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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第二章「悩める英雄姫」
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第二十三話「ネーベルシュタット事件 ー暗殺計画ー」

 いかに敵軍の将だからと言っても、十七歳の少女を暗殺するのは、気が咎める。

 それが偽らざる気持ちだ。


「リンデマン!」


 アリスは強くテーブルを叩く。

 料理はまだ前菜も来ていなかったが、テーブルに置かれたワイングラスから白ワインが溢れ、握り拳とテーブルクロスを濡らす。


「何をしている、テーブルクロスが濡れただろう?」

「あんたこそ、何をしているのよ!? 相手は十代の女子なの、そんな手段を我々がとったら、南部諸州連合の名折れもいい所よ!」


 眉をしかめるリンデマンに、テーブルから身を乗り出さんばかりに怒鳴るアリス。


「なら四十代の男子だったら、暗殺してもいいのかい?」

「そういう問題じゃない! 世論がそんな事は許さない、帝国国民だって南部諸州連合への恨みが出来てしまう、そうなれば将来の帝国地域の平定だって容易でなくなるわ」

「もちろん私が計画したなどど、喧伝して回りはしないし、将来の帝国地域の平定なんて、まるで予定の様に言うが、それだってセフィーナ・ゼライハ・アイオリアという相手を倒さなければ訪れはしない将来だ、それとも君が戦場でそれを成し遂げるかね?」

「……」



 まだ南部諸州連合軍人の二割にも満たない女子で、士官学校を首席で卒業し、全てが順風満帆とかいかないまでも、三十代で将官までに登り詰めたアリス・グリタニア少将である。

 当たり前に自分の能力にはある程度のプライドが存在する。

 だが比べられた相手は十七歳にして大功を立て、英雄姫とまで呼ばれ、南部諸州連合国民からは畏怖、帝国国民からは親愛と尊敬を集めるセフィーナ・ゼライハ・アイオリア。

 内輪であっても軽々しい返事は出来ない。

 返答は沈黙になってしまう。


「約束出来ないだろう? 単純な軍事作戦では簡単には勝てない上に、勝てても多大な犠牲を覚悟しないといけない相手だ」

「あなたでは勝てない訳? ゴッドハルト・リンデマンでは、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアに太刀打ちが出来ないと自ら認めるの?」

「いや、問題なく勝てるだろう、軍事行動に置ける引き出しは、私の方が遥かに多い筈だ」

「なら……」



 予想以上にリンデマンが普通に答えたので、やや拍子抜けしてしまうアリスだったが、


「しかし、まさか君ともあろう者が、軍事行動とは戦場で槍や剣を振るい、弓を放ち、大将同士が陣形の巧拙を競いあう事が全て、とは考えていないよな?」


 比喩された事に刺激を受けたのか、リンデマンの口調がやや鋭さを増す。


「軍事行動とは戦略、あらゆる戦場に繋がっていく事柄を指す、外交から編成、訓練育成、輜重輸送、情報解析、謀略、戦術作戦、戦術実働、戦後処理、その他と実に多岐に渡るのだ」

「そんな事は解っているわよ」



 相手に負けない鋭い口調でアリスは返すが、リンデマンはバカにしたように肩をすくめた。



「どうかな? 君は知ってはいるが、まだ解ってはいない、解っているのなら答えられる筈、つまる所、まとめて戦略とは結局は何だ?」

「最終的に勝つ為の段取り」



 アリスは即答した、リンデマンは回りくどく難しく言ったが、戦略とは最終的に国や組織が勝利を掴む為の段取り、と彼女は考える。 


「まぁ……特殊な例外を除けば、それでいいだろうな、戦略という段取りさえしっかりしていれば、現場での戦術作戦、戦術実働が多少まずくても十二分にそれは補える、だが戦略がまずいのを現場での戦術作戦、実働で補うのは非常に難しいのは歴史が証明してくれている、私が彼女に問題なく勝てるだろう、と言ったのは、そこまで含めての軍事行動の引き出しの多さが、私の方がアトバンテージがある、という意味なのは理解してもらえるか?」

「言いたい事がわかってきたわ」



 神妙にアリスはリンデマンを見返す、それから数秒の間を置いたのは、これから口にする言葉の言い方に少々の迷いが生じたからだが、結局はストレートに言う事にした。



「戦場に置ける、単純戦術ではゴッドハルト・リンデマンをしても、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアを打倒するのは容易ではない、しかし、あらゆる手段をも含めた戦略まで範囲を拡げての勝負ならば、犠牲を最小限にした勝利が得られると考えていると?」

「左様」



 正解を告げる返事は短かく、リンデマンは白ワインが入ったワイングラスを少し上げた。


「才能には満ち溢れている、決断力や理解力、知性も並外れているだろう……だが、そんな者でも時ばかりはどうにも出来ない」

「そういう事……」



 アリスは半分ほど溢れた自分のグラスに目を移す……ヴェロニカは言った。

 この白ワインは非常に良い出来だが、まだ若いと。

 時間を経て、熟成をさせないと、最高級のワインにはなれないと。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアが如何に並外れている軍事的才能を持っていようとも、戦略まで範囲を拡げての引き出しは、ゴッドハルト・リンデマンの方が遥かに多い。

 あらゆる軍事作戦に関わった経験値が違うのである。



「あんまり言いたくはないんだけど、私も若い兵にはこう言う時があるわ……アンタが産まれた時には、もう私は軍人だったのよ、って」 

「そういう事だ、お互い歳を取ったな」

「ブッ飛ばすわよ」



 薄笑いを浮かべるリンデマンに、半分ほど本気で答えると、アリスは椅子の背もたれに身を預けて考えてしまう。


「アリス少将、手をお拭きしましょう」


 一連の話が終わるのを待っていたのか、ヴェロニカがテーブルを叩いた際、白ワインが濡らしたアリスの手の甲をハンカチで拭く。


「ありがと……」


 礼を言いながらも、アリスは軽い衝撃を受けている。

 まさかリンデマンが……ゴッドハルト・リンデマンがここまで相手を認める事があるとは、と。

 勝てる。

 彼は英雄姫と呼ばれる相手に、そう堂々と断言してはいるし、それが虚言ではないと納得させる実績も上げているが……経験という差を持ち出さないと容易ではない、と表明してもいる。

 セフィーナという存在は、あのゴッドハルト・リンデマンをして、それほどまで言わしめる位に南部諸州連合に危険な相手なのだ。


「彼女は……南部諸州連合の存続の鍵を握る程に危険と考えているの?」

「もちろん、歴史を変える可能性がある」


 リンデマンは頷く。


「ならば、戦略という段取りの時点で、驚異度の高い相手を除外するというのは自然な結論には思えないのかい? セフィーナ姫が戦場にいると、いないとでは我々の損害は桁が変わる恐れもある、早急に手を打たねばならない」

「その手が暗殺なの?」

「相手の立場を考えれば、私と違って政治的な謀略で軍事から切り離すのは更に難しい、相手は皇族だ、小難しい手段が必要な政治的不利を演出しても、皇帝の鶴の一声で幾らでも復帰できてしまう……ならば存在自体を無くすのが最も簡単で有効と考える」

「……待って? 私と違って、って? あなたはもしかして前の一件は帝国からの政治的な謀略だったと考えてるの?」

「可能性は高い、私はそう睨んでいる」



 前の一件とは他ではない。

 ゴッドハルト・リンデマンを数年間、軍から切り離したスキャンダルの事だ。

 第五次ディアニア会戦で名を知らしめたリンデマンに起きた、奴隷売買をしたという記事から起きたネガティブキャンペーンである。


「まさか……」

「まぁいい、過ぎた事だ、話が逸れた」


 それ以上の話をリンデマンが避けたのは、その件で当時のヴェロニカが主人に迷惑をかけた事で、どうしようもない立場であったにも関わらず、深く傷ついたからかもしれない。

 顔色一つ変えずに主人の後ろに控えてはいるが、アリスとしても、ヴェロニカのいる前であまり口にはしたくない話題だ。


「とにかく、相手は政治的な謀略が通用しにくい皇族、戦場での戦いには犠牲が大きくなる危険性が高い、そして……放置しておけば、将来的には南部諸州連合の存続すら危うくする相手だと言うのね」


 話を戻すと、大きく息を吐き、アリスは大して高くもない天井を見上げる。

 リンデマンは何も答えなかった。

 ここまでの問答で答えはイエスと解る。

 もしかしたら、数年後のセフィーナには比肩する戦略家は居なくなり、そして……セフィーナに、南部諸州連合は純軍事的に存在を抹消されてしまうかもしれないのだ。


「わかったわ……賛成もするし、協力もするわ、でも暗殺作戦をするなら、特殊工作部隊に協力を仰いで、更に実行部隊を選抜しないといけないし、任務が任務だからね、かなり上の人間に話を通さないと……」

「不要だ、特殊工作部隊には偵察員を帝国に送り込む手筈や偽装工作だけを頼みたい、と説明してくれ、実行部隊はこちらで手配する、あくまでも行動は偵察という行動が自己防衛を伴い、発展した事にする」



 首謀者はキッパリ答えた。

 仲間内にも、あくまでも偵察とすれば、裁可も協力も仰ぎやすい。

 しかし、真の目的は……である。

 

「リンデマン……あなた、実行部隊に頼める伝があるとでも言う訳? 無いからアタシに頼んだんじゃないの?」

「実行部隊なんて……大それた物が必要とは考えない、関わる人間は必要最低限なのが、こういう計画の条件だ……」

「どういう事よ!?」



 眉をしかめるアリスだったが……次の瞬間、身震いを覚え、硬直する。

 首筋に冷たい感触を覚えた。



「ナイフ……」

「そうですわ、お話が始まってから、すぐに少将のお後ろに付きましたが、お気づきになってくれなくて寂しかったですわ」



 答える高い声は少女の物。

 聞き覚えのない幼さだった。

 視線を横に向けると、ようやくナイフが視界に入ってくる。


「ヴェロニカ、ホントにさっきからいた?」

「ずっと居ましたよ……ミラージュ、ナイフを少将の首から離して、ご挨拶なさい」

「ええ、ヴェロニカお姉さま」



 アリスの問いに頷いたヴェロニカが口を開くと、ナイフが引っ込み、それを右手に持った少女がアリスの目の前に歩み出る。


「こ、子供じゃない!」


 驚くアリス。

 エメラルドグリーンの長い髪、同じ色をした丸い瞳、小さな唇。

 相当な美少女であるが、輪郭や鼻筋はやはり子供の丸みがある。

 ヴェロニカよりも年下、十三歳くらいにアリスには見えた。 

 沢山の花の飾りのついた白のワンピースに、ピンクの薄いカーディガン、赤い紐のブーツ。

 まるで良家のお嬢さんが避暑地にでもやって来た格好だ。


「ミラージュ・コンティネントと申します、今後とも宜しくお願いしますわ」


 ミラージュと名乗った美少女は、ナイフを持ったままの手で、品よくスカートの両端を上げ、アリスに頭を下げる。

 ヴェロニカがミラージュに並ぶ。

 こうなると、完全にメイドを伴った美少女お嬢様の避暑の図。


「私と彼女で、必ずやセフィーナ・ゼライハ・アイオリアの息の根を止めてみせますから、アリス少将、どうかご協力を」

「え? 私と彼女で? まさか……」


 表情を引きつらせるアリスに、


「はい、私も行きます」


 ヴェロニカは薄い笑みを浮かべ、頷いた。 


 

                    続く


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