第三十話「鉄槌同盟」
鉄槌。
単純に言えば鉄製の槌であるが、大抵の場合はその意味では使われない。
罪を犯した者へ実力行使の罰の例えによく使われる。
罪というのは様々であるが、価値観が違う相手には、一方の鉄槌という言葉は……只の憂さ晴らしに聞こえない事が多いのも事実であった。
「鉄槌……同盟?」
ネーベルシュタット病院の食堂で報告官から伝えられた単語に、金髪の美男子カールは最大級の怪訝さを見せた。
「はい、詳細はわかりませんが、この度の事件の報復をする為、中部地方の各貴族達とアレキサンダー様やクラウス様がそう名乗る盟を誓いあったとの連絡が入っています」
「事件の被害者を弔う葬送委員会でもなかろうに」
カールは食事の手を止めて、頬に拳を当て杖にして考え始める。
セフィーナ暗殺未遂が起こって三週間。
その事件の余波は収まるどころか、勢いを増しているかの様だ。
セフィーナ本人の容態は回復が遅いながらも落ち着いてきていて、名残惜しいが、そろそろフェルノールに帰らなけれけばと副官の催促も限度に来ている、と思っていたのだが、それとは違う方向で妙な話が進み始めていた。
様子を聞けば刺客は地下のカジノバーで相当な立ち回りを演じたらしく、逃亡の際に六人の貴族やその親類筋、五人の警護兵を殺害しており、負傷者は更にそれを上回る。
問題は死亡した六人の貴族の中に、公爵が一人、候が一人含まれた事だ。
セフィーナと同宿で爵位の高い者がいたのが災いとなり、その近親縁者達がこの事件の報復を強く望み、皇室の次男アレキサンダーと四男のクラウスがそれに答えた形である。
「兄さん」
そこに食堂に現れたのは三男のアルフレート・ゼイン・アイオリア。
百九十㎝近い細身の長身。
普段は優しげな印象を与える顔立ちがいつもと違い、険しさを見せていた。
「どうした?」
「聞いたかい?」
「ああ……我々がこちらに入り浸った間に、アレキサンダーとクラウスの奴等め、セフィーナの見舞いも来ず、セコセコと工作に走った様だな」
正面に座るアルフレート。
カールはナイフとフォークでオムレツを切り、食事を再開しながら答える。
「工作? でもまだ詳細はわかってないんだ、そう決めつけるのはどうかな、二人だってセフィーナを傷つけられて……」
「アルフレート」
カールは再び食事の手を止め、四つ年下の三男を見据えた。
「奴等がセフィーナが本当にかわいいなら、まず何をするかを自分がした事を思い出しながら考えてみるといい、お前も私ほどじゃないがセフィーナを気にかけているだろう? 事件を聞いて、まずは何をした?」
「……」
その問いには答えられず、アルフレートは複雑な表情を浮かべただけだった。
セフィーナの父である皇帝パウルは、多忙の中で、カーリアン騎士団を前身に新設された近衛騎士団に護られ、一週間前にセフィーナの元に見舞いに駆けつけ、二日を過ごしフェルノールに帰っている。
それでも、アレキサンダーとクラウスはネーベルシュタットには来ていなかった。
「奴等のこの動きは俺達が帝都に居ない間に、巡らせた策の結果だろうよ」
「鉄槌同盟というのは、この機会にアレキサンダー兄さんとクラウスが中部貴族達を自分達に近づける為の物だと?」
「それ以外に思えるか? 只の葬送委員会なら、あの二人が組むものか、猛将と謀将を気取る奴等同士が、互いに気が合う訳でもないだろうに」
鉄槌連盟の存在理由に言及し、瞳を鋭くさせるアルフレートに、カールは兄弟間の仲を平然と言い放つ。
「中部貴族を仲間に引き入れて、この事件の調査の主導権を握ると?」
「それもあるだろうな、クラウスがいるからな、奴が選んだ人間を今回の黒幕に仕立て上げる事が出来るさ」
「……サラセナや南部諸州連合でなくても可能という事だね、兄妹の間でもね」
そのアルフレートの言葉には深い意味が含まれていた。
戦は苦手と自称し、兄弟の中でも一番の穏健派だが、それが何も考えていないという意味では決してない。
「そういう事だ、だが……」
「セフィーナ本人が生きているなら、そこまでは出来ない筈、カール兄さんや僕を犯人に仕立てたら、セフィーナは多少の無理を押しても必ずやそれを強く否定し、鉄槌同盟を否定する、そうなれば国民の英雄姫と対立する、それこそ藪蛇だろうからね」
「その通り、いい観察だ、あくまでも鉄槌同盟とやらで俺達を政治的に攻撃してくるようならクラウスはその程度だ、そこまでアイツは馬鹿じゃないだろうな」
カールはアルフレートを見据えて頷く。
もし鉄槌同盟とやらを利用して、セフィーナ暗殺未遂の黒幕をフェルノールに不在のカールやアルフレートに押しつけても、現のセフィーナが否定すれば、鉄槌同盟は失墜してしまうだろう。
本人はどう思っているかはわからないが、セフィーナは今や、それくらいの政治的な力すら持つまでに国民的な人気が高いのだ。
「ならカール兄さんは、クラウスの狙いはどこにあると思うんだい?」
「クラウスだけに眼を向けるな、アレキサンダーも組んでるんだ」
「武力行使?」
カールの誘導した答えに、ハッと表情を変えるアルフレート。
「セフィーナの武功の大きさを羨んでるのはクラウスばかりじゃない、むしろこれまでの地方反乱の鎮圧や南部諸州連合との戦いの功を、セフィーナの数ヵ月の戦いに覆い隠されてしまったアレキサンダーがその思いが強い、奴は武力という後継者争いの強味を奮えない状況になっている」
後継者争い。
カールは抵抗もなく口にしたが、アルフレートはその言葉に顔を俯かせる。
「アレキサンダー兄さんは焦りすぎだ、まだ父上も健在なのに、なぜセフィーナの武功をそこまで気にする必要があるんだ?」
「それが解らないのなら、貴様はいささか呑気すぎるし、わかって言っているなら大した狸だ」
「……」
カールの物言いにアルフレートは数秒の間、沈黙した。
権力者が健在だろうが、崩御寸前だろうが、その子供達の後継者争いは歴史には付き物と言って良いほどに溢れている。
もし皇太子として、登極を目指すのならば英雄姫とまで呼ばれ、容姿端麗にして国民や兵達に絶大な人気を誇る妹のセフィーナが最大の壁になるのは、もちろんアルフレートにも解っている事であった。
登極を目指すのならば……であるが。
「僕はセフィーナを敵に回してまで権力が欲しいとは到底、思えない……ではカール兄さんはどうなんだい? アレキサンダー兄さんの気持ちが解るのかい?」
「愚問だ、俺が奴と同じ立場になる筈もない」
アルフレートの問いに対して、カールは即答して続ける。
「敵に回す、味方にする、とかいう低次元な尺度で俺はセフィーナを語りたくはない、俺はセフィーナと共にゆき、セフィーナもまた俺と共にゆくのだ、そういう話だ」
「……」
当然のように語る男に対して、研ぎ澄ました眼光をアルフレートは向けたが、金髪の美男子はそれに対して不敵な笑みを見せる。
「今は互いに止めておこう、それよりも帝都に帰還して、鉄槌同盟とかいう集団に好きにさせないようにするのが先決だと思わないか?」
「そうだね、今はそっちが先決だ」
アルフレートはその意見に賛同し立ち上がったが、その瞳の鋭さは食堂を出ていくまで一切、緩まる事がなかった。
続く




