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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第二十話「バービンシャー動乱 ー英雄姫出陣ー」

「閣下、アイオリアの軍勢が、アイオリアの軍勢が現れました! すぐ近く、すぐ近くですっ、郊外に駐屯している第二連隊は既に攻撃を受け、敗走してきております!」

「な、なにっ?」


 コモレビトを拠点とする反乱軍の指揮官マーベック少将は、部下達との作戦会議中にもたらされた慌てた緊急報告に驚愕の様子を隠す事が出来なかった。


「第二連隊は五千の軍勢だぞ、なんでそんなに早くやられてしまうのだ!?」

「それが……敵軍は二万を越えております、そんな敵に奇襲されては何も出来なかったと」

「バカな、それは敵の討伐軍の全軍ではないか!? それを我々にぶつけてきたのか、なぜここまで気づかないっ!?」

「敵軍は我々の更に北から迂回して現れました、偵察は敵軍の接近が予想された東やファンタルク荒地がある南は万全でしたが……」


 情報担当幕僚がうなだれる。

 セフィーナ率いる討伐軍が首都フェルノールから派遣されてきて、コーセットから更に東の中都市ヴァンセーヌに到着した所までの情報は得ていたが、そこから一気に北回りに迂回してコモレビトを直撃してきたのは捉えられなかった。

 あまりにも意外な動きだったからだ。


「そ、それになぜ我々の方に来るのだ! コモレビトが一番討伐軍の攻勢を受ける可能性が低いと、作戦会議でも言われていたではないかっ!」


 マーベック少将の焦りの恫喝に誰もが沈黙を返す。

 理論で答えられないし、何かをこじつけたとしてもセフィーナに奇襲された事実は一切変わらないのだ。

 


 コモレビト。

 ファンタルク荒地を中心に南北東西に位置する今回の戦いの拠点の中で北に位置する場所だ。

 初期にバービンシャー候の反乱を掴めずに奇襲によって陥落した比較的小規模な領地で城も統治の為の小城。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアが率いる討伐軍が組織された事に対して行われたバービンシャー軍の作戦会議。

 バービンシャー軍の各指揮官や参謀達の関心はセフィーナがまず何処から攻略にかかってくるかという事だった。  

 一気にバービンシャー領をとする者、東から順を追ってコーセットから、まずは籠城する味方を助ける為にエトナから、とそれぞれに参謀達が意見を主張したが、コモレビトはほぼ無視をされていたのである。

 根拠はあった。

 バービンシャー攻略は一挙事態解決、コーセット攻略は着実な補給線確保、エトナは仲間の救援と、各々に危険に見合うリターンがあるが、コモレビト攻略にはそれらがない。

 おそらくコモレビト攻略は後回し、下手をしたら残敵掃討程度の最後に回されるのではないかとまで思われていたのだ。


「とにかく……急いでバービンシャーとコーセットに援軍要請をしましょう、まさか北から敵軍が来るとは思いもよらず敵軍の接近は許しましたが負けたわけではありません、味方が来れば」

「そうだ、そうだな、早馬をバービンシャーとコーセットに十騎ずつ出すんだ、あとこのコモレビト城は小城で城壁も低い、軍は南の郊外出て急ぎ円陣を組む!」


 落ち込み狼狽えるマーベック少将であったが、幕僚達に力づけられるとどうにか平静を取り戻し、対応を指示した。





「コモレビトの北の郊外に駐屯していた五千ほどの部隊はほぼ撃破しました、敵軍はコモレビト城下を破棄して、残る軍をコモレビト南郊外に集結させて円陣を敷いています」

「思いの外、反乱軍の警戒が薄かったな、それを期待して迂回したとはいえ、こうも上手く行くと運もこちらにあったかな」


 コモレビトの北の郊外で反乱軍五千を奇襲によって圧倒したセフィーナはコモレビト城を望む丘でシアと馬を並べる。

 自軍は二万五千、コモレビトから撤退し、南の郊外に円陣を組む反乱軍はおよそ七千。

 相手が守りに徹しているとはいえ、兵力差は四対一に近く、討伐軍の優位は動かない。 


「いえ、運だけではありません、セフィーナ様は一番奇襲をかけやすい相手をきちんと選びました、まずは自らの地が戦略的重要度が低いと思い込み油断していて、次に奇襲の為に北から回りこむコースがコモレビトなら反乱軍の支配地域をほぼ避ける事が出来ますからね」

「ふふっ」


 シアが自分の作戦の狙いを正確に理解できている事にセフィーナは微笑む。

 あくまでもセフィーナの個人的な印象だが、参謀長につけるならヨヘンよりもシアの方が、よりバランス的には適しているように感じた。


「敵軍はおそらく、バービンシャーにもコーセットにも援軍要請をしている……それがつく前に一度、総攻撃を仕掛ける」

「わかりました、総攻撃の後は予定通りで宜しいですね?」

「ああ……敵軍が持つにしても、持たなかったにしても予定通りで行く、頼むぞシア」

「はい、早くヨヘンも助けたいですしね」

「……だな、それもそれほど先ではないさ」



 エトナで敵軍の包囲に苦戦する親友ヨヘンへの思いを口にしたシアにセフィーナは自信満々に勝利を断言した。

 

 


 翌日、マーベック少将の築いた円陣に対する討伐軍の攻撃は苛烈を極める。

 まるで巨大な矢が次々と降り注ぐように、鋒矢陣をとった数百ずつの集団が、各方向から円陣に襲いかかる。

 一群が撃退しても他の一群が、それを撃退してもまた次が、一度は撃退された一群も後方で立て直してまた突撃してくる。

 この間断ない攻勢に辟易したのはマーベック少将だけではない、円陣を組む反乱軍の将兵も味方の半数が潰滅し、決して士気の高くない中で一日中攻撃される緊張感に耐え抜いていた。

 反乱軍七千の兵は一日で六千まで磨り減らされた上、その夜に千名の脱走者を出してしまうが、マーベック少将は耐え抜けば援軍が駆けつけて形勢は逆転すると味方を必死に励まし続け、円陣の徹底固持を指示する。

 守りに徹していて仕方のない事だが、この時マーベック少将は敵を見誤っていた。

 彼らに苛烈な連続攻勢を仕掛けてきていたのはセフィーナではなかった。

 既に二万五千の討伐軍はシアの率いる一万とセフィーナ率いる一万五千に分派していて、シアの巧妙かつ正確な攻撃運動のせいでマーベック少将はまだ敵軍が二万以上の大軍で攻勢をしてきていると勘違いさせられていたのだ。 




 拠点で一番東寄りであったコーセットの反乱軍を率いるレイ少将は、一番始めに攻撃を受ける可能性があると一万二千の兵達を常に臨戦態勢に置いていた。

 その為に始めに攻撃をされたのがコーセットの北西の後方に位置するコモレビトであった事に驚きを隠せなかったが、対応は素早く、援軍要請を受けてすぐに二千の兵をコーセット城に残し、一万の兵をレイ少将自らが率いてコモレビトに向かう。

 コーセットからコモレビトへの行程は二日か二日半であり、援軍要請の使者からコモレビト城を破棄せざる得ない危機を聞いていたレイ少将はなるべく行軍を急がせていた。

 しかし行程の半分まできた夜、急行の脚を休め夜営をしていたカルファという国営牧場地で、セフィーナ率いる一万五千の軍勢に急襲を受けてしまうのである。

 セフィーナはレイ少将がこの状況ならば、一番早くコモレビトへ向かう直行のルートを通り、大休憩の夜営をカルファ牧場地でとるだろうと読んで待ち伏せていたのだ。


「敵はコモレビトではないのかっ!?」

「なぜ、こんなにまで大軍が!?」

「敵の別動隊かっ?」


 反乱軍は呆気なく崩れた。

 レイ少将と幕僚たちは訳もわからず、右往左往して牧場地を逃げ回る。

 元々が私兵集団だ、急襲に対する対応も的確な指示が無ければ逃げてしまうという手段をとる者が多く、夜明け前にはコーセットに退却した数百以外は討ち取られるか、捕虜になるか、逃げ去ってしまい、レイ少将は数十名の部下と牧場の大型牛舎にまで逃げ込み、周囲を囲まれてつつ、最後の抵抗を見せていた。


「火を放つ? 手っ取り早いよ」


 ダークグレーの肩にかかるくらいの髪の毛の少女、メイヤ軍曹が感情の乏しい口調でセフィーナに訊いてくる。

 生後数日からの幼馴染みだが、彼女は帝国皇女を護る使命を受けて生きており、反乱軍の将を捉えるよりもセフィーナにもしもの危害があるのを嫌う。


「いや、反乱軍が勝手に任命した少将の命など、ここにきて何の余地もないが、ここの牛舎の牛は巻き込まれた住民達にはとても大切だろ? 火を放って死なせたくはないな」

「じゃあ……待ってて、牛さんは殺さないようにするから、何があるかわからないから、セフィーナは入ってこないで」


 自らが白兵戦を望み、腰の剣を抜きかけるセフィーナを止めてから、メイヤは数十名の兵士を率いてアックスを片手に大牛舎に入っていき、十数分後……


「ただいま……牛さんは一頭も死んでないよ、コイツは死んだけどね」


 と、帝国軍の黒の軍服を真っ赤にしながら、右手に血塗られたアックス、左手に将官らしい男の上半身だけを引き摺りながら、セフィーナの前に帰ってきた。

 レイ少将なのだろう。


「ご苦労だった……ただ」

「ただ?」


 労いの言葉に、但しをつけようとしたセフィーナに首を傾げてくるメイヤ。


「幼馴染みなんだからな、私を庇うあまりお前ばかり危ない場所に行かせるのは、私の良心が咎めてしまうからな、次からは私も一緒にいく」

「いいよ……でも」

「でも?」

「その時はセフィーナは私の背中の後ろに隠れてるんだよ、生意気は格闘訓練で勝ってからね」

「……ううっ」


 帝国軍の中将にして、帝国皇女が、お付きの護衛の少女相手に、ここまで言われてしまう姿に周囲の幕僚はやや失笑を禁じ得なかったが、この見事なまでの勝利にもうセフィーナの指揮能力を疑う者はこの場には皆無であった。




                    続く

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