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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百八十二話「決戦作戦、青の場合 ―傷痕―」

 マリア・リン・マリナの読み通り、セフィーナ率いる親衛遊撃軍の更なる北方への撤退をリンデマンは深追いしなかった。

 ルイ・ラージュ平原の北の小都市カルレイラを攻撃し占領、拠点を得てから、サンエルディナル方面から迂回してくる味方の四個師団を待つという作戦を採る。

 カルレイラの守備部隊はわずか二千ほどの領主の私兵がいたが、リンデマンの猛攻に耐えきれず数時間の戦闘で陥落、領主は自決して果てた。


「帝国貴族としての責務を全うしたな」


 リンデマンはそれだけ感想を言うと、彼の遺体を家族に還すように指示し、カルレイラ領民に占領を告げて軍政を敷く。

 前からそうであったが、リンデマンは占領軍政には戦の策略が関わらない限りは滅多に興味を示さず、余程の酷い事が無ければ担当者任せだ。

 今回もそうであり、それよりも気にしたのは北方に退避していく親衛遊撃軍の動きとルイ・ラージュの戦の際に右の手にブレードが突き刺さるという大怪我を負ったメイド兼副官のヴェロニカの容態であった。


「気になさらぬように、お茶を煎れるのに邪魔な刃はすぐ抜きましたから」


 クレッサとの壮絶な闘いの後、満身創痍で回収されたヴェロニカはそれだけリンデマンに告げると、気を失い、高熱を出して倒れてしまった。

 重傷なのは腕の傷だけではない。

 それに伴う出血、そしてクレッサに殴打され続けた頭部、顔面から身体の打撲傷も酷く、いまだに意識は取り戻せていない。


「必要ならば、この街の医療施設を使えるように要請を出すから手を尽くしてほしい」


 リンデマンは師団衛生隊にヴェロニカを託すと、迂回路を回ってきたきた四個師団の味方部隊との合流を果たし、北に退避した親衛遊撃軍への偵察を強めた。

 連合軍第一軍の親衛遊撃軍に対する追撃もかなり大陸中部北方に上がってきている。

 サンアラレルタを出撃した七月十日からの八月一日のルイ・ラージュ平原の戦いまで相当な距離を行軍してきていたので、リンデマンは味方部隊と合流をした八月七日から十日間の休養をカルレイラで取ることにし、兵士達にはカルレイラの住民に十分に配慮しつつ外出も認めたのであった。




「…………」


 薄く目を開けると、そこは見覚えのない部屋であったが、漂う匂いでそこが何かの医療施設と気づく。

 周囲に人の気配がない。

 呼ぼうかとも思ったが、止めた。

 ここまでの意識は無かったが、そこまで長距離を運ばれてきたとは思えない。

 もしかしたら、ここは敵地で自分は連合軍に回収されたのでは無いのかもしれない。

 そうだとしたら人を呼ぶのはすべき事ではない。

 ゆっくりと身体を起こそうと右手をつこうとするが……

 それに気づいて、一瞬だけ眼を見開くと、ヴェロニカはフフッと笑った。


「まぁ戦場ですからね」

「中尉、お気づきになられましたか?」


 そこに現れたのは衛生兵らしい少年。

 年端はヴェロニカと同じくらいだが、襟章は帝国軍衛生部隊の二等兵曹である。


「ええ……ご苦労様です、ここは?」


 ヴェロニカは微笑みを向ける。

 彼の襟章から少なくとも敵地では無いからだ。

 しかし、少年衛生兵の表情は複雑だった。


「えっと、ここはカルレイラという第一軍が占領した街の接収した病院です……ええっと、その……中尉の容態は……」

「上半身を中心とした打撲傷、それとこれですね」


 右手を上げるヴェロニカ。

 包帯が巻かれていたが、明らかに短かった。

 右手首から先が無くなっていた。



「そ、それはその……そ、右手の負傷以外は打撲程度だったのですが、その右手の負傷は重く……」


 当事者でも無いのに少年衛生兵はそれを見るのに、抵抗があるように顔をそむけ頭を下げる。


「必要な措置だったのでしょう? ならば私が貴方にかける言葉は労いです、お世話になりました、それにこの負傷は私の油断です、責めるのは私自身ですね、それよりも」


 ヴェロニカはそう言って少年衛生兵に再び微笑み、ベッドから立ち上がると告げた。


「私はリンデマン大将の元に戻ります」






 レ・メルヴェーユ。

 アイオリア帝国の北中部の中規模都市であり、ここから北は大陸の中部最北まで村々が点々としているだけで都市と呼べる場所は無くなる。

 八月中旬になろうかというこの季節は普段ならば帝国中部貴族達や国民の避暑観光地として賑わうのだが、今年はその様相は無くなっている。

 セフィーナ率いる親衛遊撃軍がこの最北の都市まで、ゴットハルト・リンデマンに追われて撤退してからだ。

 連合軍の中部侵攻が始まってから約一ヶ月。

 何度かの激戦を経て奮戦しながらも、国民の英雄姫として期待をされているセフィーナですら、連合軍の大軍の侵攻は止められなかったのか、と街の住民達は落胆しながらも、親衛遊撃軍とセフィーナを快く迎え入れてくれたのである。



 レ・メルヴェーユを治める領主は始め、自分の館を親衛遊撃軍首脳部に差し出す、兵も可能な限り街に収容する、と申し出てきたが、


「そこまでの気遣いは無用だ、まだ夏期であるし、我々は郊外に野営し、休養を許された兵士だけが街に入って良いとする、司令部も野営で良い」


 セフィーナはそう答えて申し出を断ると、郊外に野営の陣を敷きリンデマンに備える形を採った。


「この街に入っても意味は無い、ですかい?」

「クルサードならわかるであろ?」


 野営の司令部。

 クルサードに話を振られたセフィーナはそれを質問で返す。


「ここは更にさむーくなる北への入口の都市であって、敵を迎えるような城では無いですからねぇ、籠城には向かない、というか出来ないし、住民も大規模な軍隊に不慣れだ、戦に巻き込めば混乱しかねない、そんな所ですかい?」

「その通りだ、それに別の懸念もある」

「別の懸念?」


 眉をしかめたクルサード。

 セフィーナは作戦図を広げた机を睨む。


「このレ・メルヴェーユは避暑観光都市だ、よそ者に対する警戒感が薄いんだ、予めリンデマンが斥候を放っていたら我々の行動が筒抜けになる可能性がある、そうなったら」

「青の場合が崩れる、と?」

「うん」

「ゴットハルト・リンデマンとはいえ、この街にまで斥候をはなってますかね?」

「確実に放ってる、ヤツはここが戦場になるケースまで侵攻の最初から想定している、そういうヤツだ」

「なるほどね、姫にそこまで信用されているとはリンデマンはある意味果報者だ、そこで……相談が」

「どうした?」

「レ・メルヴェーユには避暑に来た貴族がお金を沢山落とすカワイイ女の子の高級店があるんです、普段なら稼ぎ時のこの時期に稼げないのは可哀相なので、協力したいのですが……」

「軍務外の時間なら勝手にしろ!」


 イヤらしい笑いを浮かべる肥満男をセフィーナは赤面して怒鳴り付ける。


「勝手にしますよ、では」


 バイバイと手を振って、幕舎を出ていこうとするクルサード。

 まったく、と頬杖を付きかけたセフィーナだったが、


「待て! クルサード!」


 と、呼び止める。


「何です?」


 振り返るクルサード。

 セフィーナは自分の唇に己の人差し指を当てて、


「どの店に行ってどの女に寛容さを示そうが好きにしろ、ただしお前は親衛遊撃軍第三師団長のクルサード中将てはなく、ただの金回りの良い肥満貴族だからな……そして、ちゃんと金は払うんだぞ!?」


 と、注意した。





「失礼します」


 クルサードが出ていった数分後、作戦図と各種報告書を交互に見続けていたセフィーナは幕舎に入ってきた相手を見て、目を見開いた。


「クレッサ?」

「何か?」


 驚くセフィーナに黒髪三つ編みの少女の素っ気ない返事はいつもの事だが、彼女は右目に真っ黒な眼帯を付けていた。

 発射したブレードが突き刺さったままの拳で殴られた際、その部分が右目にめり込み、眼球を破裂させたのだ。


「お前、しばらく街の病院に入院しろと!」

「入院したからと言って潰れた右目が元に戻る訳じゃありませんし、ちゃんと消毒や処置は受けましたよ? 眼球が潰れたお陰で眼底も骨折していないので、もう平気です」

「……クレッサ」

「セフィーナ様」


 何とも言えない表情で椅子に座るセフィーナに向けられるクレッサの残った左目の視線。


「メイヤ隊長程ではなくとも、私もセフィーナ様のお側で、これからが肝心な時にお側に居られないのは……辛いです」


 その口調は何処かいつものクレッサの物と違った。

 フゥ、と息を吐き……


「私もお前を頼りにしているからな、そう決めたのなら好きにするといい、でも左目は大切にするんだぞ!? 私だってお前に対して責任のある立場になったと思ってるんだから」


 セフィーナは立ち上がり、クレッサの黒髪の頭を軽く撫でた。


 


続く

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