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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第二十八話「ネーベルシュタット事件 ー四日後ー」

 運勢。

 歴史に名を残す者達は最終的にどうあれ、ある程度の幸運には恵まれている物だ。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアにおいても例外ではなく、このネーベルシュタット事件の中でも不幸中ではあるが、幾つかの幸運にありついていた。

 一つは彼女の幼馴染みである護衛の少女が、あるギャンブル場での格言を知りつつ、それを警護に実践した事だ。


「賭け場で何かが起きたら、別の方向を観ろ」


 これはゲームでのイカサマ防止に言われる格言。

 例えばテーブルを囲んでいた時に廊下から大きな音が聞こえても、その音の方に神経を向けてしまうな、という意味だ。

 その大きな音が誰かが仕込んだ物でも、偶然であっても、振り向いた隙に誰かがカードのすり替えをしているかも知れない、チップを抜かれてしまうかも知れない。



 まさにギャンブルの生々しさを物語る格言だが、帝国皇女に挑戦した謎のメイドのロイヤルストレートフラッシュがかかったカードに周囲の視線が集中する中、メイヤは周囲に眼を回し、セフィーナに向かい、袖の仕込み矢を放とうとしているミラージュを発見、発射こそ阻止は出来なかったが邪魔は出来た。

 もしメイヤが周囲の者と同じ様に、ヴェロニカのカードを注視していて、毒を含ませた仕込み矢が腕を掠めたのではなく、首筋や急所を正確に捉えていたら、手の施しようが無かった。  

 もう一つの幸運は皇妃デオドラートの存在。

 皇女襲撃と実行犯の強引な逃亡という混乱の中、素早く地下のカジノバーに駆けつけた愛妃に先日の体調不良を心配した皇帝がヘンゲル医師を付けていたのだ。


「セフィーナちゃん!!」


 メイヤに抱きかかえられたセフィーナの顔色を見たデオドラートは思わず叫ぶ。

 色白のセフィーナの顔が真っ青に変わっていたからである。


「メイヤちゃん! セフィーナちゃんは一体何をされたの?」

「毒だ、毒を腕に!」

「ヘンゲルさん!」


 焦りから皇妃に対する敬語を忘れたメイヤの答えだったが、そんな事は意に介さずデオドラートは、禿げ頭で細身の老人医師に振り返った。


「ははっ……メイヤ、取りあえず姫をそこに寝かせて、お前は沸かせた湯をたくさん用意させなさい」


 神妙に頷き、ヘンゲルはメイヤに指示を出して医療用具の入った愛用の鞄を開けた。




         ***



 帝国皇女、刺客の手にかかり重体。

 この一報がアイオリア帝国を駆け巡る。

 皇族の中でも内外で絶大な知名度を持つセフィーナを目標にした暗殺事件は、カーリアン騎士団潰滅、バービンシャー候反乱よりも帝国を揺るがす。

 いまだ意識の回復をみず、予断を許さない状況と相まって、更なる激震すら予想させる衝撃を与えていた。


「セフィーナの回復が全帝国の一義である、そして実行犯及び、その黒幕を必ずや裁くのだ!」


 一報を聞いたアイオリア帝国の第一皇太子であるカールはそう発表する。

 各々の兄弟たちも程度の差はあれ、動揺は一緒である。

 三男のアルフレートはフェルノールから馬車でネーベルシュタットに向かい、次男アレクサンダーや四男クラウスは早い回復を望む、と広報官を通じて新聞社などに伝えた。

 英雄姫セフィーナの重体は日の擦れはあったが、もちろん南部諸州連合でも報じられ、街中に号外が出回った程であった。

 


 ネーベルシュタット病院。

 煉瓦造りの真新しい三階建ての病院が、ネーベルシュタットで一番の病院である。

 まさか帝国皇女を受け入れるとは思ってなかった病院側は事態に慌てたが、皇女の緊急入院とあっては受け入れない訳にはいかず、周辺の小病院に入院患者を受け入れてもらい、三階全てのフロアをセフィーナの為に開けるように、という要望と言うよりは命令を受け入れていた。

 三階は警備の兵達や看病を申し出たデオドラート皇妃が詰め、二階や一階、そして病院周辺にも警備兵が立つ物々しさの中、今や全帝国どころか全大陸から、その容態が様々な意味で注目される少女は、事件発生から四日が経っても意識を失ったままで危険な状態のままであった。



 その深夜。

 各所の警備は三交代制で行われていたが、セフィーナのいる病室の隅、椅子を置いたダークグレーの髪と瞳を持つ少女は誰とも交替していない。

 メイヤ・メスナー厳しい表情を変えず、短い入浴とトイレ以外はそこを動かなかった。

 四日の間、病室にはデオドラート皇妃や治療に当たっているヘンゲル医師や看護師などが訪れているが、誰もメイヤが睡眠をしている所や食事をしているのを見ていなかった。 


「メイヤちゃん……」

「皇妃様……どうかされましたか?」


 ランタンの灯り一つの薄暗い病室に、夜中にやって来たのは、小さな椀が乗ったトレイを持つデオドラート。

 意外な来訪にメイヤはすぐに立ち上がり、敬礼をする。


「楽にしてて、メイヤちゃん、あなたのお夜食を持ってきたわよ」

「えっ?」

「お腹すいたでしょ? 調理室を借りたの、韮の塩粥だけど、お夜食には良いわ」

「それは……」


 メイヤは躊躇する。

 メイヤもデオドラートは知らぬ仲ではない、だがそれはセフィーナを通しての事であり、皇族同士のセフィーナとは違う付き合い方があるのが当然だ。


「良いから、貴女を四日もろくに飲まず食わずにさせてたら、セフィーナちゃんに私の方が叱られるわ」

「セフィーナに……」

「セフィーナちゃんは平気だから……強い娘だから、こんな事では負けないから」

「デオドラート様」


 頷くデオドラート。

 ランタンの灯りに照らされる彼女の優しげな顔に、


「頂きます」


 メイヤは韮粥の乗ったトレイを受けとり、椅子に座ると膝の上に乗せ、椀の蓋を開ける。

 部屋に漂う食欲を誘う韮の匂い。

 まったく何も食べなかった訳ではないが、セフィーナの事と自分の不覚を想うと、ほとんど食欲が沸かなかったメイヤだったが、その匂いに久し振りに食欲が刺激された。

 陶器のスプーンを手に取り、小さく切られた韮と粥をすくい上げ、口に運ぼうとした時……



「いい香りだな……」



 小さな声だった。

 だがメイヤにはそれで十分だった。

 一番、聞きたかった声だ。

 聞き逃すつもりは無かった。


「セフィーナちゃん!?」


 口元に手を当て歓喜するデオドラート。

 メイヤはトレイを手に立ち上がると、ベッドに寝ているセフィーナの枕元に立つ。


「……あ~ん」


 いつもの抑揚のない声。

 立ったままで、左手で持ったトレイの上の椀から、右手のスプーンでほんの少しだけ韮粥をすくって、セフィーナの薄い唇の前に差し出す。


「ん……」


 唇が申し訳程度に開いて韮粥を含む。

 動いている、動いてくれている。

 それを確認したメイヤの瞳から、何筋かの涙が勢いよく溢れ出してくる。


「セフィーナ、わたし……わたし」

「……ありがとう、助かった」

 

 涙声に変わる親友の言葉を、セフィーナは弱々しくも、感謝の言葉で遮った。 



続く


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