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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第二十九話「来訪と、帰還と」

 かろうじて意識は取り戻したものの、自分では起き上がる事も辛い体調だった。

 それでも命がかかった峠は越したという事で、何かがあれば鈴を鳴らすと説得し、眠らずに部屋に詰めていたメイヤを隣の部屋で休ませ、セフィーナはベッドに横たわっていた。

 やはり毒の影響か、身体がまるで鉛を巻いたかのように重く、四肢が痺れているが時間の経過と共にそれは良くなっている実感もある。


『明日の朝には普通に起き上がりたいが……どうかな』


 そんな事を考えながら窓から月を見る。

 真夜中だ。

 眠っていれば良いのだが、それは昼間にいやという程に満喫していた。

 久し振りのヘンゲル医師もまだ予断は許さないと寝返り以外の動きの自重を促してるが、患者としては及第点とは言い難いセフィーナは一日にして動かずの入院状態に飽きが来ていた。

 いっそ話し相手に誰か呼ぼうかと思うが、メイヤをはじめ親衛隊の皆は意識を取り戻すまで不休で自分を看てくれていたのだから真夜中にそうするのは憚られた。

 身体は重いし、気分も優れないが眠る気にもなれないでいると……

 不意に病室の鍵が開けられ、ランプを持った人影が静かに中に入ってきた。


『誰だ!?』


 緊張する。

 医師や看護師ではない。

 真夜中に呼んでもいないのに来るとは思えないし、寝ていると思っていても、皇女の病室に入る前に何も言ってこないのも考えにくい。

 

『まさか……』


 黒髪ショートボブカットの美しいメイドの姿を思い出し、セフィーナの身体が硬直したが……


『いや……』


 考えにくい。

 説明を受けたが、この病院は下手な師団司令部より安全だ。

 この事態を招いてしまった反省からメイヤを始め警備隊は躍起になっているし、更にここにはデオドラート皇妃も滞在していて警備は厳重を極めているのである。


『なら……』


 片眼を開けた先には……セフィーナの目前まで顔を近づけた男がいた。


「あにうぇっ!?」

「起きたか……口づけで目覚めさせてやろうと思ったのだが」


 慌てて上半身を起こすセフィーナ。

 残念そうに肩をすくめるのは、やや長めの金髪に碧眼の美男子であった。


「カール兄さん、ゆ、夢か?」

「夢だ……だから、されるがままでいろ」

「いやいやいや……夢ではなさそうです」


 夢なら良いだろうとばかりに、再び顔を近づけるカールに、ブンブンと首を振ったセフィーナであったが……


「あっ」


 ふと起こしていた上半身の力が抜け、後ろに倒れそうになってしまう。


「おっと」


 カールは素早くベッドに座り、背中に手を回しセフィーナを支えた。 


「す、すいません……兄上」

「こういうセフィーナも嫌いではないが、か弱すぎるな、これは毒のせいか?」

「ええ……回復はするといわれてますが、まだしばらくはこの状態のようです」

「赦せんな、俺のセフィーナを傷つけるとは、この世に産まれた事を後悔させてやる」

「……」


 カールの碧眼には冗談がなかった。

 実行犯だろうが、黒幕だろうが、カールは捕らえたら容赦しないだろう。

 もちろん俺の、という部分も冗談ではなさそうである。


「兄上?」

「どうした?」

「いや……その、兄上は私が刺客の手にかかったという報告を何処で?」

「皇帝居城だが?」


 質問にカールはセフィーナの背中に手を回したままで答えた。


「皇帝居城から、ここまでこの日数でこられる訳がないでしょう?」

「来れるさ、遅い馬車などに乗らず、単騎でタフな馬を飛ばしてくればな」

「兄上は単騎で東海岸から、中部まで来られたのですか?」

「ああ……それが一番早くお前の元に駆けつけられるからな、アルフレートも皇帝居城を慌てて出たらしいが、アイツはお上品な馬車だからな、早くても明日の夕方だ」


 勝ち誇った風のカール。

 確かに単騎で馬を飛ばしてくれば速い筈だが、皇族の彼が一人で馬を走らせてくるというのは非常識だ。

 だが、カールはそれを自分のために事も無げにやる。

 思わず赤面するセフィーナ。


「兄上……」 

「セフィーナ、わかったろ? 俺とアイツの違いが、だから大人しく俺の物になれ」

「ちょ……ちょっと! 感謝はしていますが、それは別の話ですっ」


 さりげなく唇を近づけてきた兄に、セフィーナは赤面しながらもそれを手で阻んだが、何処か悪い気もしない自分にも気づいていた。


 


         ***



 本を読みながら安楽椅子に座り、傍らのテーブルからコーヒーカップを取り口に運ぶ。


「……ん」


 僅かに眉をしかめるが、読書は中断しない。

 淹れなおす気にはならなかった。

 豆の挽き方が悪いのか、淹れ方が悪いのかわからないが、どうやら自分には自らが納得するコーヒーを提供する事は出来ないと諦めた。

 朝のコーヒーだけでない、どうやら食事に関しても同じであり、以前は自炊をしていた時期が間違いなくあったのだが、もう味覚がそれを受け入れようとしていない。

 もちろん他の家事にしても、言わずも何とやらの状態だ。


「仕方がない、カフェに行くか」


 ゴッドハルト・リンデマンは観念したように、ため息と共に立ち上がる。

 いちいち朝食とコーヒーを飲むのに外出か、とブツブツと自業自得な文句を言いながら、居間のドアを開けた先に……


「ただいま帰りました、ご主人様」


 彼が大金を積んで買ったメイド姿の少女が、神妙な顔で立っていた。

 メイド服は所々が傷み、彼女自身にも疲労が見て取れる。


「帰ったか、ご苦労だったな」

「遅くなりました」


 帝国領内からの帰還に別段、驚く風でもない主人にヴェロニカは唇を噛みしめ、


「帰りの道中で噂を聞きました、失敗……申し訳ありません、ご主人様の許しがあれば再度、帝国領内に潜入したいと思います」


 と、セフィーナ暗殺計画の失敗を詫び、再挑戦を志願する。

 この時点でのセフィーナの容態の情報は様々だが、かなりの重症を負い、回復にはかなり時間がかかるが命は助かりそうだ、という内容が多くなっていた。


「いや、構わん……」


 ドアから居間に引き返して、リンデマンは安楽椅子に座り込む。

 ヴェロニカも続いて部屋に入る。


「確かに殺す事は出来なかったが、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアはかなりの重症の様だしな、あながち失敗とも私は思わない」

「しかし……」

「ダメだ、勝算がない」


 珍しく反論の口火を切ろうとするヴェロニカに、リンデマンはキッパリと再度の暗殺作戦を拒否した。 

 

「今回は、もちろん大成功とも言わない、だが再びの潜入はまず成功しないだろうしな、どうも帝国ではこの件を境に何かが動き出しそうだ、という興味深い話がある……それによって、こちらの出方も変えようと考えている」

「かしこまりました」


 こうなればヴェロニカとしては、これ以上は主人に異論を告げるつもりは毛頭無い。

 素直に従う。


「いや……むしろ当初の予定よりも、これからが派手になるかもしれないがな」


 その思案を楽しむように口元に緩ませていたリンデマンだったが、


「まぁ、その策は良いとしてだ……これ以上、納得のいかない朝のコーヒーや食事、溜まった家事に私が我慢できそうにないのだ、少し休んだら、それらを頼めるか?」


 そう言って、やや罰の悪そうな表情に変わり、ヴェロニカを見てくる。

 いきなりの話の切り替わりに、一度はキョトンとしたが……


「……そうですか」


 ヴェロニカは微笑んだ。

 それを境に、黒髪の美少女は暗殺者からメイドに戻る。


「休んでからでいいぞ」

「お気遣いありがとうございます、では着替えてから、コーヒーと朝食をご用意し、午前中には溜まった家事を片付けます、その後で少し休ませていただきますね」


 主人の気遣いに感謝しつつも、そう答えたメイドは言葉の通り、午前中でそれらの仕事を完璧にこなし、更に夕食の仕込みを行いつつ、主人の昼食を準備して、風呂を済ませてから自室のベッドで夕方まで泥のように熟睡したのであった。 




                    続く



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