第四十一話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ー暗雲と忍耐ー」
「敵さんは撤退しません、どうやら俺達が街から居なくなるまで戦うみたいです」
「それは願ったり叶ったりだ」
民家の床下に造られた地下室。
参謀の報告に地下を薄暗く照らすランプの灯りに照らされた褐色の肌の男がニヤリと笑う。
南部諸州連合軍第十師団長ブライアン・パルトゥム中将。
今回の作戦の総司令官であるゴッドハルト・リンデマンの後輩の彼は普段は一万六千以上の師団を指揮する立場だが、本隊の指揮は副司令官に任せ、四千の兵を率いてサーガライズでのゲリラ戦での指揮を自ら希望して担当している。
街を舞台とした彼等の役割は簡単ではない。
敵軍を一兵でも多く、数の利が活かせない市街戦に引きずり込み、さりげなく苦戦も装いつつ時間と兵力の浪費を誘うという難易度の高い作戦であり、ブライアン中将はその任務を市街地の半分を帝国軍に占領されながらもこなしている。
「北側の占領が案外に早く行ったからな、クラウス様も諦めるに諦めきれんのだろう」
「でしょうな、しかし帝国軍の圧力も強いです、こちらも必死にならないと本当に街の全土を掌握されてしまいますよ、案外にクラウス皇子は戦が出来るのかも知れません」
わざとらしく敬称を付け敵将の考えを読み取るブライアンに、参謀が注意する。
十倍近い相手を引き付けての市街戦だ、地の利はあろうとも楽な戦いにはならない。
四千の集団は十四個のグループに別れているが、一週間で四つのグループと連絡が取れなくなっている。
「そうだな……」
ブライアン中将は一週間の市街戦ですっかり長くなった無精髭を擦りながら、
「粘れるだけ粘って、後はリンデマン先輩やパウエル中将に任せるさ……あ、あとアリス先輩もいるのだったな、アリス先輩は学生時代から美人で出来る人だったんだが、どうも損な役回りを回される気の毒な感じだな」
と、呟くのであった。
東のシャルコーズ海岸沿い戦線で帝国第二軍を迎え撃つのは連合軍の第二師団、第八師団、第十師団の三個師団。
東海岸沿いは平地が多く、人口の多い港湾都市もある為、戦略的な価値が高く、双方が最も強力な軍を投入しての激戦を予想した軍関係者が多かったが、その予想は裏切られた。
ゴッドハルト・リンデマンが一番西側のゲート・タイガーリリィに司令部を位置した為、そこを目標に実質的な指揮権を持ち、今回の帝国軍では間違いなく戦力の一番高いアレキサンダー率いる第一軍が攻略に乗り出したからである。
結果、戦前の予想を遥かに裏切って、中央街道戦線で帝国軍が勝利を上げつつ南下、西のタイガーリリィ戦線は攻防戦の激化、東のシャルコーズ海岸戦線は停滞と消耗のサーガライズ市街戦になってしまっている。
「ここでサーガライズから、ブライアンが掴んでいる脚を強引に抜いてでも、こちらとの決戦に切り換えてくるような司令官だったら、こっちも相応の覚悟をしないといけなかったが……」
東海岸沿いの三個師団の優先指揮権をリンデマンにより与えられたグラン・パウエル中将は、帝国第二軍の二個師団がまだサーガライズの街で市街戦を続けているという報告に息をつく。
パウエルは三個師団をサーガライズから通常行軍で一日ほど南の位置から動かさない。
あまり遠くなれば、警戒感が薄れ帝国軍が残る二個師団を何らかに動かしかねないし、近すぎれば警戒をさせ過ぎて、サーガライズを棄て合流してしまうかも知れない。
「敵軍の戦力の転用を許さず、戦線を膠着させるとはな、リンデマンの奴も難しい作戦を言ってくるもんだ」
自分の次に古株で第二師団師団長のトーマス中将にボヤきながらも、パウエル中将はその難しい作戦を老練かつ、センスの高い用兵で遂行しつつあった。
***
「乾杯!」
「乾杯っ!」
マグネッセン公の音頭に、ホールに集合した貴族たちはそれに倣いグラスを挙げる。
「諸君らの英雄的な活躍に、南部の猿どもはなす術を知らんようだ、この屋敷はシッセリアの街の奴等の中でも一番の場所らしい、我々にとっては臭い犬小屋かも知れないが、掃除もさせたので我慢してくつろいでほしい」
音頭に続く公の挨拶に皆が笑い、パーティが開始された。
「これは何事ですか!?」
「マグネッセン公が奮闘される将官や上級士官を集めての労いのパーティを開くと……」
「パーティ!?」
屋敷の玄関。
強く問い詰められ、困惑しながら答えた警備兵にシアは耳を疑った。
「まだ敵軍と対峙している時に、それも占領したばかりの街で自分達だけ宴会とは……入れなさい!」
瞬時に感情が高ぶるシア。
敵と対峙しているだけではない。
貴族たちが様々な手段で領民から徴用した私兵達は大部分が街にも入れず、郊外で野営している。
占領された住民達も新たな支配者に震えているだろう。
こんな時にパーティか!?
ここまで感情を爆発させる役割はどちらかと言えば親友の方だとはわかっているが、ここまでくればシアも抑えられない。
「入れなさい」
「いけません、今夜は公が招待した方だけが……」
「敵からの占領地でパーティとは何事かっ、いいから通しなさいっ! 通さないなら抗命罪を適用しようかっ!?」
「は……はいっ」
怒りすら見せる将官にかなう筈もなく、警護兵はシアを通す。
感情に任せた速足で、接収された屋敷の廊下を歩き、ホールへのドアを開けるシア。
豪華なパーティホール。
そこには数十人の貴族たちが居た。
乱入者である美しい女性将官に集中する視線。
「何者だ?」
「なかなか美しいではないか!」
「誰かの愛人ではないのかな? まったく手の早い事だ」
「誰の愛人でも無ければ、どうだ? 今宵は私めのご相手に……」
酔いが回っているのか、若い貴族が千鳥足で近づいてくる。
元々、切れ長のシアの瞳が更に鋭さを増す。
「貴方の姓名と階級を教えなさい」
「あ、え? 俺はダーヴィシュ・ダレン、階級は大尉だが……男爵の……」
「爵位は聞いていないっ! 私は准将です、失礼な態度をつつしめっ!」
「は……はぁぁ」
他の貴族同様、僅かの間だけ籍を置くだけで得た階級を名乗ったダーヴィシュは続いて爵位を名乗ろうとしたが、シアに怒鳴られてしまうと滅多にない経験に背筋を震わせる。
「まぁまぁ……准将、甥も酔っていたのだ、戦いに勝っている事もあって気分も高揚しているのだ、許されよ」
そこにやって来たのが甥に負けず顔を赤くした第三軍第六部隊の指揮官であるダーヴィシュ中将であった。
約一万近い私兵を持つ伯爵だ。
「ダーヴィシュ中将、今、何と申されましたか、何だから気分も高揚していると?」
シアはダーヴィシュ中将を睨む。
「いや、だからな……ここまでの戦で我々は負けなしで勝ち続けておる、気分が高まるのも仕方がないではないかな?」
美人だからこその怒りの場合の迫力に、やや圧された様子でダーヴィシュが言うと、
「勝ち続けておるのではありませんっ、我々は勝たされているのです! 調子に乗って、どんどん南にやって来て! 周りをご覧なさい、第一軍も第二軍も遠く離れてしまった、もう誰も助けに来てくれない事を肝に命じて、楽しいパーティをお続けになりなさい!」
シアはホールに響くような大声を上げ、踵を返して屋敷から出ていく。
「確証はない、確証はないけど、きっとこれはいけない状態だわ……何とかしないと」
まだまだ占領したばかりで治安も改まらない夜の街をシアは馬で駆け抜けながら、これからの嫌な予感に焦りを覚えざる得なかった。
続く




