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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第三十一話「フェルノール記念公園」

 帝都フェルノール。

 この街の郊外にあるフェルノール帝国記念公園は広大な敷地面積を持つ公園で、休日ともなればピクニックにくる親子連れで賑わう場所だが、それだけでない重要な顔を持っていた。

 誓いの丘と呼ばれる、なだらかな丘陵。

 そこは延々と同じ形の墓が並ぶ戦死者墓地なのである。


「拡張工事か……」


 花束を持ち、区画整理がされた墓の間の通路を歩きながら、ヨヘンは遠くに見える工兵隊による工事を見つめた。

 正式には工兵隊ではない、拡張工事に汗を流す彼らは工兵隊の候補生達だ。

 工兵科最後の年の授業の実地訓練の中のカリキュラムに、フェルノール記念公園墓地の整理が含まれているのだ。

 騎兵科であったヨヘンには経験が無かったが、当時の工兵科の友人などは、


「毎年、確実にただで働き手が確保できるんだから、上手い手だよね」


 と、ボヤいていた。

 厳密に言えば帝国軍の士官、兵学校は最終年はそれぞれに士官、兵候補生となり、幾ばくかの給金が支払われているが、工兵科のフェルノール記念公園墓地工事の実地訓練は将来の自分の居場所の確保と呼ばれ、歓迎されていなかった慣習であった。


「さてと……」


 景観の為か、この丘陵に続く多数の墓地には簡単な区画を示す立て札があるだけで特定の場所を見つけるのが難しいのだが、新しい区画は簡単に見つけられる。

 前カーリアン騎士団団長であり、名誉の戦死の後に元帥に付されたユーリック・カーリアンを初めとするカーリアン騎士団の騎士達の真新しい墓がなだらかな丘陵に並んでいた。

 第八次エトナ会戦からバービンシャー候の動乱を経て、カーリアン騎士団が規模縮小、帝都の守備隊に配属になった際にヨヘンは騎士団から外され、現在は帝都予備隊の配属になっているが、短い間で何も思うようにいかずに終わってしまったとはいえ、ヨヘンは紛れもなくカーリアン騎士団の一員だったのだ。

 ポニーテールをした小さな童顔大佐はユーリック・カーリアンの墓に華を手向けると、夕陽に照らされながら口元を引き締め、戦友達に別れの敬礼をした。



「ヨヘン」


 どうやら声の主である親友は敬礼が終わるまで声をかけるのを待っていた様だ、ヨヘンは聞き間違いようのない相手に振り返った。


「シア」


 そこに立つのは、黒い詰襟の第一種軍装に身を包んだシア・バイエルライン。

 背中まで伸ばした黒髪は軍装の黒よりも遥かに艶が良く、整った黒い瞳の顔立ちが儀礼用の立派な軍装を単なる引き立て役にしてしまうような美人。


「第一種軍装なんて着て……何か儀礼式典でもあったっけ?」


 首を傾げて尋ねるヨヘンが着ているのは第二種軍装で儀礼用ではない。

 同じ黒が基調ではあるが、行軍の際に着るような動きやすく、その上から軽装の鎧を着ける者もいる類いの実務的な軍服だ。


「私もあなたと同じ目的よ、バービンシャー動乱では勝ち戦とはいえ、部下に被害は出ているし、内乱で実際に倒したのは本来の味方なんだからね、それに……この記念公園を訪れる時は、何時だって大切な儀礼だと思っているわ」

「流石は同期一の優等生、参りました」


 茶目っ気タップリに舌を出すヨヘン。

 この場合、第一種軍装を身に付ける方が遥かに少数派なのだが……シアのこういう生真面目すぎる一面は学生時代から変わらない。


「で? シアはこれからどうする?」

「そうね……私も別れは済ませたし、もう師団宿舎に帰って休むけど」

「あらら、任務も大成功で一段落ついたのに、シア様は相変わらずだなぁ」


 ヨヘンは親友のこういう遊びが無い点を良く知りつつ、わざとらしく両手を振った。

 学生時代から容姿端麗黒髪才女が、童顔低身長少女に男子人気が劣った原因は、少なくともルックスではなく、本人がそれを欲しなかったのと遊びが無い性格が大きかった。

  

「あなたは何処に行きたいのよ?」

「若い士官ちゃん達と飲める士官クラブと言いたいけど、シア様はお酒と若い男の子に弱いから……ご飯にしましょうよ」

「それなら付き合うわよ、それと言っとくけど、お酒と若い男の子は弱いんじゃなくて……あまり好きじゃないだけだから!」


 ヨヘンの提案に同意しつつも、シアは腰に手を当て、口を尖らせるのだった。



         ***



 白夜亭。

 特に決まりがあるわけではないが、記念公園の近く、広いフロアを持つ食堂は高級軍人が多く通う場所になっている。

 吹き抜けの二階席に案内されたヨヘンとシアは、食堂の名物である蟹のパスタと魚介のクリームシチューを頼み、互いにビールと紅茶を飲む。


「セフィーナ様のご容態はどうなの?」

「快復はしてないわ、副官のメイヤが言うには、まだ戦場なんてとても出せないって、それでも馬車の移動には耐えられるようにはなったから、近いうちにフェルノールに戻ってこられるみたいだけど」

「そうかぁ」


 知ってる事はこれくらいだ。

 実を言えば、シアもセフィーナの事は詳しくは分からない。

 指揮部隊では参謀長として近くにいるが、観兵式という儀礼に皇族として参列したセフィーナに付き従っていた訳でない。

 フェルノールに駐留中の司令官不在の部隊では、副司令官が部隊の訓練などを引き続き行ってはいるが、それ以上はカリスマ的な存在にもなったセフィーナ無しでは、どうにも動きの取りようがない状態である。 


「互いに理由は違うけど、待機状態ね」

「予備役なら、お給料がガクッとなるから困るけど、命令で待機ならお給料泥棒出来るから、私的には満足」

「まったく……」


 本気でそういう事を言えてしまうヨヘンに、シアはため息をつき、ジョッキとティーカップをそれぞれに口に運ぶ。


「そう言えば……」 


 ジョッキを手にしたまま、何かを思い出したようにヨヘンはシアに悪戯っぽい笑いを浮かべる。


「なに?」

「私を閣下と呼んでちょうだい」

「わかりました閣下、じゃあ、これからは互いに閣下と呼び合いましょうね」

「ぐっ……やっぱりかい!」

「ふふっ」


 わざとらしくジョッキをテーブルに強く置いた親友に、シアは笑顔を見せた。


「お互い三十を前に、閣下よわばりされる立場になったわね」

「三十とか止めてよ、まだ大分先だし!」

「無駄な抵抗よ、あと千日も無い」


 まだ士官学校を出て、十年経っていないというのに、二人の昇進スピードは戦時という影響もあるが同期の中でも異例。

 しみじみとしたシアに対して、ヨヘンは必死に抗議をする。

 大佐から准将へ。

 二人揃っての将官への昇進だった。

 ヨヘンは敗戦のエトナ会戦から苦闘を強いられたバービンシャー動乱までエトナ城を守った実質上の指揮官として、シアはバービンシャー動乱の際、セフィーナの分割部隊を率いての動きが高く評価されての物だ。


「でも、まだ自慢にはならないよ、精々、将官用の官舎で一人でニンマリするくらいだね」

「殊勝ね? この歳にしてヨヘン・ハルパーはやっと謙遜を覚えたの?」


 意外な言葉にシアが反応すると、


「いやいや、世の中には上には上がいる、だってさ、まだ十八にもなってないのに大将かと言われてる人もいるからね」


 ジョッキを口に運びながら、やや赤くなり始めた顔でジョッキを一気にあおるヨヘン。


「それは……いや、そうね」


 セフィーナ様は私達とは出発点が違うわ、と反論しかけたシアだったが、それを呑み込む。

 確かに出発点が違うが、軍隊の任務というものは階級が上がる度、様々な形の能力が試されていくのだ。

 例えば、兵でいた時はその強靭な肉体で活躍できても、小隊長になれば数人の部下に対する管理能力が問われる、中隊長、大隊長になれば他の部隊との折衝能力、連隊長になれば数千の兵を戦場で動かす指揮能力と必要な事柄が増えていく。

 実際、大隊長までは有能でも連隊長、師団長としては無能であったという指揮官は多数、存在する。

 皇族の位で指揮官にはなれても、優秀な指揮官になる事はもちろん出来ない。

 指揮官が皇族だからといって、南部諸州連合軍は気合いが入る事はあっても、決して手抜きはしてくれないのだ。

 アイオリアの歴史においても、皇族の血統を盾に、不相応の階級と立場で戦場に繰り出し、自らの敗北を調べに南部諸州連合軍に勝利の凱歌を吟わせてしまった者は幾らでもいた。

 そんな者達と、セフィーナは明らかに一線を画しているのはもう議論の余地が無いのである。


「きた、きた」


 注文した蟹のパスタ、魚介のクリームシチューのテーブルへの来訪を大歓迎して、ウェイターにビールの追加を頼む親友。


『ホント……ヨヘンは気持ちが大きく素直で羨ましい、私なんて、セフィーナ様すら下手な理由を付けないと認めなれない小さな人間なのに』


 余計な事とは解りつつも、シアがパスタを食べ始めるヨヘンを見つめてボンヤリ考えていると、


「そう言えばさぁ……」


 パスタの一口目を食べ終えたヨヘンが、ふと真面目な表情で顔を上げてきた。


「どうやら……噂の鉄槌同盟、本格的に動き始めるみたいだ、反対派が押し切られた、って宮中から噂が出始めてるよ」

「……そうなの? 嫌な話ね」


 その話に対して、自分の中の小さな悩みを封じ込めたシアは、美人に相応しくない苦々しい顔で舌打ちをした。




                    続く


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