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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第七章「逆襲の英雄姫」
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第百九十五話「追撃 ―最終決戦⑤―」

 ステラアリッサムの戦場に着いたクルサードは怪訝な表情で戦場を見渡す。


「俺達が来るまでもなく勝ってやがるじゃねぇかよ!? こりゃ一体どういうことだ!?」

「ですねぇ、連合軍が撤退をはじめてますぅ、流石は姫様ですねぇ、一体どんな魔法を使ったやら」


 マリア・リン・マリナもクルサードに馬を並べて笑顔で首を傾げて見せた。

 連合軍はアルトゥラから真っ直ぐ北上してきた二人の師団を避けるように東側に迂回して南下を始めているが、二個師団強という戦力はかなり目減りして見えた。

 対してステラアリッサムに残る味方のセフィーナ師団はおそらく一万をかなり越えた戦力を維持して見える、その上戦場を維持しているのだから間違いなく勝ち戦だ。


「どうしますぅ? 一度姫様と合流します? それともこのまま逃げる連合軍を追撃しますか?」

「そうだなぁ······」


 マリアに確認されたクルサードはその首を見事に隠した二重顎に手を当てた。

 常識で言うなら退却する連合軍を追撃して損害を与えたい気持ちはあるが、両師団もアルトゥラで編成中の敵への奇襲であったにせよ一戦交え、更にセフィーナ師団を救援する為にステラアリッサムに舞い戻ってきたという強行軍。

 もちろん戦うつもりでこの戦場にやってきたのだが、ここまでの移動、更に逃げる敵を追撃するとなれば兵士達の疲労は計り知れない物になるだろう。

 もし連合軍にまだ反撃能力が残っていたら、疲労から手痛い逆襲を喰らうかも知れない。


「そうだなぁ······ここは余計な時間を使うかも知れねぇけど、姫様に合流してから判断してもらうか、こっちの兵士達も相当に疲れてるぜ」

「ですねぇ、ここで味方が苦戦していたら戦うしかありませんですけど、疲労している時に無理に戦うのも気が引けますしね、そうしましょう」


 クルサードの判断に賛成するマリアであったが、合流を伝える使者をセフィーナ師団に送りだそうとした時、セフィーナ師団から六百ほどの騎馬隊がやって来て、二人の師団に合流してきたのである。


「クルサード、マリア・リン! 良く来てくれた!」


 騎馬隊を率いていたのは誰でもないセフィーナであった、護衛隊の少女達も二人で一頭の馬に跨がったりしてセフィーナに続いている。

 セフィーナはクルサードとマリアと轡を並べた。


「姫様、敵を退けた様ですね? 流石でさぁ、まさか勝ってるとはなぁ」


 お世辞ではなく感心するクルサード。

 セフィーナはコクリと頷く。


「ああ、かなりの損害を与えて退けた、でもこちらも相当な疲労と消耗だ、そちらはどうだ?」

「戦力の消耗は大したことはありません、アルトゥラでは編成中の敵軍にはほぼ奇襲が出来ましたからぁ、でもアルトゥラへの迂回奇襲攻撃からのこちらへの急行で兵達の疲労は限界に近いですよぉ」

「そうだな······」


 セフィーナは口を隠すように手を当て、クルサードとマリアの両師団の兵士達に振り返る。

 付き従う兵士達。

 撤退していく連合軍を注視している者、隣の者達と上官に注意されないように小声で話す者、瞳を閉じて直立している者と様々である。

 一見では疲労している軍隊とは解らないが、良く観察すれば個々の兵士の顔には疲労が観て取れた。


「敵軍を追い返したのでもちろん士気は上がっているんだが私の師団にも問題があってな、始めに追撃に出した先鋒隊をリンデマンにほぼ全滅させられてラドチェンコを死なせてしまった上、騎馬がかなり少ないんだ、追撃に使える騎馬をかき集めてはみたんだが」

「なるほどねぇ······こりゃ贅沢は言わんで一旦こちらも休んでから騎馬部隊を編成しての追撃となりますかな?」


 会戦の始めに追撃に出したラドチェンコ少将の先鋒隊をリンデマンの逆劇で失った事を白状し、罰の悪そうに俯くセフィーナにクルサードは仕方がないとばかりに息を吐く。

 歩兵同士の移動力では逃げる相手に追いつかない為、騎馬中心の追撃部隊を追いつかせて逃げる敵軍の足を止め、後続の歩兵中心の主力を追いつかせて本格的な掃討に移るのが常套手段であるが、セフィーナ師団はラドチェンコ少将の騎馬隊を失った為にその機動力が不足しているのだ。


「そうだな、一旦は合流して戦力の再編成をして休息、改めて騎馬隊を編成して追撃をかけるか」


 クルサードの案が手堅い。

 ほぼ完全な形で撃退に成功したとはいえ相手はリンデマン。

 会戦の前、三万強を越えていた戦力に相当な損害を与え、こちらの見立てでは相手は二万を数える程になっているが、まだ組織的な抵抗能力を失った訳ではない、こちらが来援を得て三個師団となっても油断は出来ない。

 明日になってから騎馬隊中心の部隊を編成し直して、それを先鋒に全軍追撃を開始する。

 それからでも十二分に間に合う可能性はある。


「そうだな、一旦、合流して······」


 ここまでだな。

 判断がついた。

 そうセフィーナは顔を上げ、次の指示を出そうとしたが、


「待ってくださぁい!」


 それを止めたのはマリア・リン・マリナであった。


「ここは追撃をすぐにすべきですぅ」

「マリア!? お前さっき兵達の疲労は限界に近いと言ったじゃないか!」


 意外な進言。

 驚いたセフィーナが口を尖らせると、マリアは首を縦に振る。


「確かにそうは言いましたが、追撃をすべきではないとは一言も言ってませぇん、我々の現状も中々に苦しいですが撤退中に更に負け戦をした相手は更に苦しいに違いありません、ここは多少の無理をしても徹底的に相手を叩くべきですぅ」

「おいおい······今日はここまで勝てればいいんじゃねぇのかよ!?」


 マリアの強行策に眉をしかめるクルサード。

 しかし、マリアはクルサードではなく、セフィーナに向かって進言を続ける。


「ゴットハルト・リンデマン相手にここまで大勝を獲る機会はまた在りますか? また勝てる保証はありますか? 事態収拾能力の高いゴットハルト・リンデマンです、アルトゥラ周辺の敗残兵を上手く収容し、更にシア・バイエルラインとの合流を果たせば我々三個師団に迫る、いや上回る戦力に回復する可能性もあります、有り得ませんか? 彼ならこなすかも知れないと姫様は思いませんか?」

「······それは」


 そばかす顔に眼鏡という一見は帝国の大貴族というよりは田舎大学に通う女子学生がお似合いのマリア・リン・マリナからの問い。

 その眼鏡の奥の瞳にセフィーナは答えに窮した。

 これまでリンデマンの敗戦を知らないので、その事態収拾の能力については予想の域を出ないが、セフィーナの推測としては下手とは到底思えない、おそらく計算や事務処理能力においても優秀であるだろう。


「確かに明日でも追撃は成功するかもしれません、でも明日では成功しないかも知れないんですよ!?」


 ごくごく当然の論理。

 リンデマンに完勝する最大の機会。

 それは言われずともわかっているが、一連の勝利に焦らずに冷静に対処する事も必要だ。

 

「しかし······」


 躊躇しかけるセフィーナを捉えるマリアの瞳。

 どこか罰の悪そうに顔を背けるセフィーナだったが、更にマリアはセフィーナの前に笑顔で回り込んでくる。


「きっと勝てますよぉ」

「確信もないくせに······」

「そうですぅ、だいたい提言をする場合の臣下は全てを見透したかのように言う物なのですよ? だって最終責任をとらされる事はないのですからね?」

「······ったく!」


 微笑むマリア・リン・マリナを睨み付けてから腰に手を当て、暫し空を見上げるセフィーナ。

 数秒の思案の後······よし、と右手で自分の腿を叩く。


「わかった、追撃しよう······しかし私の師団もどうにか参加させるが先鋒は出来ないぞ?」

「げっ! マジかよぉ······」


 意を決したセフィーナにクルサードは参ったとばかりに頭に手を当てるが、


「了解しましたぁ、言い出したのは私ですから、私が先鋒を務めさせて頂きますぅ」


 と、マリア・リン・マリナは微笑んだまま、追撃の先手を引き受けたのだった。



続く

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