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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第二話「英雄姫参上・中編」

「帝国は軍隊をもってしても実戦経験や勤務年数よりも家柄や爵位が優先すると聞くが」

「これは素人だな」


 アレクセイ、エルヴィン両中将は帝国軍が改修したという砦の周囲を馬で廻りながら、共通した認識に苦笑し合う。

 南部諸州連合軍約五万。

 五千は南下してくるであろうアイオリア軍四万の早期察知と備えとして北に配置。

 残る四万五千の軍勢で砦を完全に包囲する。

 ヴァルダ平原の長年放置されていた砦だったが、二日の改修が上手くいった様子で、両中将は外観から見えるような欠陥は見つけられなかったが、問題は砦外周の備えにあった。

 堀は出鱈目にそこらに掘られ、大軍の侵入を妨げる逆茂木や柵の配置も全く理にかなっていなかったのだ。

 その様子はまるで、とにかく対戦相手に近づかれたくなく、何の考えもなしに剣を振りまくる若い剣闘士にも見えた。


「この程度の相手だったら、あの策は不要だったかな?」


 エルヴィンが笑みを浮かべる。

 ハッファ山地から出てくる時、エルヴィンは策を打った。

 確実にセフィーナの部隊を倒す為、側近の部下達を使い、連合軍兵士達の間に帝国皇女セフィーナは沢山の世話役の美しい侍女を連れており、皇室の財宝を戦場にも持ってきているという噂を流し、攻城戦に赴く兵士達の士気を高めていたのだ。


「両閣下、砦正面の櫓に、相手の司令官セフィーナ・ゼライハ・アイオリアが現れたと兵士たちが騒いでおります!」


 副官が報告に捕まえる前にお姫様の顔を拝むか、と両中将は馬の手綱を返した。 





「な······」


 アイオリアの一族を直接肉眼で見るのはアレクセイ中将も初めてだった。

 もちろん連合軍兵士達もそうだろう。

 皆が驚いていた。

 銀髪の少女セフィーナの予想以上の美しさ。

 そして、戦場だというのにティアラをつけ、紺色のドレスに身を包んだ常識はずれの格好を。


「そなたが連合軍の司令か、名を名乗れ! 私の事は知らぬとは言わさんぞ!?」


 数十騎の護衛と共に砦を見上げるまで近づいた馬上のアレクセイ中将に、砦の楼閣からセフィーナはヒステリックに近い声で怒鳴り散らす。

 彼女の周囲には護衛の兵士達や幕僚がいて、砦にはおびただしいアイオリア帝国軍の軍旗が立てられていた。

 その中に混じる両翼を広げた黄金鷹の旗は、アイオリア直系の皇族のみが掲げる事を許される物だ。


「馬上より失礼いたす、アイオリアの皇女殿下よ、私は南部諸州連合軍第四師団長のアレクセイ・アーヴ中将です、挨拶も程々で不躾ですが、これから五万の勇敢なる南部軍兵士をもって殿下の籠られるこの砦に攻撃をかけるつもりです、願わくは勝ち味のない戦いを避け、降伏していただければ我々は殿下を悪いようにはいたしません!」


 丁重で儀礼的な降伏勧告。

 よもや受けるとはアレクセイ中将も思ってはいないが、セフィーナの顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。


「黙れ下郎! そなたのような賎しい身分の者が私にまみえただけでも幸運だと言うのに降伏勧告だと!? 恥を知れ、恥を! 少し数が多いくらいで調子に乗るな! 射れっ、射れっ! あやつを射てしまえぇ!」


 甲高い声で喚き散らすセフィーナ。

 瞬時にヒステリックにスイッチが入ったようだ。

 本当に弓隊に射られるのでは、とアレクセイの護衛は緊張するが、アレクセイは動じず後方に控える味方の部隊を指差す。


「殿下、兄上方が助けに来られるまで、あとタップリ二日はあります、それまでこれだけの軍勢を支える自信がおありか?」

「二日だと······バカを言うな! 明日には兄上達がそなたらを懲らしめに駆けつける! それまで八千の兵と、この砦が私を貴様ら、下郎の手から護ってくれるのだ!」

「明日? どの家臣から吹き込まれたかは判りませぬが、明日になど絶対に援軍は来ません、来ても明後日の昼過ぎがやっとでしょうな!」

「な、なんだとぉ」


 アレクセイの堂々の大声に一瞬、気圧された帝国皇女は唇を噛み、周囲の女官や参謀達に何かを問い質す。

 慌て出す参謀と女官。

 何を話しているかまでは聞こえないが、ワガママ姫の恫喝に周囲がもたついているのが観て分かり、アレクセイがため息をつくと、彼の幕僚達もヤレヤレといった風に首を振った。


「では攻撃はすぐに行います! セフィーナ殿下に御武運を! せっかくの綺麗なドレスを赤く染めぬように!」

「ああっ、こらっ、待て! 待たぬかっ! 数に頼るなど卑怯者だ、卑怯者、卑怯者!」


 もう時間の無駄だ。

 馬を返すアレクセイは背中に聞こえてくる帝国皇女の罵声を聞き流し、その表情を見てやりたい欲求を抑えながら坦々と自軍に引き上げるのであった。




        ***



「見たかメイヤ、名演技だ、相当なバカ姫に見えたであろ? きっと私には戦術などないと舐めきって力任せの総攻撃を仕掛けてくるに違いないぞ、私の鎧を早く! 早くしろ! あいつら焦っている、すぐに攻めてくる、着替える間が惜しい!」


 砦の櫓からの階段を素早く降りると、セフィーナは頭の上のティアラを床に無造作に投げ捨て、ドレスを乱暴に脱ぎ出す。

 下には鎧の下に着る黒地のインナーをつけてはいたが、露になる帝国皇女の身体の曲線に、周囲の参謀はよそよそしく目線を外した。


「うん、スゴいバカに見えたよ、いかにも皇族の我が儘姫だった、名演技だよ」


 メイヤは抑揚の無い口調で答え、セフィーナのドレスを受け取り、床のティアラも素早く拾って編み籠に放り込み、軽装鎧の装着を手伝う。


「であろ? 私は役者が目指せるな!」

「調子にのんな~」


 上機嫌のセフィーナにメイヤは特徴の抑揚の無い口調で笑顔で返答する。

 皇族のセフィーナに対しての対等な口調は、彼女達が産まれて数ヵ月してから一緒の幼馴染みであるからだ。

 着る相手のセフィーナとも息のあった慣れた手つきで軽装とはいえ、普通は早くても一分はかかってしまう手甲から足甲、ブーツまでの装備をあっという間に終えてしまう。

 

「いかにもって、私は実際に皇族の我が儘姫だからな、演技するまでもない! だがバカというのは演技だったという事にしたいものだ、時間はないが、これから部下達を鼓舞する!」


 完全に包囲した。

 だが一つの街の人口にも匹敵する五万の軍勢が攻撃に移るまでは間がある、セフィーナは砦内部をメイヤと参謀達を引き連れながら兵士達に声をかけた。


「さぁ! 頼むぞ、こちらには味方もいるし、策もある! 負けはしないから全力で功を立てよ」

「震えてるぞ、たとえ死ぬとしても震えながら死ぬなど嫌だろ? 胸を張って戦友たちと闘うんだ」  

「闘いの責任は私にある、そなた達が戦で功を立てられないとしたら私のせいだが心配するな! 今日は家族や友人達に自慢できるような功績を立てさせてやるからな!」


 セフィーナは力強い激励を城の各配置場所で繰り返す。

 不安の顔をしていた一部の兵士達の顔色も、勇気百倍とはいかないが、銀髪の美少女の激励に少しはマシになっていく。


「北側、来ました」

「東側、こちらからも!」

「南、こっちもです!」


 暫くもしない後。

 砦の各部署から悲鳴にも似た各方向からの報告が飛び交う。

 明らかな全面攻撃だ。


「南側正面、いくぞっ!」


 セフィーナは階段を駆け上がる。

 南側の櫓に立ち、見下ろすと南部諸州連合軍の黒い雪崩にも見える軍勢が迫っていた。


「よし、作戦開始だな、幕僚たちは各方向の戦況報告を怠るなよ!」


 櫓の縁に手をかけて、グッと唇を引き締める帝国皇女セフィーナ。

 策は動き始めた。

 後は力だ。

 戦争とは全ての力のぶつかり合い。

 経済、地理、人事、教育、外交、政治……書いていけば切りがないくらいの力の比べ合い。

 天運すら、その要素の一つの力のうちだ。

 

「負けない······いや、負けられない」


 セフィーナは切れ長の瞳で戦うべき軍勢の向こう側の空を睨んだ。



続く       

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