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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百七十七話「英雄決戦 ―ルイ・ラージュの舞踏会―」

 ルイ・ラージュの戦い。

 この戦は標準歴一二〇七年八月一日に帝国中部のルイ・ラージュ平原にて南部諸州連合軍ゴットハルト・リンデマン大将とアイオリア帝国軍セフィーナ・アイオリア上級大将との間でおこなわれた戦いである。

 互いの戦力は一個師団同士。

 両者は各々の方面軍団長であるにも関わらず、なぜ戦史にも珍しい一個師団同士の戦いが起きたのか。

 その起因については諸説あるが……遥か後の世ではこれについてはざっくばらんに歴史の英雄を語る番組で司会を務める歴史研究家の······


「これはどっちが誘う誘わないじゃなく、チョコチョコとキリが無く面倒くさい応酬をしているより、お前と私、どっちが優秀か決めようじゃないか、それの方が味方の損害も勝利への時間がかからないぜぇ、これは決着つけるチャンスだろう! とお互いが納得した結果じゃないですかねぇ~」


 と、いう発言が支持を集めた。

 その背景には歴史好きという人種は殆ど漏れず、英雄同士のライバル決戦という物に心を踊らさずに居られないという性があるのは説明する間でも無いだろう。



 

「連合軍第十六師団を偵察部隊が発見! ルイ・ラージュ平原に侵入しつつあり、方陣にて前進しています!」


 ルイ・ラージュに陣を張る親衛遊撃軍第一師団に偵察部隊からの馬が駆け込んできたのは正午を越えた頃だ。


「方陣で慎重に進んできたな、ヤツらしい! そう来るならば開幕のベルは私が鳴らしてやろうか、出陣だ!」


 それを受けたセフィーナは全くの躊躇無く、自陣を引き払っての出撃を指示する。

 帝国領内での防衛戦であるが、セフィーナ・アイオリアの戦いの履歴は防衛戦であっても攻勢である事が多く、その中でも好んで機動戦を用いる。

 積極的攻勢の将。

 セフィーナがそれであるのは疑う余地が無い。


「セフィーナ!」


 出撃の命に慌ただしくなる中、セフィーナに馬を並べてくるメイヤ。

 得物のアックスが太陽光に煌めく。


「どうした?」

「リンデマンが近くなったら、あのメイドは危ないから殺すからね」


 いつもの抑揚の無い口調だが、メイヤには全く冗談めいた所は無い。

 リンデマンに仕えるメイドのヴェロニカ。

 戦場でもメイド服に身を包んだ美少女、姿に似合わず戦闘力はメイヤに優るとも劣らずという危険な存在である。

 接近戦で出会えばセフィーナ個人には勝ち目はほぼ無いが、セフィーナにはメイヤがいる。


「仕留める仕留めないは状況に任せるが、まずはお前が無事でいてくれないと私の安全の保証は揺らぐ、そこを忘れるんじゃないぞ?」

「わかってらぁい」

「なら、いい」


 一番大切な事を肝に命じてくれてれば良い。

 微笑んだセフィーナはそれを数秒で抑え、口を引き締めて正面を見据える。

 遠くだが肉眼で見えた。

 方陣を組む連合軍第十六師団がルイ・ラージュ平原に侵入してきている。

 約二万。

 親衛遊撃軍第一師団とほぼ同数。


「うん……そうだ、リンデマン、互角だ、五分だ、対等だ、やっとお前とこの状況で戦争が出来る! 殺し合いだというのに思わず口元が弛む私は相当に問題のある癖がある罪人だな!」


 不敵な笑みを浮かべる馬上の英雄姫セフィーナは、腰の剣を抜き放ち、大きく天に振り上げる。


「突撃開始!」


 戦いはルイ・ラージュに陣を張り、守備側であった筈のセフィーナ・アイオリアからの攻勢を告げる突撃指令から開幕した。

 北に進む連合軍第十六師団の方陣に対し、セフィーナは親衛遊撃軍第一師団を二つに分け、二本の縦陣を急速で南進させていく。


「我々の方陣を二手に分けた縦陣で素早く挟み、半回頭して西と東から挟撃するつもりでしょうか?」

「その手がありそうだな」


 馬を寄せてきた若手参謀のカルステア中佐の言葉にリンデマンは馬上で顎に手を当てて、迫り来る二本の縦陣を見つめる。

 どう対処するか?

 帝国軍が迫ってくる中で、早い決断しなければならない。

 もちろん、リンデマンの中にはこのままの進軍で敢えて相手の先手を観るという選択肢もある。

 比較的万能性の高い方陣を崩させるセフィーナの罠かも知れないのだ。


「大将閣下、相手が速度を上げています」

「こちらも全軍速度を上げろ、挟み込まれる前に敵の両陣の間をすり抜けて右に大きく外周運動をしつつ、東側から側面を突く!」


 カルステア中佐の催促に対して、リンデマンは積極的行動を決する。

 セフィーナが二手に分けた部隊でこちらを挟み込もうとするならば、その東と西から迫る敵軍の壁の間を急加速ですり抜け、速度を落とさない外周運動で東側に周り、縦陣に伸びた敵軍の側面を突いてしまおうというのだ。


「全軍全速前進!」

「前進、全速全速!!」


 下された司令は高級指揮官に復唱され、連合軍第十六師団は急速に速度を上げる、その際に規則正しい方陣は崩れてしまうがそれは覚悟の上、素早い機動が最優先だ。

 南下する二本の縦陣の帝国軍。

 北上する連合軍。

 相対的速度が上がり、急速に両軍が近づく。


「来ました!!」


 二つの縦陣が真っ直ぐ連合軍に向かってくる。

 狙いはその間。

 挟撃される場所ではあるが、そこは同時に敵軍をすり抜ける最短のルートなのだ。

 連合軍第十六師団が二つに分かれた親衛遊撃軍第一師団の間に入り込もうとする。


「左右から投射!!」

「構うな、動いていれば簡単には当たらん、すぐに終わる、応戦もしなくていい」


 挟撃状態からの投射兵器による攻撃。

 主に矢による物だが、中には古代からの最も手軽な投射兵器である石も混じる。

 これで足留めをされてはいけない。

 抜け切れず白兵戦に入られたら、左右から崩れた方陣を挟撃されるという最悪な状態になるからだ。

 構わず突き進む。

 だが、二手の縦陣であった帝国軍が……


「帝国軍の縦陣が二つとも、斜陣に変わります、早い!!」


 カルステア中佐も驚く素早さで帝国軍の縦陣は斜陣に変化。

 突破を企図する連合軍に対し、縦に二つ並んでいた帝国軍の斜陣の尾が二つ寄り添い、連合軍の行手を阻むようなV字陣形に変わったのだ。

 


「ふふっ、これは私の突破を読んでいたな、でなければ混乱なく敵前でこれだけ見事に陣形変更は上手くいかない、先手を取るつもりが逆にやられたな」


 リンデマンは苦笑いを浮かべ、


「よし! かかった!」


 セフィーナは会心の笑みで指を鳴らしたのである。




 挟撃を狙うと見せかけての目の前での陣形変更。

 並んだ縦陣の間の突破を画策した連合軍はV字陣形の半包囲に入り込んだ状態となった。


「放てっ!」


 セフィーナの号令から崩れた方陣に浴びせられる半包囲からの投射攻撃。

 連合軍の兵士達は前方両側面から降り注ぐ矢や石に少なからず損害を受ける。


「落ち着け、応射しつつ、三角陣形に組み直せ」


 半包囲を受ける中、リンデマンは素早く陣形を三角陣に組み直す指示を出す。

 損害は受けつつも、それはリンデマンの的確な指示で成し遂げられた。

 帝国軍のV字陣形の中に連合軍の三角陣形がキッチリと入り込んだ状態で帝国軍の半包囲態勢は揺るがないが、連合軍の反撃の応射は予想よりも早く始まる。


「チッ!」


 舌打ちするセフィーナ。

 自身は南向きのV字陣形の右翼に位置していた。

 有利な態勢のまま、崩れた方陣に対してV字陣形を狭めていき、包囲白兵戦に持ち込むつもりだったのだが、リンデマンの対応が予想外に早い。

 それもリンデマンは自軍を方陣に戻すのではなく、損害が増すのを承知で三角陣に陣形を組み直している。


「これは意図があるな……落ち着かせない相手だ」


 セフィーナは腰に手を当て、大きく息を吐いた。




 V字半包囲陣形と三角陣形の撃ち合いが続く。

 当初は帝国軍がかなり有利であったが、その天秤はやや有利という状態になりつつある。


「敵軍のV字半包囲からの攻撃により、損害は出ていますが許容範囲です、三角陣形を利用した突撃を敢行して、敵軍のV字陣形の中央突破を図りましょう、相手は斜陣を素早く組み合わせた陣形です、決して中央は厚くありません!」


 連合軍司令部。

 進言するカルステア中佐にリンデマンは視線を向けた。

 まだ二十代の青年だが、積極的に意見を出してくる若手参謀の彼をリンデマンは疎ましくは思っていない。

 たとえ結果が伴わなくても、それを恐れて意見を出さないよりは遥かに参謀としてマシであるからだ。

 それに今回の中央突破の進言は反撃に転ずる手段としては至極真っ当な物であるし、相手の陣形が斜陣を組み合わせたV字陣形であり、中央が薄いという見立ても間違えてはいないだろう。


「そうだな、攻撃に転ずるのは良しとしよう、但し……」


 カルステア中佐の意見を良しとしながらも、


「我々を驚かせた姫の目を回すくらいの悪戯はしようか」


 と、リンデマンは薄笑いを見せた。





「連合軍が前進を開始!」

「来たか!」


 V字半包囲陣形にいつまでも応射する為の三角陣ではない。

 反撃の為であるのは解っている。


「中央突破を許すな、第六、第八大隊を中央部に回して防御を厚くして、突破を阻止すれば相手を完全に半包囲化に置いたまま白兵戦に引きずり込めるぞ!」


 矢継早に指示を下すセフィーナ。

 反撃の危険性を察知してのその対応は予め用意され、素早く正確な物であったが……


「連合軍方向転換!! 中央部にではありません、敵軍の反撃は南に向いた我々のV字陣形左翼に向かっていますっ!」


 慌てた情報参謀の報告。

 セフィーナからもそれは見えた。

 中央部に一旦は向かった連合軍はいきなり方向転換、セフィーナのいる右翼に背を向けて、左翼に向かっていったのである。

 フェイント。

 明らかにセフィーナの意図を外そうとしたそれだった。


「包囲陣形の片翼を折りにきたかっ! 相変わらずひねくれものだっ!」


 セフィーナは足元の土を蹴り飛ばしてから、


「左翼部隊のクルーズ中将に至急伝えろ! 敵軍の突撃に対して受けるんじゃない、中央部を基点にしてそのまま回るんだ! 左回りに回って回避しろとな、絶対に陣を中央部から離すな!」


 伝令兵に険しい表情で指を指す。

 復唱してから走り去る伝令兵。


「セフィーナ様、それは?」


 中央部を基点に回って回避する。

 聞き慣れない指示に戸惑うルーベンス。


「良いから言う通りにさせろっ、右翼の我々はリンデマンのヤツの尻をひっぱたくぞ!! 白兵戦だっ!」


 セフィーナは少し下品な言い回しで怒鳴り散らすと、腰の剣を抜き放った。




「帝国軍V字陣形の左翼部隊が下がります! いや、あれは!」


 カルステア中佐が目を見張る。

 中央突破と見せかけての方向転換、急に目標となった帝国軍のV字陣形の左翼は中央部を基点に左回りをするように連合軍の攻撃をかわそうと動いたのだ。


「なるほどな! それかっ!」


 リンデマンの瞳が輝く。

 まるで問題に対して予想外かつ優秀な答えを出した生徒を本気で褒める教師のような歓喜の声。


「それならば右翼は我々の……」

「リンデマン大将、帝国軍の右翼部隊が我々の後方に迫りますっっ!」

「それが正解だな!」


 報告した情報参謀にリンデマンはやや興奮ぎみの声で応じたので、彼は呆然としてしまう。

 セフィーナはV字陣形を左翼を折ろうとしたリンデマンに対して、陣形自体を回転させる事で左翼を回避させ、右翼でリンデマンの背後を突こうとしたのだ。


「閣下! 背後に迫る敵軍の右翼に反撃しますか? 左翼が下がったのなら敵軍は半数です、撃退は可能かと思われます!」

「それは不正解だ、そうなれば今度はまた引いた左翼が戻ってきて我々は挟み撃ちされる立場になる」

「では今から中央部を突くのは?」

「それをしたら今度は嬉々として、敵軍の両翼が内を向いた我々を外から包囲してくる、この場での対処はなりふり構わず左翼をこのまま追いかけるのだ!」


 カルステア中佐の二つの提案を却下し、リンデマンは興奮した表情のまま、左翼部隊を指差した。





 回転するV字陣形の中で三角陣が敵左翼の背後を追いかけながら、背後を敵右翼に追われ続ける。

 この奇妙な戦いの動きを「ルイ・ラージュ機動」などと後の書物などは一般的には呼ぶが、この一連の動きを名将同士の激闘と捉える専門家は案外少なく、


「互いに互いの足を踏んでやろうと手を取り合って踊った結果、ゴットハルト・リンデマンとセフィーナ・アイオリアは躍りの美しさなどはそっちのけでグルグルと回っただけとなった、セフィーナ・リンデマンの舞踏会」


 と、皮肉を込めて呼ぶ者も居る。

 しかし……後の戦争が遠くなった者には解る由もないが、後世にどう思われようとも、その場にいた者は誰もが命懸けの舞踏会をしていたのである。


 

 

続く

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