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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第四十二話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ー危惧する英雄姫ー」

「セフィーナ……呼んだ?」


 帝国東南の中都市サクラウォールの軍病院の一室。

 メイヤがドアを開けて入って来る。


「ああ……」


 セフィーナはベッドから身体を起こし、


「ヴァイオレット州戦線の情報を聞いていたんだが気になる事があってな」


 そう言ってベッドの横に用意された机の上の作戦地図を手を伸ばして取る。


「セフィーナは作戦なんて気にしないで、身体を治した方が良いよ、もうフェルノールに帰ろうよ」

「ダメだ、身体はほとんど平気だ、だいたいフェルノールまで行ったら、南部の情報が入ってくるのが遅くなりすぎる」


 メイヤが提案するが、セフィーナは無下もなく首を振る。

 予定では皇帝居城に着いていなければいけないのだが、その途中でセフィーナが、馬車を東南のヴァイオレット州との国境に近いサクラウォールという中規模都市に向ける様に、と言い出したのであった。

 メイヤは早く医療設備の整ったフェルノールに帰るべきだ、と説得したが、セフィーナは今の返事と同じで全く聞かず、情報が早く取れるからとサクラウォールの軍病院の一室を開けさせ、そこに入っているのである。


「これは五月二十四日の作戦地図だ、作戦開始が五月七日だから約二週間半後の状況だ」

「今日は二十六日だから……」

「まぁな、ここでも距離があるからな、情報が入ってくる時間のズレは仕方ない、フェルノールにいたら、あと二日は遅い」


 ベッドの上で上半身を起こしたセフィーナはシーツを敷いたまま自分の足元にヴァイオレット州の作戦地図を広げた。

 東側がシャルコーズ海岸戦線、中央が中央街道戦線、西がゲート・タイガーリリィ戦線だ。

 北から三路に別れてヴァイオレット州に侵入した鉄槌遠征軍は、五月七日に第一軍が西のタイガーリリィにかかり、第二軍がシャルコーズ海岸、第三軍が中央街道に攻撃をかけ、作戦を開始した。

 それから、約二週間後の五月二十四日。

 シャルコーズ海岸戦線の第二軍は、国境から四十キロほど南の中規模都市サーガライズで、二個師団が五月十日からの市街戦二週間目に突入して、第二軍全体が停滞を起こしている。

 西のタイガーリリィ戦線でも、第一軍がほぼ毎日の猛攻をゲート・タイガーリリィに仕掛けているが、守る南部諸州連合軍のゴッドハルト・リンデマンも手堅く、こちらの戦線も動いていない。

 唯一、大きく戦線が動いているのは中央街道戦線であり、北から攻めた帝国第三軍が突撃に突撃を繰り返して、南部諸州連合軍第十七師団とヴァイオレット州の第一州兵団を押しまくり、二週間半で、約二百キロ以上も南部諸州連合の領土を占領して南下しているのである。


「貴族の人達……頑張ってるね」

「冗談だろ? 第三軍は少しずつペースを上げながら、南に、南に、誘い出されてるんだ、味方と離れて突出しすぎだ、南部諸州連合軍は西と東で進軍を停滞させ、中央で押される事で意図的に突出した戦線を作り出したんだ」


 セフィーナは難しげな顔を見せる。


「わざと、って事なの?」

「もちろん、ここまでの中央街道戦線の情報では、二週間で何度も敵を撃破しているクセに敵軍の第十七師団と第一州兵団は抵抗を止めない、南に新しい陣を張って対抗してきている、なぜ四個師団がこれだけ勝っているのに、二個師団を壊滅に追い込めないのか?」

「それは……」


 メイヤはハッキリ言って軍事作戦には疎い、軍曹という階級で、戦線全体を見る目を養ってはいない事もあるが、彼女には軍がどうしたよりもセフィーナを守る事が幼い時よりの第一義であるからだ。


「それは第十七師団がひどく巧妙に敗けを演じて、貴族達を南に誘導しているからだ、第十七師団の師団長のアリス中将はリンデマンの懐刀と呼ばれている戦術家らしいからな、いくら戦に慣れない第三軍相手でも、倍の数相手に主力を潰されず、ここまで巧くやるとは流石だ」


 そう説明して、左手の親指の第一関節辺りを噛む仕草をするセフィーナ。

 考え込んだ時の癖で、昔はその先の爪を噛んでいたのだが、メイヤがしつこく注意して止めさせると、こうなったのだった。


「でもスゴい戦果報告が上がってきてるらしいよ、だから敵の第十七師団は兵の補充を受けてるんじゃないのかな?」

「当てになるか!」


 メイヤの異論に対し、吐き捨てるようにセフィーナは言って、作戦地図を軽く叩く。


「貴族の狩りと一緒だ、自慢しているうちに野ウサギが猪に変わって、気づいたらヒグマを仕留めた事にしてるような感じだ、戦果を上げようと見栄と意地を張ってるうちに、追い返したり、手傷を与えただけで討ち取ったとか、重複した報告が上がりまくっているに違いない」

「なるほどな~、記録する従軍書記が貴族様にそれは本当ですか、とか聞けないもんね」

「そういう事だ、皆が誇張した戦果を報告しているうちに、個々の嘘を忘れ、圧勝していると信じきってるんだ」


 説明に納得するメイヤに頷き、セフィーナは用意していた手紙を二通、メイヤに差し出す。


「これは?」

「一通は前線のアレキサンダー兄さんに、もう一通は皇帝居城のカール兄さんに宛てた手紙だ、至急に届けてもらいたい、特にアレキサンダー兄さんへは急いで確実に」

「じゃあ、こっちは私が行けという事だね、カール様には別の人を使うよ」

「察しがいいな、アレキサンダー兄さんに私の案じてる事が伝われば、鉄槌遠征軍がこれから陥る危機から救えるかも知れないんだ……私が必ず聞いてほしいと言っていたと、アレキサンダー兄さんに頼む」

「……うん」


 命令とはいえ、側を離れる事に不服を見せたが、セフィーナが身体を押しても案じている遠征軍の危機という重大な事項に、メイヤそれを断ることが出来なかった。


                    

                    続く


  

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