第百八十話「英雄決戦 ―ベネトレーフ決戦と少女の罠―」
時間的には朝を迎えたが、霧のような雨が降る空はまだ薄暗いままであった。
帝国首都フェルノールを護る最大の盾である要塞都市ベネトレーフに三個師団を以て依り、連合軍第二軍の大軍を迎え撃っていた帝国軍は重大な危機を迎えていた。
連合軍アリス・グリタニア大将の指揮による苛烈極まる攻勢を止める為、参謀本部次長パティ中将が推し進めた大規模夜襲による反撃作戦が連合軍の待ち伏せていたかのような見事な迎撃を受け、大失敗と言っても良いレベルで頓挫したのである。
夜半、連合軍第二軍の陣地に向け、第一、第二近衛師団を連合軍攻勢面の逆側であるベネトレーフ北側から密かに進発、二手に分かれて迂回路を取りつつ南下、西から近衛第二師団、東から近衛第一師団と敵陣を挟み込むという夜間奇襲挟撃作戦。
錬度不足が心配された第二近衛師団も上手く西からの進軍を進め、パティ中将の狙い通りのタイミングで東西からの奇襲挟撃が実行されたのだが、その反撃作戦自体が連合軍第二総司令のアリス大将の予想の範疇にあったのだ。
彼女は前日の攻勢で動かさなかったリキュエール中将の師団を中心とした迎撃部隊を陣の後方に控えさせ、他の師団も攻勢後の疲れの残る中で警戒を弛めさせなかった。
もちろん夜襲がなく、警戒が空振りに終われば十万単位の壮大な徒労であり、後の指揮やアリスへの信用も揺るぎかねない。
幕僚の中にはリキュエール中将の師団だけを警戒に前面に出せば、それを見つけた帝国軍が奇襲作戦を中止し、何も起こらずに他の師団は休息できるのではないかという意見もあったが、
「それじゃあ、ただの現状維持で明日からの状況が変わらないじゃないのよ? 押してはいるけど私達にはあのベネトレーフ要塞を落とす大きなきっかけが欲しい、私の読みが外れてなければ、そのきっかけを相手から差し出してくるかもしれないの!」
アリスは強く主張、リスクを承知しての迎撃作戦を強行して、それを見事に当たったのだ。
西と東から奇襲を決めたつもりが帝国軍を待っていたのは連合軍陣地からの完璧な迎撃。
予想外の迎撃に攻勢の勢いが急速に衰える帝国軍第一、第二近衛師団。
無理も無い。
昼間の激戦は連合軍だけが戦っていた訳ではないし、帝国軍奇襲部隊は発見を避けるために迂回路進軍をしてきたばかりだ。
奇襲ではなく、通常の夜間強襲では陣地に籠る相手には当然分が悪いのである。
「くそっっ……読まれていたぞ! もう攻撃成功は有り得ない、早急に退かなければすぐに攻守など逆転してしまう! 近衛第二師団にとにかく撤退するという使者を出せ!」
東側の近衛第一師団長ルーデル大将は奇襲攻撃の失敗が見えた時点で強襲の敢行は諦めて撤退を決断し、近衛第二師団に使者を出したが、同時刻、西側の近衛第二師団は連合軍陣地の後方に控えていたリキュエールの連合軍第十三師団により南から側面を襲われていたのである。
敵陣を攻撃していたつもりが側面から攻撃を受けた近衛第二師団はたまらない。
元々の経験不足もあり、近衛第二師団は短時間で崩れ始め、早くも師団規模での敗走を始めてしまう。
「我々のどちらかを予想外の方向から攻撃する伏兵まで用意していたか!? もう勝ち目はない、退けっ!」
ルーデル大将は舌打ちし、どうにか麾下の近衛第一師団だけでも損害なく戦場から離脱させようとする。
しかし、そうは甘くは無かった。
「判断としては悪くないけど、基本的な作戦が読まれてちゃ世話が無いわね! 今よっ! 全軍追撃開始!!」
ルーデルの素早い退却も見越したアリスの号令一下、連合軍に大規模な全軍追撃が命じられる。
「お待ちください、相手にかなりの打撃を与えて追い返しました! 我々も昼間からずっと戦闘警戒のままで疲れきっております、追撃ならばリキュエール中将の第十三師団に任せても良いでしょう、勝ち戦こそ慎重に!」
戦場経験豊かな六十代の参謀であるグリールランド少将が更に強引な追撃を諌めたが、
「却下、全軍追撃開始、特にリキュエールには私が止めるまで止まんな、と伝えて」
極めて簡単な返答を返し、アリスは更に命令を継ぎ足して、右手を前に振った。
奇襲失敗。
第一師団長の命により退却する近衛二個師団は連合軍第二軍団の総力追撃を受けつつあり。
この状況に作戦推移を見守っていた帝国軍大半の高級指揮官は驚きを見せ、奇襲作戦自体に反対した少数の者は様々な感情で黙って顔を伏せる。
パティ中将も当然、大きなショックを受けつつ、それを作戦指令室で待つ皇帝カールに伝えた。
作戦失敗を聞いたカールであったが、その表情には大きな落胆などは見られない。
「……流石はゴットハルト・リンデマンと肩を並べるアリス大将だな、退却は上手く出来そうか?」
「近衛第一、第二師団ともに全面攻勢に出た敵軍に捉えられつつありますが、必ずや撤退させて……」
「それには皇帝直轄軍を支援に出さねばいかんのだろ?」
「……はい」
自らの作戦が失敗し、更にその尻拭いに皇帝直轄軍の出馬を促さなければいけないとは。
頭を垂れたパティ中将であったが、皇帝カールはでは、行くとするか、と椅子から腰を上げた。
皇帝カール出馬。
のちのベネトレーフ攻防戦を描いた物語などで必ず力を入れて描かれるシーンである。
歴史研究家達がカールの戦術的手腕を評価するのは、豪傑で知られた弟アレキサンダーを撃ち破った事と、このベネトレーフ攻防戦の戦い振りを指す場合が多い。
まず彼が決断したのは二者択一。
退却してくる東側の近衛第一師団と西側の近衛第二師団のどちらをまず救援に向かうかである。
カールは即決した。
「まずはルーデルを助けよ! まっすぐ東側に素早く向かい、ルーデルの後方を追いかける敵軍の鼻っ柱を挫け!」
パティらを引き連れて、皇帝直轄師団の先頭に立ち、彼は馬に強く鞭を入れる。
ハインリッヒ・ルーデル大将率いる近衛第一師団を追いかけていた連合軍の先頭はマリュセル中将の第七師団であったが、夜半の追撃戦という事もあり、皇帝直轄軍の素早い接近に対する反応が遅れた。
「構わん、逃げるルーデルの南には敵しかおらんのだ! まずは蹴散らせ! 私の命があるまで殺せ!」
まるで弟アレキサンダーのような命令を出すと、皇帝直轄軍は突然現れた帝国軍の新手に脚を止めた連合軍第七師団と夜間遭遇戦に突入する。
指揮官の能力もそうだが、ここでは双方の錬度の差が出た。
皇帝直轄軍はアイオリア帝国軍の選りすぐりの兵から更に選抜された精兵揃いだ。
個人の兵士の戦闘能力はおそらくセフィーナ率いる親衛遊撃軍第一師団よりも確実に高い。
僅かの時間の間に連合軍第七師団は押しまくられ、後ろに続くモレイラ少将の第十一師団を圧迫してしまう。
「なんという圧力だ! 敵の援軍は噂の皇帝直轄軍かもしれん、モレイラに下がって備えろと伝えろ! 突破されたら大事だ! 我々も少し引いて兵を立て直す!」
マリュセル中将は後ろのモレイラ少将に伝えた。
冷静な判断である。
アリスの支持で連合軍全軍六個師団は全面追撃に入っており、それは後方に予備兵力が無い事を意味する。
皇帝直轄軍に第七、第十一師団が完全突破され、連合軍全体の後方に出られたら対処する兵力が居ない。
可能性としては二個師団が短時間に完全突破されるなど可能性としては低いのだが、マリュセル中将にそれを危惧させる程に皇帝直轄軍の戦いっぷりは攻撃的で強烈だったのだ。
「よし!」
カールは薄暗い中、連合軍の兵達の持つ灯りの動きを見極めて首肯く。
「敵軍の足止めは出来た、これだけでも止めれば、ルーデルならば逃げ切れる! 次だ! ここにはもう用はない!」
馬上で叫ぶ青年皇帝。
「次は!?」
「もちろん近衛第二師団を助けに向かう!」
パティの問いに答えるカール。
「お待ちください」
進み出たのは参謀総長のヴァンフォーレ上級大将だ。
「しかし、ここは東側の敵軍右翼、西側はまるで正反対になりますぞ、アリス大将が我々の自由な移動をそこまで許すとは思えません、ここは第一師団だけでも完全な形で助けられただけでも良しとしませんと、この皇帝直轄軍が敵軍に包囲されてしまいますぞ!?」
「させるものか、私を誰だと思っている!?」
「……」
軍の重鎮であるヴァンフォーレ上級大将も皇帝自身にそう言われては返す言葉がない。
「如何にアリス大将といえども、多数の師団を手足のようには操れまい! 機動力を制すれば少数でも多数を翻弄できるとは、セフィーナがサンアラレルタで証明してくれたではないか!」
「……ははっ!」
カールの言葉に頭を下げるヴァンフォーレ。
傍らにいて彼の口から出たセフィーナの名に胸がざわつくパティであるが、今はそんな事は言っていられず、
「陛下のご指示が確実に大隊長クラスに届くように伝令兵を増やすように!」
と、強い口調で副官のローコット大佐に命じた。
「皇帝直轄軍!? あれかっ!!」
皇帝直轄軍出撃。
麾下の第十七師団、ケリー中将の第十五師団を率いて、追撃の中核を担っていたアリスは右翼が皇帝直轄軍に強襲されたという報を聞いて片目を瞑った。
アイオリア帝国軍最精鋭の師団。
基本的に師団ごとの戦闘力に格差を意図的には付けない連合軍において、精鋭を更に最精鋭に絞ったという皇帝直轄軍の存在は色々と語られていた。
平時から死をも辞さない厳しい訓練や規律。
与えられる最新の装備や地位と栄誉。
「右翼の第七、第三師団は押されています、こちらはどうしますか?」
副官のヴィスパーの表情も緊張している。
皇帝直轄軍が出てきたという事は皇帝カールの出馬を意味し、それはアイオリア帝国軍の本気中の本気を意味するのだ。
「アリス大将?」
「……進軍停止、敵の動きを観る!」
皇帝カール出陣。
それは英雄姫セフィーナを退けた歴戦の名将にとっても只事でなく、その事態が積極攻勢を旨としてきたアリスの刃を一瞬だけ躊躇させた。
皇帝直轄軍は連合軍右翼への攻撃を止め、西に向かって急展開、備えの為に進軍を止めた第十七師団、第十五師団の目の前を横断して、近衛第二師団が追撃を受ける左翼の戦線を目指したのだ。
「敵軍が、皇帝直轄軍が我が軍の左翼に抜けました!」
「大胆なっ、私の躊躇の隙をつかれた!」
まさか戦線的に対面である連合軍左翼に追われている近衛第二師団まで助けにいくとは!
虚をつかれたアリスは歯を食い縛る。
ここで中核を大きく左翼に動かすのも考えたが、この夜半に十万を越える大軍が動いている中で中核がそんな事をしたら皇帝直轄軍の動きに振られて味方が大混乱になりかねない。
「さっきのタイミングで止まらずに相手の進路を塞ぐように包囲をしてれば!」
後悔するも、もちろん遅い。
「リキュエール、パウエル中将! 何とか止めて!」
連合軍左翼を務める頼りにする二人の名をアリスは叫んだ。
連合軍左翼部隊リキュエール中将の第十三師団、パウエル中将の第八師団に追撃されていた帝国軍近衛第二師団は早く撤退を始めた近衛第一師団と違い、師団長は既に戦死、更に師団の半数は降伏するか戦死する大損害を受けていた。
そこに飛び込んできたのがカール率いる皇帝直轄軍である。
「敵の救援!? 皇帝直轄軍?」
「皇帝が自ら助けにきたか、これは本気だな」
リキュエール、パウエル両中将の反応は素早かったが、連合軍左翼の動きを主導したのはリキュエールであった。
「崩れかけた救援に来たんだ、させるか! 目の前の崩れかけの近衛師団もろとも蹴散らす、進めっ!」
「やれやれ、リキュエールめ、学生の頃から進むか下がるかなら必ず進むという娘だったからな」
リキュエール中将の積極的な動きの第十三師団をパウエル中将の第八師団がカバーするように続く。
この連携の良さに追い詰められたのはカールだ。
ここで近衛第二師団救援に下手な時間がかかれば、中核のアリスがいつまでも黙っているわけがない。
短時間で積極的攻勢を崩さないリキュエールの第十三師団から近衛第二師団を逃がさなくてはいけないのだ。
「……よし!」
しかし、ここでもカールの判断は早かった。
多少の混乱を承知で近衛第二師団の残存兵と合流して、一緒にベネトレーフに退却するという手段を選んだのだ。
危険な賭け。
下手をすれば士気、態勢ともに崩れた近衛第二師団に脚を引っ張られて、最精鋭の皇帝直轄軍が大損害を受けるかもしれない。
だが、カールは自らの指揮能力と兵達を信じた。
大混戦の中、パティ達の編成調整能力や兵達の奮戦も手伝い、皇帝直轄軍は近衛第二師団の残存兵力九千のうち六千と合流を果たすと、素早く反転、ベネトレーフ城の中央要衝部に向かって全速力で進み始めたのである。
「逃げられる、あんなに攻めたのに! 逃がしたくない!」
悔しがるリキュエール。
こうなったら敵を追って、ベネトレーフ城まで追撃しようと思った所に届いたのはアリスからの指示であった。
近衛第二師団の逃げ遅れた兵を追撃し、パウエル中将と共にベネトレーフ城西側要衝部を集中して攻撃すべし。
「……そうか、今なら!」
薄暗くも夜明けが近づく中、指示の真意に気づいたリキュエールは視線をベネトレーフ城西側要衝部に向ける。
皇帝直轄軍の救助からも漏れ、何とか自力で逃げようとする数千の近衛第二師団の敗残兵が持ち場であるベネトレーフ城西側にヨロヨロと向かう姿。
皇帝直轄軍という大魚の前にはどうでもいい少数の敗残兵。
アリスからの指示が無ければリキュエールは見逃していたかもしれない。
「方向転換! あの逃げ遅れた敗残兵に続いてベネトレーフ城西側に取り付けっ!! 絶好の機会だよ!」
リキュエールは緑色のサイドテールを振り乱しながら、嬉々として命令した。
救出作戦は成功した。
皇帝直轄軍が出撃しなければ、近衛第一、第二師団共に全滅していたであろう。
連合軍の追撃を退け、皇帝直轄軍の損害はほぼ無しに二個師団を救い出したカールの戦術的手腕は見事であったが、連合軍アリス大将もやられるばかりではなかった。
リキュエール、パウエル両中将に敗残兵の追撃と共にベネトレーフ西側城塞部を攻撃させる。
近衛第二師団が守備を担当していたベネトレーフ城西側は敗残兵の収容を中止、門を閉じて懸命に防衛したが、収容に混じって連合軍の兵士に潜入を許した上、近衛第二師団の兵士の多数が失われていた状況、更に採算度外視のリキュエール中将の数度の強襲の前に遂に夜明けと同時に陥落したのである。
「西側が落ちてもこの要塞都市ベネトレーフ城の全てが落ちた訳じゃない、西側から中央部に続く連絡路を全て遮断して封鎖せよ、まだ三分の一に過ぎないわ!」
パティ中将は動揺しつつも部下達を鼓舞する。
巨大要塞であるベネトレーフは彼女の言う通り、防衛方面の西側が陥落しても中央城への連絡路を遮断すれば、まだ要塞としての機能は失わない。
まだ三分の一という彼女の言葉は間違ってはいない。
間違ってはいなかったが、難攻不落を謳われたベネトレーフが一部でも連合軍の手に落ちたという真実は帝国軍の兵士の間に少なからぬ動揺を与えたのである。
「私の、私のせいで……」
自らの奇襲作戦がこのような事態を招いてしまった。
最愛の人を助けたい、助けになりたかったのに。
私の方が遥かに役に立つ。
役に立てると思ったのに。
却ってあの人に迷惑をかけてしまった。
城内の作戦室でパティは誰にも隠さず、沈痛な面持ちでうなだれるばかりであった。
それから数日。
連合軍もここまでの戦果に満足したのか、激戦の疲れがようやく出たのか、攻勢は無かったが、パティの募り落ち込んでいく気持ちが晴れる事は無かった。
『やれやれ、新進気鋭、ヨヘン・ハルパー、シア・バイエルラインにも劣らぬ女性将官とまで言われた我が上司も、見る影も無いな……これじゃ、陛下のお気に入りからも外されかねない、そうしたら俺の出世コースにも陰りが出かねんな』
褐色の肌の上司の落ち込みようを影から見ていたローコット大佐はため息を付いて作戦室を出た。
三十代後半で大佐。
ここまでの昇進は極めて順調と思う。
上司であるパティが皇帝カールに近くなってからは、その副官であるだけで昇進の恩恵があった。
もちろん能力も求められたが、ローコット自身も及第点をそつなく任務をこなせたので問題なかった。
しかし、パティの今回の失策はあまりに痛い。
若くして昇進を重ねるパティには敵も多く、この失策を見逃さないだろうし……
『この敗戦で帝国自体も……』
いや、そこまでは考えるのを止めた。
確かに手痛い敗戦だが、まだベネトレーフが落ちた訳ではないし、皇帝カール、英雄姫セフィーナが健在なのだ。
まだ広大な領土もあり、簡単にアイオリアは滅びないだろう。
『何とかパティ中将には俺が将官の地位になるくらいまでは引き上げてもらいたかったが……』
そんな事を考えながら自室のドアを開けたローコットは、
「え!?」
思わず声を上げて目を見張る。
忘れたはず。
忘れなければいけなかったはずの人物が自室のベッドに座って微笑んでいたのだ。
「ミ、ミラノ?」
エメラルドグリーンの髪の純朴そうな少女ミラノ。
ローコットが妻に将来迎えようとまで想い、親しくなった美少女であったが、ある日突然と消え失せたのだ。
「な、なんで君がここに? なぜ要塞内に!?」
「わかりません?」
「……やはりそうか」
腰の護身用ナイフに手をかけようとするローコットだったが、それよりも速く、ミラノは距離をつめて彼のナイフを抜き、ローコットの首筋に当てた。
先手を完全に獲られた。
「な……え!?」
もしかしたら。
目の前から失踪したときから疑ってはいたが、純朴そうな少女と今の俊敏な動きが全く結び付かない。
「いやだ、こんな事止めてください、ローコット様」
「……」
背中に走る悪寒。
ミラノという純朴な少女は誰なのか?
「どうしたいんだ!? 俺を殺すのか?」
「そんな事はもっと前に出来たでしょ? 私の横で裸でグッスリ何回寝ていた事があったの?」
「……じゃあ、どうしたいんだ?」
「あなたの悲願を叶えてあげる」
ミラノを名乗る少女が首もとで囁く。
更に走る悪寒。
「悲願!?」
「前から言ってたじゃない、将官になって私を迎えに来るからってね」
「それは……」
「別に将軍になるのは何処でも構わないでしょ? 私の方は構わないわよ」
「え……」
「手柄を立てたら……地位も何もかも、あ、げ、る」
ミラノの唇がローコットのそれに重なる。
失ったと思いつつも求めていた感触。
たが、それを離す。
「バカな、そ、そんな事できるか!? お前を捉えてつき出せば……」
「私がパティ中将に貴方から得た機密を喋るだけ、あなたは私に機密を幾つか奪われている、今更、私を捕まえても責任は免れない、情状酌量があったとしても……」
己が望み続けた将官への道は永遠に閉ざされるだろう。
ミラノは彼を覗き込む。
「……」
「帝国……勝てると思うの?」
一瞬だけ思考に身を委ねたローコットにミラノが口を開く。
戦局は不利だ。
帝国が敗戦してしまえば、帝国軍の為に捧げた努力は全ては水泡と帰す。
ならば……
彼の中で何かが背中を強烈に押し始める。
「ミラノ……お前は本当にミラノなんだろうな?」
ローコットと交差させた瞳。
ミラノはニッコリと微笑む。
「ええ、貴方が望むのなら、私はいつでもミラノになれますよ? ローコット様」
「……くそっ!」
そう怒鳴ると目の前の少女をローコットは強引にベッドに押し倒す。
「あうぅんっ! ローコット様」
それを受け止めた工作員ミラージュは満足げに嗤っていた。
続く




