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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第七章「逆襲の英雄姫」
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第百九十一話「決着 ―最終作戦①―」

 四個師団半の軍団単位の移動、それも敵地ともなると南下の速度は思うようには上がらない。

 それはゴットハルト・リンデマンという戦略家の手によってもそればかりはどうにもならないが、彼は最大限の努力をして全部隊の南下の速度を上げさせていた。


「陽が落ちてきた、これ以上の行軍はかえって効率が悪くなるだけだな、夜営の指示を」

「かしこまりました」


 リンデマンの指示をヴェロニカが数人の伝令長に伝えると、彼らは一斉に駆け出す。

 更にそれが数十人を越える伝令に下達され、全部隊に指示が伝わっていくのである。

 大都市の人口にも匹敵する一個軍団、最高司令官の指示が伝わるのも時間差が生じるが、普段から情報伝達を重んじて訓練をしてきたリンデマン指揮下の軍団はスムーズな動きで各々に夜営準備に入る。

 交替での警戒部隊も各師団ごとに指定されていき、連合軍第一軍はレ・メルヴェーユから南方のステラ・アリッサムという平原地帯で夜営を始めたのだった。




「帝国軍のゲリラがいる可能性がある、物資の集積場の警備兵は増やしておくんだ、まともに飯が食いたかったら注意を怠るんじゃないぞ! 夜間警戒部隊のシュルツ准将には北の第十師団から使者の来訪や敵軍の偵察部隊の接近にはいち早く気づくように緊張を解くな、と伝えておけ!」


 夜営の準備が終わり、大量の篝火が焚かれる陣中で警戒を促したのは第一軍を構成する第三師団のアルキタイ中将である。

 彼の指揮する第三師団は南下する連合軍の最後尾を務めており、いわゆる殿という役目だ。

 彼は麾下の戦力のうち一千を夜間専門の警戒部隊として、リウム大佐に与え、本隊最後尾から更に北の場所に配置するという対策も練っており、その部隊員は昼の行軍では馬車に乗せるなどをして行軍の負担をなるべくかけないようにしていた。


「夜間警戒部隊は昼休んだ分、夜は任せたぞ、他の者は今日の行軍の疲れを癒すんだ、まずはメシをたくさん食べよう!」


 金髪に白い肌、整った顔立ちのアルキタイ中将は四十代とまだ若い。

 長弓部隊の出身であり、自らも弓の名手として堅実な成果を上げ、部下達にも気さくに振る舞う事から兵からの人気のある将だ。

 中将は用意された師団司令部の幕舎に入り、幹部達を集めて食事を兼ねながら細かな報告を受ける。

 食事のメニューは玉葱と牛肉のホワイトソースシチュー、それにパンを合わせる。


「旨そうじゃないか、いい匂いだ」


 給仕を務める兵士に笑いかけると、シチューを口にする。


「うん、良いな······この牛肉は現地調達だな? 南部の肉とは何か違う気がするぞ?」

「はい、セントトリオール平原で農家から買い付けた物です、帝国の牛は我々の物に比べて脂が少ないようです」

「うん、旨いぞ、帝国の酪農家も中々の腕だな」


 上機嫌で給仕と会話を交わすアルキタイ。

 連合軍は軍事侵攻をしてはいるが占領地住民からの物資の強制的徴収などは一切行っていない。

 リンデマンからの命で占領地からの物資調達は適正な価格で買付けを行っており、強制的徴収など違反する行為が数件報告された際には軍法会議を以て臨み、厳罰に処している。

 各々に食事を始めた幕僚達をしばし待ってからアルキタイは顔を上げた。

 



「ブライアンを北に残して、俺達はかなり急いで南に来たが······問題は無いか?」

「落伍する程の部隊はいませんが、レ・メルヴェーユからかなりの行軍速度で南下してきた疲労はあります」

「だろうな、些か急ぎすぎの感はあるな」


 師団参謀長シュルツ准将の答えにアルキタイは頷く。

 

「しかし、急がなければいけないのは確かです、何せ我々の補給線が危険にさらされてるんですからね、輜重部隊の物資も心許なくなっていますから、親衛遊撃軍の二、三個師団相手ですがシア中将には何とか支えて欲しいです、もし補給が絶たれれば帝国首都フェルノールまで侵攻どころか、これまでの占領地を放棄して撤退しかありませんよ」


 神妙な表情を見せたのは補給参謀。

 第一軍全体の兵力を賄う物資は現地調達は不可能なのは明白であるから補給担当者としての意見は明白。

 補給線を維持できないなら撤退という物だ。

 不安に駆られる空気が流れたが、 


「なに、一時的に補給線が寸断される事にはなるかもしれんが我々は相手よりも数も質も上だ、すぐに補給線の回復は可能だろう、アイオリアの姫が囮作戦まで使って我々を北に苦労して誘い出したのも正面決戦が困難だからだ、帝国軍は一番実戦経験が豊富であろう親衛遊撃軍ですらかなりの数の新兵が混じっているというじゃないか、我々はこれから南下して補給線を攻撃する敵軍を蹴散らし、北に舞い戻ってブライアンに引っ掛かっているであろう姫を屠り去り、一転東進して帝国首都フェルノールを陥落させる、それだけだよ! うん、やはり肉は南部だな、次の補給の希望にはぜひ牛肉を、それも俺の好きなリオレタ州産の牛を頼もうか」


 アルキタイ中将は努めて豪気に笑い、シチューから大ぶりの肉をフォークにさして口に運ぶ。

 そんな努力もあって場の不安げな雰囲気は無くなったが、アルキタイ中将自身、そんな簡単に事が運ぶと考えている程に呑気な男では無い。


『まぁ······セフィーナ・アイオリアがそう簡単にやられてくれるかどうか、守りを固めているとはいえ、ブライアンが予想よりも早く敗北する可能性も捨てきれんしな』


 口には決して出さない杞憂を思い浮かべる中将。

 だが現実はその杞憂よりも遥かに早く進行していたのである。



「ん······!?」


 アルキタイ中将がその音に気づいたのは深夜であった。

 遠い剣戟と鬨の声。

 もちろん警戒中であり、酒も入れなかったので中将はすぐに幕舎のベッドから起き上がる。

 

「あの音は何事か? 北側からだな!」


 得物の長弓だけを手に外に出ると、そこには幕舎を訪れようとしていたのか参謀長シュルツ准将がいた。


「はっ、北側には二千の夜間警戒部隊を置いております、まだ警戒部隊の指揮官リウム大佐からの連絡はありませんが、もしかしたら帝国軍のゲリラが出た可能性はあります、こちらからも人をやって確認させます」

「まだ遠いが、あれは剣戟と鬨の声だ、いつ頃から聞こえていた?」

「ほんの少し前です、兵から報告があり、すぐに閣下にお知らせしようと来ました、まだ寝ている兵達は気づいていません」

「そうか······」


 夜間警戒部隊に何かがあったのは間違いない。

 だがアルキタイは少し躊躇する。

 師団全体を戦闘警戒体制にしてしまうと、かなりの強行軍の疲れで休んでいた兵士達に更なる負担を強いてしまう。

 二万に迫る師団が戦闘警戒に入って結果、夜間警戒部隊が百にも満たない帝国軍の偵察部隊を発見し追跡していました、ではあまりにも割が合わないからだ。

 もちろん、それを第一軍全体に伝えたら僅かの偵察部隊のお陰で十万を越える軍団が休息を邪魔されるという自体が起こり得てしまう。


「もう少し待とう、すぐにでも報告があるだろう」

「賛成です、この辺りには帝国軍のまとまった戦力は存在する筈がありません、大方地方貴族の率いる小規模ゲリラではないでしょうか?」

「うん、そうだな、ここで様子を観ながら待つか」


 シュルツ准将の意見に同意し、その場で腕を組むアルキタイ。

 結果からすれば、この判断は間違えていた。

 しかし、無理もない事であった。

 この時点で三個師団にも上るセフィーナ率いる親衛遊撃軍が僅か数時間の戦闘でブライアンを屠り去り、自軍の強行軍をも越える速度で羊の群を追う狼の如く、その最後尾である第三師団に喰らいつき、夜間警戒部隊を蹴散らしているとは想像もつかなかったのである。

 約一時間後、命からがら逃げ出した傷だらけの兵士から、帝国軍は圧倒的多数で抵抗も連絡の間も無く、リウム大佐を始めとする夜間警戒部隊が壊滅させられた事を告げられたアルキタイ中将が顔面蒼白になりながら全軍に戦闘態勢を発した時には、既に親衛遊撃軍の突撃の鬨の声が第三師団の陣中に響き渡っていたのである。



 後にいう「英雄姫最終大反撃」と、呼ばれる事となる戦いが遂に始まった。



 

続く

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