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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百七十九話「英雄決戦 ―血飛沫の少女―」

 背中に長く黒い三つ編みを垂らした少女は軍服さえ着ていなければ一見、田舎の純朴そうな娘にも見える。

 だが右手に構えた短ブレードと殺意の瞳がその印象を完全に掻き消していた。

 対するは素手のメイド服少女。

 涼しげというよりも無表情で、黒髪のショートボブカットを風に揺らし、自身に向けられる殺意を受け流すかの様に身体を右斜め、左の開手を前、右の拳を引いた構えをとる。

 常識的には短ブレードという武器を持つクレッサが絶対的に有利なのは言うまでもない。

 しかし、当の本人はその当たり前とも言える考えを頭から排除していた。


『このメイドは隊長と互角……いや、ひょっとしたらという化物、武器の有無は有利にはならない』


 年齢では考えられない戦場の修羅場を抜けてきた彼女も緊張感にブレードを握る力が強くなる。

 メイドの少女ヴェロニカはセフィーナの親衛隊にもいわくの強い相手。

 ネーベルシュタットでは護るべきセフィーナに害を加え、エリーゼでは脱出の最期の障害にもなった。

 そして……きっとこれからも。


『禍根を残さない為にも仕留める!』


 動きを止めた両軍兵士の万を遥かに越える視線の中、クレッサは決意を固め……奔る。

 ヴェロニカの瞳に光が宿った。

 ブレードを恐れるような弱さなどある訳も無い。

 鋼鉄のブレードすら拳で打ち砕く決意だ。

 そんなのは解ってる。

 だからこそ、こちらから奔るのだ!


「……!!」


 クレッサの突撃。

 それを受け流すように斜に構えていたヴェロニカであったが、迷いなく脚が地面を蹴り、全力疾走を始めた。

 突進に向かい、突進で応じたのだ。


「ブレードを持つクレッサの突進に素手で逆に向かっていくのか!? 何だアイツは! 畏れがないのか!?」


 ヴェロニカの脅威は十分に知りながらも、その闘いの躊躇の無さに改めて背筋を震わせるセフィーナ。

 戦争では大胆奇策を操る英雄姫も個人の闘争ではそこまで大胆にはなれない。

 予想外だったのか、クレッサの脚が止まる。

 攻守はアッサリと入れ替わった。

 止まる事ない逆襲突進と殺気の瞳で美少女メイドは必殺の右拳を振りかぶる。


「クレッサ、引けっ!!」


 凍る背筋に思わず高い声を張り上げるセフィーナ。   

 だが傍らのメイヤは目を見張った。


「その前進をクレッサは待ってたんだよ!」

「え!?」

「あれだっ! 仕留めろ、クレッサ!」


 力強さを感じる幼馴染の叫びを聞いたのはセフィーナも久しぶりであった。



 高く乾いた破裂音。



 突然、弾かれた様にヴェロニカの右腕が大きく天を向き、逆襲突進が止まった。

 右腕から大量に噴き出し、降り注ぐ朱が端正な顔面やメイド服を染める。


「……!!」


 クレッサのブレードから刀身が消えていた。

 何処かに失せた訳でも、もちろんヴェロニカの鉄拳に砕かれた訳でも無い。

 バネの反発力を少量の火薬で更に増した仕掛けで発射されたブレードの刀身はヴェロニカの拳に正面から突き刺さり、大量の出血を強いたのだ。

 得物である短ブレードの最終手段である刀身を発射する射撃機能。

 クレッサは接近しての一撃に賭け、そして完全にヴェロニカの不意を突いた。



「……!?」


 短時間での出血にヴェロニカの両膝が本人の鉄の意志を無視してガクリと落ちかける。


「獲った!」


 刀身を失ったブレードを棄て、クレッサは歓喜にも似た声を上げると拳を握り締めた。

 素手同士になったが、クレッサはもちろん徒手空拳であっても十二分な殺傷能力を持つように訓練されている。

 如何に相手が化け物であろうとも、ここまでの深手を追わせれば殺せる!

 確信を込めたクレッサの左右の拳が鮮血まみれのヴェロニカの顔面を連続で捉えた。


「……ブッッッ!」


 血だらけの美少女メイドの口から更に吐き出される血。

 ブレードが正面から刺さった右腕を上げたまま顔面を打たれたヴェロニカは鮮血を振り飛ばし、大きく仰け反るがガタガタ震えながらも倒れない。

 意地か、プライドか?

 更なる連打。

 返り血を浴びながらもクレッサの攻撃は全く加減は無い。

 目の前の化け物が倒れるまで打つ!

 打ち続ける。

 顔面を、腹を、胸を!


「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 返り血を浴びながらの雄叫び。

 最高潮に達したクレッサの闘争心がアドレナリンを大量に分泌させ、体力の限界を越えようという連打を続けさせる。

 あの化け物が……打たれるがままだ。

 十二分の手応え。

 ガクガクと身体中を震わせるヴェロニカ。




「ミラージュ!!」


 戦況を見守っていたリンデマンは叫んで振り返るが、そこにヴェロニカの妹分である工作員のミラージュは居なかった。

 そうだ、彼女は別の任務に就かせていたのだった。

 舌打ちして、リンデマンは予想外のヴェロニカの惨状に己がそうなるとは思わなかった位に動揺しているのを自覚した。


「そのまま倒せっ、クレッサ!!」


 拳を握り締めるセフィーナ。

 周囲の兵士達も沸き上がる。

 打たれっぱなしの血だるまのメイド服の美少女はブレードの突き刺さった右腕を上げたまま、何も出来ない。


「倒せるっッッ!」

「倒せぇぇぇ!」


 打ち続けるクレッサ本人。

 盛り上がる帝国軍の兵士達。

 そして沈黙で見守るリンデマンや連合軍の兵士も、その一方的な惨劇にそれを見逃していたのだ。

 ヴェロニカの上げられたままの血まみれの右手がブレードが刺さった状態にも関わらず、再び強く握られていたのを。


「しねぇぇぇぇ!」

「だめだ! クレッサ!! 防げっ!」


 決着を付けようと興奮の最高潮に達したクレッサの耳に聞こえてきたのはメイヤの叫び。


「……!!」


 走る悪寒と殺気。

 だが……それに準ずる行動を起こす前に、クレッサの顔面にブレードが刺さったままの血塗れの右拳が迅雷が落ちたかの様な衝撃でめり込んだのである。


 吹き飛んだ。


 クレッサの身体は荒野の地面を後方に何回転も転げ回り、うつ伏せに倒れ込むとピクリとも動かなくなる。

 血だらけ、アザだらけの美少女メイドは激しい息遣いで暫しそれを見つめた後、


「こ、こんな物が刺さったままでは……ご、御主人様のコーヒーを淹れるのに、じ、邪魔!」


 そう言って、己の右拳に刺さったブレードの刀身の根を持ち、強引に引き抜く。

 刀身が地面に落ち、更なる朱に染まる。

 それをも気にする事も無く、衝撃の決着にシンとなった両陣営の兵士達の注目の中、ヴェロニカはスカートの両裾を軽くつまみ上げ、ペコリと頭を下げるとそのまま前方に倒れた。





「クレッサを助けろ、クレッサを回収しつつ攻撃だ!」

「ヴェロニカを帝国軍に捕らえさせるな、前進!」


 衝撃から我に返った二人の司令官の命令が下り、両軍の兵士達が前進、再び激突する。

 クレッサ、ヴェロニカの二人は各々の陣営で無事に確保し、仕切り直しの再戦が始まった。

 

「各部隊現状のまま、攻勢を続けろ! ただし指定よりは前進するな、随時に私が指示を出す!」

「積極的攻勢は今は必要ない、帝国軍の攻撃をまずは受動防御で受け、機を観て反撃防御に発展させていく、私が見計らうまで防ぐんだ!」


 ヴェロニカとクレッサの一騎討ちを境に互いの陣形を整えての再戦。

 帝国軍は限定攻勢、連合軍は受動的防御を選択する。

 セフィーナとリンデマンの互いの個性が出た選択であったが、狙いは二人とも似たような物だ。

 互いに得意な戦術でイニシアティブを引き寄せ、セフィーナは積極攻勢、リンデマンは隙あらば相手に打撃を与える反撃防衛に各々の態勢を成長させようと伺うつもりだ。

 再びの決戦を見据えた戦闘の再開。

 それはセフィーナとリンデマンの何度目かの激戦を予想させたが……数十分後、両陣営に何人もの使者が次々と到来、もたらされた報告がその状況を覆した。




「ベネトレーフにおいてお味方の夜襲反撃作戦が失敗、近衛第一、第二師団が甚大な損害を受けた、皇帝直轄軍のそれは軽微なれど、ベネトレーフ西側城砦に連合軍の侵入を許した模様」

「ベネトレーフ方面において、帝国軍による大規模夜襲反撃作戦を撃退に成功、帝国軍に相当数の損害を与え、更に第二軍総司令アリス大将による追撃作戦の決行により、ベネトレーフ要塞の一部の占領に成功せり」



 これらの報告は発した者の立場の違いはあれど、ほぼ同内容であり、戦争の帰趨すら決めかねない衝撃であった。


「報告に間違えは無いな?」


 陣中であったセフィーナは報告官にそう確認し、多数の報せがあり確実という答えを受けると、フゥーと息を吐きながら両手で顔から、その銀髪を大きく掻き上げ、


「戦闘を中断して撤退する……そして親衛遊撃軍と方面各隊に通達、青の場合だと」


 そう告げて、何かを決意するように唇を結んだ。



続く

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