛る、あと少し、あと少しで苦労したサーガライズを落とせると、占領地区を広げながらも、投入した二個師団を引き上げる時期を完全に逸してしまった。

 撤退に反撃をされたら少なからずの損害が出る、それを恐れ、七割を占領したなら落とせるまでと、市街戦を止めなかったのだ。

 

「くっそ……でも早く二個師団を引き上げれば、数の上では五分以上だ、なぁ参謀次長、損害は出るが引き上げは間に合うよな?」


 クラウスは居並ぶ幕僚の中から、ひときわ小さなヨヘンを見つけて話を振った。

 彼女は五月半ば、市街戦が長引き始めてから、変わらず撤退を主張していた。


「無理です」


 その返事は短く突き放す感まであった。

 周囲の幕僚も驚く。


「ヨヘン准将、何故だ? お前は昨日まで何度も市街戦から手を引くべきだと言っていたじゃないかっ!?」

「昨日まではね!」


 怒鳴ったクラウスの声量に、ヨヘンの返事は全く劣っていなかった。 

 皇子に何と失礼な……

 ざわつき始めた幕舎、そこに情報将校が駆け込んで来る。


「大変ですっ、サーガライズの街の各所で、ゲリラが大規模な反撃に転じ始めましたっ! 第九師団ブリュネ中将が指示をとの事!」

「な……」


 クラウスは言葉が出ない。 

 幕僚達も一緒だった。


「味方が総反撃をする今、彼らはもう隠れたゲリラなんてする必要はない、採算と勝負度外視の大市街戦を展開してしまえば、我々の第九、第十師団はすぐに独力撤退なんて行える筈もない」


 チビで童顔の参謀だけが、この幕舎の中で冷静な瞳でその報告を分析した。


「ど……どうすればいい?」

「どうもこうもありません、街の仲間を放っておけないなら、その撤退を支援しながら、敵を上手く迎撃するしかありません」


 震える声で問うクラウスに、ヨヘンはまたもや冷たさを感じさせる口調で答える。

 それは、まるで年下の下士官の失敗を、次の指示を出しながらも叱る女上司の様だった。


「で……出来るのか?」

「非常に困難です、下手を打たなくても七分以上の確率で負けます」


 言うなれば、味方は四人だが、二人は腰まで泥沼に嵌まってしまい、残る二人がそれを助けながら、そこを嗅ぎ付けてきた三人の敵と戦うような物である。


「あ……だったら」

「困難ですが、ここでクラウス皇子のお力をお見せしなければ、国民が落胆しましょう!」


 何かを思い付いた顔をしたクラウスを、ヨヘンが睨む。

 やろうとした事を見透かされ、釘を刺されたクラウスはそれを口にも出来なかった。

 

「…………」


 後ろめたそうなクラウスの瞳と、ヨヘンの丸目を努めて鋭くさせた瞳が交差する。

 やがてクラウスはクルリと踵を返すと、


「そうだな、各部隊はとにかく防御に専念しつつ、街の味方を外に逃がすんだ! 街の脱出支援部隊と敵をとにかく防御する部隊に別れよう!」


 そう告げて幕舎を出ていき、周囲の幕僚も慌ただしく動き出す。


「ふぅ」

「踏み止まりましたな、いや、踏み止まらせましたな」


 息をつくヨヘンに、第十四師団長のハインリッヒ・ルーデル中将が肩に手を置いてきた。


「ルーデル中将……」

「これでクラウス皇子は少なくとも敗北の謗りを受けても、卑怯者とは後ろ指はさされますまい……あれで踏み止まれるならクラウス皇子もまだまだ望みはある」


 振り返るヨヘン。

 肩に置いた手を離し、ルーデルは柔らかい顔をしたが、すぐにそれは引き締まる。


「とにかく私の師団が敵軍を防ぎます、参謀次長は皇子を助けて街の味方を少しでも多く、しかし全軍脱出のタイミングは間違われぬように」

「了解しました、閣下もお気をつけて」


 二人は敬礼を交わし合い、他の幕僚同様に幕舎から走り出すのであった。 



                    続く

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