第二十一話「バービンシャー動乱 ー Art of war ー」
電撃的急襲によってレイ少将率いるコーセットからの援軍を壊滅させたセフィーナ。
そのままコーセットに進んで城を奪回すれば補給線の確保も出来ると進言した幕僚もいたが、
「物資はまだ平気だし、コーセットは心配要らない、それよりもファンタルク荒地に我々に布陣されたバービンシャー候がどう出るかだ、これで戦局は決まる」
そう言うと、まだシアが戦うコモレビトにもコーセットにも向かわず、バービンシャー動乱の舞台のど真ん中に当たるファンタルク荒地に一万五千の軍を隠さず布陣させたのだ。
一見、強引にも見えるセフィーナの移動であったが、この作戦行動がバービンシャー反乱軍に強烈な楔となった。
この楔の標的は反乱軍の総司令たるバービンシャー候テセウス本人。
バービンシャー候領に一万五千の戦力を有していた彼は一万の兵力を率いて、救援要請のあったコモレビトに向かい、到着まで僅かの距離まで来ていたが、コーセットからの味方を壊滅させたセフィーナ本人率いる部隊がバービンシャー候領の目と鼻の先であるファンタルク荒地にまで来たという報告に耳を疑った。
「なんという素早い用兵なんだ、我々がもし、このままコモレビトに向かったら……」
「奴等は何の躊躇もなく、一万五千の兵をバービンシャーに進軍するでしょう、その狙いで無ければ長滞陣に向かないファンタルク荒地に相手が布陣する訳がないです」
主君の不安に幕僚が理由を付け足す。
五千の兵を残して守りは固めているが、コモレビトへの救援が手間取ったら……
もし守りの五千の兵の間に不測の事態が起きようものなら……
たとえコモレビトの味方を救援出来たとしても、本拠地に万が一があれば……
沸き上がる恐怖、それに対してテセウスは耐えようとしたが、彼の幕僚や行軍に同行した親戚達が耐えられなかった。
周囲からの戻らなければ自分達の軍だけでも勝手に戻る、という脅迫に近い退却の進言に分裂しての各個撃破の危険を感じたテセウスはコモレビトを目前にして、一万の軍勢をバービンシャー候領に引き返えさせてしまったのである。
この動きで各地の鄒勢が定まった。
援軍来ずと絶望したコモレビトの南で円陣を組んでいた反乱軍は、シアの部隊に三千まで兵力を削られた時点で降伏し、主力を撃破されコーセットに残された二千の反乱軍も、それに合わせるように捕らえていたコーセット領主オットーを解放し、彼を通じ降伏を申し出てきた。
これで反乱軍に制圧されたコモレビトとコーセットは解放され、残るはバービンシャー候の本拠地であるバービンシャー候領のみとなり、五万を越えていた軍勢もバービンシャー候領の一万五千と、エトナで膠着状態に陥っている一万のみとなってしまったのである。
この急速事態にバービンシャー候テセウスは進退極まってしまう。
コモレビトとコーセットが奪回された今、戦線が膠着しているエトナに兵力を張り付かせておく余裕はなく、遂にエトナからも撤退を決めざるおえなくなる。
これで連続籠城戦を強いられていたカーリアン騎士団と住民たちはようやく解放された。
「セフィーナ・ゼライハ・アイオリアは敵軍の意図を裏切る行軍を武器として、倍の兵力の反乱軍を撃破した」
はるか後、歴史小説家達はバービンシャー動乱の際における、このセフィーナの戦闘機動を戦争芸術とまで絶賛した。
残された所領バービンシャーに閉じ籠り、討伐軍に同する二万五千の兵力を持ったテセウスであったが、ここまで見事にしてやられた兵や親戚達には、もう英雄姫セフィーナ率いる討伐軍と戦う気力は無かった。
「テセウス程の決心が元々無かった私兵や親戚連中はもう終わったろう、後は時間が勝手に解決するよ」
解放されたヨヘンを労ったセフィーナがそう語った一週間後、バービンシャー候テセウスは就寝中に親戚達に捉えられ、降伏の申し出の使者と共に、エトナに駐留していたセフィーナの前に引き出されてきたのである。
あまりにも呆気ない反乱軍の終わりだった。
「討伐軍司令のセフィーナ・ゼライハ・アイオリア中将である」
「噂通りの美しい姫だな、私はバービンシャー国の指導長であるテセウスだ」
反乱軍の首魁として後ろ手を縛られ、エトナ城の謁見の間に膝まづかされた剃髪肌黒で細身の男は帝国から与えられた爵位を名乗らず、帝国皇女を睨む。
その瞳があまりに攻撃的であった為、膝掛けの付いた椅子に座る主人の傍らに控えていたメイヤが一歩前に出かかるが、セフィーナ自身がそれを手で止めて立ち上がった。
「貴公は理想の国を造ろうとしていたらしいが、理想の果てがこうなった、何か言うべき点があれば聞く」
「今も清廉潔白の正義の国を造る気持ちに変わりはない、惜しむらくは周囲の欲に溺れた者達を私が正義に指導できなかった事だ!」
セフィーナの問いにテセウスは叫ぶ。
彼の後ろには彼を捕らえて降伏を申し出てきた親戚達が衛兵達に取り囲まれている。
「ほぅ、貴公は自分の周囲の者を欲に溺れた者達だというのか?」
「そうだ、彼らは正義の戦いを欲で放棄してしまったのだ!」
テセウスの答えに彼らに視線を向けるセフィーナ。
誰もがこのような結果に思う所を抱き、男も女も暗い顔を並べていた。
「しかしだ、そなたの正義の指導とやらのせいで歴代続いたバービンシャー家は存亡すら怪しくなり、戦が巻き起こり、万を越える人間が死んだ、それにはどう答える?」
「私利私欲のない正義の実現の為である!」
「それこそが己の欲であろうに! そんな答えで貴様に引きずられた者達が納得するかっ!」
テセウスの叫びに対して、セフィーナの張り上げた高い声は気迫で負けなかった。
帝国皇女は明らかな怒気を隠さない。
「積み重ねの実績も経ない、道楽息子が何処で覚えてきたかしらんが、短兵急な思い付きに過ぎない正義とやらが世の中にいきなり通用してたまるかっ! 貴様のせいでバービンシャー候領で幸せに人生を過ごせる筈だった人間やその家族が幾万不幸になったと心得るか! その結果の責任を正義とやらに押し付けるような人間の指導など、皆が迷惑したに違いないっ!」
「……」
両膝をカーペットに着かされたテセウスは再びセフィーナを睨むが、歯を食い縛るばかりで言葉が出ない。
「正義の開明主義に目覚めたのならば、貴様の生まれついたバービンシャー候の立場など棄てて、裸一貫、己一人から帝国に挑むべきであっただろう!? 貴公は所詮、名前だけを変えてもバービンシャー候テセウスとして、貴族のバカ息子らしく人々を巻き込んで駄々を捏ねたのと、どう違うのだ? 自己満足に浸る敗者が偉そうに!」
「ぐっ……」
テセウスは何かを言い返そうとしたが、
「帝国に対する反逆罪、家臣や領民への扇動罪を以て、バービンシャー候テセウスはフェルノールに移送せよ、他の者は追って申しつけられるまでエトナにて収監だ」
もう聞きたくないとばかりにセフィーナは踵を返し、護衛の兵を引き連れて謁見の間を出ていくのだった。
帝国西部を巻き込んだバービンシャー候テセウスの反乱事件、バービンシャー動乱はこうして完全に幕を下ろす。
帝都フェルノールに送られたテセウスは即刻処刑され、彼を捕らえて降伏を申し出てきた親戚達は命は取られなかったが、財産は没収、一般市民にその身を落とされ、バービンシャー候領は帝国直轄地となった。
見事なまでの手腕で反乱を平定したセフィーナは、フェルノールまでの各地で喝采を浴び、英雄姫セフィーナの名前と評価は帝国どころか、ガイアヴァーナ大陸全土に響き渡ったのである。
続く




