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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第三十二話「御前騒乱」

 怒りを隠さない。

 謁見の間に居並ぶ者達の前で、皇太子カールは父である皇帝パウルを強い瞳で睨めつけた。


「皇帝陛下、此度の出兵の決定はあまりにも性急過ぎます、セフィーナの無事も確認された今は状況を冷静に観るべき時と私は愚考いたします」

「私も、カール兄さんの意見に賛成です、確実な軍事的計画と政治的根拠を伴っての大規模出兵か、私には解りかねます」


 あからさまなカール程ではないにしても、長男に並んで異議を訴える三男アルフレートにも憤りが見える。

 カールとアルフレートがネーベルシュタットからフェルノールに帰った時には、予想外にも鉄槌同盟による報復が規定路線となっていた。

 ネーベルシュタットの惨劇と名付けられた事件は、卑劣なる南部諸州連合軍の送り込んできたスパイによって、帝国中部の名門貴族ジャーグラット公やカーリン侯爵を初めとする、計六人の貴族が卑怯極まる暗殺に倒れ、帝国皇女セフィーナは重体、事件には直接の関わりを持たなかった皇妃デオドラードまで命を狙われた、という話になっており、愛娘セフィーナと最愛の皇妃デオドラードを狙われ、ジャーグラット公やカーリン侯爵を殺された報復を皇帝パウルは既に宣言していたのだ。

 おそらく皇妃デオドラードまで巻き込んだ脚色を施したのは……

 

「カール兄さん、アルフレート兄さん、この戦いの政治的な意図はハッキリしてる、これは悪逆の南部諸州連合に正義の鉄槌を下す聖戦さ」


 将軍や文官の前列に立つクラウス。

 表情は長男と三男相手にしてやったりと、言わんばかりであった。

 アルフレートが親しい大臣に聞いた所によると、ジャーグラット公、カーリン侯爵の縁者達にクラウス、アレキサンダーが働きかけ、鉄槌同盟は結成され、事件から二ヶ月が経とうとしている今、鉄槌同盟には中部の貴族ばかりでなく、バービンシャー動乱で形見の狭い西部の貴族もかなり参加している。

 この数週間、カールもアルフレートの協力を得て現状をどうにか落ち着かせる為、政治的な動きを強めて、強硬派だった貴族をかなり味方に引き入れ、勢力比をかなり挽回し、宮中内工作で一日の長があるはずのクラウスをかなり焦らせていたのだが……この御前会議の数日前、決定的な報せが舞い込む。


「セフィーナ皇女暗殺計画は、南部諸州連合軍の将軍ゴッドハルト・リンデマンによる計画である」


 と、いうショッキングな情報だった。

 この情報は幾つかのルートから確認されており、実際にリンデマンの口からパーティーの席などで聞いたという証言もあった。

 宮中工作に不器用な次男アレキサンダーの助力は得られず、カール、アルフレートの二人に逆転される寸前だったクラウスはこれで息を吹き返した。


「またもやリンデマンか!」

「サラセナではなく、やはり南部諸州連合こそが帝国開闢以来最大の敵」

「誇りあるカーリアン騎士団を傷つけただけでは飽きたらず、またもやアイオリア一族を殺害するつもりだったのか!」


 宮中ならず、皇帝居城の大半の者が南部諸州連合を、何よりもゴッドハルト・リンデマンを討つべし、と感情を昂らせたのである。

 その沸騰し始めた釜は、カールやアルフレートが冷静さという水を差そうにも、因縁という火力が強すぎた。

 自らの早急な報復宣言を、撤回まではいかずともやや反省し始めていたパウルまでも、やはり出兵しかあり得ぬと、紛糾する鉄槌同盟の貴族達に対して、再びの大規模出兵の約束をしてしまったのであった。 

 カールやアルフレートは鉄槌同盟の件に関して言うならば、少数派の反対勢力に追いやられてしまったのだ。


「この義ある出兵に反対するなど、利敵行為に等しい! 我々は奴等に鉄槌を下さねばならんのである!」


 堂々とした体躯を揺らし、アレキサンダーが宣言すると、周囲の彼のお下がり幕僚からも感嘆の声が上がる……しかし、金髪の長兄はそれを歯軋りして黙っているような男ではない。


「ふん、身体の大きさだけを頼りに、実質伴わぬ大槌を大袈裟に振り上げて見せても、支えきれずに自らの脳天に落ちるだけだぞ、貴様の脳天が潰れるのに私はいささかも傷心しないが、そのまま更にあらぬ方向に鉄槌とやらを落としたら、人の迷惑になるんだぞ、自分の頭がつぶれる前に少しは考えたらどうだ? それとも潰れようが潰れまいが考え方は変わらんのか、貴様は!?」

「なにっ!? もう一度言ってみろっ」


 カールの言葉は御前会議の場で無くても、十二分に暴言である、興奮したアレキサンダーは一歩踏み出す。


「待つんだ!」


 瞳を鋭く向け合う長男と次男、三男のアルフレートが制止しようとするが、睨み合いは一向に止まない。 

 元々、アレキサンダーは自らの恵まれた肉体と戦術指揮を強く信じており、一歳違いの兄を何事にも器用だが華奢な優男と見ており、兄への敬愛という感情は極めて薄い。

 しかし、その歪な兄弟関係の責任は次男アレキサンダーだけに原因があるわけではない、前述のような台詞が本気で出るカールにも問題があるのだろうし、何よりも大帝国の後継者を争う長男と次男という立場がそうさせている面がもちろん大きいに違いなかった。


「この優男が!」

「貴様は猪だろうに! 二足歩行をするだけなら人間に迷惑をかけないというのに、人になれたつもりで因縁をつけてきたら流石に寛容には扱うことは難しいんだぞ? 分をわきまえろ!」

「こ……このっ!」


 悪辣雑言の言い合いでは、金髪の長兄が遥かに勝る、アレキサンダーの黄色の顔があっという間に赤く染まり、その体躯は弾かれるようにカールに向かう。


「やめろっ、陛下の御前だぞ!」

「うるさいっ!」


 アルフレートが間に入るが、その体格の違いは歴然としている、三男を吹き飛ばし、次男は長男に突進する。

 握られた頑強な拳が顔面に迫る、当たれば鼻っ面を折られるくらいでは済まない所だが、カールはそれをスウェイングで見事に躱す。


「お前みたいな原始人に、俺が大人しく殴られると思っているのか!?」

「貴様っっ!」


 再び対峙するカールとアレキサンダー。

 しかし、そこまでだった。

 皇帝居城精鋭の警備隊が素早く二人の間に割り入り、怒号と混雑と混乱の中、御前会議は中断したのであった。




         ***



「兄さん……平気かい?」

「アルフレート、見てなかったのか? アイツのデカイだけの拳はかすっても居ないさ」


 皇帝居城の地下の独房。

 外の廊下に立つアルフレートに声に、カールは鉄製の檻の中のベッドの上で、頭に両手を回し石造りの天井を眺めながら答えた。

 カールとアレキサンダーのいざこざの後、御前会議は再開されたが、当事者の二人は各々、独房にて謹慎とされてしまったのだ。


「俺の事はいい、あの後の会議の推移はどうなった?」

「大規模出兵が決まったよ、反対派は少なかったからね」

「馬鹿な奴等だ……全員でゴッドハルト・リンデマンの挑発にムザムザと乗るとはな」

「挑発!?」

「ああ、そうだ」


 挑発という単語に反応したアルフレート、ベッドから上半身を起こし、カールは檻の外を向いて脚を組んで座る。


「西部、中部の貴族が鉄槌、鉄槌とワラワラと動いてるのをヤツが気づかないわけがない、俺やお前の宮中工作がクラウスの鉄槌同盟を押し戻しそうになったから、こんな情報を流した、ゴッドハルト・リンデマンは鉄槌同盟の大規模出兵に賛成なのさ」

「では、もしかしたらリンデマンはセフィーナを狙った主犯ではない、という可能性も?」

「奴がその状況を利用しているだけという可能性もあるが、俺は奴が主犯と見ている」


 カールの瞳に剣のような鋭さが宿る。


「南部諸州連合政府としては、いくら敵対しているとはいえ、十七歳の娘を暗殺するというのは二の足を踏むだろう……だが、あのゴッドハルト・リンデマンという男を調べると、勝利の為の最短距離を躊躇なく進める勝利至上主義者の性格が見えてくる、純軍事的に脅威であるセフィーナを効率よく排除しようとしたに違いない、もちろん俺のセフィーナにそんな愚行を行った報いは受けてもらう、だが今回の誘いに乗せられるつもりはないのだ」

「挑発をしてきたからには、それは罠だと感じているだね」

「当たり前だ、奴はきっとクラウスやアレキサンダーの今回の遠征の目的までも、正確に推測しているに違いない」


 それは何だい、と訊ねるつもりはアルフレートには無かった。

 アレクサンダーやクラウスがなぜそこまで鉄槌同盟に拘るのかは予想がついている。

 

「奴等はセフィーナの上げてきた大きすぎる武勲に焦っている、このままでは長男の俺どころか、妹であるセフィーナにすら皇位継承権争いで負けてしまうとな、とにかく大きな武勲を上げねばならない」


 カールは顔を上げる。

 アルフレートの考えも当たっていた、特に次男アレキサンダーは戦場での働きで己の存在を示してきただけに、最近のセフィーナの戦場での活躍と国民の多大な人気には思うところがあるように思えていた。


「もちろん、焦っているのはアレキサンダーだけではない、クラウスだって戦場の功が欲しいのだ、得意の謀略だけでは皇位継承には華やかさが足りんだろうに、上手くアレキサンダーを使いながら、己も戦場での得点稼ぎをしたいのだ」


 カールの見立てに異論は無かった。

 クラウスは政治的な工作などは明るいが、これまでの戦場での働きは大きいとは言えない。

 将官の地位にあるのも皇族だからである。

 政治的なセンスは勿論だが、戦の弱い皇太子というのは民衆や軍部の支持は得られないのだ。


「戦功が無いのは自分もそうだけどね」

「お前はそれを自覚もしているし、認めているからまだいい、だがクラウスはそこまで諦めが良くない、そして、奴はお前よりも皇位継承権に対する執着は強い」


 戦下手が自他ともに認めているアルフレートが苦笑すると、カールは平然と言い放つ。

 檻を隔てた兄弟に間が空いた。


「兄さんは……どうなんだい? セフィーナの最近については、何も思うところはないのかい」

「お前たちと違って、俺はもうセフィーナをそういう見方をしてないからな」


 間の後のアルフレートの問いに、カールはベッドに再び身を預ける。

 その答えにやや肩をすくめてしまうアルフレートだったが……


「とにかくだ、今回の御前騒動から父上の判断で、今回の遠征から俺は外されるに違いないからな、その間に精々これから起こりうる事への備えをさせてもらうさ……お前も何か理由を付けて、遠征軍から外される算段をしておいた方がいいぞ、参加してもきっと俺達には愉しい遠足にはならんからな」


 そう話して、両手を後ろ頭に回し天井を見据えるカール。


「まさか……わざとアレキサンダー兄さんと?」


 予想外の言葉にアルフレートは驚くが、檻の向こうの金髪の美男子は何も答えず、すでに瞳を閉じていた。



                    続く 

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