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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第七章「逆襲の英雄姫」
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第百九十三話「決着 ―最終決戦③―」

 戦場の後方アルトゥラにて再編成を企図していた第三師団と第九師団の壊滅。

 味方二個師団を壊滅させた帝国軍が再びステラアリッサムを目指して北上。

 衝撃の報に連合軍第一軍司令部は凍りつく。

 第三師団と第九師団を反撃の有力な駒として後方での再編成を企図した筈がその再編成という脆弱な時間を迂回攻撃で見事に突かれてしまったのだ。


「奴らは第九師団の撤退を見て、すぐにアルトゥラに向けての二個師団を迂回させたというのか!?」

「バカな、有り得ない! いくら二個師団を撃破したとはいえ、まだ目の前に二個師団半の戦力を持つ我々がいるのに、三個師団から二個師団を迂回に回すなど考えられない、このステラアリッサムで戦力的に圧倒的に不利になるんだぞ!」

「しかし、そうでもしなければこれだけ早くアルトゥラを襲うなど出来ないぞ?」


 数十秒の議論を交わした後、司令部に沈黙が訪れる。

 ここにいる大多数がある結論に達したからだ。

 作戦図が置かれた長机に振り下ろされる拳。


「私の対応策を完全に読まれた······アルトゥラで反撃の準備の再編成をすることから······更にその間はこちらでは防御に徹する事も!」


 震える強く噛まれた唇と拳。

 ゴットハルト・リンデマンは呻き声に近い声でその結論を自ら口にして、長机に上半身を倒れ込ませていた。

 その表情は今まで見たこともない屈辱に必死に耐えるそれであった。

 孤高の天才戦略家の名を欲しいままにしたゴットハルト・リンデマンが帝国の産んだ奇跡の英雄姫セフィーナ・アイオリアの掌の上でもがいていた。

 しかし、誰も彼を責める者はいない。

 セフィーナ・アイオリアの軍事的才能を前に誰がここまでのリンデマン以上の戦いが出来ようか?

 自分達に有効な進言も出来る筈もない、己の軍務すら放棄しかけた彼らだったが、若手参謀スルト少佐が手を上げた。

 

「リンデマン大将! 第三師団と第九師団が潰滅したとはいえ、我々はまだ二個師団半の戦力を有していますし、南にはシア中将がおられる筈です、第五師団と合流を果たせば我々は三個師団を越える戦力、立て直しは可能かと思われます、至急南に向けて撤退しましょう、もちろんクルサード師団とマリア・リン・マリナ師団が行手におりますが全力行軍で突破は出来ます!」


 少佐の意見に周囲の者達は、やや重い息を吐きながらも、それしかない、しょうがないだろう、という雰囲気を頷く。

 まだ戦力は拮抗している。

 グズグズしていたら南から迫るクルサード師団とマリア・リン・マリナ師団、北からのセフィーナ師団に包囲されてしまうのである。

 そうなれば連合軍第一軍自体が瓦解してしまう。

 スルト少佐の意見は敗戦の末の戦略的な大規模撤退であるが、この事態では妥当な物だと周囲の幕僚達は判断したのだ。


「南からの敵軍が迫るまでそうは時間はない筈です、急ぎましょう、リンデマン大将!」

「こうなれば素早い撤退を!」


 幕僚達の催促にゆっくりと顔を上げるリンデマン。

 色濃くなりつつある敗色に不安げな彼らをやや虚ろげな視線で見渡していたが、


「そうだな、この状況ではそれがまだ親衛遊撃軍と五分に戦える可能性のある手段だろうが······まだ······ここから勝利を得る手はある、危機の中からまたとない逆転の機会が生まれる、五分で良いと諦めた者には勝利は訪れないのだ」


 と、最後の力を振り絞るように長机に預けていた身体を立ち上がらせたのである。





 味方のクルサード師団とマリア・リン・マリナ師団のアルトゥラへの迂回攻撃の完全なる成功。

 それを受けての連合軍第一軍第十六師団と第十四師団のステラアリッサムからの撤退開始。

 その報告に沸き上がる親衛遊撃軍セフィーナ師団司令部。


「おそらく補給の重要拠点であり、シア・バイエルライン中将がいるセルウィークまで南下するだろう! これで敵軍の侵攻から失われた帝国領の相当を取り返せるぞ!」

「マリア師団とクルサード師団が更に敵軍の南下を阻止してくれれば理想的な挟撃も出来る!」


 歓喜の声を上げる幕僚達。

 メイヤを従えたセフィーナは彼等ほど表情は崩してはいないが成功したか、という安堵の顔を見せていた。


「セフィーナ様! 我々もリンデマンを追撃して撤退の背後を襲うべきです、そうなれば完全なる勝利です!」


 勝利に高揚した様子の若手幕僚がセフィーナに意見すると、周囲の者達もオオッと拳を握る。

 勝利からの追撃。

 まさに司令部の士気は天を突かんという勢いであったが、


「確かに、皆の言う通りなのだが······私はまだまだゴットハルト・リンデマンが勝利を諦めるとは思っていないのだ!」


 セフィーナは銀髪を右手で後ろに靡かせてから、整った唇をキュッと結んで、


「ラドチェンコ少将を至急呼ぶんだ! リンデマンにまだ勝ったなどと浮かれている場合ではないぞ!?」


 と、幕僚達に鋭い瞳を向けた。





 連合軍第一軍の主力兵力はアルトゥラで二個師団が撃破されてしまった事により、リンデマン率いる一個師団半とシェルヴァルト中将の一個師団の二個師団半までに減少していた。

 リンデマンが下した指令はセルウィークまでの撤退。

 ここに来て下士官や兵も自分達が不利な状況に追い込まれつつあるという不安が見え始めていたが······


「もしかしてリンデマンが負けるのかよ?」

「どうだろうな、何しろ相手はあの姫様だからな、リンデマンで敵わなければどうにもならんだろう?」

「東で戦ってる第二軍に助けてもらうのかね?」

「リンデマンならどうにかするだろうよ、案外にこの撤退も作戦の内かもしれんよ?」


 口々に色々な意見を言い合いながらも、兵士達に大規模な脱走や抵抗が出てこないのはリンデマンの指揮能力と実績への信頼が成せる物であり、連合軍第一軍はリンデマンの第十六師団を殿軍として南への撤退を開始する事となった。


「シェルヴァルト中将の第十四師団が出発した模様です」


 ヴェロニカからの報告に頷き、馬に跨がるリンデマン。

 第十六師団は先に第十四師団を行かせ、司令部を最後尾に置いているので後方には味方は一切いない。


「いくぞ!」


 司令部と周囲の兵士達に声をかけたリンデマンには先ほど幕舎で見せた敗北の屈辱に必死に耐えていたそれはなかった。




 撤退。

 軍隊が忌み嫌う作戦行動の一つ。

 大多数の軍がこの作戦行動に陥らないよう最大限の努力を欠かさない。

 何故なら、古今東西の戦死者の多くがこの際を狙った敵軍の追撃によって生まれる物であるからだ。

 特に今回の連合軍第一軍のそれは非常にタチが悪い。

 撤退しようとする南には既にアルトゥラへの迂回攻撃を成功させた親衛遊撃軍の二個師団が回り込み、逃げ道を塞ごうと北上してきているからだ。

 撤退を果たし、南のセルウィークに向かうには行く手のクルサード、マリア・リン・マリナ師団を突破し、更にセフィーナ師団の追撃を振り切らなくてはならない。

 連合軍第一軍がステラアリッサムからの完全撤退の体を見せてから直ぐに報告がリンデマンに届く。

 セフィーナ師団が先鋒に数千の騎馬を中心とした部隊を繰り出し、追撃に動き出したのだ。


「もちろん見逃さんだろうな」


 殿軍でリンデマンは唇を強く結ぶ。

 セフィーナ師団からの追撃の先鋒の任を受けた三千のラドチェンコ少将の騎馬部隊はその機動力を活かし、わずかな間に連合軍第一軍の背後を捉えたのである。



「て、帝国軍ですっ! もう追撃が来た!! セフィーナ・アイオリアは我々の行動を全て見透しているのかっ!?」


 恐怖の声を上げる幕僚達。

 馬蹄の響きと鬨の声を上げ、ラドチェンコ少将の帝国軍部隊は連合軍の殿部隊に斬り込んでくる。

 躊躇無用。

 追撃の先鋒の見本のような突撃であった。


「防げっ、隊列を乱さずに、防ぐんだっ!!」


 馬上のリンデマンが剣を抜いて叫ぶ。

 周囲の幕僚達も武器を手に必死に防ぐが、騎馬部隊の突撃の前に連合軍の殿は大きく崩れた。

 逃げる連合軍は追う帝国軍の獲物だ。


「よし! 暴れまくれっ!」


 ラドチェンコ少将は槍を手に愛馬を駆けさせる。

 周囲の連合軍兵士達を突き殺して轢き倒す。

 部隊は佐官クラスの高級指揮官すら数人討ち取り、更に連合軍の被害を増大させた。


「今までの撤退ばかりの鬱憤を晴らしてやれ!」


 帝国軍は完全にイニシアチブを取る。

 逃げ惑う連合軍兵士を討ち取り隊列を崩す。

 まさに圧倒していた。


「中央突破をするぞっ!!」


 ラドチェンコ少将は止めを刺す意を決する。 

 だが······その動きを彼は待っていた。

 今までない屈辱にまみれながら、負けながら、蹂躙されながらも待っていた。

 指揮系統の混乱が生じてしまうまでの劣勢に陥る寸前まで圧されつつも、そうはならない状態で耐えながらリンデマンは待っていたのだ。


「全軍反転!! 反撃せよッ!!」


 それを待ち望んでいた。

 それがしたかった。

 それが狙いだった。

 追撃部隊に蹂躙を許しながらも耐えたのは······反撃をするという決意があったからなのだ。


「バカなっ、この状態から二個師団半の部隊を強制的に反転させるだとっ!?」


 ラドチェンコ少将は戸惑う。

 強引すぎる。

 これまでゴットハルト・リンデマンが見せていた戦術とは明らかに違い、あまりにも強引だ。


「れ、連合軍が反転しますっ」

「させるなっ、突撃だっ!!」

「無理です、中央突破をしようと隊列を整えていた隙を狙われました!」

「ぐっ······」


 ラドチェンコ少将は息を呑む。

 この時を待っていたのか?

 被害を受けながらも······反転迎撃をするタイミングを必死に図っていたのか!?

 だが······何故だ!?

 追撃を読んでいたなら、なぜ、我々の蹂躙をまかせたのか?

 我々が追い付く前に反転していれば、数千にも及んでいるであろう損害はない筈だ。


「あ······」


 ラドチェンコ少将はようやく気づいた。

 なぜゴットハルト・リンデマンのような華麗と呼ばれるまでの手腕を持つ男がこんな無様な反撃方法を取ったのかを。

 

「ラドチェンコ少将!! 敵軍の反撃ですっ!」

「退けっ、退くんだ! 奴らの狙いは先鋒の俺達を反転して撃破する事じゃない! 我々に続いているセフィーナ様を仕留めるつもりなのだ! セフィーナ様の師団だけが狙いなのだ!!」


 副官の報告に怒鳴り返したラドチェンコ少将であったが、三千の騎馬部隊は連合軍に大きな損害を与えつつも、圧倒的多数の連合軍に強引に呑み込まれた。

 損害率でも戦術面でも圧倒していた筈のラドチェンコ少将の騎馬部隊は強引な数の暴力の前に消え去ったのである。




「帝国軍の先鋒が壊乱して撤退します、我々もまだ隊列が整いませんがどうしますか?」

「多少の混乱は構わない、このまま北を目指して全軍突撃開始だ、先鋒に続いてくるセフィーナ師団に襲いかかる、シェルヴァルト中将にも伝えよ、師団連携を気にする必要はない、とにかくこのままセフィーナ師団を早く襲えと」


 ヴェロニカにそう答えると、リンデマンは彼女に馬上から手を伸ばす。


「行くぞ、一緒にいてほしい」

「はい、どこまでも······」


 伸ばされた手を左手で握りヴェロニカは微笑んだ。




「突撃、我々を追撃してくるセフィーナ師団を返り討ちにする! 正面からのぶつかり合いになるが、とにかく我々の方が二倍の戦力があるのだ、圧して圧して圧しまくるのだ!! 北に向かい突撃、これ以外の策は無い!」


 メイド服の少女を己の前に乗せて剣を振るうリンデマン。

 周囲に響くような声を上げて、連合軍第一軍は北に向かい走り出していく。

 ラドチェンコ少将の追撃で相当な損害を受けはしたが、まだ二個師団を越える部隊の大突撃。


「ふっ······」


 全力疾走する馬上でリンデマンは笑う。

 ヴェロニカが振り返る。


「御主人様、何がおかしいのですか?」

「いや······これまで散々、戦略だの戦術だのと争っておいて、彼女を打倒するのに結局は強引な突撃に行き着くとはな······己が可笑しくてな」

「そんな事ありません」


 自嘲気味な主人にヴェロニカは首を振る。


「どのような手段でも勝利を得るのが戦略という物ではないでしょうか? なりふり構わぬ勝利への手段、御主人様はそれに遂に行き着いたのかと」

「······そうだな」


 自分に向けられる真剣な眼差し。

 リンデマンはヴェロニカの額に軽く唇を当ててから、ハッと気合いを入れて馬を駆けさせた。


「ゆくぞ、セフィーナ・アイオリア!」


 連合軍第一軍数万の大突撃が開始された。







 決死の大反撃。 

 だが異変が訪れるのにそうは時間はかからなかった。 

 大地を揺るがしていた鬨の声はまるで波が引くように小さくなっていき、やがてそれは完全に収まる。

 目の前に広がる異様な光景。


「あ、あれは?」

「どういうことだ!?」


 兵士達の動揺。

 連合軍第一軍の大突撃の速度が指示も無しに衰えていく。


「!?」


 馬を止め、リンデマンは目を見開く。

 ヴェロニカも同様。

 目の前の草原に広がるのは······




 帝国軍による輪形防衛陣。



 逆茂木や簡易であるが陣柵まで備える防衛陣は先鋒に続いて追撃をしてきていては作れる訳もなく、明らかに予めからここで連合軍の反撃を迎え撃つと作られた物であるのは明白。

 すなわち······

 

「ラドチェンコの追撃が成功すれば一番良かったのだが、反撃をしたならやはりこの手だったか······ご苦労だったな、ゴットハルト・リンデマン、クルサードやマリアが来るまで時間はないぞ!? 止まっている場合ではないだろ?」



 呆然と陣を見つめる連合軍兵士達。

 腕を組んだセフィーナはまるで目の前に必死の崖を見つけて、戸惑うかのような彼等に口元を緩める。

 改め、すなわち······まだゴットハルト・リンデマンはセフィーナ・アイオリアの掌の上から脱せてはいなかった。





続く

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