第十八話「バービンシャー動乱 ーエトナ戦線ー」
「必ずや諸君らは内乱鎮圧の功により臣民から栄誉と喝采、そして十二分な恩賞が与えられるのだ、くれぐれも功を掻き消すような軽挙妄動は慎むよう! 私、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアは軍法違反には出自階級関係なく厳罰をもって処す!」
フェルノール郊外に高台からのセフィーナの訓示が切るような風に乗って響く、静かに聞き入り居並ぶ二万五千の討伐軍。
幕僚として彼女の後ろに控えるシア・バイエルラインは、セフィーナが軍法には罰をもって処すというのが言葉だけでないのを知っている。
前の第四次ヴァルタ平原会戦の際、森で猟師の小屋に入り込み、干し肉を盗んだ兵士長の罪を全兵士に晒した上、一般兵に降格、軍資金から一猟師には多額の賠償金を支払い、その額を彼の給金から分割で国庫から返させるという沙汰を行っていた。
更に近隣の村への偵察時に土地の娘を辱しめた貴族出身の士官四人には厳重な取り調べを行い、娘には全くの落ち度がなく、兵士らの暴走と確定すると即座に極刑に処し、それを全軍に通達している。
どちらの件も上官が戦場では仕方ない事とセフィーナを取りなそうとしたが、彼女はそれには全く貸さず、その上官達を逆に監督不行き届きとして罰してもいる。
「盗んだら恥をかいて何倍も支払わせる、傷つけたら恥をかいた上で死んでもらう」
この堅い態度は様々な噂と共に、兵士達に十二分に伝わっていた。
セフィーナの訓示が終わると、兵士達からは拍手が自然に沸き起こる。
士官はともかく下士官や兵達の多くが平民出身であり、そういう立場の者達からは戦争に乗じて平民から奪い、傷つけるような行いをする不届きな兵を強く罰するセフィーナは人気があったのである。
翌日の朝、総司令官セフィーナ・ゼライハ・アイオリア中将と参謀長シア・バイエルライン大佐に率いられた二万五千のバービンシャー候反乱鎮圧軍は首都フェルノールを進発した。
***
バービンシャー候反乱の一番の煽りを受けてしまったのは早期に奇襲を受け呆気ない占領をされてしまったコーセットやコモレビトよりも、つい最近までゴッドハルト・リンデマン率いる南部諸州連合軍の包囲を受けていて、それに耐え抜いた所に、援軍を頼んでいた筈のバービンシャー候からの予期せぬ襲撃を受けたエトナ城のカーリアン騎士団の生き残りだった。
初めバービンシャー軍は反乱を隠し、連合軍が退いてしまったが、遅い援軍として城内に入り込みエトナ城を攻略しようと企む。
それは見破りようもなく、ランカード少将は危うくバービンシャー軍を城内に入れてしまいそうになった。
そこを止めたのは連合軍相手の籠城戦から実質的な指揮官となっていたヨヘン・ハルパー大佐であった。
「援軍としては遅すぎますし、彼等が入城を強く望む理由がわかりません、バービンシャーならすぐに帰った方が相手の兵達も喜ぶでしょう、ここはよくよく確かめるべきです」
そう告げてランカード少将に許可を得ると、ヨヘンは城外で待つバービンシャー軍に内密に偵察兵を忍ばせたのである。
実はヨヘンとしてはバービンシャー軍が反乱などとはよもや考えていなかった。
それがリンデマンの策略で、バービンシャー軍に偽装した南部諸州連合軍ではないかと警戒していたのだ。
「相手は確かにバービンシャー候の私兵の様ですが、様子がおかしいのです、空振りの援軍とは思えないくらいに殺気だった緊張感があり、一般兵士達もまったく武装を解いていない隊が幾つも見られます」
初老だが、ベテランの偵察兵の報告にヨヘンはランカード少将には相手への返事を遅れさせるように提案し、休ませていた兵士達には再び厳重な警戒体制を取るように手配して、自らがまだ疲れの癒えない小さな身体で陣頭指揮を執った。
警戒しつつ相手をよく調べようとしていたのだが翌日にはその必要がなくなる。
バービンシャーの腹心で軍を率いていたガルフ准将は、なかなか入城を許さないエトナ城に対する策略を諦めて、夜間の奇襲という形を求めて討って出たからだ。
だが准将はエトナ城が再びの警戒体制を取り戻していた事を知らなかった。
夜陰に乗じて梯子でエトナ城の壁を乗り越えようとしていた五百の兵はたちまち警戒の兵に見つかってしまい、梯子を落とされ火矢の狙い撃ちに合い半数を失ったのである。
奇襲が失敗したガルフ准将は無理攻めはせず、籠城軍の約三倍に当たる一万の兵でエトナ城を包囲する選択を選び、エトナ城は戦史にも珍しいほんの短期間で二度目の籠城戦を強いられたのだった。
「連合軍の次は反乱軍、ここ数週間で籠城戦の連続なんて……最近の行いが悪すぎたのかなぁ」
境遇にボヤくヨヘンだったが、更に包囲の隙を抜けコーセットやコモレビトからバービンシャー軍反乱の報と両方が奇襲により陥落した事を知らせる報を受けると、籠城戦の連続に弱気になるランカード少将を励ましつつ、
「なら少しは士気を高めてきますか」
軽く散歩に出かけるような口調で、今度は夜襲の仕返しを計画した。
一万の相手に対してヨヘンが率いたのは、騎馬隊のわずか百騎。
ヨヘン自らも黒鹿毛の馬に跨がって先頭に立つと部下達には、相手の陣地に着くまでは静かに落ち着いて馬を歩かせるように命令していた。
百騎の集団は途中で運悪く敵の哨戒に見つかったが、落ち着いて馬を歩かせている部隊を見た数人のグループの哨戒員は味方の識別の出来ない夜も手伝い、これは他の味方の哨戒隊か夜間移動の部隊だと勝手に解釈してしまう。
まさか一万の相手にあんな少数で襲撃をかけてくる訳がないし、あんなに落ち着かせて馬を歩かせている筈もないという先入観で判別してしまったのだ。
これが五百もいたり、馬を走らせていたら通報されてしまっていただろう。
ヨヘンの狙いに見事に嵌まり、百騎は見事に一万の敵軍の陣地にたどり着いた。
「よしっ! 私にはぐれないで暴れまくって! 声を上げて篝火を倒してっ!!」
ヨヘンの叫びに百騎の騎馬隊は今までの沈黙を破るように続く。
幕舎に向かって篝火を倒し、寝ぼけ眼で飛び出してきた敵兵を槍で突き殺す。
大声で馬を走らせてヨヘンと騎士達はバービンシャー軍の陣地をほんの短い間に駆けると、物資用幕舎を見つけ荷馬車三台分の食糧と酒を奪い取り、エトナ城に向けて風のように去ってしまったのである。
「やりましたな、物資も潤沢ではありませんでしたからね、戦果としては十分でしょう」
エトナ城を前に騎士の一人に声をかけられたヨヘンだったが、
「戦果拡大はこれからだよ、きっと」
と、肩をすくめて笑う。
この言葉の通りヨヘンの部隊が立ち去ったというのに、バービンシャー軍ではヨヘンの奇襲はまだ終わっていなかった。
篝火を倒された火事や戦に慣れない私兵集団の夜襲に対する過度な恐怖心から、敵軍は去ったというのに大規模な同士討ちが始まったのだ。
これに対して職業軍人であるガルフ准将はまずは周囲の私兵上がりの幕僚達を落ち着かせ、次はその下の大隊長といった風に比較的上手く冷静さを取り戻させたが、敵がもう去っていると判明した頃には被害は五百近くになっており、何ヵ所かに分けられていた物資用幕舎の一つを完全に灰にされたのである。
「流石はカーリアン騎士団だ、ゴッドハルト・リンデマンに一敗地にまみれたとはいえ油断が出来ない狼達だ、夜襲に対して警戒と即応部隊を編成するのだ」
と、ガルフ准将はこれ以降は夜間の警戒を厳重に強めて再びの夜襲は不可能に近くなった、しかし夜間警戒をさせた部隊を休ませない訳にはいかず、昼間に行われる城攻めの圧力は目に見えて少なくなり、戦線は膠着状態に陥る。
「はぁ、これなら誰かが来てくれるまでは何とか持ちそうだね」
城壁の上からバービンシャー軍を見下ろし、ヨヘンは一人で呟きつつも、その助けに来てくれる誰かが問題なんだけどね、と自らが口に出した言葉に自らの胸のうちで問題提起するという、いささか寂しい事をしていた。
続く




