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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第三十七話「ザ・バトル・オヴ・ヴァイオレット ーアレキサンダーの決断ー」

 幕舎に響く木の炸裂音。

 振り下ろされた頑強な拳がテーブルを叩き割ると、クラウスは罰の悪そうに眉をしかめた。


「その報せは本当か!?」

「冗談でこんな事は言わないよ、若い貴族連中なんて、第三軍が行かせろ、って大騒ぎさ」

「ムゥ……」


 クラウスの返答に、アレキサンダーは怒りに歯を喰い縛る。


「奴は総司令官だろう!? なぜ奴がタイガーリリィ方面に行く必要がある? どう考えてもシャルコーズ海岸方面か、中央街道に総司令部を置くのが普通だろうが!」

「いやいや、僕に聞かれてもさ……でも、これで無視は出来ないよ、僕たちは彼に鉄槌を下す為に出撃したんだからね、攻める兵力を加減とか、下手な扱いをしたらマグネッセン公がどう動くか分からなくなるし、なにより遠征を支持してくれている貴族達に何を言われてしまうか」


 謀略に長けたクラウスでさえ、この状況には困り果てた様子だった。

 昨日の会議で意気込む貴族連中の第三軍を上手く支援部隊に組み込む為、タイガーリリィという一番面倒な攻勢方面を上手く諦めさせたと言うのに……

 アレキサンダーは拳を握り締める。

 上手くセフィーナ暗殺事件を利用して鉄槌同盟を成り立たせたのだが、そこを逆利用した戦略上の鎖を戦う前から、遠征軍は付けられてしまったのである。


「南部諸州連合軍が誇るゲート・タイガーリリィを全力で攻略しなければいけない」


 この強力な鎖は簡単には引きちぎれない。

 それも守るのはゴッドハルト・リンデマンなのだ。

 防衛拠点を攻めた経験もない司令官と私兵では絶対に落とせないだろう。

 大きな期待はしていないとはいえ、平地戦ならば使い様でどうにかなると思っていた三分の一の戦力の四個師団を陥落の期待も出来ない場所に張りつけてしまうのだ。


「兄さん……とにかく早朝会議だ、皆で協議してみよう」

「だめだっ!」

「う……」


 アレキサンダーが咆哮すると、クラウスは思わず背中をビクつかせた。


「このまま会議に出てみろ、マグネッセン公はジャーグラッドの名前を出し、第三軍をタイガーリリィに行かせろ、と若い貴族達と騒ぎ立てるに違いない、そうなればゴッドハルト・リンデマンの思うがままだ! 奴め、いつもいつも、力の争いの戦場を小賢しい知恵で……捻り潰してやりたい!」


 怒鳴り散らし、幕舎内の調度品を一撃で蹴り壊すと、アレキサンダーはワナワナと震えていたが、ふと動きを止めた。


「……兄さん?」

「そうか……それが一番だ! 何を悩む事がある? そうしてしまえば良いのだ、奴の舞台に乗ってやる必要なんてあるものか、思う壺などになるものか! ハッハッハ、なぜこんな簡単な事に気づかんかな、ハッハッハ!」


 突如、アレキサンダーは幕舎の外にも響き渡るような大声で、堂々とした体躯を揺らして笑い出したのだ。

 異様な光景だった。


「に、兄さん……へ、平気かい?」


 兄の見た事もない豹変に、驚きつつ声をかけるクラウスだが、アレキサンダーは大股で幕舎の外に向かって歩き出してしまう。 


「どこへ行くつもりだよ、これから会議があるんだよ?」


 クラウスは慌てて、アレキサンダーに駆け寄るが……


「何を言っているか? 俺はその会議に出ようと歩き出したんだぞ」 


 振り返ったアレキサンダーは、何かが吹っ切れたかのような会心の笑みを見せる。

 そして……早朝会議の冒頭。

 ゴッドハルト・リンデマンがタイガーリリィに総司令部を置く、という話が情報参謀から出る前に、アレキサンダーは立ち上がり、周囲を睨み回してから、


「今朝、総司令官のホーエンローエ元帥と協議の結果……第一軍がタイガーリリィ攻略に取りかかる事が決まった、このアレキサンダー・アイオリアが必ずやゴッドハルト・リンデマンの首を引き千切り、重症に苦しむ妹に、無念に泣くジャーグラッド公に、これまで奴の詭計に倒れた英霊達に報いたいと思う、なお、第二軍がシャルコーズ海岸方面、第三軍が中央街道をそれぞれ攻略担当とする事も決めた! 以上!」


 と、堂々宣言して、ドカリと椅子に腰を下ろしてしまったのである。

 上席の中央、アレキサンダーの隣に座る老元帥ホーエンローエはそのような事は全く知らないが、済ました顔でいる。


「……」 


 まずは第三軍にゲート・タイガーリリィに、と訴えるつもりだったのに、圧倒されてしまった若い貴族達はマグネッセン公を見る。

 だがマグネッセンの反応は無かった。

 いかに大貴族でも、アイオリア直系一族の人間に誓いまで立てて言われてしまったら、迂闊な反対は出来なかった。 

 こうして遠征軍は三十二万は各々の目標を定め、三路に別れ、更なる南下を開始した。



         ***



 遂に開始された帝国軍鉄槌同盟の大遠征。

 対する南部諸州連合軍は七個師団の正規軍と一個師団の州兵団を各地に以下のように配置されている。


 シャルコーズ海岸方面

 第二師団、第八師団、第十師団


 中央街道方面

 第十七師団、第一州兵団


 ゲート・タイガーリリィ方面

 総司令部直轄師団(第十六師団)、第九師団


 予備兵力 第十ー師団 

 

 各地の戦力は単純な師団数で言えば、シャルコーズ海岸方面が四対三、中央街道方面が四対二、ゲート・タイガーリリィ方面が四対二と全ての方面で帝国軍が優る。

 しかし、連合軍は守備側であり、予備兵力の第十ー師団が各地に駆けつけられる様、ヴァイオレット州のほぼ中心の中規模都市エルムに駐留している。

 数の上では帝国軍がかなり有利だが、貴族私兵集団の第三軍がどこまでやれるかの不安もあり、大陸全土の眼がヴァイオレット州に注視されていると言っても過言ではなかった。

 攻勢部隊の配置を完全に帝国軍が終えたのは、大陸標準日で五月七日である。

 その二日後の早朝、申し合わせていた作戦通りに帝国軍十二個師団、約二十万を軽く越える実戦部隊は全ての戦線にて、一斉攻勢を開始。

 帝国史上最大規模の鉄槌遠征の戦いが、遂に幕を切って落とされたのだった。 



                    続く


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