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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第七章「逆襲の英雄姫」
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第百九十六話「希望と絶望」

 敗走。

 攻勢作戦で相手を突き崩せないという事態は想定していたが、まさか逆に攻勢に出られて多大な損害を受けるとは予想外の事であった。

 損害はまだ詳しく判明していないが、明確な敗戦であるのは明らか。

 しかし、そんな敗走の中にも最低限の秩序が保たれているのは普段からの練度の高さとリンデマンの統率が行き届いてるからであろう。


「······」


 敗走の将の口は重い。

 必要な命令は下すが戦勝時のような余計な程の饒舌さは鳴りを潜め、その表情には影が差す。

 愛馬に同乗しているメイド服の美少女もそんな打ちのめされた主人を見るのは初めてであり、普段はほぼ強い感情を出さずに何事も奉仕してきた彼女をもってしても何を主人にすれば良いかも判らず、ただ頭を垂れて敗走に同行していた。


「ご主人様、各部隊からの······報告もあります、取りまとめて来ますので一度降ります」

「そうだな······頼む」

「はい」


 ヴェロニカの申し出に静かにリンデマンは頷く。

 上がってくるのは戦果報告よりも遥かに多い被害報告なのは間違いない、敢えてそれを言わずにヴェロニカはリンデマンの馬から彼女は降りた。

 周囲の兵士の大半は徒歩での撤退行であり、その中で早足で歩きながらヴェロニカは各部隊からの伝令などからの報告を情報参謀と共に受けていく。

 行軍中では状況把握も難しいのだが、それらを重複などをしないように素早く精査し、なるべく正確にリンデマンに届けなければならない。


「ここまでで届いている報告は以上ですね?」

「はい、おそらくはほぼ全部隊からの報告が上がっているので確定と言ってもよいかと、走り書きで申し訳ありませんがメモに各部隊の残存兵力の推定が書いてあります」

「ご苦労様です」


 並んで歩いていた若い情報担当将校からメモを差し出されるヴェロニカ。

 それを右手で受け取ろうと手を伸ばしたのだが、メモは義手の動かぬ指の間をスルリと抜け地面に落ちた。

 若手将校の顔色が青くなる。


「あっ、これは申し訳ありません!」

「いえ、私がいけないんです、気にならさないでください、まだ何かと右手を使おうとしてしまうんです」


 ヴェロニカは首を振って脚を止め、地面に落ちたメモを右手ではなく左手を伸ばして拾った。




 集計された被害報告を取りまとめると、リンデマンの第十六師団は戦力の約四割、麾下の第十四師団も一割五分割の戦力を失っていた事が判明する。

 三万五千の兵力がたった一会戦で残存兵力二万を大きく割り込むという大損害。

 これは兵力数半数の一個師団相手の戦いであり、惨敗の謗りは免れない結果。


「······そうか」


 後方を警戒しつつの小休止の際、ヴェロニカの報告を受けたリンデマンは静かに頷く。

 態度に大きな変化がみられないのは、おそらく見た目の現状からそれくらいの被害結果を予想できていたからであろうか。

 周囲の幕僚団の空気も明らかに重かった。

 そんな中で駆け込んできた一騎の伝令によってもたらされた報告が司令部の空気を僅かに和ませる。

 補給線維持の為に後方に下がらせていたシア・バイエルライン率いる一万の援軍が補給線を攻撃していた帝国軍を撃破し、更に近くまで来ているという報であった。


「流石はシア中将、セルウィークまではまだ遠いのにここまで出張ってくれたのか」

「後方の帝国軍も討ち果たしてのこの行動、素早い」


 亡命の高級将官だけに何かと逆風に晒されている彼女であっても窮地の援軍となれば文句の言いようもない。

 援軍の予想以上の早い来訪に第一軍司令部は安堵の声も上がるが、その僅か数分後には真逆の情報も伝えられた。


「合流した帝国軍がこちらに追撃を差し向けてきた模様、マリア・リン・マリナ率いる親衛遊撃軍第四師団、兵力はおよそ一万五千と思われます!」


 どちらかと言えばシアの早期援軍が僥倖であり、マリア・リン・マリナの来襲は予期できる事態で当然の事だ。


「大将閣下、我々もシア中将と合流して態勢を建て直しつつ、帝国軍を迎撃しますか? それならば兵力的には倍に近く余裕をもって当たれると」

「······」


 参謀の一人の進言にリンデマンは数秒の思案をしたが······首を横に振った。


「いや、援軍のシア中将の部隊は敗走軍の我々とは違う、合流をしてしまえば下手をすれば我々が脚を引っ張るかたちになる、ここはシア中将にはマリア・リン・マリナを食い止めてもらい、我々はセルウィークに急ぎ再編成を済ませるべきだ、皮算用だがセルウィークで敗走兵を集め再編成をすれば、第一軍の総兵力はまだ四万を越えるだろう、そうすればまだ親衛遊撃軍の南下を食い止められる可能性がかなり残る」


 リンデマンの言葉に参謀達も特に反論しない。

 合流というのは聞こえは良いが、半個師団であるがここで新規戦力であるシアの第五師団を敗走軍の中に埋没されてしまう行為であり、援軍の意味を為さなくなる危険がある。

 リンデマン率いる本隊も敗走軍の状態をどこかで再編成して立ち直らなければならない。

 補給根拠地であるセルウィークならば蓄積された物資を使ってそれが可能であり、各地に散った敗残兵も集まりやすく、二万を割ったリンデマン率いる二個師団も二万強くらいまでに回復するかもしれない。

 それにシアの第五師団を合わせれば、リンデマンの言う通り四万の兵力であり、三個師団約五万程と思われる親衛遊撃軍とまだ勝負が出来るのである。

 それからならば、もう侵攻作戦の再開は無理でも帝国軍の逆襲を防ぎつつ撤退、損害は大きくとも一方面の侵攻失敗に状況を留められる。

 これがもし親衛遊撃軍がほぼ三個師団健在なまま、このまま一方的に連合軍第一軍だけが壊滅ともなれば······もう一方面の敗北では済まなくなるのだ。




「閣下、マリア・リン・マリナという将はおそらくヨヘン・ハルパー程には戦達者ではありますまい、しかし報告によると相手は一万五千、シア中将はセルウィークにも守備兵を残しての一万での来援です、それでも防ぎ戦に留めるならばシア中将ならば不覚はとりませんでしょうが、こちらからも幾らかの増援を出してはいかがでしょうか?」


 若手参謀の一人が進言すると、


「そうだな、このままの戦力差でも不覚はとらないがそうすべきだな、敵を防いでくれと言いつつ何も支援しない訳にもいくまい、我々の中でも疲労の少ない部隊を選んで合流させることにしよう」


 リンデマンはそれを受け入れ、他の参謀に編成を命じて、シアへの援軍三千を選ぶ。



 小休止を終え、再び始まる撤退行。

 来援も追手も知らされた兵士達が歩みを速めている様子が見て判る。

 再びリンデマンの愛馬に同乗したヴェロニカは主人に問われてもいないというのに、


「ご主人様、シア様ならば敵軍を引き留めてくださいます、きっと大丈夫です」


 と、告げた。



続く

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